スオムスいらん子中隊 Re:lease   作:それいゆ

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消えたウィッチ

 

 

 

ラッペーンランタはこぢんまりとした市街地の側に基地があったが、ヴァルチラはさらに小さく、村落の近くにぽつんと飛行場があるだけだった。

 

とりあえず応急的な飛行場は完成したが、今度は肝心の飛行機がなかった。なので義勇独立飛行中隊が移転してくるまでは、「滑走路とは名ばかりの直線道路」が存在するだけであった。

 

到着早々エルマは何故か村長による歓迎式典に出席させられ、「ウィッチの皆さんによる大いなる奮戦を期待します」との激励を受けた。

 

「なんか変な気持ちです」

 

帰ってきたエルマは、両手に抱えた荷物を下ろしながら言った。

 

「ぜーんぜんネウロイの気配がないんです。ここだけぽっかり空白地帯になってるみたいです」

 

「ネウロイも見逃すってことがあるのね」

 

「目立つ施設もないし、当然か」

 

「逆に考えればネウロイから隠れられるってことです。私たちがいっぱい活躍できるチャンスです。頑張りましょう」

 

彼女は小さな拳を力強く握りしめた。

 

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ウィッチの住居までは手が回らず、当面はテントによる仮住まいとなる。

 

「まるでキャンプでーす」

 

大きな一張りのテントの中で、ウィッチたちは共同生活をする。

 

寝床は一人一つのハンモック。真っ先に支度を終わらせたのはウルスラだった。

 

「学校での遠足を思い出します」

 

「オー、ウルスラはアウトドアが得意だった?」

 

「いえ、行きませんでした。嫌な予感がしたので仮病を使いました」

 

そして、そこで一つ問題が発生した。

 

「……あの」

 

エルマがテントの入口で立ち尽くしていた。

 

「中川少尉の寝床が、ないです」

 

全員が動きを止めた。

 

大テント一張り、ハンモック七つ。ウィッチ七名分である。

 

書類上、義勇独立飛行中隊の隊員数は八名。だが宿営の割り当てを組んだ設営部隊は、「ウィッチ部隊」として七つ分の網を張った。

 

「ラッペーンランタでは物置がありましたけど、ここには建物自体が三つしかなくて……」

 

「テントもう一つ張ればいいでしょ」

 

「ないんです」

 

「ないの?」

 

「二張りしか届いてないんです。一つが宿舎で、もう一つが食堂です」

 

沈黙が落ちた。

 

「……あの、それでですね」

 

エルマは意を決したように言った。

 

「私、一応、中隊長用に小さいテントをいただいてまして」

 

「執務室にしてるやつ?」

 

「はい。あの、机と椅子だけなんですけど……夜は誰も使いませんし」

 

彼女は顔を上げた。

 

「就寝時だけ、中川少尉に使っていただこうかと」

 

我ながら名案だ、と彼女は思った。

 

昼は自分が書類を書き、夜は彼が寝る。誰も損をしない。極めて合理的である。

 

当の男は、テントの外で無線機の梱包を解いていた。

 

「中川少尉」

 

「なんだ」

 

エルマが提案を伝える。

 

彼はしばらく黙って、それから、実に何気ない調子で言った。

 

「——**俺の匂いがする部屋で仕事したいか**」

 

エルマの思考が停止した。

 

「…………え」

 

「毎晩そこで寝るってことは、そうなるぞ」

 

「あっ、あの、その」

 

彼女の顔が、首から耳の先まで一気に赤くなった。

 

——問題は、答えが出せないことである。

 

「いいです」と言えば、それはとんでもない女である。中隊長が部下の男に対して口にしていい台詞ではない。ハルカが聞いていたら三日は騒ぐ。

 

かといって「嫌です」とも言えない。

 

なぜなら——ここまで来てしまうと、彼に対する生理的な感覚は、嫌悪よりも受け入れの側に振り切っている。

 

毎朝コーヒーを淹れてもらい、書類の書き方を教わり、ファロットの咳を直してもらい、床で寝たのを叩き起こされ、そして名前で呼ばれた。

 

正直に言えば、嫌ではない。

 

嫌ではないことを、自覚してしまった。

 

「あ、あの、それは、その、えっと、そういう意味では、いえ、そういう意味でないというわけでもなく、いえ違います、ないです、その」

 

「中隊長」

 

「はいっ!」

 

「落ち着け」

 

「落ち着いてます!」

 

「息してないぞ」

 

「してます!!」

 

彼は梱包の紐を切りながら、実にあっさり続けた。

 

「あそこの格納庫、二重天井になってる」

 

「……え」

 

「納屋を移設したやつだ。上に空間がある。梯子もかかってた」

 

「あ」

 

「寝床だけ置いて、あとは適当に何かやっとく」

 

「……何かって」

 

「無線機を置く。それと予備部品。どうせ整備の連中が上がってくる」

 

「あの、そこ、暖房が」

 

「ストーブの煙突が真下を通ってる。むしろ暑い」

 

「……調べてたんですか」

 

「着いてすぐ見た」

 

エルマは、しばらく口を開けていた。

 

そして、脱力した。

 

「……最初から、そのつもりだったんですね」

 

「まあな」

 

「なんで私に言わせたんですか」

 

「言わせてない。お前が言ったんだ」

 

「言わせましたよ! 絶対!」

 

「……まあ、少しな」

 

「少しじゃないです!」

 

テントの中から、ビューリングの声が飛んできた。

 

「おい扶桑」

 

「なんだ」

 

「中隊長をからかうな」

 

「からかってない」

 

「ならば私をからかえ」

 

「断る」

 

「なぜだ」

 

「あんたは仕返しが百倍で来る」

 

「賢明だな」

 

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やがてエルマが呼びに来た。

 

「皆さん、ごはんですよー」

 

食堂はやはり大きなテントを張ったもので、外には即席のかまどがあり、古びた大鍋の中でなにやら煮込みが作られている。

 

調理を担当しているのはロッタ・スヴァルドの成人女性と、ピックロッタと呼ばれる少女たちだ。

 

そのかまどの脇で、なぜか扶桑人が一人、菜箸ならぬ木べらを持って鍋を覗き込んでいた。

 

「あんた、また入ってんの」

 

「入ってない。聞かれたから答えただけだ」

 

「なにを」

 

「塩漬け肉の塩抜きだ。あれ、一晩水につけるより、二回に分けて茹でこぼした方が早い」

 

ロッタの女性が笑いながら智子に言った。

 

「この方、着いて三十分でうちの支所に来られましたよ」

 

「三十分」

 

「炊事の担当はどなたですかって」

 

「……こいつ、そういうやつなんです」

 

「助かってます。乾燥パンを煮込みに入れる比率も教えていただいて」

 

「智子少尉、この人おかしくないですか」

 

ハルカが小声で言った。

 

「おかしいわよ。二年前からおかしいの」

 

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煮込みの中身は塩漬けの豚とルタバガ。塩気がきついものの、身体は温まる。

 

ルタバガはカブに似た野菜だが、扶桑人の智子には馴染みがなく、苦労して飲み込んだ。

 

パンはもっと問題で、乾燥させているため固く、爪を立てようがテーブルに叩きつけようが、文字通り歯が立たなかった。

 

「金槌が必要ね」

 

「浸せ」

 

「浸してるわよ! それでも硬いのよ!」

 

「じゃあもっと浸せ」

 

「アドバイスになってない!」

 

「ウルスラを見ろ」

 

見ると、ウルスラは器の中でパンを完全に沈め、時計を睨んでいた。

 

「……なにしてんの」

 

「浸漬時間の最適解を求めています。現在四十秒経過」

 

「そんなことしてたら冷めるでしょ」

 

「五十秒」

 

「聞きなさいよ」

 

「六十秒。……これです」

 

彼女はパンを取り出し、一口噛んだ。

 

そして、静かに頷いた。

 

「六十秒です」

 

全員が時計を見始めた。

 

食堂テントに、無言で数を数える音だけが響いた。

 

「……なんだこの部隊は」

 

ビューリングが呟いた。

 

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「そのまま聞いてください」

 

エルマがパンを飴のように舐めながら言った。

 

「私たちは明日から偵察任務をおこないます」

 

「地上支援じゃないのか」

 

「戦線が安定したそうです。ネウロイの攻勢正面を見極めます」

 

「空戦をしないことはないだろう」

 

「ええ。きっと妨害してくるでしょうから」

 

翌日からは偵察に一人、護衛に一人の二人態勢で飛ぶことが決定された。

 

「中川少尉は」

 

「はい」

 

「その、どうしましょう」

 

エルマは正直に言った。

 

「二人一組の編成に、入れる場所がなくて」

 

「単機で出ます」

 

「危なくないですか」

 

「危ないのは、俺が誰かと組むことです」

 

「……え?」

 

「俺が隣にいると、相方は逃げる判断が遅れる。『こいつがいるから大丈夫だ』と思うからです」

 

食堂テントが、少し静かになった。

 

「だから、俺は別に飛びます。呼ばれたら行く」

 

「……分かりました」

 

エルマは頷いた。

 

「では、遊撃でお願いします」

 

「了解」

 

智子は、その一連を黙って聞いていた。

 

——逃げる判断が遅れる。

 

心当たりが、ありすぎた。

 

初陣の日。あの三十二機の日。あの黒いネウロイの日。

 

私は、こいつがいるから、いつも一歩踏み込みすぎた。

 

「……ねえ」

 

「なんだ」

 

「あんた、それ、いつから思ってたの」

 

尚樹は器の底の汁をすくいながら、実に短く答えた。

 

「ラッペーンランタで、お前が墜ちかけた日から」

 

「……そう」

 

「以上だ。パン浸せ」

 

「もう浸してる!」

 

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翌日。

 

「なんでこういうときって、いつも私とあんたなのかしらね」

 

十分に上昇してから、智子は早々に愚痴をこぼした。

 

隣を飛んでいるのはビューリングである。

 

「いいコンビだと思われているんだろう」

 

「あんた私とコンビ組むの好き?」

 

「いいや」

 

「私も」

 

そして二人は、ロイモラ方面へ向かった。

 

その遥か上空、雲の縁のあたりを、音のしない白い点が一つ、同じ方角へ流れていた。

 

---

 

 

偵察中の智子とビューリングは、ラドガ湖東岸へ向かう大規模な地上型ネウロイ部隊の痕跡を発見した。

追跡中にネウロイ編隊と遭遇して交戦、一部を撃墜するが、敵増援の接近を受けて撤退。帰還後、二人はエルマへ報告する。

 

 

「……とりあえず、偵察の写真ができあがるのを待ちます。支援のことは陸軍と相談する必要もありますし」

テントがバタバタ音を立てる。

 

風が強くなっていた。雪も大量に舞っており、これならネウロイも活動できないだろう。

 

当面は危機を感じることはなさそうだ。

智子とビューリングはテントから出る。

 

入りロから寒気が流れ込み、エルマが「キャー」と悲鳴を上げた。

タ方から夜半にかけて、風と雪はますます強くなり、ほとんど吹雪となっていた。

感度の悪いラジオにかじりついていたウルスラによると「今夜と明日は吹雪のままです」とのことだった。

 

強風のせいでテントはバタバタ音を立て、中にいられる状態ではなくなった。

全員納屋兼格納庫まで避難する。

 

どうせこの寒さではネウロイもやってこない。冬山登山でもあるまいし、テントで震えているだけ損だ。

整備兵や基地業務班も同じ考えだったようで、皆寝具を抱えて避難していた。

格納庫内は広く天井も高いため暖房が効いたりはしないが、外よりはマシだ。火気厳禁なので廃材利用のストーブは外に置いてある。

 

皆はなるべく風の吹き込まない場所を見つけて丸まっていた。 幸い食事だけは温かい。例によって智子はルタバガがロに合わず、塩を多めに振って無理矢理味をきつくし、どうにか嚥下した。

 

 

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