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次の日。
空が青かった。寒さは相変わらず厳しいが、澄み渡っていて非常に見晴らしがいい。
カレリア地方と周辺で戦うスオムス軍の兵士たちは、ある予感を持っていた。ここまで条件が整っているのなら、間違いなくネウロイの攻勢があるだろうと。
それは正しかった。
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「ついに来ました。予想よりも早く」
ラッペーンランタ基地の作戦司令室で、ハッキネンは告げた。
作戦司令室には第一中隊と義勇独立飛行中隊、ルーデルたち全員がいるので足の踏み場もない。
「大尉、陸軍から阻止爆撃の要請です」
「すぐに行くと伝えてください」
「もう三回目です」
「分かってます」
また電話が鳴る。女性兵士がメモをハッキネンに渡した。
「……歩行戦車型ネウロイが目撃されました」
作戦司令室内がざわついた。
「ルーデル大尉……皆の爆撃技術はどうですか」
「数日でどうなるわけでもない。もちろん落とすことはできる。私ほどはうまくないなあ」
「期待できるのは私とアーデルハイド、あとはチュインニだな」
「ヘーイ、チュインニは爆撃できるようになったのー?」
「大丈夫です」
「全部思い出したー?」
「爆撃だけですが」
「もう一人いるだろう」
ルーデルが親指で背後を指した。
壁際に立っていた飛行服の男が、露骨に嫌そうな顔をした。
「あいつは爆弾を三発同じところに落とす。ただし、あれは爆撃ではない」
「では何ですか」
ハッキネンが訊く。
「投擲だ」
「……投擲」
「音速で近づいて、手で置いてくるようなものだ。真似できる人間が私しかいない」
「では大尉も真似できるのでは」
「私は音速で飛べん」
「では真似できません」
「そうだな!」
「大尉、話を進めてください」
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「24戦隊に支援してもらったらどうだ」
ビューリングが質問する。
「難しいでしょう。ムオラーとスンマの支援で手一杯です」
「現有戦力で戦うしかないってことか」
「そうです。そして我々には戦う義務があります」
ハッキネンはうなずいた。
「これより第28戦隊はヴォクシ川北岸を占拠するネウロイへの攻撃をおこないます。レイヴォネン中尉、説明を」
「は、はい」
エルマは背筋を伸ばした。
「えっと、まず、第一中隊の半分は通常武装で制空任務、もう半分は爆装して爆撃をおこないます。義勇独立飛行中隊は制空任務のみですが、ウルスラさん、チュインニさんはルーデル大尉の指揮下に入ってください」
「チュインニは分かるんですけど、ウルスラもですか?」
「はい、二人必要です」
「……三人だろう」
ルーデルが言った。
「え?」
「私の隊には、もう一人いる」
「あっ、はい、そうでした。中川少尉も」
「返さんぞ」
「返してください」
ハッキネンが即座に言った。
「あれは義勇独立飛行中隊の隊員です」
「借用中だ」
「本日限りです」
「延長を申請する」
「却下します」
「まだ書類も出していないぞ」
「出しても却下します」
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作戦説明が続く。
「ストライカーユニットの準備は完了しています。頑張りましょう」
エルマは小さく拳を作ってから、率先して作戦司令室を出た。
智子も行こうとする。そこでビューリングに呼び止められた。
「智子、ストライカーユニットはちゃんと乗りこなせるようになったのか?」
「まだ分からない」
「なんだそれは」
「昨日まで駄目だったからね。でも今日はできる気がする」
「なんなら出撃するのを止めたらどうだ」
「平気よ」
「力ずくで止めることもできるが」
「ルーデル大尉に聞いたんだけれど、鼻の傷痕できたのは、あんたにも原因があるんだって?」
虚を衝かれたか、口をつぐむビューリング。
「安心していいわよ。大尉は全然気にしてないそうだから」
「いつの間にルーデル大尉と仲よくなったんだ……?」
「さあ。ま、私に傷ができても、あんたのせいにしないから」
智子は駆け足で格納庫へ向かう。
すれ違いざま、廊下の壁際に立っていた男が短く言った。
「智子」
「なによ」
「昨日の引き起こし、忘れたか」
「忘れてない」
「そうか」
それだけだった。
「……なによ。もっと何か言いなさいよ」
「言わない」
「ほら、そういうとこ!」
「褒めてるんだぞ」
「褒め方が腹立つのよ!」
彼女は走り去った。
その背中を見送ってから、ビューリングが横に並んだ。
「……お前、あれでいいのか」
「いい」
「私なら、もう少し言うがな」
「フレデリカが言うと、たぶん余計なことまで言う」
「否定できんな」
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ラッペーンランタ基地の滑走路にサイレンが鳴る。
「こちらオジロワシ。離陸許可願います」
『こちら雪女。発進どうぞ。この戦いにスオムスの未来がかかっています』
「ハッキネン大尉が感傷的になるなんて珍しい」
『私だって人間です』
第一中隊が次々に離陸していく。
「ルーデルだ。先に行かせてもらう」
彼女とアーデルハイド、チュインニ、ウルスラ、そして白い装甲。この五人は別部隊として扱われていた。
ルーデルは滑走路に出る直前、魔導エンジンの爆音に負けじと智子に言った。
「ところで聞いたんだが、君たちは『いらん子中隊』と呼ばれているそうじゃないか」
「どこでそんなことを……」
「着任してすぐに教えてもらったよ」
「左遷先なんです、ここは」
ルーデルは笑った。
「いいじゃないか。はみ出しものたちがネウロイに立ち向かうなんて痛快だ。君も気に入っているんじゃないか?」
「実はそうです」
「結構。ではいらん子中隊の諸君、出撃しようじゃないか」
「大尉」
『一つだけ』
装甲の中から声がした。
「なんだ」
『本日、俺は撃ちます』
ルーデルが振り返った。
『訓練中は爆撃針路が乱れるので撃ちませんでした。今日は実戦なので、撃ちます』
「……ほう」
『問題があれば今のうちに』
ルーデルは、この日一番の笑顔になった。
「——**問題などあるものか!**」
彼女は率先して飛び上がり、基地上空で一周して整備兵たちの見送りに応えた。
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編隊を組み、一路キビニエミ鉄橋へ。
エルマ、智子、ビューリング、ハルカ、オヘアは通常の空中戦用の武装。
主攻撃は爆装したルーデル、アーデルハイド、チュインニ。ウルスラは自作の多連装ロケット弾発射機。
そして白い装甲は、両脇に八十キロ爆弾を二発ずつ。腰にはヴァリス。
「……あんた、また四発?」
『積めたからだ』
「言うと思った」
『あと、今日は落としたあとが本番だ』
「なによそれ」
『秘密』
「言いなさいよ!」
『中隊長に口止めされてる』
智子はエルマの方を見た。
エルマは前を向いたまま、実にわざとらしく口笛を吹こうとして失敗していた。
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『こちら第一中隊、攻撃をはじめます』
戦闘騒音がここまで伝わってくる。重砲の腹に響く低音と、空気を切り裂く機関銃弾の高音。
「高度を下げます」
エルマの声。そろそろ目的地だ。
智子は身体を傾け、チュインニに接近した。
インカムは使わず、直接話しかける。
「ねえ、ちょっといい?」
「なんでしょうか」
「なにか隠していることってない?」
「一つ二つ隠しごとがあるかというのなら、あります」
「私とハルカへの態度のこと。なんか私たちにだけ距離が近いじゃない」
「そうですね、仲よくなりたいです」
「いいわよ、なろう」
「もっともっと穴拭少尉のことが知りたいのです。それが望みです」
「だったら思わせぶりなことしなくていいと思わない? なんか目的があるの?」
チュインニの表情は変わらない。
「……恐らく、はっきり告げても穴拭少尉は信じてくれませんから」
「言われなきゃ分からないわよ」
「時期が来たら教えます。いえ、協力してもらいます」
智子はしばらく押し黙る。
「……ハルカのことは?」
「あの人は、穴拭少尉よりも早く事実を知ることになるかもしれません」
「……もう一つ聞くわ」
智子は前方の白い装甲を目で示した。
「あいつのことは」
チュインニは、そこで初めて、わずかに間を置いた。
「……あの人は」
「うん」
「私が『そう』であることに、たぶん、もう気づいています」
「は?」
「ですが、何も聞いてきません」
「……」
「だから、好きです」
「え」
「時期が来たら教えます」
「ちょっと待ちなさいよ、今なんて」
だがチュインニは口をつぐんだ。
智子は身を翻して元の位置に戻っていく。
すぐにビューリングが訊いてきた。
「なにかあったのか?」
「……ないわ」
智子は直前までのやりとりを、胸にしまった。
しまいながら、前方を飛ぶ白い装甲を、一度だけ見た。
——あんた、何を知ってんのよ。
眼下に、キビニエミ鉄橋が見えてきた。
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