スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

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閑話「祝福」

 

晴れた空、キャッチボール


久しぶりに晴れた。

 

スオムスの冬に晴れ間が出ると、雪の反射で目が痛くなる。そのかわり、空はぞっとするほど青い。

 

オヘアは滑走路の脇で伸びをして、それから思い立った。

 

「ヘーイ、ナオキ!」

 

「なんだ」

 

「ボール!」

 

彼女は懐から硬球を取り出した。合衆国から持ってきて、荷物検査で三回説明を求められた代物である。

 

「投げるねー!」

 

「待て、グローブは」

 

「ノーグローブ! テキサス式でーす!」

 

「それはただの素手だ」

 

言いながら、彼はきちんと構えた。

 

ぱん、と乾いた音が滑走路に響いた。

 

「オー、いい音ねー!」

 

「痛いんだが」

 

「そのうち慣れまーす!」

 

投げ返された球を受けながら、オヘアは上機嫌だった。

 

彼女にとって、この男は「新しい友人の一人」である。それ以上でもそれ以下でもない。フレンドシップの名簿に載っており、名簿に載っていればそれで十分だと、彼女はすでに結論を出している。

 

ただ——

 

投げるたびに、思う。

 

これ、ずいぶん久しぶりだな、と。

 

---

 

魔法力に目覚めたのが十一の年。テキサスの家を出て、単身ウィッチの養成校に入った。

 

以来、男子の友人というものが、なぜか一人もできなかった。

 

嫌いだったわけではない。

 

偏見や差別は、キャサリン・オヘアという人間から最も遠い概念である。彼女は誰に対しても同じ声量で話しかけるし、同じ距離で肩を叩く。生まれつきそうなのだ。

 

向こうから仲良くしたそうに近づいてくる者もいた。整備科の少年。近所の食料品店の息子。基地の若い水兵。

 

嫌だと思ったことは、一度もない。

 

なのに、いつの間にか誰もいなくなっていた。

 

 

罪と罰


理由は、本人以外の全員が知っていた。

 

キャサリン・オヘアは、とても良く育っている。

 

制服が常にはち切れそうで、走れば揺れ、笑えば揺れ、抱きつけば相手の腕が沈む。

 

そこへ、あのオープンな性格が乗る。

 

初対面で肩を組む。誰彼構わず抱きつく。距離を測るという発想がない。合衆国では自由の国だと言い、実際、彼女の中では全部フレンドシップで説明がついている。

 

——それは、誘蛾灯である。

 

あるいは、木の幹に塗られた甘い蜜である。

 

本人にその気がないことが、事態を最悪にしていた。

 

だから周囲のウィッチたちは、必然的に彼女から男を遠ざけた。

 

悪意ではない。むしろ逆だ。オヘアの人の良さと、彼女が周囲から好かれていたことが、そのまま作用した結果である。

 

「ウィッチに近寄る男は、下心があるからだ」

 

養成校でも、艦の上でも、それは常識として語られていた。

 

そして、下心を隠すのが上手い男というものが世の中には存在する。悪意を持ち、優しさを装い、時間をかけて距離を詰めてくる者が。

 

そういう男が、この娘に接近したらどうなるか。

 

——皆、考えたくもなかった。

 

だから、遠ざけた。

 

近づく男がいれば、誰かが必ず先回りしてキャサリンに言う。「あの子はやめておきなさい」と。

 

こうしてキャサリン・オヘアの周囲から、少年は一人残らず消えた。

 

本人は、それらの諸々を、自分が馬鹿であることを理由に深く考えなかった。

 

——ミーはバカだから、よく分からないねー。

 

そう言って、笑って、次の日には忘れた。

 

そうやって、これまでを生きてきた。

 

バカなりの、バカ明るさだった。

 

そして、それが一番、周囲を安心させていた。

 

 

 

生の喜び


ぱん。ぱん。

 

球が行き来する。

 

「ナオキ」

 

「なんだ」

 

「ユー、ミーに抱きつかれても、なんで平気なんですかー?」

 

球が一瞬、変な方向に飛んだ。

 

「……いきなり何を聞くんだ」

 

「気になったからでーす」

 

「平気じゃないぞ。毎回死ぬほど困ってる」

 

「オー! 困ってるんですかー!」

 

「困ってるよ! 重いし、姿勢は崩れるし、智子には殺されかけるし!」

 

「あははー!」

 

「笑い事じゃない」

 

彼は球を受け止めて、それから、少し口を尖らせた。

 

「あのな、俺だってこう見えて、割と必死に平静を装ってるからな」

 

「装ってるんですかー」

 

「装ってる。ものすごく装ってる」

 

「じゃあ、なんで逃げないんですかー?」

 

「……逃げたら、お前が気にするだろ」

 

球が、オヘアの手の中で止まった。

 

「お前、そういうの気にしないふりが上手いけど、たぶん気にする」

 

「…………」

 

「だから逃げない。困ってるけど、逃げない。以上だ。ほら投げろ」

 

オヘアは、投げなかった。

 

球を両手で握ったまま、しばらく突っ立っていた。

 

「オヘア?」

 

「……ミー」

 

「なんだ」

 

「ミー、いま、すっごく嬉しいねー」

 

「なんでだよ」

 

「分かんなーい!」

 

彼女は思い切り腕を振りかぶり、全力で投げた。

 

「うわ、ちょ、待て、速すぎ——」

 

ばしん、と鈍い音がして、尚樹が尻もちをついた。

 

「ノーコンねー!」

 

「わざとだろ今の!」

 

「イエース!」

 

 

祝福


その夜、オヘアは自室の窓辺に座って、久しぶりに考え事をした。

 

彼女は考え事が得意ではない。得意ではないので、非常にゆっくり、一つずつ並べた。

 

初めての、男の子の友人。

 

皆が言うような感じでは、なかった。

 

下心を隠すのが上手いわけでもなく、優しさを装っているわけでもなく——むしろ「困ってる」と正面から言ってきた。困っているのに逃げなかった理由が、こちらへの気遣いだった。

 

そんな男が、いた。

 

たぶん、これはレアなのだ。

 

いらん子中隊の反応を見ればわかる。智子は毎回引き剥がしに来るし、ハルカは目を三角にするし、ビューリングは面白がるし、ウルスラは観察している。エルマだけがおろおろしている。

 

全員が「特別」として扱っている。

 

つまり、これは普通ではないのだ。

 

——なら、なおさら嬉しいねー。

 

普通じゃないものが、たまたまミーのところに来た。

 

養成校で消えていった全員のかわりに、たった一人だけ、残った。

 

「……オーケー」

 

彼女は窓の外の雪を見ながら、誰にともなく言った。

 

「ミー、バカでよかったねー」

 

深く考えなかったから、遠ざけられていることに気づかなかった。

 

気づかなかったから、拗ねなかった。拗ねなかったから、今も誰にでも抱きつける。

 

そして、抱きついた先に、逃げない男が一人いた。

 

これは、たぶん、祝福というやつだ。

 

自分の人生で一番大きな、祝福。

 

---

 

翌朝、食堂。

 

「ナオキ!」

 

「おはよう。……待て、来るな、走ってくるな」

 

「フレンドシップ!」

 

「やめろって! 皿が! 皿が!」

 

「オヘア!!」

 

「智子、おはようねー!」

 

「離れなさいって何回言えば!」

 

「あと三千回でーす!」

 

「多い!!」

 

「ちょ、智子、刀、刀は駄目だ! 俺が斬られる!」

 

「知るか!」

 

いらん子中隊の朝は、今日も晴れていた。

 

---

 

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