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ウィッチたちによる地上攻撃のおかげで、ロイモラ方面への圧力はかなり減少した。
喜ぶべきことではあるが、義勇独立飛行中隊の表情は暗かった。
損害は一名が行方不明、一名が負傷。
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智子はテントの中央で寝っ転がっていた。
「死体の真似か?」
ビューリングだった。
「だいたいそんな感じ」
「返事をするとは珍しい死体だ」
「放っておいてくれる?」
「凍死するぞ」
「死体はそんなこと気にしないの」
「埋葬するのが面倒だから起きろ」
——中略。ビューリングとオヘアが押しかけ、代用コーヒーが配られた。
「ハルカのことは残念だったね」
「でもきっと生きてるよ」
「そりゃ撃墜されたわけじゃないから……」
「私がオストマルクで相棒を失ったときと同じだ」
ビューリングは言った。
「今まで近くに当たり前にいたものがいなくなる。挨拶がないとか食事の席にいないとか。喪失感が大きくなるんだ」
智子は反論しようと幾度か口を開きかけた。だがいい台詞が思いつかず、「ふん」とだけ言った。
「……ところで」
ふと、智子は顔を上げた。
「あいつは」
「格納庫だ」
「なにしてんの」
「装甲を磨いている」
「……磨いて?」
「三時間ほど、同じところをな」
智子はコッヘルを置いた。
「……そう」
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その場を離れて、彼女は格納庫へ向かった。
二重天井の梯子の下。無線機の脇。工具箱の横。
そこに、飛行服の男が座っていた。
装甲は出していない。腕輪も外して、床に置いてある。
膝の上に、布が一枚。
その布で、右肩の——さっき光線が舐めた跡がついていた場所を、磨いていた。
装甲を出していないので、そこには何もない。
彼はただ、空気を磨いていた。
「…………」
智子は、しばらく入口で見ていた。
ああ。
そうか、と彼女は思う。
自分もかなりやられている。ハルカがいなくなったことで、腹の底に穴が開いたような感覚が続いている。
だが。
こういう事態で、一番揺れるのが誰なのかは、ここまで付き合ってきたら流石に理解していた。
——そして
人間、自分の感情が揺れている最中に、自分よりも泣いていたり落ち込んでいたりする奴が目の前にいると、嘘のように落ち着いてしまう。
地球の裏側まで来ようが、これは変わらないらしい。
「……なにしてんのよ」
「磨いてる」
「なにを」
「……」
彼は手を止めた。
止めてから、布を膝に置いた。
「……なにも磨いてない」
「そうよね」
智子は工具箱の隣に腰を下ろした。
コンクリートが冷たい。構わなかった。
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この男は、背負う質を持っている。
どこかの時点で出来上がったのか、生まれつきの性なのかは知らない。だが、確実に持っている。
死んでいった兵。
帰ってこなかった飛行機乗り。
北郷少佐や江藤隊長のように、羽根を畳んだ元魔女。
そして——魔法力を使いすぎて、あがりが来る前に枯渇し、二度と飛べなくなった、羽根を折られたウィッチたち。
智子は知っている。事変のあと、こいつが何度も病院に足を運んでいたことを。名前も知らないような若いウィッチの病室に、菓子を持って、何度も。
こいつの背負う荷物は、生きていく中で増え続ける。
そして、その重りで自分自身が飛べなくなるまで、背負い続けるのだろう。
「そんな事、もう辞めろ」
と、今更優しく言って一般論を振りかざす気など、彼女にはない。
そういう男だと知って、二年付き合ってきた。
だが。
少なくとも、ハルカをこのままコイツの荷物にさせるつもりなど、穴拭智子の中には無かった。
「……尚樹」
「なんだ」
「あんた、ハルカのこと、もう荷物に入れた?」
彼の肩が、わずかに動いた。
「……なんの話だ」
「とぼけないで」
智子は前を向いたまま言った。
「あんた、そういうやつでしょ。守れなかったやつを、全部自分の中に積んでいくやつでしょ」
「……」
「飛べなくなった娘のところに、何回も行ってたでしょ」
彼が、初めて顔を上げた。
「……見てたのか」
しばらく、格納庫の隙間風の音だけがした。
「……で」
智子は続けた。
「ハルカのこと、積んだの?」
「……積んでない」
「嘘つき」
「積んでない」
「じゃあなんで空気磨いてんのよ」
「…………」
「積んだのよ、あんた」
「――――――」
睨みつけていた。
それは威嚇や抗議以上に、図星に対して言い返す言葉が無いことの証明だった。
彼をよく知れば知るほどに珍しい光景
そして知っているからこそ、その鋭さを全身に感じても智子は全く目を逸らさなかった
答えないので、智子は自分で結論を言った。
「——下ろしなさい」
「……」
「まだ死んでないの。行方不明なの。だから積むのは早いのよ」
「……」
「あの娘、私に抱きつく前に死ぬ気なんかないわよ」
「……」
「毎日毎日、あんな迷惑なことばっかり言って、私の日記に載るくらい邪魔してきた娘が、そう簡単に諦めると思う?」
尚樹は、しばらく黙っていた。
そして、ようやく口を開いた。
「……笑ってたんだ」
「聞いた」
「庇ったとき、笑ってた。無理やりじゃなかった」
「聞いた」
「だから、俺は」
「だから、なによ」
智子は初めて彼の顔を正面から見た。
「笑ってたら助けちゃいけないの?」
「……」
「本人が行きたがってたら、置いていくの?」
「……」
「あんた、いつ私にそんなこと言った?」
尚樹の動きが止まった。
「私が一人で戦うって決めて、あんたを置いていって、雲に入って撒いたとき」
「……」
「あんた、追ってきたわよね」
「……追った」
「私が『来なくていい』って言ったのに」
「……言われた」
「なんで追ってきたの」
彼は答えなかった。
答えないので、智子はまた自分で言った。
「本人が望んでても、間違ってると思ったら追いかけるんでしょうが」
「…………」
「だったら、今回も同じでしょ」
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しばらくして、彼は布を畳んだ。
畳んで、床の腕輪を拾った。
「……智子」
「なによ」
「お前、たまにまともなことを言うな」
「たまにじゃない。いつもよ」
「嘘つけ」
「うるさい」
彼は立ち上がった。
さっきまでと、背中の形が変わっていた。
「……作戦を立てる」
「立てなさいよ」
「オロネツだ。あの人型が向かった方角に、集結地点がある。フレデリカとお前が見た足跡の行き先だ」
「もう調べてたの」
「昨日の夜に」
「……あんた、寝てないでしょ」
「寝てない」
「寝なさいよ」
「寝る」
「今すぐ」
「作戦のあとで」
「今すぐ!!」
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テントに戻ると、皆が代用コーヒーを囲んでいた。
「智子、どこ行ってたねー」
「格納庫」
「なにしてたね」
「馬鹿を叩き起こしてきた」
「オー」
智子はハンモックに腰を下ろし、それから全員を見回した。
そして、ウルスラに言った。
「チュインニ呼んで来て」
「ハルカさんの話をしていたのでは?」
「いいから早く」
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チュインニが引っ張ってこられた。髪に雪がついている。
「ねえチュインニ、あんた確かヴェネツィアのとこで行方不明になったのよね」
こくりとうなずく。
「それって、ひょっとしたらネウロイに捕まっていたんじゃない?」
チュインニの動きが止まった。
「……どうだろ」
「思い出したことはない?」
「動けなかったことは覚えている。閉じこめられたっていうか、じっとそこにいた」
「どうやって帰ってきたの?」
「……気がついたら、味方の戦線にいたから……。でも」
「なに」
「そういえば味方の攻撃があった気がする。攻撃の最中に、仕方なく手放されたみたいな感じ」
「分かった」
智子は強くうなずいた。
「だったら可能性あるわ。ハルカは生きている。私たちで攻撃する」
「圧力を加えれば、ネウロイはハルカを手放すはずよ。なるべく早く攻撃する。そうしないと——」
ハルカもまた記憶を失うかもしれない。
テント内の顔を見回す。皆は茶化したりせず、智子のことを見つめ返していた。
「……私にとって大変な屈辱だが」
ビューリングが言う。
「智子と同じ意見だ。助けよう。早い方がいい」
「ミーも賛成ね。一人でも欠けると居心地悪いねー」
「私も同感です」
チュインニは発言しなかったが、首を縦に振った。
そのとき、テントの入り口が開いた。
飛行服の男が、地図を一枚持って立っていた。
「——場所は分かってる」
全員が振り返った。
「オロネツだ」
彼は地図を床に広げた。
「智子とフレデリカが見た足跡の行き先。人型が向かった方角。ロイモラの後方支援に対して距離が中途半端な理由。全部繋がる」
「あんた、いつ調べたの」
「昨日と、今日と、さっき」
「……寝ろって言ったでしょうが!」
「寝る」
「今すぐ寝ろ!!」
「……分かった」
彼は地図を置いて、素直に梯子を上っていった。
その背中を見送って、ビューリングが呟いた。
「……立ち直ったな」
「立ち直らせたのよ」
「ほう」
「文句ある?」
「ない」
彼女は煙を吐いた。
「よくやった、とだけ言っておく」
「……ふん」
智子は床の地図を睨みつけた。
——待ってなさい、ハルカ。
あんたを、あいつの荷物にはさせない。
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