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雪原のネウロイ
「ねえビューリング、人生について考えたことある?」
「北欧の片隅で毎日雪とネウロイに囲まれているのは人生と言えるのか?」
「さあ。多分言えるんじゃない?」
「なら考えたことがある」
「どんな結論になった?」
「考えるだけ無駄ってことだ」
「なるほど、私と同じね」
ラッペーンランタ空軍基地、食堂の片隅。
ここ数日の猛吹雪のため、出撃どころではない。今年のスオムスは観測史上初を連発するほどの寒波に見舞われており、さしものネウロイも進撃を停止していた。
やることといえば、朝起きてストライカーユニットの暖機運転をして凍った魔導エンジンを溶かすだけ。それか寝る前に凍結しないよう暖機運転するか。どっちにせよ宿舎と格納庫の往復だけとなる。
暇をもてあまして、彼女たちは食堂でとぐろを巻いているのであった。
——一部の例外を除いて。
「人生ってのはね、もっと派手でぱーっと花火みたいに刹那的であるべきなのよ」
椅子に浅く腰かけ、天井を向きながら智子は言った。
「あるいは平凡地味で波風が立たないか。スオムスで雪と友達になるなんてのは、予定に入ってないの」
「今からでも人生の予定表をマシなものにするのはどうだ」
ビューリングは英字新聞に目を落としたままだ。
そのとき、食堂の外の廊下から、明らかに場違いな音が流れてきた。
弦楽器である。
しかも、それなりに上手い。
智子は天井を見上げたまま、実に嫌そうな顔をした。
「……またやってる」
「主計科の連中が持ち込んだらしいぞ。カンテレとかいうスオムスの楽器だ」
「なんで弾けんのよあいつ」
「知らん。本人は『触ってたら鳴った』と言っていた」
「腹立つ」
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中川尚樹という男は、暇を持て余すということがない。
暇なら暇なりに、使い魔たちと遊び、雑用に精を出す。
料理はもちろん、歌もできれば楽器もある程度扱える。おかげでこの数日、彼は基地じゅうから引っ張りだこであった。
主計科は帳簿の計算が合わないと言って呼びに来る。文官は書類のスオムス語を訳させに来る。整備班は凍った部品の外し方を聞きに来る。厨房は「肉が一種類しかないので飽きた」と泣きついてくる。
そして第一中隊が、なぜか毎日来る。
「中川少尉、この譜面の意味を伺いたいのですけれど」
「大尉、それ昨日も聞きに来てましたよ」
「ヴィルマ、黙っていらっしゃい」
「わ、私も聞きたいです!」
「ラウハ、あなたも黙りなさい」
「大尉が一番来てるじゃないですか」
「サンナ!!」
食堂の智子は、その騒ぎ声を聞きながらコーヒーを一気に飲み干した。
「……あの女、砦がどうとか言ってなかった?」
「外堀は埋まったらしいぞ」
「本丸も落ちてるでしょ、あれ」
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昼を過ぎたころ、当人が食堂に戻ってきた。
そして、椅子に腰を下ろした瞬間である。
「わふっ」
「きゅう!」
「クルル」
「うぉっ」
四方から使い魔が殺到した。
ビューリングのダックスフンドが真っ先に膝に飛び乗り、エルマのミンクが肩から首筋に潜り込み、ハルカのタヌキが足元にのしかかり、オヘアのアライグマが背中をよじ登った。
そして最後に、白い狐が悠然と歩いてきて、ダックスフンドを前脚で押しのけた。
「わふっ!?」
「コン」
『退きなさい。ここは主家に縁のある席です』
「くぅーん!」
「おい待て、押すな、落ちる、両方落ちる」
膝の上で犬と狐が押し合っている。
「うわあ……」
エルマが感嘆の声を上げた。
「動物に好かれるんですね」
「好かれてるのか、これ。物理的に圧迫されてるだけだと思うぞ」
「ミーのアライグマ、他の人には全然乗らないねー」
「ウルスラのアナグマは?」
「あの子は寝ています」
「賢いな」
「賢いです」
尚樹はどうにか体勢を立て直し、まずダックスフンドの背を撫で、それからミンクを首から下ろし、タヌキの腹を掻いてやり、アライグマに帽子を取られた。
「返せ」
「きゅっ」
「返せって」
その間ずっと、コン平は膝の一等地を確保したまま動かなかった。
そして、実に楽しそうに鳴いた。
「クルルル」
『尚樹、尚樹』
「なんだ」
「コン、コンッ」
『お嬢様も混ざってじゃれつきたそうに、さきほどからこちらを見ておられますぞ』
「見てない」
即答したのは、離れた席の智子である。
「……お前、聞こえてんのか」
「聞こえるわよ! 私の使い魔よ!」
「クルル」
『先ほどから三度、こちらを確認されました』
「してない!」
「クルルル」
『四度目です』
「コン平!!」
食堂が笑いに包まれた。
尚樹は膝の上の狐の顎を掻いてやりながら、にやにやと智子を見た。
「智子」
「なによ」
「来るか?」
「行かない」
「膝、空けとくぞ」
「空いてないでしょうが! 犬と狸と狐が乗ってるでしょうが!」
「じゃあ、こいつら退かすか」
「退かさなくていい!!」
「え、いいのか」
「いいって言ってない! ああもう、話をややこしくしないでよ!」
「智子少尉」
ハルカがすっと手を挙げた。
「私、猫の真似ができます」
「なんの話!?」
「膝に乗れます」
「乗るな!!」
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騒ぎが一段落したころ、オヘアが新しい新聞を持って戻ってきた。
「新しい新聞が届いたねー」
「さっき正門で配達の人が凍りかかっていたねー。仕事に熱心なのも考えものねー」
「適度に手を抜くのが長生きするコツだ」
「あんたは全力で手を抜いているでしょうが」
「ふん。まだ本気の私を知らないな」
智子はビューリングの手元を覗き込む。
「カールスラント南部でネウロイ大攻勢……ミュンヘンに翻る帝国旗……まだ陥ちてないってことよね」
「智子の同僚がいるんじゃないのか」
「武子はしぶといから生き残るでしょ」
「タケさんは死なないよ」
膝の上に狐を乗せたまま、尚樹が横から言った。
「あの人、いざとなったら全部計算して一番硬いところに逃げる。無理そうな戦をそもそも受けない」
「そうなのよね。あいつのそういうところ、腹立つけど信用できるのよ」
「褒めてるのか貶してるのか」
「両方」
「他には……空軍司令部によるカールスラント爆撃部隊招聘の噂……扶桑で新型ストライカーユニット開発……へえ」
智子は身を乗り出した。もっとよく読もうと顔を近づける。
肩口に接近する頭を邪魔に感じたか、ビューリングは新聞をぎりぎりまで閉じようとした。
「ちょっと! 読めないじゃない」
「私が先に読む」
「そこだけ読ませなさいよ」
「図々しいぞ。私の新聞だ」
「基地の新聞でしょうが」
なんとか読んでやろうと、智子はビューリングの肩口から頭を突っ込む。ビューリングは退かそうともがいた。
「しつこいな、実家の子犬だってここまでしてこなかったぞ」
そのとき、食堂の入り口から悲鳴のような声が伝わってきた。
「なにしてるんですか!」
ハルカだった。顔を真っ赤にし、唇を震わせている。
「智子少尉がビューリングさんに突っ込んでます!」
「変なこと言わないで!」
「じゃあなにをしていたんですか!」
「新聞読みたかったのよ!」
「だからって他人に頭から突っ込む人がいるんですか!」
「それは……そうなんだけど……成り行きよ」
「じゃあ私にも突っ込んでください。具体的には裸の時に!」
「冗談じゃない!」
そこで、膝の上に狐と犬と狸を乗せた男が、ぼそりと言った。
「……あのな」
「なによ!」
「俺がここにいるって分かってて、その話してるか?」
食堂が凍りついた。
智子の動きが完全に止まった。
「…………」
「いや、続けていいぞ。俺は聞かなかったことにする」
「あんた耳塞ぎなさいよ!」
「手が塞がってる」
「使い魔どかしなさいよ!」
「無理だ。三重に乗られてる」
「じゃあ出てけ!」
「俺、ここで飯食ってたんだけど」
「出てけ!!」
「智子少尉、私は続けても構いませんが」
「あんたは黙れ!!」
コン平が膝の上で、実にのんびりと欠伸をした。
「クルル」
『にぎやかで結構なことです』
外はまだ吹雪いていた。
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