試行錯誤
翌日より、ヴォクシ川北岸のネウロイ橋頭堡で動きが見られるようになった。
南岸よりキビニエミ鉄橋を伝って増援が送られるようになったのである。
戦いは、派手ではないものの消耗戦になりつつあった。
「そろそろ歩行戦車型ネウロイが出てきてもおかしくないんです」
エルマは朝食後のブリーフィングでそう話をした。
「次に出てきたら、私たちでなんとかしないと」
「やっぱり、出てきてない今がチャンスねー」
オヘアが発言した。
「鉄橋を破壊するねー。ネウロイの進撃は絶対止まるね」
「それはそうなんです。でもここで北岸の敵を撃退しても、他の所に歩行戦車型ネウロイが出現するだけですから」
「やらないよりいいね」
「ですから、北岸の敵をやっつけながら、歩行戦車型ネウロイを倒す。これをハッキネンさんと私で考えています」
「どうやるね」
「秘密です」
エルマはいたずらっ子っぽい表情を浮かべた。
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ルーデルの出撃がはじまった。
爆撃するのは文字通りルーデル一機。ただしアホネン率いる第一中隊の半分が護衛につく。残りの半分はアーデルハイドが爆撃訓練の面倒を見た。
そして上空援護には、白い装甲と、その隣を離れないロマーニャの少女がついていく。
「ささやかだがネウロイを撃破して、兵たちの負担を軽くしてやろうじゃないか」
ルーデルはこう言った。しかし彼女の手に掛かってはささやかではなくなるのだ。
義勇独立飛行中隊は待機だった。
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智子は所在なげにしていた。
待機状態もさることながら、キ44の使い方にまだ習熟していない。このままでは自分が皆の足を引っ張ることになる。
「だったらゲームでもしないか」
誘ってきたのはビューリングである。
「ポーカー、バカラ、ブラックジャック、なんでもいいぞ」
「私、それどころじゃないのよ」
「例の新鋭機のことか。贅沢な悩みだな」
「たとえばあんたが新型を支給されて、別の戦い方しろって言われたらどうすんの」
「私はハリケーン以外乗らない」
「ありがと。さっぱり役に立たない」
「どういたしまして」
「くどいわね。花札ないの」
「扶桑の絵合わせか。ここは欧州だ」
「あんた強そうねえ」
「強いわけじゃない。イカサマを見抜けなかったやつが悪いんだ」
なおもカードゲームをしようと誘ってくるビューリングを振り切り、智子は適当に歩き回った。
気がつくと、格納庫の前にいた。
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「穴拭少尉じゃないか」
タオル代わりのボロ布で手を拭きながら出てきたのは、ルーデルだった。
「出撃されていたのでは」
「まあな。さっき帰ってきたばかりだ」
「……あの、他の方は」
智子はつい格納庫の奥を見た。
「あいつらならまだ空だ。第一中隊の残り半分と交代で、もう一巡してくる」
「そうですか」
「私だけ先に降りた。爆弾がなくなったからな」
ルーデルは肩をすくめた。
「ちょうどよかった。穴拭少尉、相談に乗ってもらえるか」
「はい」
「第一中隊の半数を爆撃任務に参加させているが、技量は上達しているもののやはり心許ない。チュインニ准尉の記憶が戻ればいいんだが」
「まだ駄目ですか」
「せめて水平爆撃のコツくらいは思い出して欲しい」
「相談というのは、チュインニ准尉だけではなく、ハルトマン曹長も貸して欲しい」
「ウルスラは爆撃なんてできませんよ」
「いや、別のことを頼む。内緒でね」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるルーデル。恐らく作戦のことなのだろう。
「実は……」
「アーデルハイドから聞いた。私に用があるのか?」
「ええ、まあ」
彼女は「ふむ」と答えると、顎に手をやって少し考えた。
「……だったら私につきあわないか」
親指で正門の方向をさす。
「待機中なので外には出られません」
「知ってる」
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強引に乗用車に乗せられた。
運転はルーデルがする。無断外出の上に無断使用である。
「こう見えてもカールスラントでは皇帝陛下とねんごろでね」
「……まあ、スオムスより辺鄙な左遷先なんてありませんしね」
「いいぞ、その調子だ」
車が雪道を進む。
智子はふと、助手席から後ろを振り返った。
「……大尉」
「なんだ」
「なんで、あいつを連れてこなかったんですか」
ルーデルは前を向いたまま、少しだけ間を置いた。
「連れてきたら、話にならんだろう」
「え」
「お前の悩みの話をするのに、あいつがいたら、お前は喋らん」
「…………」
「違うか」
智子は答えられなかった。
「私はあいつと会って十日ほどだ」
ルーデルはハンドルを切った。
「だが、十日で分かることもある。むしろ、日が浅いからこそ言えることもあってな」
「……なんです」
「お前たち二人は、少しばかり愉快な関係だ」
「愉快って」
「初日に見たときから分かっていた。あの中隊長を抱きとめて、その原因をお前に問い詰めて、お前が『私じゃない』と怒鳴る。あの一連だ」
「あんなの、ただの」
「ただの喧嘩か?」
「……ただの腐れ縁です」
「そうか」
ルーデルは笑った。
「まあ、どちらでもいい。私は下手に手を入れる気はない」
「手を入れるって」
「ああいうのはな、外から誰かが動かすと壊れるんだ。特に、片方が意地っ張りで、もう片方が黙る型は最悪だ。時間がかかる代わりに、外野が触ると一発で終わる」
「…………」
「だから今日は置いてきた。あいつには、上で仕事をさせてある」
智子は前を向いた。
——この人は、ただの猪ではない。
初日から思ってはいたが、今のでよく分かった。
爆弾を抱えて地面すれすれまで突っ込む女が、こういう距離の測り方をする。
「……ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない。私はただ、面倒を避けただけだ」
「嘘つきですね」
「褒め言葉として受け取っておく」
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「新しいストライカーユニットに苦戦しているそうじゃないか」
「よくご存じですね」
「糸河という技師に聞いた。あと、アホネンにも」
「あの女……」
「そうだな、だがその違いが今まで培ってきた技術を否定するなら、ためらうのも無理はない」
「………」
「……実は私は、戦闘機専門のウィッチになりたくてね」
「意外ですね」
そしてルーデルは、飛行学校で手を挙げたら自分だけが爆撃隊送りになった話、偵察隊での紆余曲折、技量が上がらず変人扱いされた日々を語った。
「だから穴拭少尉の気持ちはよく分かる」
「…………どうやって今のような『シュトゥーカの魔王』になったんですか」
「ある日突然、コツを摑んだ」
ルーデルは片手で空中に線を引いた。
「練習による技量の上達というのは上昇線を描くと思われているんだが……実際には違う。ずっと変化しないまま続くんだが、あるときいきなり上昇するんだ」
「で、この突然技量が上がる直前に、いったん沈み込むことがある」
彼女は水平に動かした指を一度下ろしてから撥ね上げた。
「思うに、今の少尉はこの沈み込んだ状態だ」
「……はい」
「精神的な理由があるのなら、切っ掛けが必要だな」
「切っ掛け」
「私の場合は偵察隊だった。写真ばかり撮って腐っていたとき、地上物への認識が向上していることに気づいたんだ」
「……」
「ところで少尉」
「はい」
「あいつは、なんと言った」
「え」
「あの機体のことだ。何か言われただろう」
智子は少し黙ってから、正直に答えた。
「……なにも」
「なにも?」
「『空のことは口を挟まない』と。私が自分で答えを出すからって」
ルーデルは、しばらく黙っていた。
そして、実に楽しそうに笑った。
「——なるほど。あいつは本物だな」
「なにがです」
「教えないのは、教えるより難しい」
「……」
「特に、教えれば一日で済むと分かっているときにはな」
智子は窓の外を見た。
雪が流れていく。
「……腹が立ちます」
「だろうな」
「本当に腹が立ちます」
「そうだろうとも」
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ラッペーンランタの湖畔で、ルーデルは車を止めた。
「ちょっと前に、避難民を乗せた列車を見ただろう」
「はい」
「どこに運ばれたのか気になって探したんだ。ラッペーンランタだった」
湖畔に、大小様々な船が係留されていた。甲板に子連れの親子がいる。ほとりには粗末な小屋が建てられ、ありったけの服を着た人たちが肩を寄せ合って座っていた。
「皆、ああやって暮らしている」
「……どうやって食べているんでしょう」
「炊き出しがある」
炊事の煙が立ちのぼっている。避難民たちは寒さの中、黙って並んでいた。
「あの人たちは……私たちを恨んでいると思いますか」
「普通に考えれば、恨み骨髄に徹するだろうな」
ただし、とルーデルは言った。
「それでも非難はしないだろう。前線で戦っているのは他ならぬ兵士とウィッチだ。まして外国からのウィッチが自国のために血を流しているのだから、感謝しているかもしれん」
「………」
「だからな少尉、新鋭機での戦い方がどうこう、と言っても仕方ないんだ。乗って、ネウロイを倒すしかない。それが課せられた使命だ」
「……はい」
智子はうなずいた。
ゆっくりと、心の中の葛藤が消えていく。
「……食べに行かない方がいいですよね」
「あの人たちの分がなくなる」
「ええ、でも」
智子は車の扉を開けた。
「炊き出しを手伝うことくらいはできます」
「こんなところにウィッチが顔を出したら、それこそ問題になるぞ」
「カールスラントの英雄が一緒なら、問題ありません」
「そうだな」
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テントに近づくと、湯気と、湯気に混じった香りが流れてきた。
智子は足を止めた。
「……あれ」
「どうした」
「この匂い」
炊き出しの鍋を覗き込んで、彼女は顔をしかめた。
トマトと、豆と、そして。
「……バジル」
「なんだ、その葉は」
「うちの隊で、こないだ食べたやつです」
女性準軍事組織の一人が、扶桑人の顔を見て驚き、それから笑顔になった。
「ああ、あなたたちの基地の方ですか! 先週、乾燥バジルを一箱いただいて」
「……誰から」
「扶桑の、背の高い方です。名前は伺いませんでした」
「…………」
「主計科の許可は取ったから遠慮なく使えって。おかげで味が変わりました」
智子は、鍋を見下ろした。
しばらく見下ろしてから、袖をまくった。
「……大尉」
「なんだ」
「私、しばらくここにいます」
「そうしろ」
「腹が立ってきたので、手を動かします」
「よく分からんが、いい兆候だな」
ルーデルは笑って、鍋の隣に立った。
智子は柄杓を受け取り、列に並ぶ避難民たちに向き直る。
——沈み込んだ状態、か。
上がるには切っ掛けがいる。
その切っ掛けが、悔しさでもいいのなら。
私には、腐るほどある。
「はい、次の方どうぞ!」
湯気の向こうで、老人が深々と頭を下げた。
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