スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

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智子による訓練は五日ほど続いた。

 

訓練内容は、ネウロイ撃墜のための格闘戦習熟がメインである。運動性能を活かして大空を舞い、敵を墜とすことこそ本分。義勇独立飛行中隊全員が自分と同じくらいにならないと、とても勝利はおぼつかない。武子とアホネン、それにどこかにいるに違いない自分を馬鹿にする連中全てを見返すためには、腕を上げねばならないのだ。

 

「とはいうものの……」

 

彼女は誰もいないブリーフィングルームで、一人頭を悩ませていた。

 

「どうやって腕を上げればいいのかしら……」

 

十日ほどでは劇的な上昇は見込めない。それは分かる。しかしどうして誰も彼もその萌芽すら見えないのだろうか。

 

オヘアは相変わらず着陸が下手だ。壊してこそいないが、降下が急で着陸速度が速すぎる。そして決まって手をバタバタさせるのだが、あれはなんのまじないだろうか。

 

エルマは逃げ回る癖こそなくなったものの、今度は味方を見つけてはふらふらと寄っていくので危なくてしょうがなかった。空中衝突の原因になるので注意したら、次は遠くに離れすぎる。

 

ハルカは注意力がどうにも薄い。たとえば味方の真後ろにいても平気で魔導エンジンを全開にするのだ。これもやはり危ない。注意力の散漫は、ネウロイの接近を見落とすことに直結し、ひいては被撃墜に繋がる。

 

ウルスラは気もそぞろ。ただひたすらに真っ直ぐ飛んでは戻るの繰り返し。どうも本を読みたいらしい。そのため集中力が途切れることがあった。時々格納庫で見かけることもあるのだが、いったいなにが楽しいのやら。

 

そして尚樹はというと、そもそも訓練の輪に入れていない。

 

一度だけ模擬戦の相手をさせてみたが、五人がかりで一度も触れなかった。触れないどころか、追いかけているうちに全員がばらばらになって、最後は誰が誰を追っているのか分からなくなった。以来、彼は上空で審判をやっている。

 

そしてビューリングだが、彼女はそもそも訓練をしていなかった。

 

さらに五日が過ぎ、ウィッチたちの腕前はいっそう下がったように感じられた。

 

その日の訓練にもビューリングは顔を出さなかった。智子の怒りはもはや成層圏まで届きそうになっていた。

 

初日に腹痛を訴えたかと思えば、頭痛だ腰痛だと言ってくる。あるときなど全身が痛いと自室の前に貼り紙をし、鍵をかけて籠もっていた。

 

これは絶対仮病である。

 

「またさぼり!」

 

智子が叫ぶ。朝食の時は確かにいた。あれだけ食べていれば、病気だって治っているはずだ。

 

ふざけんなあの女と智子は呟いた。ビューリングは貴重な経験者だ。腕も悪くない。初歩的な訓練をやっても無駄だと思っているのかも知れないが、甘く見られては困る。

 

しかし今は手が回らない。技量が下の下の下のウィッチどもを鍛えねばならなかった。あれでは実戦ですぐ死んでしまう。ブリタニア人なんぞに関わり合ってる暇はないのだ。

 

――中略。編隊飛行訓練、サイマー湖、シザーズ機動、そして帰投。

 

――そして、オヘアの着陸事故。

 

墜落するまでは特に問題あるようには見えなかった。着陸速度が速いがまあ許容範囲だ。となると、やはりあの腕をバタバタさせる行動に原因がある。あれがなければ改善されるはずだ。

 

だがなんであんなまじないをおこなうのか、見当がつかない。

 

死んだ先祖でも呼び出すつもりなのかと考えていると、横のエルマが口を出した。

 

「あの……オヘアさん」

 

エルマはさっきオヘアがやっていたのと同じように、腕をばたつかせる。

 

「なんですかー?」

 

「この腕の動きですけど……ひょっとして、索を摑もうとしてません?」

 

オヘアは首を傾げると、同じように腕を動かす。そして顔を輝かせた。

 

「オー、その通りでーす! 制動索を摑むつもりでしたー!」

 

最初は会話内容が把握できなかった智子だったが、直後に理解した。

 

「あー、空母で着艦するときのやり方!」

 

「イエース!」

 

「ミーが着陸するときはいっつも制動索が立てられたんでーす! みんなから絶対に摑んで離すなと言われ続けていて……」

 

「だからここでも、思わずやってしまった、と」

 

智子は感心するも、すぐに気を取り直した。

 

「直しなさいよ!」

 

「どうすればいいんですかー?」

 

無邪気に聞かれ、智子はハルカに視線を動かす。ハルカは勢いよく首を振った。

 

「私、空母に乗ったことないので分かりません」

 

「海軍さんでしょ?」

 

「不器用だから陸上航空隊だけにしときなさいって、教官が」

 

慧眼であろう。少なくとも着陸事故を起こすことはなかったわけだ。

 

しかしそうなると、どうやって解決した方がいいか分からなくなる。智子はハルカなら同じ経験をしたことがあるかと思ったのだ。

 

またエルマが言った。

 

「いっそ縛っちゃいましょうか」

 

「ホワット?」

 

怪訝な表情を作るオヘア。エルマはいいアイディアを思いついたと言いたげだ。

 

「両手を縛って飛ぶんです。着陸するときもずっとそのままでいれば、癖も直ります」

 

「ヘーイ! なに馬鹿なこと言ってるですかー!! 武器も持てないねー!」

 

「どうせ射撃訓練なんて先の話です。私たちはまずちゃんと飛ばないと」

 

彼女は智子を見た。智子はうなずく。

 

「やってみようか」

 

「智子ー!」

 

「――待った」

 

滑走路の端から声がかかった。

 

尚樹が歩いてくる。手には工具箱を提げていた。整備の手伝いから戻ってきたところらしい。

 

「なによ、いま忙しいの」

 

「その方法、やめとけ」

 

「なんでよ。癖なんだから、物理的にできなくすればいいでしょ」

 

「癖じゃない」

 

尚樹はオヘアの前で立ち止まり、彼女の腕を指した。

 

「そいつは訓練の結果だ。しかも、正しい訓練の」

 

「……どういうこと」

 

「オヘア。制動索、絶対に摑めって言われたな」

 

「イエース! 摑まないと海に落ちるって!」

 

「そうだ。艦の上は滑走路と違って、外したら後ろは海だ。摑み損ねたら死ぬ。だから摑めと教える。そういうもんだ」

 

「イエース、イエース!」

 

「つまり彼女は教わった通りにやってる。それを縛って止めたら、身体が『摑まなきゃ死ぬ』と『摑めない』で喧嘩を起こす。着陸の瞬間に、な」

 

エルマがはっとした顔をした。

 

「……それって、もっと危ないってことですか」

 

「危ない」

 

「うう、すみません、私、そこまで考えてませんでした……」

 

「いい発想ではある。原因を潰しに行くのは正しいです」

 

エルマはロープを抱えたまま、耳まで赤くなった。褒められ慣れていないのである。

 

智子は腕を組んだ。

 

「じゃあどうすんのよ」

 

「上書きする」

 

「上書き?」

 

「摑む動作を消すんじゃなくて、別の動作に置き換える。海軍式でな」

 

「あんた、空母乗ってたんだっけ」

 

「一応な。これでも飛龍の人員だ」

 

「一応ってなによ」

 

「乗ってたのは事実だ。降りてる時間の方が長かったが」

 

智子はそれ以上突っ込まなかった。この男の経歴は、大抵の場合、突っ込むと検閲の壁に当たる。

 

「オヘア」

 

「ヤーッ?」

 

「お前、艦に降りるとき、最後に何を見てた」

 

「え? そりゃあ、デッキねー」

 

「違う。もっと前だ。もっと手前」

 

オヘアは首を傾げた。

 

「……あー、ミー、いつも索を見てましたねー。どこに立ってるかなーって」

 

「そこだ」

 

尚樹は指を一本立てた。

 

「索を見て、索に手を出す。そういう順番が身体に入ってる。だから、見る場所を変える」

 

「見る場所?」

 

「艦に降りるときは、本当は索なんか見ない。見るのは着艦誘導員だ。旗を持ってる奴がいただろ」

 

「オー! いましたねー! いつも怒鳴ってましたねー!」

 

「そいつだけを見て、そいつの言う通りに高度と速度を合わせる。索は、合ってれば勝手に引っかかる。摑みに行くのは、合ってなかった時の保険だ」

 

オヘアの口が、ぽかんと開いた。

 

「……ミー、ずっと保険の方を本番だと思ってましたかー?」

 

「そうだ」

 

「オー……」

 

「だから今日から、着陸のとき、誘導員を見ろ」

 

「でも、ここに誘導員いませんねー」

 

「いる」

 

尚樹は親指で自分を指した。

 

「……ええ?」

 

「俺が滑走路の脇に立つ。お前は俺だけ見ろ。手が下がったら降ろす。手が横なら維持。手が上がったら上げ直せ。それだけだ」

 

「オー! イエース!」

 

「手は出すな。俺を見てる間は、手を出す余裕がない」

 

智子は、はっとした。

 

そういうことか、と思う。

 

腕を縛って動作を封じるのではない。腕を使う暇がないほど、目と頭を別の仕事で埋めてしまうのだ。

 

――こいつは、本当にこういうところだけ丁寧なのだ。

 

「……ハルカ」

 

「はい?」

 

「お前も来い」

 

「え、私は空母に乗ったことないですけど」

 

「だから来い。海軍の癖に艦に上がったことがないのは、単に運が良かっただけだ。ここで名を挙げたらいつ乗せられるか分からんぞ」

 

「そんな脅し方ありますか!?」

 

「それと、お前の癖も同じ種類だ」

 

「……え?」

 

尚樹はハルカを見た。

 

「お前、飛んでる間、ずっと自分の手元を見てるだろ」

 

ハルカが、ぴたりと止まった。

 

「機体が新しくて怖いから、脚と手を交互に確認してる。だから前が見えない。だから真っ直ぐ飛べない。今日のあれも、オヘアが横に来たから慌てて手元を見て、そのまま蛇行した」

 

「……」

 

「見るのは前だ。手元は見なくても分かるようにする」

 

「……分かるようになるんですか?」

 

「なる。三日で嫌になるくらいやる」

 

「三日!?」

 

「後輩のよしみで、みっちりやってやる」

 

「よしみで甘くしてください!」

 

「よしみだから甘くしない」

 

その日から、飛行場の脇に妙な光景が加わった。

 

滑走路の端に男が一人立ち、両手を上げたり下げたり横にしたりしている。その先で、リベリオンのウィッチがビヤ樽のようなストライカーユニットで進入してくる。

 

「ローワー、ローワー……よし、そのまま」

 

「イエース!」

 

「――カット」

 

腕が横に切られる。

 

ずさっ、と雪を巻き上げて、F2Aが滑走路に接地した。

 

止まった。

 

腕を、一度も上げなかった。

 

「……」

 

オヘアが、自分の両手を見た。それから、滑走路の端の男を見た。

 

「――オー!!」

 

「オー!!」

 

「オーーー!!」

 

彼女は跳ね起きて滑走路を走り、その勢いのまま尚樹に飛びついた。当然のように盛大に押し倒された。

 

「ミー! 摑まなかったねー!!」

 

「分かったから離れて」

 

「フレンドシップ!」

 

「それはもういいから」

 

「智子ー! 見ましたかー!!」

 

「見たわよ! 見たから離れなさい!!」

 

智子が全力で引き剥がしにかかる横で、ハルカが遠い目をしていた。

 

彼女は三日目で、宣言通り本気で嫌になっていた。手元を見るたびに背後から「前」と短く言われ続け、夢の中でも言われるようになったのである。

 

「智子お姉様……」

 

「なによ」

 

「私、あの人のことが少しだけ嫌いになりました」

 

「そう」

 

「でも、真っ直ぐ飛べるようにはなりました」

 

「……そう」

 

智子は前を向いたまま答えた。

 

滑走路の端で、リベリオン娘に押し倒されたまま雪だらけになっている男を、視界の隅に入れながら。

 

「……よかったじゃない」

 

オヘアの癖が完全に抜けるまでには、それでもまだ少し時間が必要だった。

 

だからと言って、訓練を休むわけにはいかない。

 

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