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もっと訓練を。さらに訓練を。午前に飛んで昼食をとって午後にも飛んで夜間飛行はやりたいけど我慢する。智子は己の格闘戦に磨きをかけるために、たった一人の自主訓練までしていた。
この訓練には参加していないのが一人いる。言うまでもなく、ビューリングだ。
誘おうが命じようが、いっこうに訓練をおこなわない。命令違反の常習犯らしく、脅そうが軍法会議をちらつかせようが反応は薄かった。
経歴からして技術に問題があるようには見えない。だから怖いとか危ないなどの理由ではなく、純粋にやる気がないのだ。智子としては、こんな問題児に関わり合っていると自分の腕まで落ちそうになるので、放っておくしかなかった。
ある日のこと、いつものように義勇独立飛行中隊の面々は滑走路脇に整列した。
緊張の面持ちのエルマと、智子を見るたびに赤面しているハルカ、そして最近ようやく手を出さずに降りられるようになったオヘア。相変わらず個性的すぎるのは諦めるとして、妙にすかすかな気がする。
なんか少ないぞと智子は首を傾げ、すぐに思い至った。
「ウルスラは……?」
「朝は一緒だったねー」
オヘアが言う。
「なんか荷物が届いたみたいで、基地の詰め所まで受け取りに行ってたねー」
「じゃ部屋で荷物開けてるの?」
「とっくに開け終わったはずねー」
どういうことだと思い宿舎の方角に目を向ける。大きな木箱が右から左へと移動していた。
怪訝に思っていると、木箱の後ろに手足が見えてきた。勝手に動いているのではなく、人によって運ばれているのだ。運んでいるのはウルスラだった。
ウルスラはよたよたしながら、木箱と共に格納庫に隣接した倉庫の中へと入っていく。重そうなシャッターが閉まった。
啞然としていた智子は我に返り、皆に待機を命じると倉庫へと走った。
シャッターを開ける。倉庫のウルスラは中央にいた。
「ちょっと! 訓練よ、なにしてんの!」
木箱が開けられ、緩衝材代わりの木屑が散らばっている。ウルスラは背を向けたままなにも言わない。
智子は足音も荒く、倉庫の中へと入っていった。
「ウルスラ!」
「……近寄らないでください」
ウルスラが振り向く。
「危険です」
いつになく真剣な表情だ。元々が無表情気味であるのだが、今は強張っていた。
智子は遠慮なく近づく。
「なにが危ないっての。冬のスオムスより危険なんでしょうね」
背中越しに覗き込む。コンクリートの床に鉄製の台が置いてあった。台に鉄筋が溶接されており、不恰好に曲げられ、刀掛けのようになっている。その上に鉄のパイプらしきものが固定されていた。
「……なにこれ」
「試作したロケット弾です」
ウルスラは緊張の面持ちを崩さずに答える。
「これから燃焼実験をします」
「あのねえ、私たちは訓練するの。そんなのは休みの日にでもやって……燃焼実験?」
目を見開く智子。
ただの倉庫である。防火壁や消火設備があるわけでもなく、中は可燃物で一杯だ。
「こんなとこで!? 失敗したらどうすんの! 成功してもただじゃすまないわよ!」
ウルスラはふと、遠くを見るような目つきになった。
「以前、姉さまに言われたことがあります。ウルスラにはその才能をたくさん活かして欲しい。ただしどこか遠くでと。スオムスはまさに最適です」
「危ないからよそでやってろって言われたんじゃない!」
「真の技術とは失敗から生み出されます」
ウルスラは手に持った電気式着火装置の接点部を鉄パイプの開口部に差し込んだ。そしてスイッチを両手で持つ。
「いきます」
「いかないでー!」
智子は急いで伏せる。せめて少しでも生き延びようと、腕を後ろに向けてシールドを張った。
カチリ。続く轟音と爆炎を覚悟する。
しかしなにも起こらなかった。数秒数え、自分が無事と分かり、智子は大きく息を吐く。それから起き上がった。
ウルスラもシールドを張っていた。結果がどうあれ自分は生き残る気満々だったようで、なかなか頭が回る。
「……失敗しました」
ウルスラが呟く。推進剤が詰まっているであろう鉄パイプからは、毛ほどの炎も見られなかった。
「――そりゃそうだ」
シャッターの方から声がした。
尚樹が入り口に立っていた。訓練に来ないウィッチが3人になったので探しに来たらしい。
彼は倉庫の中を一瞥し、それから床の即席発射台を見て、非常に長い息を吐いた。
「ウルスラ」
「はい」
「点火しなかったのは、運がいいからじゃない。詰めが甘いからだ」
ウルスラの眉が動いた。
「……理由を」
「推進剤が冷えてる。ここ、何度だ」
「……零下三度です」
「屋内でそれだ。着火薬が湿気を吸って凍ってる。着火はしても伝播しない。今日は不発で済んだが、半分だけ着いたらどうなる」
「……不完全燃焼で、内圧が不安定になり」
「破裂する。台ごと横に飛ぶ。お前の顔の高さで」
ウルスラは黙った。
それから、静かに鉄パイプから着火装置を抜いた。
「……訂正します。私は間違えました」
「訂正できるなら上等」
尚樹は台に近寄り、しゃがみ込んで溶接部を指で叩いた。
「あと、この台。固定が弱い。噴射で後ろに走るぞ」
「計算では耐えます」
「計算は正しい。だが計算式が違う。溶接がまっすぐじゃない。ここ、内側に寄ってる」
「……」
ウルスラは屈み込んで溶接部を睨みつけ、それから、非常に不服そうに小さく頷いた。
智子はその一連を、口を開けて見ていた。
さっき自分が「危ない」「やめろ」と怒鳴ったときは、この子はきょとんとしていただけだった。それが、理屈で説明された途端に自分から手を止めている。
「……ちょっと」
「なんだ」
「あんた、この子の担当ね」
「は?」
「ウルスラ係。今日から」
「勝手に決めるな」
「私が言っても聞かないの。あんたが言うと聞くの。じゃああんたがやりなさいよ」
尚樹はしばらく智子を見て、それからウルスラを見た。
11歳の少女は、期待も不安もない顔で、ただ次の言葉を待っている。
「……分かった」
彼は案外あっさりと受け入れた。
「ただし条件がある」
「なによ」
「実験は屋外。人のいない方角。俺が立ち会えるときだけ」
「異議あり」
「却下だ」
「……理由を」
「お前が死んだら、次の実験ができないからだ」
ウルスラは、その一言でぴたりと黙った。
反論の余地がなかったらしい。彼女は木箱の蓋を閉め、器材をまとめ始めた。
「後始末はきちんとやりなさいよ」
智子が念を押す。
「ロケット弾は、ネウロイに使えるレベルか?」
尚樹が訊いた。
「使えます」
「なぜ作る」
「私は射撃があまり上手くないので」
「火力で誤魔化す気か」
「……はい」
「悪くないな」
ウルスラの手が止まった。
「……悪くない、ですか」
「当てる腕がないなら、当たらなくてもいい武器を作ればいい。当然の帰結だ。ただし、それを飛びながら撃つ以上、結局まっすぐ飛ぶ練習をしなきゃならん」
「……」
「だから訓練には出なさい」
ウルスラは、無言で木箱を抱え上げた。
そして倉庫を出ていく際、非常に小さな声で言った。
「……あなたは、姉さまより説明が上手です」
「そりゃどうも」
智子は倉庫の入り口で腕を組み、その背中を見送った。
「……ねえ」
「なんだ」
「なんであんた、そんなに子供に好かれんの」
「子供扱いしてないだけだ」
「あっそ」
「…そういうとこよ」
その日の午後は、飛行訓練と並行して射撃訓練がおこなわれた。
射撃は意外なことにエルマが一番うまかった。空中射撃はそれほどでもないが、地上目標に当てるのはかなり上手だ。
「昔から、湖で鴨を撃ってたので……」
「食べるためですか」
「食べないと冬が越せませんから」
生活である。
次にうまいのはオヘア。いちいち鬨の声を上げながら撃つのでやかましいことを除けばまあまあ。テキサス生まれの習性なのだろうか。
ウルスラは自分で言うだけあって上手ではない。目標が少し回避機動をおこなうと、途端に不安定になる。
「姉さまは上手なんです」
ウルスラは妙な言い訳をした。
「優秀なウィッチです。優秀なので、ここには派遣されないと思います」
知る必要もない情報に智子はうんざりした。
一番下手なのは例によってハルカである。最初はルイス機関銃の銃身が曲がっているのかと思ったがそうではない。とにかく当たらないのだ。
「きっとこれは、私の中にある智子少尉への憧れが足りないからです」
ハルカはここ数週間で一番おかしなことを口にした。
「憧れを増すために、なにかご褒美をください」
「なにが欲しいのよ?」
「とっ……智子少尉が、私のことを好きって言ったらきっとうまくなります!」
「好き。はい訓練して」
「えっ……あ、あの、軽すぎませんか!」
「言ったわよ」
「本気じゃないですよね!」
「当たり前でしょうが」
「うう……愛が伝わらない……」
そして智子自身の番である。
彼女のスコアは、当然のように高い。
ただし、突き抜けて高いわけではなかった。
智子の信条は射撃をそこそこに済ませ、懐へ突っ込んで刀で断つことにある。だから撃つ技術そのものは「エースとして十分」の域を出ない。
明野の第一飛行戦隊にいたころ、この手の射場に立てば、その道のプロとも言うべき加東圭子には当然歯が立たなかった。あの女の目とライフルの取り扱いの巧さは反則である。
そして武子とは、およそ五分だった。
――五分だったのに、あいつはカールスラントで、私はここだ。
智子は的紙の穴を眺めながら、その考えを頭の隅に押しやった。
「じゃ、次。尚樹」
「俺はいい」
「なんでよ」
「持ち込んだ武器は、この場で出せない」
彼の携行火器は、いわゆる航空歩兵が扱うMGでもマークスマンライフルでもない。独自規格の、「ヴァリス」という代物である。射場の的紙に向けて撃つようなものではないし、そもそも撃ったら射場が消える可能性があった。
「じゃあこれ」
智子は脇の架台から一挺を取り上げ、放り投げた。
三八式歩兵銃である。予備を出向の前に借りてきた、扶桑製のごく普通の小銃だ。
「生身でやりなさいよ。魔力なしで」
「……いいのか、それで」
「あんた、いつも魔力なしで飛んでるでしょ。だったら地上でも同じでしょうが」
尚樹は肩をすくめると、その場に片膝をついた。
そして、伏射の姿勢に入る。
外套を脱いで肘の下に敷き、左肘を膝の内側に落とし、負い革を腕に巻きつけて銃を身体に固定する。それだけの動作が、あまりにも滑らかだった。
「……あの」
エルマが小さく言った。
「なんだか、教本の挿絵みたいですね」
「教本の挿絵が真似したんでしょ、多分」
智子は投げやりに答えた。
尚樹は距離を確認し、照尺を一度いじった。それきり動かなくなった。
風が吹いた。
雪が横に流れ、的紙がわずかに震える。
それが止んだ瞬間。
ぱん。
一発。
ぱん。
二発。
ぱん。ぱん。ぱん。
五発。
弾倉が空になり、遊底が開いたまま止まった。それでようやく彼は身体を起こし、負い革を外した。
射場の全員が的の方を見た。
的紙を回収してきた警備兵が、途中で足を止め、もう一度紙を見て、それから振り返って何かをスオムス語で叫んだ。
「……なんて言ってるんですか」
ハルカが訊く。
エルマが、やや呆然と通訳した。
「『穴が一つしかない』って」
的紙が回ってきた。
黒点のど真ん中に、大きめの穴が一つだけ開いている。周囲には何もない。よく見れば、その穴の縁が五発分わずかにいびつになっていて、それだけが五回撃った証拠だった。
いわゆる、糸を引いた、というやつである。
「……」
智子は的紙を受け取り、しばらく無言で見つめた。
驚きはしない。もう驚かない。事変の一年で、この手の光景は何度も見ている。
だが。
「……ねえ」
「なんだ」
「あんた、これ、なんで扶桑で誰も知らないの」
「検閲されてるからだ」
「聞き方が悪かったわ。なんで、こういうのを見た人が、誰も言い触らさないの」
尚樹は三八式の遊底を閉じ、警備兵に返しながら答えた。
「言い触らしても、誰も信じないからだろ」
「……」
「あと、俺が飛べるってだけで、みんな驚き終わってるんだ。その先まで見ようとする奴は少ない」
彼は外套を拾って、雪を払った。
「智子。的、返しとけ」
「あ、ちょっと」
智子は的紙を手にしたまま、その背中を見送った。
隣で、ウルスラがノートに何かを猛烈な速度で書き込んでいる。
「なに書いてんのよ」
「弾道です」
「見て分かったの?」
「分かりません。だから書いています」
その日から、義勇独立飛行中隊の射撃訓練には、ときどき妙な参加者が加わることになった。
魔力を持たない少年が、ごく普通の歩兵銃で、ごく普通の姿勢で撃つ。
それを見た隊員たちは、しばらく黙り、それから自分の銃を構え直すのだった。
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