---
離陸してから接敵するまで、あっという間以外に言葉もない。
心の準備なんて言ってる暇なぞない。義勇独立飛行中隊は黒いネウロイを食い止めるべく、戦闘に突入していた。
黒いネウロイの攻撃手段に死角はなかった。外殻には赤いパネルがいくつも存在しており、どこからでもどの方向にでも射撃できるようになっている。攻撃する側のウィッチとしては、シールドを張りながら、なるべく集中砲火を浴びないような回避機動をおこなうしかない。
だが義勇独立飛行中隊のウィッチたちに、そんな余裕はそもそもなかった。
「ハルカさん、シールド、シールド!」
「きゃーつ! 前が見えませーん!」
「ミーがやるねー!ウルスラは援護ねー!」
「現在ネウロイの攻撃を受けています。手一杯です」
彼女たちは飛び回り、あるいはシールドを張ってネウロイに対抗していた。
ときおり射撃をするもなかなかうまくいかない。たまに命中弾を与えても、黒いネウロイは悠然と飛び続けていた。
ラドガ湖の北端には黒いネウロイと義勇独立飛行中隊しかいない。だが空中には放たれる光線と銃弾が乱舞して、かってない激戦となっていた。
「きゃーきゃーきゃー!」
叫びながらもハルカがシールドを張る。ネウロイの光線はとっさのところで防がれた。
「うう、うう、こんな時に、こんな時にっ……!」
ハルカの声が半分泣きに転がる。
「中川少尉! 中川少尉はどこですか! いつも変な時に出てくるくせに、なんで今出てこないんですか!」
「落ち着いてください、ハルカさん」
エルマの声も震えていた。それでも彼女は、自分自身に言い聞かせるように続けた。
「中川少尉は……別空域です。事情があってここには居ないだけです。だから、私たちでやるんです」
「事情ってなんですか!」
「聞いてません! でも、あの人が理由もなく居ないなんてこと、ないでしょう!」
叫んでから、エルマは自分の言葉に驚いた。
会って幾らも経っていない相手だ。飄々として、いつもどこか掴みどころがなくて、こちらの階級を数えもせずに「エルマ中尉」と呼んでくる、あの背の高い扶桑の男。
けれど今、この状況で、その名前を口に出すと、なぜか少しだけ手の震えが止まった。
「ミーも聞いたねー」
オヘアが光線を掻い潜りながら明るく言う。
「日が昇り切った頃に一人で飛んで行ったねー。整備のおじさんが『あの白いのが南へ行った』って言ってたねー」
「南……?」
「そういうことねー。だからこっちはこっちで、しっかりやるねー!」
「中川少尉の離陸は十時四十分です」
ウルスラが淡々と付け加えた。
「単独発進。行き先は告げていません。ハッキネン少佐は把握しているようでした」
「なんでそれを先に言わないんですかウルスラさん!」
「聞かれませんでしたから」
その平坦な声が、かえっておかしかったのだろう。ハルカが一度だけ、泣きながら笑った。
「……分かりました。分かりましたよ。中川少尉が居なくたって、私たちだけで――」
言い終わる前に光線が掠め、ハルカはまた悲鳴を上げた。
無事を確認したエルマが叫ぶ。
「相手の鼻面を押さえます。ついてきてください!」
まずエルマが先頭を飛ぶ。やや遅れてオヘアとウルスラ。ハルカが最後尾になった。
どうにかこうにか黒いネウロイを追い越し、前方に回り込む。正対する恰好になった。
「こ……ここを通したら、全部やられちゃいます」
エルマがラハティ=サロランタM1926機関銃を構える。皆も彼女に倣った。
「絶対に通さないように、頑張ります!」
黒いネウロイが大きくなる。速度を上げたようだ。生意気なウィッチたちを蹴散らすことに決めたのだろう。光線で攻撃し、固い外殻で防ぐつもりだ。
ネウロイがどんどん大きくなって視界を占める。存在そのものに圧迫感と恐怖があり、自然と足が震えた。
エルマは手足を落ち着かせようと、脇をぎゅっと締めた。
「エルマさん…怖くないですか」
隣のハルカはもう泣きそうだ。エルマはもつれそうな舌をなんとか安定させて言う。
「怖いです……すっごく怖い。でも私たちがやらなきゃいけないんです。だから、やります!」
「……中川少尉なら、なんて言うでしょうか」
「『まあ落ち着けよ』とか言うと思います。あの人、そういうところがありますから」
「腹立ちますね」
「腹立ちますね」
エルマとハルカは、恐怖の底で少しだけ目を見合わせた。
ネウロイの赤いパネルが発光しそうになる。機先を制するようにエルマは叫ぶ。
「撃って!」
ウィッチたちは一斉に射撃を開始。数多くの銃弾が黒いネウロイに吸い込まれる。
命中。だが相手は速力を緩めない。お返しに光線が飛んできた。
「回避してください!」
彼女たちはバラバラに逃げた。シールドを張り、なるべく照準をずらそうと飛び回る。
どうにか攻撃範囲外に出た。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「リベリオン一番、オヘアね。平気よー」
「扶桑二番のハルカです。無事です」
「カールスラント一番。かすりました」
ウルスラが攻撃を避けきれなかったようだ。右脚のストライカーユニットが被害を受けている。飛行はできているが、やや安定性を欠いていた。
そして黒いネウロイは、いまだ飛行を続けていた。それでも怪我人はいなかったので、エルマは胸を撫で下ろした。
損害は与えたはずだがまるで影響がない。黒い外殻に多少の傷はついたものの、ぴんぴんしている。ウィッチたちの基地に向けての飛行を止めていなかった。
絶望的な気持ちになるエルマ。あれだけの攻撃を与えても駄目なのだ。
「どうするねー」
オヘアの言葉に、エルマは返事をした。
「…攻撃します」
そして再び黒いネウロイに向かって行く。ただし今度は後方から。
エルマの表情は悲壮感に満ちている。不審に感じたか、オヘアがまた声をかけた。
「どうやるつもりねー」
「………」
「エルマ?」
「……体当たりします」
他のウィッチたちが仰天した。エルマはかすれた声で言う。
「わ……私が中隊長です。私が皆さんに出撃を命令したんですから、責任を取るべきかなあって…」
オヘアが泡を食って叫んだ。
「そんなこと駄目ねー!指揮官が真っ先に死んでどうするねー!」
「し、指揮はオへアさんに任せます。私が体当たりで動きを止めますから、あとはウルスラさんのあれで……」
「無茶苦茶ねー!」
「ほ、方法がないんです……やります!」
エルマがG.50の魔導エンジンを吹かす。止めようとしたオヘアの手をすり抜け、黒いネウロイに飛び込もうとする。
その時。
「待ちなさいよ!体当たりしたって駄目よ!」
「…穴拭少尉 !? 」
エルマが上空を仰ぎ見る。
大声と共に、智子の姿が雲の中から現れるところであった。
智子は両腕を広げてエルマの前に立ち塞がった。エルマの目は見開かれていた。
「穴拭少尉……寝てたんじゃ……」
「私だって義勇独立飛行中隊の一員よ、寝てられないわよ」
「私はこう見えてもスオムスの撃墜王よ! あんたたちを見捨てることなんて、絶対にしない!」
「せっかく扶桑に帰れるのに……」
きっぱりと言い切った。
その言葉に、エルマだけではなくオヘアの目も開かれたままだ。ハルカは感激のあまり泣きそう。ウルスラだけはいつもと変わらなかった。
「智子! ユーは最高のエースね!」
オヘアが抱きついてくる。衝撃で、二人は空中をくるくる回った。
「ちょっと、目が回るから――」
言いかけて、智子はそこでようやく気づいた。
編隊が四人しかいない。いや、四人なのは当たり前だ。当たり前なのだが。
「……ちょっと。アイツは何処よ」
「アイツ、とは」
「とぼけないでウルスラ。中川尚樹よ。あの白いのっぽ」
一瞬、誰も答えなかった。
その沈黙で、智子の胃の底が冷えた。
「まさか」
「違います違います!」
慌てて手を振ったのはハルカだった。
「墜ちてません! 墜ちてませんから、そんな顔しないでください智子少尉!」
「じゃあ何処にいるの」
答えたのはウルスラだった。相変わらず、天気の話でもするような口ぶりで。
「南です。ラドガ湖の南方、およそ八十キロ。十時四十分に単独発進しました」
「……単独?」
「はい。同時刻、南方空域にも黒色個体の出現が確認されています。こちらとは別個体です」
智子は、言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「……別の黒いのが、もう一体いるの」
「はい」
「それをアイツが」
「一人で、押さえています」
風の音だけが残った。
智子の脳裏に、あの白い装甲が浮かぶ。この編隊が総掛かりでも外殻ひとつ破れなかった、あの化け物と同じものを、たった一人で。誰の援護もなく。誰にも見られないまま。
「……あのバカ」
呟きが漏れた。
「なんでそういうことばっかりするのよ、あいつは」
「中川少尉は言っていました」
ウルスラが続ける。
「『二体同時に来られると、こっちが挟まれて全滅する。南は俺が持つから、北はそっちで頼む』と」
「頼む、ですって?」
「はい。『あいつらは出来が悪いけど、逃げないから』と」
智子は歯を食いしばった。
腹の底が焼けるように熱い。怒りなのか、悔しさなのか、それとももっと別の名前のつかない何かなのか、自分でも分からなかった。
――勝手に一人で背負うな。
――置いていくな。
置いていったのはお前だろう、という声が、どこか自分の中から返ってきた気がして、智子は口を噤んだ。
「智子少尉」
エルマが恐る恐る言う。
「あの、中川少尉のところへ行くなら、私たちは――」
「行かないわよ」
即答だった。
「あいつは南を持つと言ったんでしょう。なら、こっちは私たちが持つの。当たり前でしょ」
そう言った瞬間、自分の肚が据わるのを智子は感じた。
いい。上等だ。
あいつが向こうを片付けるより先に、こっちを片付けてやる。そうすれば、あの生意気な顔に一生分の文句を言ってやれる。
「いい、聞いて。あの黒いネウロイは固くて火力も強い。生半可な攻撃じゃ成功しないわ」
「ならどうするねー」
「私に策がある」
「どんなことね」
「編隊を組み直すわよ、早く!」
智子は手早く説明をする。皆に指示して編隊を整えさせた。
いつもとは違い、特殊な編隊だ。先頭はオヘアが受け持ち、右横に智子、左横にハルカがつく。後方にウルスラと、彼女を支えながらエルマが並んだ。
「これが策ねー……? 」
不審げなオへアに智子は言う。
「私が合図をしたらシールドを張って。全員でやるわよ」
各人がシールドを展開すれば、編隊の前半分が透明な装甲で包まれる形になるはずだと彼女は説明した。
「いい、あれだけの大きさのネウロイだと、必ず内部にコアがあるの。コアを破壊すれば倒せるわ。逆に言えば、コアを破壊しないと意味がない」
智子の説明に皆がうなずく。
「あの固い外板を破壊しないとコアは出てこない。でも下手に近づいたらやられてしまう。だからこうやって編隊を密集させたのよ」
智子は先頭のウィッチに告げた。
「オヘア、あんたが一番タフでストライカーユニットも頑丈なの。だから先っぽを任せるわ」
「なるほどねー」
オヘアがうなずく。智子は後ろの二人にも言った。
「ウルスラは安定しないみたいだから、エルマ中尉がサポートしてください。シールドは途切れさせちゃ駄目です。全員分の魔力が必要です」
「了解です」
「分かりました」
二人も承知した。
「攻撃の主軸はハルカ、あんたよ」
ハルカが驚き、空中で飛び上がりそうになった。
「私ですか……! 」
「私は病み上がりだから、最後の瞬間まで攻撃は無理。あんたがまず撃って外板を破壊して」
「それは分かりましたけど …… 私、射撃下手で当てられるかどうか……」
「当てなさい」
「ええ……でもこの武器で破れるんでしょうが……」
ハルカが手元の機関銃に目を落とす。さっきの攻撃でも黒いネウロイの外殻を破壊できなかったのだ。
「これを使ってください」
平坦な声音と共に、ウルスラがハルカに鉄製の筒を差し出した。
二本ある。やけに太い。筒にはボタン代わりらしきレバーが装着されていた。形は素っ気ない上に不恰好で、智子は目をばちくりさせた。
「なにこれ」
「手製のロケット砲です。この間完成しました」
ウルスラは淡々と言う。
「これなら外板を破れるはずです。私はストライカーユニットが損傷して、うまく狙えないかもしれませんから」
「……ちなみに、試射は」
「中川少尉が付き合ってくれました。三発中三発、彼が的になりました」
「あのバカ」
「ええ。『ウルスラ、次はもう少し離れて撃ってくれ』と言っていました」
聞いた智子はすぐに決断した。
「よし。ハルカはロケット砲に持ち替えて」
「うう……分かりました」
ハルカは二本とも受け取り、一本を背負い、もう一本を両手で持つ。
準備は整った。ネウロイは遠ざかりつつある。もう時間はない。すぐにでも行かなくては。
智子は息を吸い、それから気づいてエルマに言った。
「中尉、お願いします」
「は、はい……? 」
「中隊長でしょう。私たちはあなたの命令で動きます」
「……そ、そうでしたね……分かりました。やります」
エルマは口元を引き締めた。大きく息を吸い込む。
「…全員傾注!」
芯の通った声に、皆は身を引き締める。
「これより敵黒色ネウロイへの攻撃を敢行します! シールド展開!」
全員分のシールドが張られて編隊を覆う。皆の身体が密着し、隙間がなくなる。
不揃いのストライカーユニットを履いたウィッチたち。不恰好で出身国もバラバラな「いらん子」ども。
それでも彼女たちの心は一つとなり、燃えていた。
エルマは息を吸い、大音声を発した。
「義勇独立飛行中隊、突撃!」
魔導エンジンを全力回転。耳をつんざく轟音が大空を埋め尽くす。限界まで引き絞られた弓から矢が放たれたように、ウィッチたちは発進する。
いらん子中隊の面々は、一丸となって突っ走った。
スオムスの上空を制圧せんとする黒いネウロイ。そして追いかけるウィッチ。
彼女たちは後方から食らいついた。
黒いネウロイからは、目も眩むばかりの防御砲火が放たれる。各所にあるパネルは赤々と輝き、全てがウィッチたちに指向していた。
「ワオ、ワーオ! すさまじいねー!」
「我慢しなさいよ!」
「任せるねー!」
智子の声に先頭のオヘアが叫ぶ。彼女の目には全てが自分に向かって放たれているように感じられるし、実際にそうだった。それでも全員の力を合わせたシールドは、破れることなく防いでいた。
怯むことなく前進するウィッチたち。ネウロイを倒すという使命と、互いの信頼関係が後押ししていた。
黒いネウロイからの攻撃がいっそう激しくなる。
「そろそろ限界ねー!」
オヘアが言うが、智子はほんの一瞬だけ我慢した。
そして叫ぶ。
「今よ!」
次の瞬間、ハルカの直前だけシールドが消える。同時に彼女はロケット砲のレバーを押し込んだ。
ロケット弾が放たれる。煙の航跡を残して突き進んでいく。
ぼひゅっと音がして、
「あ………あー!」
全員が絶叫した。ロケット弾は黒いネウロイにかすりもせず、明後日の方角へ飛んでいったのであった。
五人のウィッチたちはネウロイの上方を通過した。そのまま距離を取って離れる。
「なんで外すのよっ!」
たまらず智子が怒鳴った。ハルカはさすがに面目なさそうにしている。
「ご、ごめんなさい……」
「あと一発しかないのよ。次は絶対に外さないで」
「はい……」
エルマがその仕草に気づいた。ハルカは自信なさそうに返事をすると、顔の前で手を閉じたり開いたり、遠ざけたり近づけたりしていた。
「ハルカさん……もしかしたら、眼が悪いんですか……? 」
「……はい」
その返事に、智子は口をあんぐり開けた。智子だけではなく、全員が目を丸くした。
自信なさそうなハルカに、智子が詰め寄る。
「近眼なの!?」
「そうなんです……よく見えなくて」
「眼鏡ないの……?」
「あります……」
「かけなさいよ!」
智子の絶叫にびくっとするハルカ。それでも首を振った。
「でっ、でも、私、眼鏡をかけるとすっごく変な顔になっちゃいますから……」
「「「かけろっ !! 」」」
今度は全員で叫んだ。
だがハルカは頑なに、何度も首を横に振った。
「嫌ですっ、そんなの耐えられませんっ!」
「耐えなさいよ! たかが眼鏡でしょうが!」
智子はハルカの両肩を摑む。
「あんたがちゃんと当てないと、あいつを吹っ飛ばせないのよ! そうなったらパブにいた兵隊さんがやられるかもしれない。パブも破壊されるかもしれない。それに、ビューリングが犬死にになっちゃうのよ!」
智子は心から叫んだ。
「ハルカにかかってる、ハルカにかかってるの!眼鏡かけて! 私たちだけじゃない、ビューリングのために!」
智子の剣幕に押されながらも、ハルカは口を引き締めてなにも言わない。
「……それに」
智子は、自分でも思いがけないことを口走った。
「南の空にいるバカが、こっちを先に片付けられなかったって知ったら、一生言われるわよ。『あれ、間に合わなかったのか』って、あの気に食わない顔で」
ハルカの肩が、びくりと跳ねた。
やがて、小さくうなずいた。
「……分かりました……」
懐から眼鏡を取り出すと、弦を伸ばしてかけた。
眼鏡は丸くて大きく、牛乳瓶の底を数枚重ねた厚さであった。顔の大きさに比べ明らかに不釣り合いだ。
「……笑いません?」
「似合ってる」
智子は言った。
「ビューリングが見たら惚れるわよ」
「ナオキは褒めてくれまーす!」
「智子少尉に褒めて欲しいし惚れて欲しいです」
「考えとくわ」
黒いネウロイは正面から接近している。今度は射撃をしながらウィッチたちを蹴散らすつもりだ。尖った先端が鈍く光っている。
義勇独立飛行中隊はもう一度編隊を組み直すと相対する。もう失敗できない。ウルスラの作ったロケット弾は残り一発しかないのだから。
「……南の空、静かですね」
エルマがぽつりと言った。
爆発音も、光も、こちらからは何も見えない。八十キロという距離は、そういう距離だ。
「今頃あいつ、こっちを気にしてるでしょうね」
智子は前を睨んだまま言った。
「だから、さっさと終わらせるわよ。あいつが来る前にね」
再び突撃を開始した。
さきほどと同様に、オへアが槍の先端となって分厚くシールドを展開し、智子が右、ハルカが左に位置してカバー。エルマとウルスラはシールドの補強をする。
後ろから追い越すのと違い、あっという間にネウロイが大きくなっていた。
「上昇!」
エルマが号令。少しだけ頭を上げてネウロイの上に出る。
「降下!」
そして斜め下に見える黒い外殼に向けて突っ込んでいく。
「撃って!」
「はいっ!」
智子の号令と共に、ハルカはロケット砲のレバーを力一杯押し下げた。
乾いた音がしてロケット弾が飛び出す。推進剤に点火し、火を噴きながら飛んでいく。
今度は狙い違わず、ネウロイの真ん中に命中した。
轟音と炸裂音。黒い外殻が裂ける。風圧で外板が剝がれていき、内部構造物が剝き出しとなる。
「あれが……コア !? 」
エルマが言った。そこには真っ赤な立方体が、脈動するかのように輝いていたのだ。
「オヘア、そのまま!」
全員でコアに向かってダイブ。智子は備前長船の柄を握りしめる。風圧に負けないよう目を見開き、ネウロイとコアを目に焼きつける。
「……回避!」
オヘアとハルカが上昇。エルマとウルスラもあとに続く。
だが智子はそのままだった。回避と叫んだ瞬間、備前長船を抜いて前進し、シールドの防御から抜け出たのだ。
智子は両手で備前長船を構える。九七式戦闘脚が咆える。突進に気圧されたかネウロイの光線は狙いがずれ、全て後方に抜けていく。
柄を握りしめ、顔の横に刃を持っていく。
黒いネウロイの開口部に飛び込んだ。内部構造物に激突。彼女はそのまま愛刀と気合いのみで突っ込む。破片が巫女服に傷を作るが構わない。
ひたすらに赤いコアをめがけて駆ける。真っ赤な立方体が大写しになる。
コアは煌々と輝き、今まさに自分めがけて光線を撃ち出すつもりなのは、考えるまでもなく分かった。
至近距離。回避距離ゼロ。シールドを張る余力もない。
だが、智子は引かずに、気合いと共に前へ突き進む。
この光に呑まれれば、文字通りに溶けて無くなる。
でも、私は大丈夫だ。
根拠は無かった。
いや——
根拠は、後からやって来た。
赤い光が視界いっぱいに広がった時。
白く輝く銀の外装が、緑の残光を残しながら脇を抜けて、私の前に張り付いた。
一瞬、時が止まった気がした。
光は、そこで止まっていた。
装甲の背が、私の視界のすべてを塞いでいた。赤い奔流が四方に開き、その波を一身に受け止めて、それでも一歩も下がらない。
見たことがある。
台風の目の中で、山の頂に取り付いて、同じことをしていた背中だ。
浦塩でも、大陸でも、舞鶴の海でも、この二年間、私が何度も後ろから見てきた背中だ。
――ああ。
――間に合わせたんじゃない、こっちに。
――八十キロを、片付けてから。
言葉は出なかった。出す必要もなかった。
「うあああああっ!」
迷うこと無く、備前長船を振り下ろした。
刃は白い装甲の脇をすり抜け、光の壁の向こうにある赤い立方体の中心を、真上から断ち割った。
手応えは、驚くほど軽かった。
次の瞬間、智子の身体は反対側に抜けた。
そして、黒いネウロイが中央から、メキメキと音を立てて折れていく。真っ二つになったコアが炸裂し、衝撃波となってあたりを揺るがす。少し遅れて爆発の炎が全体を包み込む。
勝利の爆発音が、スオムスの大空に響き渡った。
轟音が智子の顔に吹きつける。黒いネウロイは四方に飛び散り、細かい破片となって、徐々に消失していった。
「智子少尉!」
ハルカの声が響く。上空から見つめていた義勇独立飛行中隊のウィッチたちは揃って抱き合い、歓声を上げていた。
それらの声は智子にも届いたが、耳には入らない。
彼女は霧散していく破片の向こう、それまで黒いネウロイが占めていた空中を、ただ見ていた。
そこに、白い装甲が浮いている。
翼の光はもう消えていた。装甲の表面はところどころ焼け焦げ、右肩の縁が溶けて歪んでいる。それでも、いつも通りに、ゆっくりとこちらを向いた。
『……よお』
「……」
『久しぶりだな』
「――あんた」
声が震えた。
「あんた、どこ行ってたのよ」
『南』
「そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
『じゃあどこも行ってない』
「嘘つき」
『置いてったのはお前だろ、んで肝心な時に寝てたのもお前』
「……」
『まあ、後ろにはいた。ずっとな』
「南は」
『終わった。……思ったより時間食った』
その言い方で、智子には分かってしまった。
「一人で、あんな化け物を」
『こっちが五人で一体、俺が一人で一体。数の勘定は合ってる』
「合ってないわよ、バカ」
智子は何も言えなかった。
言いたいことが多すぎて、そのどれもが、口に出したら涙になりそうだった。
だから彼女は、まったく別のことを言った。
「……ビューリングのかたきは、とったわよ」
『……そうか』
「あんたが、どこにいようとね」
『……ああ』
白い装甲は、それ以上何も言わなかった。
黒いネウロイは破壊された。今まで銀色しか目撃されなかったネウロイが黒となって攻撃力を増したのもさることながら、「いらん子中隊」が撃ち破ったことはスオムス空軍内で驚きをもって迎えられた。
「見事ね。感服しました」
帰還した智子を真っ先に出迎えてくれたのは、アホネン大尉であった。
「あなた……いえ、あなたたちのことを見くびっていたわ。改めて謝罪します」
「もういらん子中隊などとは呼ばないわ」
「別にいいわよ。なんか気に入ったの」
智子の返答に、アホネンはしばらく目をしばたたかせていた。
そしてくすりとすると、第一中隊のウィッチたちを整列させる。
「全員、気をつけ」
アホネンたちは背筋を伸ばす。
「いらん子中隊に、敬礼!」
一糸乱れぬ敬礼に、智子たちはしばし見とれていた。
その敬礼は、少し後ろに立っていた飛行服姿の男にも、当然のように向けられていた。
彼が一歩下がろうとしたので、智子は無言でその袖を掴んで引き戻した。
「……」
「……なんだ」
「そこにいなさいよ」
「……」
「いいから」
その後
ハッキネンも賞賛してくれた。もっとも彼女は批判するときも褒めるときも、口調が変化しないので本心が分からない。ただ被害がなかったことにほっとしたようで、雪女の心境の一端をうかがうことができた。
---