スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

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閑話「変数」

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ウルスラ・ハルトマンの私物は、極めて厳重に管理されている。

 

本人がそう決めているからだ。

 

木製の机の一番下の引き出しに、まず工具箱を入れる。工具箱の底には二重底を作ってある。そこに油紙で包んだ紙束を入れ、さらにその上から推進剤の配合表を置く。

 

三重である。

 

理由は明快だ。この基地には、他人の部屋のコーヒー豆を勝手に飲む人間や、鍵のかかっていない扉を平然と開ける人間や、ロケット弾の実験を「見学」と称して覗きに来る人間がいる。

 

つまり、油断できない。

 

その三重の底に何が入っているかというと、である。

 

一つ。本国のティーン向け雑誌。姉が読んでいたのを一度だけ見たことがあり、内容の九割は服と髪と星占いだった。二割ほど、それ以外のことが書いてあった。

 

二つ。人間の心理、特に男女間の心情の推移について書かれた翻訳書。著者はダキアの学者で、序文に「本書は科学である」と三度書いてあった。三度書く必要があったのだろうと、ウルスラは思っている。

 

三つ。ごく普通の生物学の医学書。

 

これは飛行学校の図書室から借りたまま返していない。人間という生物が、なぜ二種類に分かれているのか、その差が具体的にどこにどう出るのかが、図と表で整理されている。図と表があるものはよい。ウルスラは図と表を信頼している。

 

これらを三重に隠して、彼女は夜な夜な読んでいた。

 

どれだけ理知的であっても、未知に戸惑う少女であることからは、例えウルスラでも逃げられなかったのである。

 

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事の起こりは、単純である。

 

彼女はこれまで、男性と一日以上同じ場所で過ごしたことがなかった。

 

カールスラントの飛行学校は当然ウィッチだけである。原隊の第3防衛飛行中隊もそうだ。整備の兵に男はいたが、彼らは十歳のウィッチにとって「装備の一部」に近い存在で、会話らしい会話をした記憶がない。

 

それが今、同じ中隊にいる。

 

同じ食堂で飯を食い、同じ格納庫で図面を広げ、同じ倉庫で「その溶接は内側に寄っている」と言ってくる。

 

しかも、通じる。

 

これが一番の問題だった。

 

He112について正確な評価を述べ、教本の第四章が付録であることを知っており、ユグドラシルドライブなどという不誠実な名称を口にし、そして「当てる腕がないなら、当たらなくてもいい武器を作ればいい」と言った。

 

ウルスラの十年の人生において、彼女の思考をあの速度で追ってきた人間は、姉を含めて一人もいなかった。

 

姉は速い。だが姉は追ってこない。追い越して、笑って、どこかへ行ってしまう。

 

彼は、追ってくる。同じ歩幅で。

 

——それが何を意味するのか。

 

ウルスラには、分からなかった。

 

分からないものは調べる。それが彼女の唯一の作法である。

 

だから彼女は本を集めた。

 

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結論から言うと、本は役に立たなかった。

 

ティーン向け雑誌は「気になるあの人の前ではいつもと違う自分を」と書いていた。ウルスラは自室で三分ほど「いつもと違う自分」を試み、鏡の中の自分が単に姿勢の悪い十歳になっていることを確認して、即座に中止した。

 

心理学の本には、他者への強い関心は接触頻度に比例して発生すると書かれていた。これは納得できる記述だった。同じ中隊にいるのだから接触頻度は高い。よって関心が発生する。論理的である。

 

だが、それならオヘアやハルカやエルマに対しても、同程度の関心が発生していなければおかしい。実際には発生していない。オヘアが隣に座っても心拍数は変わらない。

 

よって、この説明は不十分である。ウルスラは余白に「反証あり」と書き込んだ。

 

生物学の本は、生物学の本であった。

 

ヒトという種の構造と機能について、極めて正確に、極めて事務的に記述されている。それ自体は有益な知識だったが、彼女が知りたかったことは一行も載っていなかった。

 

倉庫で図面を覗き込まれたときに、なぜ手元が狂ったのか。

 

「悪くない発想だ」と言われたときに、なぜ本を閉じてしまったのか。

 

姉より説明が上手だと口が勝手に言ったのは、どういう神経回路の誤作動なのか。

 

載っていない。どの本にも。

 

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一つだけ、答えらしきものを書いてある頁があった。

 

心理学の本の、第九章。

 

十歳前後の児童は、成熟への憧憬と、異性への憧憬を混同しがちである。

 

ウルスラは、その一文を三十秒ほど見つめた。

 

そして、非常に不服そうに眉を寄せた。

 

——納得できない。

 

十歳と、十五歳。

 

五年である。五年は、確かに大きい。彼はウルスラより背が高く、声が低く、書類を書く速度が速く、機体の図面を白紙から引ける。それらは全部「成熟」の側にある。

 

だから、自分は「大人」に憧れているだけなのだ。異性がどうこうではない。統計的にそうなのだ。

 

そう書いてある。

 

書いてあるが、これは答え合わせではない。

 

なぜなら——と、ウルスラは筆記具を取って余白に書いた。

 

私はハッキネン大尉にも、アホネン大尉にも憧れを覚えない。両名とも成熟している。

 

穴拭少尉は十六歳、ビューリング少尉は十八歳であり、私より成熟しているが、同種の反応は観測されない。

 

よって、当該仮説は「成熟」を独立変数として説明できていない。

 

書き終えて、彼女はペンを置いた。

 

置いて、それから、頭を抱えた。

 

反証が成立してしまった。

 

つまり、この現象は「大人への憧れ」では説明がつかない。説明がつかないということは、残っているのはもう一方の「変数」である。

 

「…………」

 

ウルスラは机に額をつけた。

 

ランプの油が減っていく音がした。

 

「……不本意です」

 

誰もいない部屋で、彼女は小さく言った。

 

「私は、この結論を、支持しません」

 

支持しないが、データがそう出てしまっている。

 

科学を信奉する者として、データを無視することはできない。

 

だがこの結論を採用した場合、次に必要となるのは対処法である。

そして対処法について書かれているのは、あの、九割が服と髪と星占いの雑誌だけである。

 

「……終わっています」

 

彼女は油紙を巻き直し、配合表を上に置き、二重底を閉じ、工具箱を戻し、引き出しを閉めた。

 

三重に封印して、ベッドに潜り込んだ。

 

翌朝、彼女は普段通りの無表情で食堂に現れた。

 

普段通り、机と表紙の底辺を揃えて本を置き、普段通り、黙々とパンを食べた。

 

「ウルスラ」

 

「はい」

 

 

話したのは普段通りの会話だった。

 

普段通りの会話だったのに、彼女は自分がパンを二回りほど小さく千切っていることに気づき、密かに記録した。

 

追加所見

会話中、咀嚼単位が有意に減少。

 

原因不明

 

継続観測とする

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