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ストライカーユニットはウィッチたちの到着とほぼ同時に運び込まれていた。智子たちの分も同じ輸送機で到着している。
当たり前だが飛行場は吹きさらしであり、スオムスなので気温も低かった。寒暖計の目盛りは氷点下五度。風が吹いたら体感温度はぐんと下がる。
義勇独立飛行中隊の面々は、ストライカーユニットを装着して整列していた。
訓練担当は智子である。なので列から離れて向き合っていた。中隊長のエルマは訓練される側なので、他の面々と同じ列。
智子はしみじみと眺めた。
「義勇」なのだから人員の出身国がバラバラなのは当然だ。だがこの部隊は装備まで個人個人が別なものを用意していた。
先頭のオヘア、テキサス生まれらしくさっきから寒さで震えている彼女のストライカーユニットは、ずんぐりむっくりの巨大なビヤ樽であった。
「オヘア……それいったいなんなの?」
「うう寒……オー、これはF2Aバッファローねー」
「あんたの国のストライカーユニット?」
「イエース。本当はF4Fを持ってこようと思ったけれど、無理だったねー」
「なんで」
「ミーが全部壊したからでーす。あはは」
震えながらも笑っている。
「バッファローか」
列の後ろから声がした。
「悪い機体じゃない。降下速度が乗るし、装甲が厚い。当たっても墜ちにくい」
「オー! ユー、褒めてくれるねー!」
「ただ上昇が鈍い。上を取られたら取り返せないから、最初から高いところにいるしかない。覚えとけ」
「イエース!」
智子は横目で尚樹を睨んだ。教える立場は自分のはずである。
隣のカールスラント人、無表情な眼鏡でなにを考えているのかさっぱり分からない少女は、これまた見たことのないストライカーユニットを装着していた。
「ウルスラ……」
「はい」
ウルスラは無機質な返事をした。智子はストライカーユニットから目を離さない。
「それ、なに?」
「ハインツェルHe112」
聞いたことのないストライカーユニットだ。いや待て、確か明野にいたとき雑誌「航空知識」で読んだ記憶がある。海軍が勉強のために輸入したとかなんとか。しかもそもそも輸入できたのは、他のストライカーユニットとの比較試験で敗れたからだったような。
「ねえウルスラ、あんたの国自慢のBf109はどうしたの?」
「足りないから渡さないって言われました」
「じゃあそれは余っていたの?」
「性能は悪くありません」
「なんでカールスラントじゃ使わないの」
「性能比較試験で負けたからです」
やはり余っていたのである。ウィッチごとスオムスに押しつけたというわけだ。
「Heの112なら、扶桑海軍が二機買ってる」
また後ろから声がした。
「負けた方の機体だが旋回半径は109より小さいし、脚の据わりがいい。試験の項目が上昇率と速度に偏っていただけだ」
ウルスラが顔を上げた。
「……あなた、実機を見たのですか」
「見た。触った」
「感想は」
「良い機体だ。ただ、負けた」
ウルスラは黙った。眼鏡の奥の目が、ほんのわずかに動いた。
くらくらする頭を押さえながら、智子はエルマに視線を移した。
エルマは智子に見られてびくっとする。いい加減、その態度をどうにかしてくれないだろうか。
彼女のストライカーユニットは無骨さと繊細さが混在したような形をしている。しかも一部は布張りのようにも見えた。
「えーとそれは……」
「ファロットG.50です」
エルマが答える。確かロマーニャのストライカーユニットだ。それほど性能は悪くないはずねと智子は思う。
「さすが中隊長、いいのを使ってますね」
「実は故障機なんです……」
エルマは面目なさそうに言った。
「私が着任したときにはこれしか残ってなくて、壊れていたのを無理矢理直して使っているんです」
智子の目の前が暗くなる。脳から血が失われていく気がした。そんなことでいいのだろうか。そもそもこれは飛ぶのか。
「中隊長」
「は、はい!」
「その機体、始動のときに一度咳き込むだろう」
「……え? はい、します、します!」
「気化器の予熱が足りてない。この気温だと多分燃料が霧にならないんだ。始動前に少し暖めてやれば咳き込まなくなる」
「そ、そんなことで直るんですか!?」
「直らない。誤魔化せるだけだ。部品が来るまではそれで持たせろ」
「はい!」
エルマの声が、この日初めてはっきりと張った。彼女は自分の機体をすりすりと撫でている。
気を取り直して隣へと移る。ハルカのストライカーユニットは、まるで見たことのないものであった。
色が白っぽいのは海軍特有だからいいとして、やたらシャープで洗練されている。こんなストライカーユニットあったっけと思った。
「……?」
頭に疑問符をいくつも浮かべている智子に、ハルカが勢い込んで言う。
「これは十二試艦上戦闘脚です!」
「十二試……試作機なの?」
「といいますか、正式採用前のが余っていたので、使えって言われたんです。海軍はこれを大量生産中です」
じゃあその生産してるのを持ってきなさいと思わないでもない。どうも魔導エンジンはキ43に使われているのと同じらしい。最高速も似たようなものだろう。性能はよさそうだ。しかし試作で試験用の機体なら、不具合もかなりあるのでは。
「ハルカ、あなたひょっとしてテストパイロットだったの?」
「違います。出発する直前に受領しました」
「ということは、慣れてないの?」
「今日がはじめてです」
それでは真っ直ぐ飛ぶのも怪しい。歩くだけで頭をぶつけたり足を滑らせたりするウィッチが、はじめてのストライカーユニットを使うことがあり得るのか。
「ハルカ」
「はい!」
「そいつは軽い。軽すぎる。お前が力を入れたら入れた分だけ動く」
「はい!」
「つまり、いつもの半分の力で操れ。半分だ。分かったか」
「はんぶん!」
「復唱するな、実行しろ」
最後はビューリングであった。
彼女のストライカーユニットは使い込んでいて、整備もよくなされている。ただどうにも古臭く、年代物であった。
「あんたのとこ、確かスピットファイアってのがあるでしょう。高性能って聞いたわよ」
「あんなの乗る女は上官に弱みを握られているか、借金を抱えているんだ」
「高性能の方がいいでしょう」
「人のこと言えるのか?」
ビューリングの視線が智子のストライカーユニットに向く。
智子はむっとした。確かに今履いている九七式戦闘脚は新型とは言い難い。だが慣れた機体だし、これを使った格闘戦では右に出るものがいないと自負している。余りものを押しつけられたり、ボロを直したりしたものとは違うのだ。
「ビューリング少尉殿は、ずいぶんと自分のストライカーユニットに自信がおありのようね」
「褒めてくれてありがとう」
「さぞかし腕も立つんでしょうね」
「自分の腕ばかり誇るのは人間性がなっていないと思わないか?」
およそ皮肉でブリタニア人に勝てる民族はそうそういない。智子は頬を引きつらせながら視線を外す。
その横を、尚樹が通った。
「Mk.Ⅱか」
「ああ」
ビューリングが煙草を口から離した。
「マーリンXXなら、寒いところじゃ強いだろう」
「……ふん」
「金属翼は当たりだな。羽布だと今日の風で持っていかれる」
ビューリングはしばらく彼を見た。
それから、ごく短く言った。
「……古い機体を貶さないのは、お前が二人目だ」
「一人目は?」
「さあな」
「そうか」
尚樹はそれ以上聞かなかった。
ビューリングのとぼけに気づかない尚樹では無かったし、智子もその内容は分からないが、尚樹の思慮深さが発揮されてる事にため息を吐いた。
――こういう時に、絶対に踏み込まないのだ、この男は。
踏み込まないから、皆が勝手に懐いていく。
全員のストライカーユニットを確認したが、文字通りの多種多様である。九七式を使っている智子が言えた義理ではないが、これでは整備担当が発狂するのではなかろうか。各機の整備マニュアルは存在するのか。
「……で、あんたは」
智子は最後に振り返った。
尚樹はまだ何も履いていない。手ぶらで、飛行服の上に外套を着ただけの姿で立っている。
「今出す」
彼は右手の袖をまくった。
手首に、金属の輪が嵌まっている。
それだけだった。装甲もなければ機体もなく、格納庫から引き出された気配すらない。整備員が運んできた覚えもない。
尚樹が輪に指を触れる。
次の瞬間、彼の全身が霧のような光の膜に包まれた。
音がなかった。魔導エンジンの咆哮も、プロペラの唸りもない。ただ雪の粒が周囲から吸い寄せられるように渦を巻き、光がそれを白く照らしながら圧縮されていく。
膜が内側から押し広げられた。
そして――消えた。
そこに立っていたのは、白亜の騎士だった。
四肢を余さず覆う装甲。関節の隙間で低く脈打つ光。背には畳まれた推進機。頭部にはスリットの走った面覆いがあり、目に当たる位置が薄く青く灯っている。
背丈は元より頭一つ分高くなっていた。
便宜上「湖の騎士(ランスロット)」と呼ばれている、その姿である。
飛行場が静まり返った。
オヘアが「ワオ」と呟き、ウルスラが眼鏡を落としかけ、ハルカが「あれ、船では出さなかったのに……」と間の抜けた声を出し、ビューリングは煙草を落とした。
エルマは口元をヒクつかせていた。
「……あの」
震えるような声だった。
「あの、中川少尉」
「はい」
「どこが……」
彼女は自分の脚に履いたファロットG.50を見下ろし、それから白い騎士を見上げた。
「どこが"ストライカーユニット"なんです……?」
「脚に付いてます」
「そこだけじゃないでしょう!?」
「腕にも付いてます」
「余計です!」
その瞬間、エルマのファロットG.50が、ぷすん、と気の抜けた音を立てて煙を吐き始めた。
「ああっ! ちょっ、待って、待ってください、今日はまだ一回も飛んでませんっ!」
「予熱が足りてないからな」
「そういう問題じゃないと思うんですけどぉ!」
慌ててしゃがみ込むエルマの周りに、白い煙がのんびりと立ち上っていく。
智子はこめかみを押さえた。
多国籍で、多機種で、故障機と試作機と余剰機と骨董品が並び、そのうえ一名は変身する。
「……訓練を、はじめます」
言葉を絞り出す智子の足元で、コン平がしみじみと鳴いた。
「クルル」
『これは、長うございますな』
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