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義勇独立飛行中隊とシュトゥーカ隊はさらに高度を落とす。
「見えました!」
前方に小さくキビニエミ鉄橋が浮かび上がる。その周辺はネウロイのものだ。
「見つからないといいけどねー」
「まあ無理だろうな」
ビューリングが答えると同時に、上空がきらりと光った。
「やはり出迎えだ」
黒い小型ネウロイ。幾度か旋回すると、急速に接近してくる。
「上昇します。爆撃隊を守ってください!」
ルーデルたちと別れ、智子はキ44の出力を上げた。
「さあいくわよ。あいつらぶちのめすわ。命預けるわよ!」
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一方、水面すれすれを飛ぶ爆撃隊。
「直掩の戦闘機隊が離れます」
アーデルハイドが言う。
「彼女たちに任せよう」
「大尉はあの人たちをずいぶん信頼していますね?」
「自分たちとは関係のない国なのに命を懸けているんだ。軽んじたりはしないよ」
そしてルーデルは、隊列の最後尾を確認した。
「中川少尉」
『はい』
「お前は上か下か、どちらにつく」
『下です』
「なぜだ」
『上には智子がいるので』
ルーデルは笑った。
「よし。ならば対空砲火を頼む」
『了解』
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上空では激しい空中戦がはじまっていた。
「攻撃開始です!」
「ヒーハー!」
オヘアが鬨の声を上げて突進する。
「ヘイ、ハルカ! もっと寄るねー!」
「きゃーっ! ネウロイがどんどん飛んできます!」
「落ち着くね! これが成功したら、智子がなんでもするって言ってたねー!」
「本当ですか!」
「言ってないわよ!」
智子は射撃を繰り返して鉄橋の上からネウロイを追い散らす。
「エルマ中尉、迎え撃ちましょう!」
「……穴拭少尉。あなたに指揮を任せます」
「いいんですか?」
「ええ、その新鋭機の力、存分に発揮してください!」
「了解しました。穴拭智子、戦闘指揮を執ります!」
「全員、私についてきて!」
一撃離脱。上昇。再攻撃。
キ44は、まさにこのための機体だった。
「なかなかやるわね」
彼女はキ44に語りかける。
「私の愛機って認めてあげるわ。もう少し頑張ってもらうわよ!」
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その頃、水面。
「私が前に出ます」
ウルスラの多連装ロケット弾発射機が扇状に火を吐き、対空砲装備の小型ネウロイを薙ぎ払った。
だが、それでも残る。
『——右前方、三基残ってます』
白い装甲が編隊から離れた。
『拾います』
加速し、水面を削るように滑り、腰のヴァリスを引き抜く。
三射。
三基の対空砲塔が、順に沈黙した。
「……見たか、アーデルハイド」
「見ました」
「あれは何だ」
「射撃です」
「そうではない。水面すれすれで、あの速度で、三度撃った」
「はい」
「頭がおかしいのではないか」
「大尉が言いますか」
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そして反跳爆撃。
チュインニとアーデルハイドの爆弾が水面を跳ね、鉄橋後方に命中する。
「当たった!」
「まだ!」
橋が傾く。歩行戦車型ネウロイが滑り落ちていく。
歓声が上がった。
だが——落ちなかった。
橋の残骸に足を絡ませ、一歩一歩、北岸へ登っていく。
「まだ生きてるぞ!」
「十一時方向に敵ねー!」
「空のやつを迎撃して! 一番近いのは……ハルカね!」
「私ですか!?」
「あんたが一番早い!」
ハルカが飛び出していく。智子はオヘアとビューリングをあとに続かせた。
「私に任せてもらう」
ルーデルが言った。
「歩行戦車型ネウロイの動きは鈍い。次なら命中させられる」
「切り離し部が故障しているんですよね」
「あれは嘘だ」
「……嘘って!?」
「若い連中に成功体験を積ませたくてね」
彼女は薄く笑う。
「少尉、露払いを頼む。私の前でシールドを張って欲しい」
「やります!」
『——大尉』
「なんだ」
『下の小型砲塔、二基残ってます。俺が潰します』
「いらん」
『いります』
「私が突っ込む間、お前は撃つな。爆撃針路が乱れる」
『……訓練と同じことを言いますね』
「今日は実戦だからな。だが今のは違う。私が落とすと決めた」
『……了解』
「その代わり、一つ頼む」
「はい」
「あの娘が離脱した後の背中を見ていろ」
一瞬の間があって、白い装甲は短く答えた。
『そのつもりでした』
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二人は呼吸を合わせ、歩行戦車型ネウロイに急降下した。
智子が前でシールドを張る。対空射撃が命中し、光り続けて前が見えない。
「大尉!」
「やれ!」
智子はシールドを解いて離脱。
その離脱した先——無防備になった彼女の側面に、小型砲塔がわずかに旋回した。
その砲身が、根本から吹き飛んだ。
「————っ!」
智子は、自分のすぐ横を緑の光が通過するのを見た。
「……ばか」
彼女は呟いた。
「撃つなって言われてたでしょうが」
『言われたのは大尉が突っ込む間だけだ』
「屁理屈!」
『屁理屈だ』
そして——
「受け取れ!」
ルーデルの二百五十キロ爆弾が、ネウロイの前方に着弾した。
橋桁が消し飛び、鉄橋がずるりと滑って横倒しに落下していく。
歩行戦車型ネウロイは橋にしがみついたまま、ヴォクシ川に転落した。
水柱。あぶく。そして、虹色の破片。
歓声が上がった。
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——疑い、というのは底なしだ。
上昇しながら、白い装甲の中で、中川尚樹はそんなことを考えていた。
ボタンの掛け違いから始まる。掛け違った理由を考えるうちに、嘘と本当の境目が溶ける。溶けた境目を確かめようとして、また一つ掛け違える。
そうやって深みにはまり、二度と抜け出せなくなる。
彼は、その疑いを嗅ぎ分ける嗅覚だけは、圧倒的だった。
誰が何を隠しているか。どの言葉が本心で、どの沈黙が防御か。どこで話が一段ずれたか。
問題があるとすれば——嗅ぎ分けたそれを、一度、正しく扱えなかったことだ。
詳しく言えば「前の世界」でのことである。
コードとギアスが、世界の裏側で蠢いていた世界。
あそこでは、その嗅覚を研ぎ澄ませなければ生きられなかった。研ぎ澄ませなければ、力を持つことすら叶わなかった。
ランスロットという力も、その名も、かの世界で出会い、彼を振り回した二人の男の、不器用さを忘れないために継承しただけのものだ。
一人は、仮面に意味を持たせ、その仮面で世界をひっくり返そうとした。
優雅に、そしてみっともなくもがいて、その果てに自分自身を世界と引き換えにした。
ひどく頭が良く、ひどく馬鹿で、仕方のない男だった。
もう一人は、自分の一番後ろ暗い部分をかき消すために、戦いに意味を見出そうとした。
結局、自分を見つめ返すことは叶わず、世界の歯車になった。
その背中を追いかけ、その血塗れを拭き取ることもせず、嫌悪することもせず、糾弾することもせず、ただ共に無意味に戦い続けた。
それが、当時の中川尚樹の選択だった。
——そして、この世界では。
魔女と怪異のこの世界では、微塵も関係のない話である。
ここには裏側がない。
ネウロイは嘘をつかない。目的も、大義も、交渉も、裏切りもない。ただ来て、壊して、消える。
人間の側にも、そこまでの底はない。
軍部は醜く争うが、その争いは書類と予算とメンツの範囲に収まっている。誰も世界を書き換えようとしていないし、誰も他人の記憶をいじらない。
そして、魔力と、それを宿す少女たち。
彼女たちはその力を渇望され、消えゆく命であっても——しかし純粋に、人々の救いたる光の巫女として存在している。
こんなに単純で、こんなに真っ当な世界に来られたことを、彼は幸運だと思っている。
だからこそ。
チュインニ准尉が何かを隠しているのは、鼻が曲がるほど明らかだ。
初日から分かっていた。あの視線の置き方、あの返事の間、あの「多分」の使い方。全部、隠している人間の癖である。
だが、それが「あの世界」の類のものではないことも、同じくらい明らかだった。
あれは、権謀ではない。策略でもない。誰かに命じられて動いている顔でもない。
あの娘は、智子とハルカを見るときだけ笑う。
そして、自分に対しては——
『あの人は、私が「そう」であることに、たぶん、もう気づいています』
——さて、どうだろうか。
嗅いだ匂いに分別をつけ、その後で定義し直す。
その作業が一苦労では済まないことを、彼は身に沁みて知っている。
前の世界で、それを一度、間違えた。
間違えた結果、追いかけるべき背中を、最後まで拭ってやれなかった。
だから今回は、急がない。
急がず、聞かず、ただ横にいる。
——それで足りるかどうかは、分からないが。
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「お見事です、大尉」
「どうだろうな、私は怪我のまま飛べないことになっているはずだ」
「……ハルカは?」
いくらもしないうちに、ハルカがオヘアとビューリングに支えられて戻ってきた。
「ちょっと! 怪我したの?」
「無事だ。外傷は見あたらないが意識がない」
「実はねー、ミーもおかしなものを見たみたいで」
オヘアがためらいがちに口を開く。
「ハルカが追いかけた最後の一機、あのネウロイは人みたいな形だったよ」
その瞬間、白い装甲が動いた。
『——オヘア』
「ヤーッ?」
『どっちに逃げた』
「え、えーと、東ねー。ラドガ湖の方ねー」
『高度は』
「三千くらいねー」
『速度は』
「速かったねー。でも、なんか……ふらふらしてたねー」
装甲は、しばらく東の空を見ていた。
「ちょっと」
智子が並んだ。
「追う気?」
『追わない』
「じゃあなんで聞くのよ」
『覚えとくためだ』
「……なにを」
『分からん。だから覚えとく』
智子は、その面覆いを見上げた。
——こいつは、こういう時に嘘をつかない。
嘘はつかないが、全部は言わない。
「……ねえ」
『なんだ』
「あんた、なんか知ってるの」
『知らない』
「本当に?」
『本当だ』
彼は、そこで少しだけ言葉を足した。
『ただ、匂いがする』
「匂い?」
『そういう言い方しかできない』
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帰投の途中。
チュインニがオヘアと代わり、ハルカを支えていた。
「……おかげで思い出しました」
「なあに?」
「急降下爆撃です。……きっと、ハルカさんも同じです」
「……どういうこと?」
「あなたたちは有名人です。私たちは大きいものを一つ失いました。それも自らの手で。それでも価値があります」
「私たちって、ロマーニャのことよね? 違うの?」
チュインニは答えない。
「……あえて言いますが」
彼女は智子にだけ聞こえるように話した。
「私と同じなのです、ハルカさんは。私はある戦いの最中に行方不明となりました。その後記憶を失います。ハルカさんもそうなるところだったのです」
「ええっ……ていうか、なんで知ってるの!」
「穴拭少尉だから話してます。信じる信じないかは自由です」
「……ですが、私は穴拭少尉の仲間です。それは本当です」
智子は何度も聞き返した。だがチュインニは沈黙して、それきり何も喋らなかった。
その少し前を、白い装甲が飛んでいる。
一度も振り返らなかった。
だが智子は、あの男が全部聞いていることを、なぜか確信していた。
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今回の作戦の成功で、ネウロイによるラドガ湖東岸寄りの突破は防がれた。
義勇独立飛行中隊の名も、ルーデルとアーデルハイドによって広まるだろう。彼女たちのカールスラント軍への報告書には、あえて「いらん子中隊」の名も載せられていた。
だけど、と智子は思う。
チュインニの妙な台詞と、ハルカの失神。人型のネウロイ。そして、東の空を見つめていたあの面覆い。
首を振る。やめよう。ここで考えてもしょうがない。
今日は勝利に終わった。明日も、多分明後日も、ネウロイとの戦いは続くのだ。
北欧の空に夕陽が光る。
ウィッチたちは勝利の余韻にわずかな疑問を加えつつ、自分たちの家へ帰っていった。
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