スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

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吹雪四日目。

 

いい加減、全員の頭がおかしくなり始めていた。

 

「智子少尉」

 

「なによ」

 

「唐突ですが、ファーストキスの話をしましょう」

 

「しません」

 

「オー! ミー、その話好きねー!」

 

「オヘア黙ってて」

 

食堂のテーブルには、代用コーヒーと、ウルスラが試作した謎の焼き菓子(食べられなくはない)と、十回目のクロスワードが載った先週の新聞が並んでいた。

 

暇である。あまりにも暇である。

 

そして暇な軍隊が始める話題など、古今東西だいたい決まっている。

 

「私、まだなんです」

 

ハルカが両手を頬に当てた。

 

「取っておいてるんです。運命の人のために」

 

「勝手に取っときなさい」

 

「智子少尉のために」

 

「取るな」

 

「オヘアさんは?」

 

「ミーはノーコメントでーす」

 

「あるんですね!?」

 

「ノーコメントでーす!」

 

食堂が沸いた。オヘアは実に楽しそうにコーヒーを飲んでいる。

 

「ビューリングさんは」

 

「私に聞くな」

 

「あるんですね!?」

 

「聞くなと言っている」

 

「エルマ中隊長は!」

 

「わ、私は、その、湖しかない村の出身なので……」

 

「湖は関係ないでしょう」

 

「関係あります! 同年代が四人しかいなかったんです!」

 

「四人!?」

 

「そのうち三人が親戚です!」

 

「壮絶ですね……」

 

そして、ハルカの視線が、テーブルの端に座っている人物へ向いた。

 

厨房から借りてきた鍋を磨いていた男が、嫌そうに手を止めた。

 

「……やめろ」

 

「中川少尉」

 

「やめろって」

 

「あるんですか」

 

「答える義務がない」

 

「答えないということは、あるということです」

 

「その理屈はおかしい」

 

「あるんですね!!」

 

「なんでそうなる!」

 

---

 

ここから先は、もはや誰にも止められなかった。

 

「絶対ありますよ。だってこの人、扶桑にいた頃から周りが女の人だらけだったんですよね」

 

「陸軍と海軍のウィッチ部隊にいたからな。仕方ないだろ」

 

「その中の誰かとですよ」

 

「してない」

 

「してますって」

 

「してないって言ってるだろ!」

 

「じゃあ、加藤中尉とは」

 

「タケさんは上官だ」

 

「上官だからこそです!」

 

「意味が分からん!」

 

「では加東少尉とは!」

 

「ケイさんは五つ上だぞ」

 

「五つ上だからこそです!」

 

「だからなんでそうなる!」

 

「では黒江少尉と」

 

「アヤさんはやめろ。冗談でも怖い」

 

「怖いってなんですか」

 

「あの人にそういう軽口を叩いたら、次の日には基地中に噂として整理されて配布される」

 

「有能ですね」

 

「有能なんだよ、無駄に」

 

そして、ハルカの妄想は加速した。

 

「私、想像しました」

 

「するな」

 

「夜の格納庫です」

 

「するなって言ってるだろ」

 

「整備が終わって、二人きりで、油の匂いがして」

 

「なんで格納庫なんだ」

 

「では厨房で」

 

「もっと悪い」

 

「智子少尉! 聞きましたか! この人、厨房でなにかしたことがあるんですよ!」

 

「してない!!」

 

---

 

その智子はというと。

 

さっきから一言も喋らずに、コーヒーのカップを両手で握っていた。

 

——ない。

 

彼女は知っている。

 

少なくとも、事変の一年間においては、そんな相手はいなかった。

 

いなかったのだ。断言できる。

 

なぜなら、あの一年、自分がこの男の周りをどれだけうろついていたか、自分が一番よく知っているからである。浦塩でも大陸でも舞鶴でも、こいつが誰とどこで何をしていたかを、智子はほぼ把握していた。

 

把握しようとして把握していたわけではない。腹が立って見ていたら、勝手に全部見えていただけだ。

 

だから、ない。

 

ないのだが。

 

——なんで私が確認してるのよ。

 

そして、確認したところで、なぜこんなに落ち着かないのか。

 

ハルカが「格納庫で」と言うたびに、腹の底が妙な具合にざらつく。あるわけがないと知っているのに、想像だけは勝手に立ち上がる。

 

「智子少尉、どう思います?」

 

「……知らないわよ」

 

「智子少尉ならご存知では?」

 

「なんで私が知ってるのよ」

 

「一番近くにいらしたので」

 

「近くにいない!」

 

「え、いらしたじゃないですか」

 

「いない!!」

 

声が裏返った。

 

尚樹が鍋を磨く手を止め、実にわざとらしくこちらを見た。

 

「……なんだよ、その反応」

 

「なんでもない!」

 

「お前、詳しいだろ」

 

「詳しくない!」

 

「浦塩でも大陸でも、俺が誰と飯食ってたかまで把握してたよな」

 

「把握してない!!」

 

「してたよ。竹井と話してただけで三日不機嫌だったろ」

 

「してない!!! 覚えてない!!!」

 

「覚えてるじゃねえか」

 

「うるさい!!」

 

テーブルが揺れた。

 

---

 

その一部始終を、ビューリングは新聞の陰から眺めていた。

 

眺めながら、彼女は短く息を吐いた。

 

——面倒くさい。

 

正確には、面倒くさいのは目の前の騒ぎではない。

 

自分の内側である。

 

あの夜以来、彼女の中の何かが、ずっと弱火にかけられたまま煮えている。

 

床板の軋む音で正気に戻され、飛び起きて、犬に見上げられた、あの夜以来だ。

 

以来、こういう話題になるたびに、彼女は自分の反応を測定するはめになっている。

 

たとえば今、ハルカが「格納庫で」と言ったとき。

 

自分の胃のあたりが、わずかに重くなった。

 

たとえば今、智子が「近くにいない」と裏返った声を出したとき。

 

自分の口の端が、勝手に少しだけ下がった。

 

——十八にもなって、なにをやっているんだ。

 

軍規違反八十二回。始末書百六十二枚。営倉五十五回。軍法会議八回。銃殺刑になりかけたこと三回(検閲済み)。

 

その履歴の持ち主が、である。

 

「ビューリングさん」

 

「なんだ」

 

「なにか吐きましたね」

 

「息だ」

 

「意味深なため息でした」

 

「息に意味などない」

 

「では中川少尉について、なにかご存知では」

 

「知らん」

 

「本当ですか」

 

「本当だ」

 

「怪しいです」

 

「怪しくない」

 

ビューリングは新聞を畳んだ。畳んで、立ち上がった。

 

「タバコを吸ってくる」

 

「あ、逃げましたね」

 

「逃げていない」

 

「逃げてます!」

 

「逃げていない!!」

 

---

 

食堂を出て、廊下の突き当たりで火を点ける。

 

煙を吐いてから、彼女は自分の指先を見た。

 

まだ、あの夜の距離を覚えている。

 

鼻先まで、あと数センチ。

 

床板が鳴らなかったら、どうなっていたのか。

 

——考えるだけ無駄だ。

 

さっき智子と交わした結論を、彼女は自分に適用した。

 

人生について考えたことはある。結論は、考えるだけ無駄。

 

「……そうだな」

 

もう一口吸って、彼女は目を閉じた。

 

そして、実に苦々しく、独りごちた。

 

「味なんぞ、知らんままでいい」

 

食堂の方から、まだ悲鳴が聞こえている。

 

「だから、してないって言ってるだろ!!」

 

「では『した』としたら誰ですか!」

 

「仮定の話に答える義務がない!」

 

「智子少尉ですね!!」

 

「なんでそうなるの!!!」

 

「智子お姉様ぁーー!!」

 

ビューリングは煙を吐き、天井を仰いだ。

 

吹雪は、まだ止みそうになかった。

 

---

 

---

 

また食堂の入り口から一人入ってくる。今度は背の低い眼鏡をかけたカールスラント少女、ウルスラ・ハルトマンだった。

 

ウルスラは四角い木製の箱を首から提げていた。いっけん募金箱のようだが、メーターがいくつかついており、アンテナが飛び出ていた。

 

「なにしてるね」

 

「……動作確認です」

 

「それは?」

 

「開発したばかりの気象予報装置です」

 

「ただの温度計と気圧計ねー」

 

「そうとも言います」

 

ウルスラは食堂のあちこちを行ったり来たりしてはノートに数値を書き留めていたが、やがて大きくうなずいた。

 

「もうすぐ晴れます」

 

「ここには天候は明後日まで悪化すると書いてあるぞ」

 

「それは昨日までの情報です。すぐに晴れます」

 

つられて全員が窓の外を見た。

 

いつの間にか雪が止んでいた。雲が薄くなっていき、やがて太陽が顔を出しはじめる。

 

「ほんとだ……」

 

「よし、ウルスラ、当たったな」

 

鍋を磨き終えた尚樹が、布巾で手を拭きながら覗き込んだ。

 

「気圧の落ち方から読んだのか」

 

「はい。二時間で四ヘクトパスカル戻りました」

 

「じゃあ夕方まで持つな」

 

「持ちます」

 

「これで私と智子少尉の愛も深まりますね」

 

ハルカが余計なことを言った瞬間、基地内にサイレンが轟いた。

 

『警報、警報。カレリア方面よりネウロイ地上部隊および航空部隊が接近中。ウィッチはただちに迎撃してください。繰り返します……』

 

「晴れたら連中も来るってことを忘れてたわ!」

 

「ウルスラ、余計な予報しやがって」

 

「不当な批判です」

 

「冗談だ。走れ」

 

義勇独立飛行中隊の面々は、各々武器を抱えてスオムスの大空に飛び上がっていった。

 

---

 

第一中隊と別れ、針路を東に。ラドガ湖を目指す。

 

空は晴れ渡っており、遠くまでよく見えた。そのためネウロイはすぐに発見できた。

 

「あれです」

 

雪原に、地上型ネウロイがうごめいている。銀色の身体に虫みたいな足をいくつも生やし、槍の穂先のように突き進んで、人類の防衛線に穴を開けようとしていた。

 

「攻撃します。友軍を見捨てられません」

 

「機銃掃射でいいです。ネウロイの動きが止まったら、ウルスラさんが撃ってください」

 

「穴拭さんとビューリングさんは上空警戒をお願いします」

 

「……はい」

 

智子は首をすくめると、ビューリングと共にやや上昇した。

 

そして、そこで気づいた。

 

隣を飛んでいたはずの白い装甲が、いない。

 

「あれ?」

 

視線を下げる。

 

——降りていた。

 

「え、ちょっと」

 

ランスロットは高度を捨てて降下し、雪原すれすれで姿勢を起こした。両脛の側面の装甲が展開し、内側から車輪状のものがせり出す。

 

そのまま、接地した。

 

雪煙が真横に噴き上がった。

 

白い装甲は着地の衝撃を殺すことなく、そのまま雪の上を滑走し始めた。減速していない。むしろ加速している。

 

「……えええっ!?」

 

悲鳴を上げたのはハルカである。

 

「あれ、着陸脚じゃないんですか!?」

 

「着陸脚?」

 

「発着艦のときに出すやつだと思ってました! 船に降りるときに使うんだと!」

 

ハルカは横須賀航空隊出身である。航空歩兵の脚部から車輪が出ていれば、それは着艦の緩衝装置だと考えるのが自然だった。実際、スオムスまでの道中も、離着陸のたびにあれが出ているのを見ていた。

 

見ていたが、あくまで「降りるための脚」だと思っていたのである。

 

その「降りるための脚」が、いま、離陸時と同じ加速のまま、地上を走り回っている。

 

「走ってます! あの人、地面を走ってます!」

 

「そうよ」

 

智子はごく当たり前の顔で答えた。

 

「あいつ、地上型とやり合えるもの」

 

「そんな装備なんですか!?」

 

「装備っていうか、そういう用途があるのよ」

 

事変のとき、智子はそれを何度も見ている。

 

浦塩でも、大陸でも、ネウロイの地上部隊は常に脅威だった。ウィッチは空を守るが、地面を這う相手には手が出しにくい。上空から撃つしかなく、そのぶん撃たれる。

 

そこへ、あの白いのが降りていった。

 

歩兵の戦列に混ざって、地面を蹴って、装甲を掻い潜って、内側から潰していく。陸戦用のウィッチたちと肩を並べて戦っていたこともある。

 

——そういう男なのだ、あれは。

 

「ウルスラさん、あれの記録を」

 

「すでに取っています」

 

「あの、危なくないんですか!?」

 

「危ないわよ。だからやりなさいって話じゃない」

 

雪原の上を、白い線が一本走っていた。

 

地上型ネウロイの間を縫うように滑り、すれ違いざまに一体、また一体と両断していく。速度を落とさない。旋回は片脚を軸にして雪を削り、そのまま次の目標へ。

 

歩兵の戦列から歓声が上がった。

 

「ウィッチ万歳!」

 

「違うぞ、あれ男だ!」

 

「知ってる! それでも万歳だ!」

 

---

 

「……お見事」

 

ビューリングが咳く。

 

「目標がはっきりしている分、地上攻撃の方がやりやすいのかもしれないな」

 

「私たちの本業は飛んでる連中を片づけることよ」

 

と智子。

 

「地べたを這ってるのは専門職に任せたい」

 

「専門家がいるじゃないか」

 

「……いるわね」

 

腹立たしいことに、いる。

 

そのとき、動きを止めたネウロイ集団の中から異音がした。

 

雪原が突然盛り上がり、ざあっと雪が滑り落ちる。角張った銀色の外板が目に入った。

 

戦車のようで、それよりも巨大な、まるで陸上軍艦。巨大な砲塔を一つ備え、足の付け根に小型砲塔を二つ。それを蟹そっくりの六本足が支えている。

 

「歩行戦車……?」

 

ビューリングが言う。

 

「あんなの見たことないぞ……」

 

『下がれ』

 

インカムに声が入った。

 

滑走していた白い装甲が、大きく弧を描いて距離を取っている。

 

『装甲が違う。今の火力じゃ抜けない』

 

「中川少尉、そちらから見て」

 

『正面はまず無理だ。関節と、砲塔の付け根が薄い。だが六本足で常に一本は接地してるから、姿勢が崩れない』

 

「……厄介ですね」

 

『厄介だ』

 

エルマは判断した。

 

「攻撃をかけます。中川少尉は地上の歩兵の退避を優先してください」

 

『了解』

 

そして、三度の攻撃はすべて弾かれた。機銃も、ウルスラのロケット弾も。

 

「あの火力でも駄目なの……」

 

呟くと同時に、ビューリングの声が飛んだ。

 

「智子、上からも来たぞ!」

 

---

 

小型ネウロイ、六機。バラのつぼみのような形で、先端が鋭く尖っている。

 

「エルマ中尉はみんなをまとめてください! ビューリング、私のあとについてきて」

 

「私が智子の後ろか?」

 

「贅沢言うんじゃないの」

 

正面から交錯。一連射。効いていない。

 

旋回して追いつく。照星を合わせる。

 

その瞬間、小型ネウロイが横にスライドした。右にロールしながら降下したのである。

 

「えっ」

 

追う。

 

高度を捨てながら逃げていく。速い。これまでの小型より明らかに速い。

 

「速い……!」

 

九七式が悲鳴を上げている。軽量で格闘性能に秀でた名機だが、ここまでの追跡は想定されていない。

 

そして——小型ネウロイが、旋回機動に入った。

 

(しめた!)

 

巴戦なら絶対の自信がある。智子は旋回半径の内側に食い込み、照星を覗き込んだ。

 

ゆっくりと銀色の身体が中央に来る。引き金に指をかけた。

 

「智子っ!」

 

ビューリングの声。

 

はっとした。

 

同時に、目の前に歩行戦車型ネウロイが大写しになった。

 

——誘われた。

 

小型の砲塔が旋回し、機銃を向ける。

 

「まずいっ!」

 

射撃中止。引き起こしにかかる。だが遅い。角度が足りない。速度が乗りすぎている。

 

砲塔の銃口が、はっきりと自分を捉えた。

 

その、直前だった。

 

視界の左端から、白い塊が割り込んだ。

 

正確には——割り込まれた。

 

装甲の肩が智子の身体を横から掬い、進路ごと押しのける。同時に、彼の右腕が伸びた。

 

手にあるのは、機銃ではない。

 

肩から前腕にかけて折り畳まれていた長大な砲身が展開し、砲口が銀色の砲塔へ向く。

 

『——邪魔だ』

 

短い発砲音。

 

ヴァリスと呼ばれるその一撃は、機銃弾のような線を引かなかった。ただ、砲塔の付け根に穴が一つ開いた。

 

小型砲塔が根本からもげ、雪原へ落ちた。

 

そのまま白い装甲は智子の腕を掴み、シベリアモミの梢すれすれを引き摺るようにして上昇していく。

 

「ちょ、ちょっと! 自分で上がれるわよ!」

 

『上がれてなかっただろ』

 

「上がるとこだったの!」

 

『地面が三メートル下にあったぞ』

 

「五メートルはあったわよ!」

 

『それ自慢か?』

 

---

 

高度を回復し、腕が離された。

 

智子は乱れた前髪を払い、荒く息を吐いた。

 

胸の中で二つの感情が渋滞していた。

 

一つは、単純な怒りである。ただし相手は自分だ。

 

誘われた。攻撃意欲を逆手に取られ、高度を捨てさせられ、地面へ叩き込まれかけた。格闘戦をせず、あえて逃げに徹してこちらを引きずり込んだのだ。

 

扶桑海の巴御前が、である。

 

もう一つは。

 

「……また」

 

「なんだ」

 

「また世話焼いたわね、あんた」

 

『焼いてない。通り道だっただけだ』

 

「嘘つきなさいよ。あんな正確に砲塔の付け根撃っといて」

 

『あそこしか抜けないからだ』

 

「そういうことじゃない!」

 

智子は口をへの字にして、そっぽを向いた。

 

不貞腐れている、と自分でも分かっている。分かっているが止められない。

 

助けられたことに腹を立てているのではない。

 

助けられなければならなかった自分に腹が立っていて、そのぶんの八つ当たりが、いま隣を飛んでいる白い装甲に向かっているだけである。

 

「……ありがと」

 

「聞こえない」

 

「二度と言わない」

 

『あ、ちゃんと聞こえてたぞ』

 

「性格悪い!!」

 

『お前に言われたくない』

 

---

 

小型ネウロイは上昇し、そのままどこかへ飛び去っていく。歩行戦車型も、追撃はせず、砲塔を一つ失ったまま、ゆっくりと後退していった。

 

「あいつ……」

 

「智子、もうできることはなにもないぞ」

 

ビューリングが追いついてきた。

 

「あんたから見て、さっきのネウロイどうだった?」

 

「無謀なことをしない。後ろにつかれたらすぐに逃げる。しかもまっすぐ」

 

『同意見だ』

 

尚樹が言った。

 

『あれ、こっちの旋回性能を測ってた。智子の九七式が一番よく曲がるのを見て、わざと曲がって見せて、内側に入らせたんだ』

 

「……つまり、選ばれたってこと?」

 

『一番食いつくやつを選んだ、って言った方が近い』

 

「余計に腹立つ言い方するわね!」

 

『事実だ』

 

ネウロイは学習している。歩行戦車型といい、人類を上回る方法で戦いを有利に運ぼうとしていた。

 

「私、してやられたわ……」

 

「そうだな。やつらは賢かった」

 

エルマたちも戻ってきた。怪我はない。だが顔は一様に疲れていた。

 

「平気か?」

 

ビューリングが声をかけてくれた。

 

「気にすることはない。たまたま相手がうまくいっただけだ。智子ならすぐ対処できる」

 

「ありがと。あんたがなぐさめてくれるなんて珍しい」

 

「本音を言うと、元気があろうとなかろうとどうでもいいが、智子が出撃できなくなるとしわ寄せが来るんだ」

 

「そっちの方があんたらしい」

 

『フレデリカ、今のは下手だぞ』

 

「うるさい」

 

『もっとこう、優しく』

 

「うるさいと言っている!」

 

「……あんたたち、いつからそんな仲良くなったのよ」

 

「なっていない」

 

『なってない』

 

「息が合ってるじゃない!!」

 

---

 

地上では歩兵部隊が立て直しをおこなっていた。

 

負傷者を収容し、雪面に穴を掘って次の攻撃に備えている。白い装甲が数人がかりで担架を運ぶのを手伝い、それから雪の上に落ちた砲塔の残骸を蹴って確かめていた。

 

「帰投します」

 

エルマが言った。

 

「今日のことをハッキネン大尉に報告しましょう」

 

「あと」

 

智子が付け加えた。

 

「あの馬鹿が持って帰ろうとしてる残骸も、報告に入れてください」

 

『拾っていいか』

 

「駄目に決まってるでしょ! 消えるわよそれ!」

 

『消える前に測るんだよ』

 

「ウルスラ、あんたも止めなさいよ!」

 

「私は賛成です」

 

「賛成するな!!」

 

義勇独立飛行中隊のウィッチたちは、ラッペーンランタ基地へ針路を取った。

 

その最後尾を、雪煙を上げながら、白い線が一本ついてきていた。

 

---

 

 

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