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「なにかして暇を潰すね」
いち早く食べ終わったオヘアが言った。
「外に出られないし、ネウロイも休みね。震えてるよりは、遊んで身体を温めるねー」
——中略。妄想ビリヤードは即座に却下され、カードということになった。
「ポーカーに賭けはつきものでーす」
オヘアのひとことで、チップ代わりの木片が集められた。
「扶桑三番も入るねー」
「俺はいい」
「ホワイ?」
「カードはやらない」
「ギャンブル嫌いねー?」
「嫌いじゃない」
彼は木箱に腰を下ろし、他人の手札を覗かない位置に足を組んだ。
「競馬なら好きだ」
「オー、ホースレース!」
「あれは、こっちが何もしなくても向こうが勝手に走るからな。予想して、外れて、それで終わりだ。誰の顔色も読まなくていい」
「カードは顔色を読むから駄目、と?」
ウルスラが訊いた。
「面倒くさいだろ、それ」
「……つまり、勝ってしまうということですか」
「そうは言ってない」
「言っていないだけですね」
「……ウルスラ、お前は本当に十一歳か?」
「十一歳です」
「そうか」
ビューリングが煙を吐きながら言った。
「おい扶桑、一回だけやれ」
「断る」
「なぜだ」
「あんたとやると、たぶん十分で険悪になる」
「ならんぞ」
「なる。あんた、負けるとイカサマを『新しく考える』って言っただろ」
「よく覚えているな」
「怖いから覚えてる」
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ゲームがはじまった。
「ストレートフラッシュでーす! ハッハー!」
「なんでそんなに勝てるのよ」
「ギャンブルは場数でーす」
圧倒的なのはオヘア。次点でウルスラ。ビューリングは智子を意識しすぎて自滅。
そしてエルマとハルカは、純粋に負け続けていた。
「ああ……私と智子お姉様の愛の巣がまた遠のきました……」
「なにそれ」
「ポーカーに勝って、お姉様と一緒に暮らす家の購入資金にするつもりだったんです!」
隣のエルマは「私はポーカーでもいらん子……」と咳いていた。
そんな中、ただひたすら無言を貫いているものがいて、それがチュインニであった。
目の前のチップは増えもしなければ減りもしない。収支は完全にゼロだ。
「ちょっと、起きてる?」
「起きてる……」
「そういえば……チュインニさんは言葉遣いが変わりましたね」
「ああ、うちってあんまり上下関係に厳しくないじゃない。堅苦しい言葉遣いはいらないって言ったのよ」
そこで、ハルカが顔を上げた。
「智子少尉。どうしてチュインニさんにはそうなんですか」
「逆に訊くけど、あんたに優しくする理由ってなに?」
「チュインニさんにはどうして親切なんです?」
「どうしてかしらねえ」
「実はですね、私には分かっているんです」
ハルカはカードを伏せた。
「智子少尉はあのとき以来、チュインニさんを無視できなくなってるんです」
「あのとき?」
智子とハルカとチュインニ以外の全員が、同時に顔を上げた。
「なにがあったんですか?」
「あのときっていつねー」
「不正の香りがします」
「口止め料を貰おうか」
「なんでもないわよ。私も覚えて……あ」
「ようやく分かったようですね。智子少尉はチュインニさんに身体を奪われてしまったんです。心は私のものですが」
「どっちも奪われてないわよ……」
「つまり智子少尉の心は嫌がっていても、身体は正直だってことです」
「人聞きの悪いこと言うな!」
そこで——ハルカの視線が、ゆっくりと横に流れた。
木箱に腰かけた男の方へ。
「…………」
「……なんだよ」
「中川少尉」
「なんだ」
「あの日、あなたもいましたね」
格納庫の温度が、二度ほど下がった気がした。
「……いた」
「順番を教えてください」
「なんの」
「チュインニさんが、先にどちらに行ったかです」
智子が飛び上がった。
「ハルカ!!」
「私は事実確認をしているだけです」
「やめろ! やめなさい! それ以上言うな!」
「なにが起こったんだ」
ビューリングが目を輝かせた。
「ミーも知りたいねー!」
「私も興味があります」
「あんたたち全員黙って!!」
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だが、ハルカは止まらなかった。
彼女は木箱の上のカードを一枚指で立て、探偵のような顔をした。
「私、ずっと考えていたんです」
「なにを」
「チュインニさんの行動原理です」
「……」
「あの人は、智子少尉にだけ笑います。私にも、少しだけ笑います。でも、ビューリングさんやオヘアさんには笑いません」
「そうねー、ミーには笑わないねー」
「そして——中川少尉には、常に引っ付いています」
全員の視線が、無言でカードを見ていた褐色の少女に集まった。
チュインニは顔を上げない。
「最初、私はこう思いました。この人は中川少尉を狙っているのだと」
「ハルカ、あんた本当に黙って」
「ですが違います」
彼女は指を一本立てた。
「あれは、智子少尉の気を引くためです」
格納庫が静かになった。
「……は?」
「考えてみてください。チュインニさんが中川少尉に近づくと、智子少尉は必ず反応します」
「してない」
「しています」
「してない!」
「船の上のときも、訓練のときも、この格納庫でも。智子少尉は、中川少尉の周りに誰かが寄ると、必ず声が大きくなります」
「————」
「これは私の専門分野です。私は智子少尉の反応を、二ヶ月間、毎日記録しています」
「記録すんな!!」
「つまり結論はこうです」
ハルカは実に晴れやかに宣言した。
「チュインニさんは、中川少尉を餌にして、智子少尉を釣っているのです!」
「……」
「……」
「……」
「オー」
オヘアが手を叩いた。
「筋が通ってるねー!」
「通ってない!!」
「いや、通っているな」
ビューリングが煙草を咥え直した。
「実際、智子はさっきから顔が赤い」
「寒いからよ!」
「格納庫の中で一番暖かい場所にいるのは、お前ではない」
「うるさい!!」
ウルスラが眼鏡を押し上げて、静かに言った。
「一点、確認したいのですが」
「なによ」
「その仮説が正しい場合、**餌にされている本人**は、それに気づいているのでしょうか」
全員が、木箱の上の男を見た。
彼は、実に困った顔をしていた。
「……気づいてない、と言えばいいのか」
「事実を言ってください」
「……」
「中川少尉」
「……気づいてる」
「ほら!」
ハルカが叫んだ。
「気づいてて放置してるんですか!」
「放置してるつもりはない」
「じゃあなんで離れないんですか!」
彼はしばらく黙って、それから、非常に短く答えた。
「離れると、あの娘が困るからだ」
「……え」
「理由は知らん。だが困る。だから離れない」
チュインニが、そこで初めて顔を上げた。
そして——智子でもハルカでもなく、彼の方を見た。
いつもの、あの微笑みではなかった。
もっと薄くて、もっと平坦な、なんとも言えない表情だった。
「…………」
「……なによ、その顔」
智子が訊いた。
チュインニは答えず、また手札に目を落とした。
「……なんでもない」
「なんでもなくないでしょ」
「なんでもない」
「チュインニ」
「……レイズします」
「今まで一回もレイズしなかったでしょうが!!」
彼女は木片を三つ、静かに押し出した。
「……ちなみに」
尚樹が横から言った。
「今のチュインニの手、たぶん強いぞ」
「なんで分かるのよ」
「初めて自分から賭けたからだ」
「あんた見てないでしょ!」
「顔は見てない。指を見てた」
「同じことよ!」
結果、チュインニは全員から巻き上げた。
「……こいつ、強いじゃない!」
「一度だけです」
「一度でその額!?」
「必要な分だけ取りました」
「なにに使うのよ!」
チュインニは木片を数え、それから、智子の前に半分を押し戻した。
「……はい?」
「あげます」
「なんで」
「使ってください」
「だから、なんで」
チュインニは、いつも通り、少しだけ微笑んだ。
「そのうち分かります」
「……この娘、本当になんなの」
「智子少尉! 受け取っては駄目です! それは前金です!」
「なんの前金よ!」
そのとき、格納庫の扉付近でざわめきが聞こえた。
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