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穴拭智子様
いかがお過ごしでしょうか。スオムスでの活躍、聞き及んでいます。カールスラントではネウロイの攻勢激しく、油断のできない日々が続いています。
さて、きっとあなたは私を恨んでいることでしょう。
あなたのスオムス派遣を具申したのは私です。
でも、本当にあなたのためを思ってのことだったのです。私のそばにいたら、あなたは個人の撃墜数にこだわり、大局を見失ってしまったでしょう。
ならばスオムスで見知らぬ他国のウィッチと戦った方がいいと思いました。
噂であなたが苦心していると聞いていました。
ですが心配していませんでした。
あなたほどのウィッチならば、あらゆることを学び、吸収してさらに大きなウィッチとなっているはずだと。
きっと大きな戦果を挙げると確信していたのです。
スオムスに出現した黒いネウロイはこちらでも報道されました。
あれはカールスラントでもほとんど目撃されていません。
あなたが撃墜したのですね。自分のことのように嬉しいです。
あれを個人で撃墜するのは不可能だと思います。あなたには仲間ができたんですね。
並んで飛べる仲間が。
でも、こんな仕打ちを貴方に与えたうえで、少しだけ感謝してほしいこともあります。
彼を貴方のそばに立たせ、貴方を見守って貰うために、結構な無茶をしました。
彼は快く引き受けてくれましたが、その後隊長にはしこたま怒られました。
そこに後悔はありません。
ただ、貴方と彼が、縁もゆかりも無い土地でで支え合う中で深く繋がり、遠い遠い存在になってしまわないか。
そこだけが気がかりです。
というか、彼が北欧の地でまた新たにウィッチたちに囲まれているのは想像に難くないです。
ですので、貴方にも彼の見張りを改めてお願いしたいと思います。
いつの日か再び、あなた達と共に飛べる日を楽しみにしています。そのときに足手まといにならないよう、実力を磨いておきます。スオムスは息も凍る寒さだと聞きますが、どうか風邪などひかないでね。それではお元気で。
加藤武子
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「…………ばか」
顔を上げる。目の縁が少しだけ赤い。
「ばかね…二人とも」
手紙の皺を指でならし、いとおしそうに撫でる。
カールスラントで戦う親友、武子からだった。
自分をスオムスに送った張本人。少し前までは激昂したであろう内容も、今は感謝しかない。
自分をスオムスに叩き込んだのは彼女だ。そこまではもう知っていたし、腹も立てたし、勝手に納得もした。
だが、そこにあの男まで乗っていたとは。
「快く引き受けたって……快くって……」
――なにが「そりゃ俺の乗るのがコレだからだよ」だ。
横須賀の埠頭で、輸送船を親指で指して、いかにも偶然の顔をしていた。目的地が一緒だから、新兵がうわ言で嬉しそうに語っていたから、と。
全部後付けだ。あの時点で、あの男は既に頼まれていたのだ。
――どれだけ無茶をすれば通るのだ、そんなものが。
――どれだけ頭を下げれば。
智子は突っ伏したまま、便箋の端をぐしゃりと握った。
「……ずっと、黙ってたのね」
二人とも。
一人は、送り出した理由を「いずれ分かるときが来る」の一言で済ませて、フラッシュの中へ歩いていった。
もう一人は、頼まれて来たくせに「勝手にやってる」みたいな顔で、ずっと私の後ろの高度を飛んでいた。
置き去りにされても、振り切られても、何も言わずに。
そして最後には、赤い光の前に張り付いた。
智子は深く息を吐いて、手紙を丁寧に伸ばし直した。
でも、そのお節介焼きのおかげで、かけがえのない仲間を得たのだから。
――そして、失わずに済んだのだから。
智子は椅子に腰かけながら、幸せそうにゆっくり息を吐く。
そして目の前には、自分にこの手紙を届けてくれたウィッチ、ビューリングがのんびりコーヒーを飲んでいた。
彼女は智子の視線に気づき顔を上げる。
「どうした、私の顔になにかついているか?」
「ついてないけど……なんでコーヒー飲んでるの?」
「ブリタニア人が紅茶しか飲まないというのは大いなる偏見だ」
「そうじゃなくて、なんでこの部屋のコーヒー飲むのよ」
「自分の部屋で飲んだらコーヒー豆がなくなるだろう」
「私のだってなくなるわ」
「実に不思議な話だな」
ビューリングは平然と二杯目のおかわりをしていた。
彼女は死んではいなかった。墜落したものの、翌日には救出されてラッペーンランタ基地に運ばれていたのだ。怪我もほとんどなく、ハリケーンがしばらく飛べなくなったくらいであった。
智子は恨めしげに彼女を見つめる。
「なんで姿を見せなかったのよ」
「死んだと誤解させたかった。そうすれば智子も戦い方を変えるだろうからな」
「私、本当に死んだと思っていた」
「成功だな」
ビューリングの策は、ハッキネンやアホネンの許可まで取っていた。エルマ以下義勇独立飛行中隊の全員が承知しており、知らないのは智子だけであったという。
「……全員?」
「全員だ」
「……あいつも?」
ビューリングはカップを傾け、少しだけ間を置いた。
「あの男には、最初に話した」
「なんて言ってた」
「『気が進まない』とさ」
「……」
「だが、止めなかった。代わりに条件を出された」
「条件?」
「『三日以上は伸ばすな』だ」
智子はしばらく黙った。
三日。ちょうど、自分が黒いネウロイの前に飛び出すまでの日数である。
「……それだけ?」
「もう一つあった」
ビューリングはカップを置いた。
「『智子が本当に折れそうになったら、その時点で全部やめて姿を見せろ』とな」
「…………」
「あいつは、お前が意地を張るのは構わんが、壊れるのは駄目らしい。線の引き方が独善的な男だ」
智子は天井を仰いだ。
「……落ち込んで損した」
「私には得しかない」
「今度は私が死んだって嘘ついていい?」
「構わんぞ」
だが嘘をついたところで、ビューリングはきっと見抜くだろう。根拠はないがそう感じる。こういう女は博打やブラフが得意なのだ。
「あいつは信じると思う?」
「信じないな」
「でしょうね」
それに智子には死ぬ気などなかった。ビューリングもそうだ。今の彼女からは自暴自棄な雰囲気が出ていない。
義勇独立飛行中隊は、ビューリングの気持ちにも変化を与えていた。
部屋の扉が開く。ハルカとエルマが入ってきた。
「智子お姉様! ご無事ですか!」
「せっかくお姉様って呼ばなくなったと思ってたのに……」
「ビューリングさんになにかされませんでした?」
「したぞ」
「やっぱり! どんなことですか! 私にもしてください!」
「ちょっと、触んないで! されてないわよ!」
「面白いだろう」
「どう収拾つけるつもりなの!」
「いちいち考えたりするか」
じたばたする智子とハルカ。エルマは苦笑していた。
「そういえば穴拭少尉、受勲の話があったと聞きましたけど……?」
「あったわよ。直前で勝手に出撃したからおじゃんになったけど。別にいいわ」
勲章も帰国も、すでに智子の頭にはない。今はここが離れがたかった。身も凍るような寒さのスオムスは、彼女の一部になりつつあった。
「あの、それとですね」
エルマがおずおずと付け加えた。
「中川少尉の装甲、右肩がだいぶ焼けてしまって……整備の方たちが直せないって困ってたんですけど」
「あー」
「そうしたら、ご本人が『放っておけば直る』っておっしゃって」
「直るのよ、あれ」
「直るんですか!?」
「知らないわよ、私も。ただ勝手に直るのは見たことある」
「……すごいですね」
「すごくない。あいつのそういうところが一番むかつくの」
そう言いながら、智子は机の引き出しに手紙をしまった。
――見張り、ね。
――言われなくても、するわよ。
今度は荒々しく扉が開く。息せき切ってオヘアが飛び込んできた。
「智子、大変ねー! またウルスラが実験してるねー!」
「まあ実験くらい……」
「絶対吹っ飛ばすねー!」
「あいつが付いてるんでしょ」
「イエース! だから絶対吹っ飛ばすねー!」
「なんでよ!」
「『理論上は安全だ』って二人で言ってたねー!」
「一番危ないやつじゃない!」
次の瞬間、ずしんと音がして基地中が震動する。
「もっと遠くでやるねー……」
しばらくして、顔を黒くしたウルスラがやってきた。ぬるくなったコーヒーを飲み干し、無言で出ていく。
その後ろから、同じく顔を煤だらけにした男が現れ、扉の枠に手をついた。
「……智子」
「なによ」
「無事だ」
「聞いてない」
「言っとかないと、お前は後で怒る」
「もう怒ってる」
「そうか」
彼は袖で顔の煤を拭い、そのまま踵を返そうとした。
「――ちょっと」
「なんだ」
智子は椅子から立ち上がり、引き出しを一度だけ指で叩いた。
「武子から手紙が来たわ」
尚樹の動きが止まった。
「……そうか」
「全部書いてあったわよ」
「……全部か」
「快く引き受けたそうね」
「……」
「隊長にしこたま怒られたそうね」
「……あの人は、余計なことを書く」
「余計じゃないわよ」
智子は腕を組み、精一杯の仏頂面を作った。
「あんた、私に一言くらい言いなさいよ」
「言ったら台無しだろ」
「――ほら、そういうとこ!」
「扶桑、智子、今のなんの話だ」
「「なんでもない!」」
そのとき、いきなり基地のサイレンが鳴った。
『警報、警報。ネウロイの飛行集団がラドガ湖方面より進行中。第一中隊、義勇独立飛行中隊は緊急出撃せよ。繰り返す……』
ハッキネン自らの放送だ。智子は立ち上がる。
「よし、生まれ変わったいらん子中隊の力を見せてやろうじゃない」
パンと手を打ち鳴らし、愛用の備前長船をぶら下げる。
「準備よし」
そして扉の前の男を、じろりと見上げた。
「尚樹」
「なんだ」
「今日から、私の後ろじゃなくて隣を飛びなさい」
一瞬、間があった。
「……いいのか」
「よくないわよ。でも、そうしなさい」
「……了解」
エルマはすでに部屋から出ようとしている。彼女は振り返った。
「そういえば穴拭少尉、受勲って、何機撃墜したんですか?」
「忘れました」
と智子。
「もう気にしません。いきましょう」
「ええ」
エルマはにこりとしてから、言った。
「いらん子中隊、出撃です!」
スオムスの空に何本もの飛行機雲が描かれていく。
その中に一本だけ、煙を引かない、緑色の光の線が混じっていた。
いらん子中隊の面々は、冬の大空へと駆け出していった。
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