---
「ラウハ」
「はいっ」
「あなた、先日焼き菓子を作っていましたわね」
「はい!」
「どちらへ持って行きましたの」
「……第二中隊です」
「どなたに」
「…………中川少尉です」
アホネン大尉は、実にゆっくりと目を閉じた。
「……ヴィルマ」
「はい」
「あなたは先週、整備の手伝いをしていましたわね。第二中隊の格納庫で」
「勉強になると思いまして」
「うちの格納庫でおやりなさい」
「うちには嚮導戦闘脚がありません」
「あるわけがないでしょう!」
「……サンナ」
「はい」
「あなたはなぜ、最近ブリーフィングのたびに『中川少尉の見解では』と言うのですか」
「実際に見解を伺ったので」
「わたくしの見解は」
「もちろん伺っております」
「順番が逆でしてよ!」
第一中隊の六人が、揃って居心地悪そうに視線を落とした。
---
こういうやりとりが、この二週間で十七回ほどあった。
アホネンは数えている。彼女は数えるのが好きなのである。
事の起こりは明白だ。あの黒いネウロイの初交戦で、部下二名が撃墜され、そして誰も死ななかった。それだけである。
それだけのことが、六人の中で決定的に効いた。
以来、彼女たちは実に呆気なく、するりと、あっさり簡単に、六者六様のやり方で絆されていった。
素直な娘は素直に懐き、意固地な娘は意固地なまま「技術的興味です」と言い張り、恥ずかしがりの娘は挨拶だけを律儀に繰り返し、口の悪い娘は憎まれ口を叩きに行った。
方向はばらばらなのに、着地点だけが全員同じである。
「……なんですの、あの男は」
自室に戻って、アホネンは一人で呻いた。
「疫病神ですわ。歩く疫病神」
---
正直に言えば。
正直に言えば、彼女自身も、分からないではない。
分かってしまうから、余計に始末が悪い。
あの日、光線の前に割り込んできた白い背中。
魔力も持たず、それでも彼女たちよりずっと高いところを飛び、ずっと速く動き、ずっと硬いものを叩き切ってみせる存在。
——ウィッチという生き物にとって、あれは、あまりに眩しすぎる。
ウィッチは飛べる。世界でただ女だけが飛べる。それは特権であり、誇りであり、そして期限付きの貸与品だ。
十歳前後で魔力が発現し、十代後半で頂点に達し、二十歳を境に、急速に失われていく。
いつ来るかは分からない。だが必ず来る。
飛べなくなった日、彼女たちはただの女になる。地面に立って、他人が飛ぶのを見上げる女に。
その日が来ることを、ウィッチは全員知っている。
知っていて、来ないと思い込んでいる。思い込まなければ飛べないからだ。
そして、うすうす気づいている。
——いっそ、その日が来る前に、空の中に溶けてしまったって構わない。
そう思っている自分が、胸の底にいることを。
ハッキネン大尉は、飛べなくなっても地上に残った。あれは強い人だ。誰にでもできることではない。
そういう娘たちの前に、あの男は現れたのである。
期限のない翼を持って。
失うはずのない速さを持って。
そして、誰も死なせずに帰ってきて、格納庫で油まみれになりながらまた私たちが飛ぶことを当たり前に勘定に入れている。
——何も思うな、というのが酷な話なのだ。
アホネンは椅子の背に身体を預けた。
あれは、ウィッチにとって希望である。
同時に、ウィッチにとって喪失の予告でもある。
その両方を一度に突きつけられて、平静でいられる十六、七の娘がいたら見てみたい。
だから六人が絆されたことを、本当は、責められない。
責められないのだが。
「——だからといって」
彼女はがばりと身を起こした。
「そうあっさり認めてしまうのは、問屋が卸しませんわ!」
誰も聞いていない部屋で、彼女は宣言した。
わたくしは、あれを毛虫と呼んだ女である。
その場にいた全員の前で言い、そして撤回しないと明言した。謝罪はした。謝罪はしたが、撤回はしていない。ここは重要なところだ。
つまり、わたくしはまだ、あれを認めていないことになっている。
なっている以上、そう振る舞う責任がある。
「そうですわ。わたくしがここで崩れたら、第一中隊はどうなりますの」
全滅である。すでに六分の六が陥落している陣地で、指揮官まで白旗を上げたら、そこはもう陣地ではない。
「わたくしは砦ですわ。最後の砦」
そう決めた。
---
翌日、滑走路。
「中川少尉」
「はい」
「本日の哨戒は第一中隊が担当いたします。第二中隊は待機なさい」
「了解しました」
「……なぜ、そう素直に返事をなさるの」
「大尉のご担当ですから」
「……」
素直に頷かれると、こちらの言葉が行き場を失う。
彼女は咳払いをした。
「先日の空戦ですけれど」
「はい」
「あなたの機動は、独善的ですわ」
「そうですね」
「認めるのですか」
「編隊を組めませんから、必然的にそうなります」
「……」
「大尉の中隊のように動ける部隊が羨ましいです」
「————」
アホネンは、二秒ほど硬直した。
そして、真っ赤になって背を向けた。
「そっ、そういうことを、真顔でおっしゃるのはおやめなさい!」
「なにか失礼が」
「失礼ですわ! 極めて失礼! この上なく失礼!」
「申し訳ありません」
「謝らないでくださいまし!」
彼女は肩をいからせて歩き去っていった。
その背中を、六人が生温かい目で見送っていた。
「……大尉、また負けてる」
「三日連続」
「賭けは私の勝ちね」
「あなたたち、聞こえていましてよ!!」
---
その夜、アホネンは日誌に書いた。
十二月×日。哨戒任務、異状なし。
部下の綱紀が緩んでいる。要指導。
そこまで書いて、ペンを止めた。
しばらく考えてから、彼女は下に一行だけ書き足した。
追記。第二中隊の当該人物について、評価は保留とする。
保留である。断じて、承認ではない。
書いてから、それを三回読み返し、満足そうに日誌を閉じた。
砦は、まだ落ちていない。
落ちてはいないが、外堀はすでに埋まっている。
---