スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

31 / 52
閑話「らしさ」

---

 

所見。

 

「女の子らしさ」なる概念を、今から学び直すことは、現実的でない。

 

理由は以下の通り。

 

第一に、穴拭少尉のような性質は習得不可能である。あの人は立っているだけで何かを発している。自信、と呼ぶのが最も近いが、正確ではない。あれは自信を持とうとして持ったものではなく、最初からああである。顔立ちについても同様であり、これは努力の対象外に分類される。

 

第二に、迫水軍曹のような熱狂は再現できない。あの人は自分の感情を人前で全開にすることができ、なおかつ相手にそれを許させる。加えて菓子を作れる。菓子を作れるというのは、些細に見えて、実は極めて有効な特技である。私は湯を沸かすことすら失敗した経験がある。

 

第三に、オヘア少尉の声量と発育については、雲の上の話であり、比較を試みること自体が非合理である。

 

第四に、ビューリング少尉の破天荒さは、私のロジックのどこにも埋め込めない。あの人の行動には規則性がない。規則性のないものは学習できない。

 

中隊長については……ひとまず、置いておく。

 

結論。私は上記いずれの領域にも属さない。

 

料理をせず、裁縫を知らず、前髪を気にしたことがなく、流行り廃りに至っては存在すら把握していなかった。

 

雑誌でようやくそれらが「私の性に特有のもの」であると知った程度である。

 

無縁である。今後も無縁であろう。

 

---

 

さて、ここで一つ、極めて不都合な事実がある。

 

仮に。

 

億に一つ、私がそれらを身につけられたとして。

 

それを示したい相手が。

 

——このスオムスにおいて、それらを教えるのが一番手際のいい人物である

 

世話がない、という慣用句を、私はこの二ヶ月で初めて正しく理解した。

 

料理。あの人は作れる。整備兵に振る舞っている。

 

裁縫。あの人は自分の飛行服の裂けたところを、その場で縫っていた。手つきが速かった。

 

髪。ハルカが絡めたのを梳いていた。私も一度、飛行帽で癖がついたのを直された。無言で、実に手際よく。

 

つまり、私が習得したい技能の教師と、それを披露したい相手が、同一人物である。

 

これは論理的に破綻している。

 

破綻しているが、事実である。

 

---

 

追加所見。「兄」という概念について。

 

私には姉がいる。兄はいない。

 

姉は世話焼きではなかった。

 

これは非難ではなく、事実の記述である。姉は自分が飛ぶことに忙しく、私が転んでも立たせなかった。立てるようになるまで待っていた。「ウルスラは自分でやりたいでしょ」と言われた。実際その通りだったので、私は不満を持たなかった。

 

姉は、私の才能について「たくさん活かして欲しい。ただしどこか遠くで」と言った。

 

これも非難ではない。合理的な判断である。私も同じ立場ならそう言う。

 

彼は、世話焼きである。

 

倉庫に来る。溶接を見る。「ここが甘い」と言う。理由を説明する。危険であることを説明し、それでも実験そのものを禁止しない。屋外でやれと言う。人のいない方角を指定する。立ち会う。

 

そして先日、こう言った。

 

「お前が死んだら、次の実験ができないからだ」

この一文の処理に、私は現在も失敗している。

 

姉に対して、何らかの焦げ付いた欲求が湧いたことはない。

 

姉は姉であり、私は私であり、それで完結していた。

 

が。

 

……が。

 

これ以上は、やめておく。

 

記録として残すべき内容ではない。

 

---

 

総括。

 

単純な話である。

 

私は、人生で初めて、身内以外の異性と継続的に関わった。

 

その最初の一例が、彼だった。

 

比較対象が存在しない状態で、私は「異性とはこういうものである」という基準を、彼一人から抽出してしまった。

 

説明が的確であること。危険と安全を理屈で分けること。年齢を理由に説明を省略しないこと。「悪くない発想だ」と評価すること。約束の条件を先に提示すること。子供扱いをしないこと。そして——絡んだ髪を、無言で梳くこと。

 

これらが「標準」として、私の内側に刷り込まれた。

 

比較対象がないので、修正の機会もなかった。

 

つまり、私はもう、二度と帰れない。

 

将来、私がカールスラントに戻り、しかるべき年齢になり、しかるべき誰かと出会ったとして。

 

私はその人物に対し、無意識に問うだろう。

 

この人は、私の図面の甘いところを指摘できるか。

 

この人は、私が失敗したときに「三度目だ」と数えているか。

 

この人は、私が死んだら次の実験ができないと言うか。

 

言わないだろう。

 

そして私は、非常に事務的に、こう結論するのだ。

 

「条件を満たしていません」

 

---

 

その夜、ウルスラは机の一番下の引き出しを開けた。

 

工具箱を出し、二重底を開け、油紙の包みを取り出す。

 

雑誌を開いた。

 

「気になるあの人の前ではいつもと違う自分を」という頁を、もう一度読んだ。

 

そして、静かに閉じた。

 

「……無理です」

 

代わりにノートを開き、彼女は新しい頁にこう書いた。

 

課題:菓子の製法について。

 

理由:迫水軍曹が可能である以上、技能として習得可能な範囲にあると推定される。

 

問題:製法を知る者に教えを請う必要があるが、当該人物は本件における観測対象と同一である。

対応:迫水軍曹に依頼する。

 

懸念:迫水軍曹は理由を尋ねるであろう。

 

回答案:「熱量計算の実地演習」と説明する。

 

書き終えて、ウルスラは満足そうに頷いた。

 

完璧な計画である。

 

論理的で、無駄がなく、目的を秘匿しつつ達成できる。

 

翌日、彼女はハルカに声をかけ、そして開口一番にこう言われた。

 

「あっ、中川少尉のためですか?」

 

「……違います」

 

「そうですよね! 違いますよね!」

 

「違います」

 

「うんうん、私も違います!」

 

「……あなたは何の話をしているのですか」

 

「同志の話です」

 

「同志ではありません」

 

「そうですね! 同志ではありません!」

 

ハルカは実に晴れやかな顔で、粉と砂糖を持ってきた。

 

追加所見。秘匿は失敗した。

 

原因不明。継続観測とする。

 

---

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。