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翌日。偵察機と前線からの報告では、ネウロイの大掛かりな活動こそないものの、活発化の兆しはあった。
「今こそがチャンスだ」
ルーデルはそう主張した。
「すぐにでも出撃したいが……そうもいくまい」
「もうしばらくルーデル大尉には我慢してもらいます」
ハッキネンはこの言葉を何度か繰り返していた。
「いずれ嫌でも出撃してもらうことになるのですから」
「その言葉を信じよう」
「あと、チュインニ准尉を一時的にルーデル大尉の下に置きます」
「記憶は取り戻したのか?」
「いいえ。ですが従来通りのやり方では無理です。空を飛んでもらうしかありません。自転車の乗り方と同じで、身体は覚えているでしょうから」
「爆撃に長けたウィッチは、いくらいてもいいということか」
「そうです。——それと、中川少尉」
「はい」
「あなたも一時的にルーデル大尉の指揮下に入ってください」
「……理由を伺っても」
ハッキネンは眼鏡を直した。
「チュインニ准尉が、あなたから離れません」
「……はい」
「事実です。三日間観察しました。食堂、格納庫、廊下、点呼。全てで隣にいました」
「……はい」
「彼女を訓練に出す以上、あなたも同じ空域にいる必要があります。よって配置転換です」
「了解しました」
「不服ですか」
「いえ」
そして彼は、実に真面目な顔で付け加えた。
「ただ、俺は爆撃の教育を受けていません」
「あなたに爆撃を教える気はありません」
ハッキネンは即答した。
「あなたには上空援護をしていただきます」
「一人でですか」
「あなた一人で足ります」
「……」
「先日、黒色小型四機を一機も墜とさずに全部引き剥がしましたね」
「はい」
「では足ります」
理屈としては、実に真っ当だった。
爆撃訓練中のウィッチは、爆装して鈍重になり、爆撃針路に入れば回避もできない。そこを守る人員が必要になる。
第一中隊の半数を訓練に出す以上、護衛に回せる手は限られている。
そこに、一人で四機を無力化した実績のある機体が余っている。
「役割分担としては真っ当だな」
ルーデルが実に満足そうに言った。
「アーデルハイド、聞いたか」
「聞きました」
「私の隊が増えたぞ」
「二名です」
「二名でも隊は隊だ」
「大尉、その二名はどちらも一時的な借り物です」
「返さなければ私のものだ」
「返してください」
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というわけで、翌日から編成が変わった。
ルーデル隊(臨時)
・ルーデル大尉
・アーデルハイド少尉
・チュインニ准尉
・中川少尉
・第一中隊より四名
そして、義勇独立飛行中隊は制空戦闘に従事した。
小型ネウロイの登場が活発化してきたので、迎え撃つためだ。
第一中隊の半数がルーデルに率いられて爆撃訓練に精を出している。ルーデルは急降下の褒美として牛乳の大盤振る舞いをするので、在庫がなくなりつつあると主計士官が愚痴をこぼしていた。
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智子はそのどちらにも参加していなかった。
ストライカーユニットがないためだ。もちろんキ44があるが、あれ以来近づいていない。
所在なげにうろうろしていると、エルマとばったり顔を合わせた。
「あれ、もう帰還したんですか?」
「はい。さっき帰ってきました」
「私は敵を撃墜できなかったんですけど、ビューリングさんとオヘアさんが共同で二機墜としました」
「やるわねえ」
「ハルカさんとウルスラさんも頑張ってましたよ。共同で一機撃墜です」
「あの二人まで……」
「少し休んでからまた出るつもりです。穴拭少尉は?」
「私は、ほら……ストライカーユニットに慣れてないから」
我ながら卑怯な言い訳だと思う。
「そうですか。待ってますから、絶対使いこなしてください。私たちには穴拭さんが必要なんです」
屈託のない笑顔の上、中隊長らしい力強さまである。智子はますます心が痛んだ。
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のろのろと格納庫まで行くと、やはりそこにも帰還したばかりの面々がいた。
「智子少尉! 見てくれましたか、私の活躍!」
「元々惚れてないし、地上にいたから見るのは無理ねえ」
「ネウロイを撃墜したんですよ!」
「私との共同撃墜です」
「つまり活躍したのは私なんです!」
「すぐに智子少尉にふさわしい女になります!」
「……やめて」
「え? もうふさわしくなってるってことですか?」
「胸にぐさぐさ刺さるのよ」
智子は顔を背けるようにして、その場から立ち去った。
そのとき、格納庫の入り口から、別の一団が入ってきた。
爆撃訓練からの帰投である。ルーデル、アーデルハイド、第一中隊の四名、そして——
「智子少尉!」
第一中隊のラウハという娘が、興奮した声を上げた。
「見ましたか、中川少尉の!」
「見てない」
「すごかったんです! 私たちが爆撃針路に入ってる間に、上から来た小型三機を、こう、全部!」
「そう」
「一機も撃墜してないのに、全部帰っていったんですよ!」
「……そう」
智子は短く答えて、また歩き出した。
すれ違いざま、飛行服の男が一度だけこちらを見た。
何も言わなかった。
その隣に、当然のように褐色の少女が引っ付いていた。
チュインニは智子と目が合うと、例によって、ほんの少しだけ微笑んだ。
——なんで、あんたなのよ。
そう思ってから、智子は自分の胸の内側の醜さに、うんざりした。
飛んでいないのは自分だ。誰のせいでもない。
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なるべく人に見られないところへ移動する。
予備の部品やら木箱やらが積まれているところの陰まで来て、ようやくほっとした。
「どうしよう……」
「なにがですか」
「きゃっ」
真横にアーデルハイドがいた。
「ア……アーデルハイド少尉、なにしてんの」
「Ju87の予備部品の確認です」
「ルーデル大尉は……?」
「訓練中です。私はいつも行動を共にしているわけではありませんので」
「……そう」
「穴拭少尉も出撃しなかったみたいですね」
「まあね……」
「新しいストライカーユニットが支給されたとうかがってますが」
「みんなそう言うのね」
「見たところ、心の問題かもしれませんが」
「女は悩む生き物なのよ」
「ルーデル大尉と話すといいかもしれません」
「なんで?」
「あの人は様々な困難を乗り越えて来ました。話して損はないと思います」
「そうなんだ……」
智子はふと思いついて訊いた。
「……ねえ。今日の訓練、どうだったの」
「チュインニ准尉は、まだ爆弾を落とせません」
「そう」
「ですが、投下位置に入るまでの機動は完璧です。身体が覚えています。落とす瞬間だけ、手が止まります」
「……惜しいわね」
「はい。そして、もう一つ」
アーデルハイドは木箱を覗き込んだまま言った。
「中川少尉は、上空で一度も撃ちませんでした」
「……あいつ、いつもそうよ」
「三日連続です。一発も撃っていません」
「……」
「大尉が『なぜ撃たない』と聞きました。彼は『撃つと訓練が止まるから』と答えました」
智子は少し黙った。
「……どういう意味?」
「敵を撃墜すると、その残骸や爆発で、爆撃針路が乱れるそうです。だから追い払うだけにしていると」
「……」
「大尉は爆笑していました。『あんな面倒な戦い方をする奴は初めてだ』と」
——ああ。
智子は妙に納得した。
あの男は、いつもそうだ。
自分の戦果を数えない。数えないから、他人の都合で戦い方を変えられる。
そして本人は、それを異常だと思っていない。
「……アーデルハイド少尉」
「はい」
「あんたから見て、あいつってどう?」
金髪のウィッチは、しばらく木箱を覗いたままだった。
やがて言った。
「私に相談するのは無益です。通り一遍の返答しかできないと皆に言われています」
「いいから」
「……では」
彼女は顔を上げた。
「あの人は、大尉に似ています」
「え」
「ただし、大尉は自分のために飛びます。あの人は他人のために飛びます」
「……」
「どちらが長生きするかは、統計上、明らかです」
「……どっち」
「大尉です」
智子は、返事ができなかった。
「私には新たな疑問が浮かびました」
「……そっちはゆっくり解決して」
智子はなにやら考え込むアーデルハイドを置き、そっと離れていった。
歩きながら、彼女は自分の右手を握ったり開いたりしていた。
——飛ばないと。
飛ばないと、あいつが誰かのために墜ちるとき、私は地面にいることになる。
「……あー、もう!」
彼女は格納庫の方角へ、大股で戻り始めた。
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