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その日の夜、ラッペーンランタ基地のブリーフィングルームにウィッチが集められた。
義勇独立飛行中隊だけではなく、第一中隊も一緒だ。
そして部屋の一番後ろ、壁際に椅子を一つだけ置いて、飛行服の男が座っていた。
「本日の戦闘はご苦労でした」
ハッキネンは黒板の前に立って告げた。
「本日の戦闘で義勇独立飛行中隊が、新型のネウロイと接触しました。地上型ネウロイの新型です。残念ながら写真はまだですが——」
「あります」
「……中川少尉」
「あります」
尚樹が立ち上がり、丸めた紙束を掲げた。
「残骸が消える前に、寸法を測って書き起こしました。足の関節構造と、砲塔の付け根の断面です。あと歩幅と接地圧の推定値」
第一中隊がざわめいた。
「消える前にって……あの、いつ測ったんですか」
「歩兵の退避を手伝いながらです」
「同時にやったんですか!?」
「手が二本あるので」
ハッキネンは眼鏡の位置を直しながら、紙を受け取った。
「……以後、こういうものは事前に申告してください」
「はい」
「よくやりました」
「はい」
彼はまた座った。ラウハという娘が振り返って「すごい」と口を動かし、アホネンに後頭部を叩かれていた。
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「頑強な装甲で覆われており、現有兵器では破壊が困難です」
「じゃあ目的はなんだったんですか」
「レイヴォネン中尉」
「は……はい!」
エルマが立ち上がる。
「ええっと……ネウロイはなんていうか、色んな動きをして武器も全部使っていたんです。でも目標は適当で、片端から試しているみたいで……。ですから、実戦投入試験だったのではないかって思います」
「……その、これは中川少尉とも話したんですけど」
彼女は後ろをちらりと見た。
「六本足なのに、一度も転ばなかったそうです。地面が雪と岩と森でばらばらなのに。つまり、脚の制御はもう完成してるんです。試していたのは脚じゃなくて、武器の使い方の方だって」
「なるほど」
「あと」
エルマは少しだけ言い淀んだ。
「あの人、あれは『量産前の一号機だ』って言ってました。理由を聞いたら『俺もそうだったから』って」
ブリーフィングルームが、一瞬静かになった。
「……座ってください、中尉」
ハッキネンはそれ以上触れなかった。
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「よって歩行戦車型ネウロイへの対策が決定されるまで、対地攻撃は禁止となります」
室内がざわついた。
「あの、対地攻撃が禁止されたら、陸軍の人たちになにもできません」
「その通りです。支援するな、ということです」
「そんな……」
「貴重なウィッチに無策のまま歩行戦車型ネウロイを攻撃させられません」
「……あの」
後ろから手が挙がった。
「中川少尉」
「俺は」
「あなたも禁止です」
「まだ何も言ってません」
「言おうとしたでしょう」
「……はい」
「あなたが一人で降りて、一人で潰して帰ってくることは可能でしょう。ですが今日、あなたの砲は砲塔一つを落としただけです。本体の装甲は抜けていません」
「抜けませんでした」
「では禁止です」
「はい」
素直な返事だった。素直すぎて、智子はかえって嫌な予感がした。
こいつが素直に頷くときは、大抵、別の方法をもう考えている。
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解散となり、皆はブリーフィングルームから廊下に出る。
智子はまだもやもやしたものを抱えていた。ハッキネンへの不満ではない。もっと内面的な、自身の問題である。
「……少尉、穴拭少尉」
はっとして顔を上げる。眼前に金髪縦ロールのウィッチがいた。
「悩みごと?」
「……なんとも言えなくて」
「あなたの部屋に行っても?」
「は? 大尉はやっぱりそっちの趣味の持ち主だったのね」
「変なことを言わないで」
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自室。白湯を挟んで、話は本題に入った。
「エルマ中尉から空戦内容を聞きましたよ。敵の策にかかったって」
「口に出さないでくれると嬉しい」
「こちらが相手を上回ったら、相手もこちらを上回ろうとする。当たり前でしょう」
「そうなんだけどね、なんかもやもやするの」
智子は膝を抱えた。
「敵が逃げたら追いすがって攻撃する。簡単な話よ。いつもそれで勝ってきた。でもそうはいかなかった。問題はね」
「当てて見せましょう。これからも負け続けるのではと考えた」
「正解」
「予感って言うの? ネウロイが成長しているのに、私は扶桑からずっと同じように戦っている。ストライカーユニットも九七式一本槍。多分私自身にも進化が必要なのよ。なのに」
「学んできたことを捨てたくない」
「それも正解。あんたってほんと大嫌い」
「光栄です」
アホネンはカップを両手で包んだ。
「……ところで、あの方はなんて仰っていたの」
「誰よ」
「中川少尉」
「なんで出てくるのよ」
「あなた、あの方に聞かなかったの? 今日、助けられたのでしょう」
智子は口をへの字にした。
「……聞いたわよ」
「なんて?」
「『お前は、勝ち方を一個しか持ってない』」
アホネンが少し笑った。
「手厳しいですね」
「それだけじゃないわよ。私が言い返したら、こう言ったの。『でもその一個は世界一だ』って」
「あら」
「腹立つでしょ。褒めてんだか貶してんだか分からないのよ、あの男は」
「褒めていますよ」
「分かってるわよ!」
智子はベッドに倒れ込んだ。
「……分かってるから、腹立つの」
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「横になれば?」
「襲わないって約束して」
「しません」
がちゃりと音がして扉が開いた。
「智子、私の……おや」
ビューリングだった。
「邪魔をした」
「なんの用よ」
「コーヒー豆を持ってきたんだ」
「どうせあんたが一人で飲むんでしょうが」
「そのつもりだったんだが、邪魔したみたいで悪かった」
「なに考えているか知らないけど、邪魔はしてない」
「いや、自分のしたことを反省している。私は退散するから続けてくれ」
「もしかして、なにか言い触らそうとしてない?」
「よく分かってるじゃないか」
ビューリングは廊下に去り、遠ざかりながら叫んだ。
「ハルカ! 智子が女と二人きりだぞ! ——おい扶桑、お前も来い、面白いぞ!」
『行かん』
「なんでだ」
『斬られるからだ』
「賢明だな」
「あの二人、いつからあんなに仲良くなったのよ……」
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そして案の定、ハルカが暴風のように飛び込んできて、暴風のようにアホネンに連れ去られていった。
「アホネンさん、アホネンさん、楽しむなら三人一緒にしませんか!」
「あらあら、往生際の悪い娘だこと」
「いっそ四人でも! ビューリングさんかオヘアさんを呼びましょう!」
「おほほほほ!」
遠ざかっていく騒ぎ声。
智子は自分で部屋の扉を閉じると、ベッドに横になった。
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ようやく、静かになった。
薪ストーブの中で、火が小さく音を立てている。
智子は天井の電球を見つめ、それから目を閉じた。
瞼の裏に、今日の光景が浮かんだ。
雪原を滑走する白い線。旋回のたびに削れる雪。展開する砲身。砲塔の付け根に開いた、たった一つの穴。
——二年前。
事変で見ていたときも、あいつはそうだった。
銀の鎧を纏って駆け抜けて、二刀と、あの正体不明の銃で。
地の上ではあの車輪で跳ね回り、空の上では飛行機の翼をそのまま背負ったような、奇々怪々な姿で舞っていた。
初めて見たときは、腹が立った。ウィッチでもないくせに、と思った。魔力も持たず、使い魔も持たず、それでも自分たちより高く速く飛ぶものが、この世に存在していいはずがないと思った。
——じゃあ、あいつは何も変わっていないのか。
そう問われたら、違う。
そして、それを知っているのは、この基地では自分だけだ。
挺身作戦。
あの扶桑海の上。台風の目の中。
嵐に吹かれて視界が白く濁る中、輝きとともに現れた、六つの緑の羽根を纏った姿。
あれは、それまでのあいつではなかった。
飛び方も、戦い方も、本当に常軌を逸していた。光線の奔流を正面から押し返しながら山の頂へ張り付き、自らを導線にして障壁を焼き切った。あの瞬間、あの場にいたウィッチ全員が、人間が見てはいけないものを見た顔をしていた。
そして。
そのあと、アイツは真っ逆さまに落ちた。
翼が消えて、光輪が霧散して、糸の切れた人形みたいに、頭から。
私が拾い上げた。
魔力がもう一滴も残っていない状態で、あの重い塊を抱きしめて、そのまま一緒に海に沈むつもりだった。
そこに、もう一人が上から覆いかぶさってきた。
竹井醇子。
あの、線の細い、海軍のひよっ子。
——「私の全部、あげるから」
あの子の祈りが、私の空っぽの回路に流れ込んできた。
だから、私たちは上がれた。
意地で拾い上げた結果、あいつは今、こうしてスオムスの地にいる。
「…………」
智子は寝返りを打ち、毛布を引き寄せた。
つまり、そういうことなのだ。
あいつは、変わった。
一度、限界の向こう側に行って、落ちて、拾われて、それでも次の日には病室で下らない冗談を言った。
私が拾ったものは、変わったあとのあいつだ。
——なら。
私も、変われるんじゃないの。
九七式以外を履いたことがない。巴戦以外は得意じゃない。今までのやり方を捨てるのは、自分が否定されるみたいで嫌だ。
そのどれもが本当だ。
だがあの男は、あの日、それまでの自分を全部使い切って、空から落ちた。
落ちて、また飛んでいる。
「……ずるいわよ」
智子は毛布の中で呟いた。
「先に行ってんじゃないわよ、馬鹿」
日々進化し続けるネウロイ。従来の武器も戦法も、こだわった分だけ辛酸を嘗める。
必要なのは対抗策であり、自己進化だ。
どうしたらいいものかは、まだ分からない。
分からないが、方向だけは、少しだけ見えた気がした。
目を閉じる。智子は軽い寝息を立てはじめた。
夢の中にネウロイは出てこなかった。
代わりに、緑の羽根が六つ、遠くの空を横切っていった。
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