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ロマーニャの贈り物
散々な結果と言っていい。
第一中隊の損害は、死者こそいないが負傷者二名。ストライカーユニットの損失が智子のも含めて三機。装備品の不足に頭を痛めるスオムス空軍にとっては手痛い損害だ。
なにより歩行戦車型ネウロイを破壊できなかったのが大きい。一体は白い装甲が脚をもいだが、後続の二体は無傷のまま鉄橋を渡った。
幸いなことに、鉄橋を押さえたネウロイは対岸に橋頭堡を築くと前進を停止した。歩行戦車型も姿を消している。ひょっとすると長時間の活動は難しいのかもしれない。
爆弾を投棄して攻撃をふいにした義勇独立飛行中隊だったが、ハッキネンに絞られたもののそれ以上のおとがめはなかった。
もちろん良かったわけではないので、智子たちの心はどんよりと雲がかかった状態となっていた。
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その日の夜も、翌日の朝食も、味のしない食事を終わらせ、なにもせず食堂でうろうろする。
自室に戻るでもなく、かといって雑談に花を咲かせるでもない。敗戦の苦みを処理しきれないまま体内に溜め込み、居座らせているのであった。
「なんかもう、ぐったり来るねー」
十分寝たはずなのに、オヘアは何度目かの台詞を口にした。
「陸のは攻撃できないし、空のも進化してるよ。このままじゃじり貧ねー」
「そこをなんとかするのが我々の役目だ」
ビューリングが返答する。彼女は椅子に浅く腰かけ、天井の木目を数えていた。
「スオムスからはそう期待されている。本国は左遷先くらいにしか思ってないだろうが」
「ミーの祖国は装備も人員も、たくさんあるんだから、もっと送って欲しいね」
「事情でもあるんだろう」
「どんな?」
「さあな」
ビューリングの答えは素っ気ない。
——よくない空気だ、と智子は思った。
いつものビューリングなら「ブリタニアから独立した生意気な植民地ことリベリオン」への皮肉を口にしているはずである。それが出てこないのは、彼女の心中も澱んでいるからだ。
そして、こういう空気を、智子は知っている。
嫌というほど知っている。
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扶桑海事変。
開戦した一九三七年の夏から、翌三八年の頭まで。
あの時期、智子たち陸軍の部隊は、海軍と共同戦線を張っていた。浦塩から大陸へ、大陸から沿岸へ。指揮系統が違う二つの軍が、同じ空を分け合って飛んでいた。
——あの半年ほど、自分の周りでこういう空気が流れたことは、ほとんどなかった。
負けなかったわけではない。むしろ負けていた。撤退もした。仲間も墜ちた。
だが、しみったれた空気だけは、なぜか長続きしなかった。
理由は、はっきりしている。
あれが、何もかも守っていたからだ。
戦況が悪くなれば飛んでいって蓋をした。誰かが墜ちそうになれば拾った。飯がまずければ厨房に入り、機体が壊れれば整備場に立ち、士気が落ちれば下らない冗談を言って誰かを怒らせた。
腹が立った。本当に腹が立った。
なんでこいつが全部やるのか。なんでこいつがいると場が回るのか。私たちウィッチの戦争なのに、なんで魔力も持たない男が中心にいるのか。
だから毎日噛みついた。噛みつくと必ず返ってきた。返ってくるから、怒りが行き場を得て、そのうち馬鹿馬鹿しくなって、飯を食って寝た。
——そうやって、あの半年は過ぎたのだ。
そして。
三八年の四月。部隊の再編があった。
陸軍は陸軍で、海軍は海軍で。指揮系統が整理され、共同戦線は解かれた。あれは第二航空戦隊の方へ、智子たちは大陸の奥へ。
その日から、途端に、負け戦続きだった。
撤退、撤退、また撤退。浦塩の放棄。大陸側領土の放棄。前線は下がり続け、報告書には撤退という語しか並ばなくなった。
あの数ヶ月は、智子の人生で一番、色々な意味でやられた時期だった。
戦果は上がらない。仲間は消耗する。宿舎の空気は毎日重く、誰かが誰かに当たり散らし、最後には武子と殴り合った。
そして、一番きつかったのは。
——**見下ろしてくるのがいない空っぽさ**だった。
上を見上げても、あの白いのが飛んでいない。
墜ちそうになっても誰も拾いに来ない。無理に突っ込んでも「無茶をするな」と怒鳴る奴がいない。生意気な口を叩いて自分を怒らせる奴がいない。
戦場が、静かだった。
静かなことが、あんなに恐ろしいとは思わなかった。
もっとも——
そんなことを認める女では、穴拭智子は断じてなかった。
当時は「せいせいしたわ」と言っていた。武子には「うるさいのがいなくなってよかった」と言った。日記にも書かなかった。
いまも認める気はない。
「……穴拭さん?」
エルマに突かれて、智子は顔を上げた。
「こういうのって、あまりよくないですよね」
「まあねえ」
「穴拭さんもなんかいつもと違います……」
「だってストライカーユニットが壊れたんだもん。あれ、扶桑海事変からずっと使ってたのよ。北の果てで破壊されるなんて」
「うちの整備兵なら別のエンジンを取りつけてくれるかも……」
「それでもどうにもならないって言ってた。エンジン換装して外板も張り替えればいけそうだけど、それって別の機体ってことよね」
「はあ……」
「腹立つけど誰かに当たることもできやしない」
——本当は、当たれる相手が一人いる。
いま、格納庫にいる。昨日の帰投から一度も出てきていない。
だが今日は、なんとなく、当たりに行く気になれなかった。
「あ、あの、穴拭さん。こういう雰囲気って経験ありますよね」
「そりゃまあ。大陸で酷い目に遭って撤退したわけだし。負け戦はみんなの気が立つし」
「どうなりました……?」
「そうねえ、最後は誰かが爆発して、摑み合いの喧嘩やったわよ」
「怖いです。どうやって収めたんですか?」
「さあ。私が武子の頬に一撃入れて、武子は私の腹にパンチかましてどっちも気絶したから、あと知らない」
「ええ……。ここで喧嘩になったらどうすればいいんでしょう……」
「壁に箒がかかっているじゃない」
「…………」
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だがこの鬱屈した雰囲気は、ちょっとしたことで弛緩した。
ルーデルとアーデルハイドが入ってきたのだ。
「すまんな諸君、もう朝食は終わってしまったか」
ルーデルはいつもと変わらない口調でやってくる。食堂内の空気をまったく気にしないようで、厨房に「牛乳だけでもくれ」と頼んでいた。
「どうした、しけてるな。牛乳を飲め」
「腹痛を起こす人もいます」
「なら山羊の乳を飲め。あれも牛乳だ」
「牛ではないのに?」
「同じだ。どちらも色が白い」
「大尉の意見はいつもためになります」
この二人は義勇独立飛行中隊所属ではなく、いわばよそ者である。いいにせよ悪いにせよ、隊内の空気を変えることができる。今回はいい方に作用した。
「スオムスの整備兵は優秀だな」
座るなりルーデルは言った。
「手つきがしっかりしている。シュトゥーカははじめて見るだろうに澱みない」
「スオムス空軍には色んな機体がありますから」
「それは安心だ。ところで、なぜ箒なんか持っているんだ」
「……そ、そうですね」
エルマは慌てて箒を壁に立てかけた。
「整備はいいとして、問題は爆撃の方だな」
「…………すみません。私が未熟なばかりに」
「爆撃はセンスのいる攻撃手段だ。機銃掃射とも勝手が違う。目標を最後まで見ていられず、切り離したらあとは弾任せだ」
「はい……」
「今から訓練しても習熟には時間がかかる。我々以外に、爆撃に長けたウィッチがあと一人二人欲しいな」
「あの人はどうです」
オヘアが厨房の方角を親指で指した。
「三発同じところに落としたねー」
「あれは駄目だ」
ルーデルはあっさり首を振った。
「あいつのは爆撃じゃない。あの速度で、あの高度から、目標に石を投げているようなものだ。参考にならん」
「そうなんですかー?」
「私は真似できるが、諸君らには無理だ。そして私にも、あの機体は履けん」
「……身も蓋もないですね」
「事実は身も蓋もないものだ」
無論、爆撃に長けたウィッチがもう一人二人欲しいというのが無いものねだりなのは、皆が分かっていた。
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「そういえば、ハルカは……?」
智子が食堂内を見回す。ハルカの姿だけが見えなかった。
わざわざ探すまでもなかった。ハルカの方から戻ってきたのである。
「智子少尉!」
ハルカは白い息を吐きながら呼ぶ。
「外に誰かいます!」
「……そりゃいるでしょうよ」
「いえその、お客さんっていうか、知り合いっていうわけじゃないんですけど、なんか大人しい人で、でも誰かを知ってそうで」
「ハルカ……海軍さんじゃ報告は簡潔にやんないとまずいでしょうが」
呆れる智子に、ハルカは説明を止めて指で建物の外をくいくい示した。
誰かがいるのは本当らしいので、見に行くことにした。
ハルカが指したのは基地の正門であった。
そこに一人の少女が、所在なげに立っていた。
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