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「では訓練を開始する。空中戦の要訣は格闘戦にあり。我の優位性を活かし敵の背後を取り、これを撃墜するものである」
備前長船を滑走路に突き立てながら言う。
皆、ぼけっとしながら聞いている。やる気のあるなし以前に生きているかどうかも怪しい姿に、智子のいらいらは募っていった。
一人だけ、列の端で腕を組んで真面目に聞いている白い塊があったが、あれは面覆いのせいで表情が分からないだけなので、真面目かどうかは判定不能である。
「全機離陸!」
大声でうながす。彼女は一番初めに飛び上がった。
高度三千メートルまで駆け上がる。統計によるとこのあたりの高度で戦うことが一番多い。なので訓練も同じ条件にした。
スオムスの冷たい空気を切り裂くように、魔導エンジンの特徴的な音が響き渡る。機体ごとに違うため、やたらとやかましかった。
そのやかましさの中に、ひとつだけ音のない影があった。
智子はインカムを二度ほど叩く。
「こちら穴拭……あー、中尉」
エルマを呼び出す。
「コールサインはどうします?」
「名前でいいです」
「私たちの間はいいですけど、管制塔との通信はコールサインがあった方がいいですよ」
しばらく無言の時間があったのち、エルマが提案した。
「じゃあ、そうですね……国名と番号はどうでしょう」
「分かりました。私は扶桑一番ですね」
国名の後が番号で、階級順となる。なのでハルカが扶桑二番、あとはエルマがスオムス一番でビューリングがブリタニア一番、オヘアがリベリオン一番、ウルスラがカールスラント一番だった。
『……待て』
無音の影から声が入った。
『俺も少尉だぞ』
「あんたは扶桑三番」
『階級順だと言っただろ』
「あんたは扶桑三番」
『……』
「智子お姉様、名采配です!」
「ハルカも黙ってなさい」
たったこれだけだったが、なんとなく軍隊の組織っぽくなる。智子はやや機嫌を直した。
「全員散って、距離を取って」
各々自由に飛び、離れていく。
「私を敵だと思って、順番にかかってきて」
えっ、と声が上がった。
「全員? 全員ですかー?」
とオヘア。
「いくらなんでも、一対五じゃ智子はすぐやられちゃうねー」
「あんたたちの実力を見たいの」
智子は手にした刀を見せる。
「私はこれで戦う。あんたたちは自由。機銃でもいいわよ。私がこれの鞘でどこかに触ったら撃墜判定。あんたたちも同じ。遠慮しなくていいから」
『智子』
「なによ」
『俺は抜けとくぞ』
「なんでよ」
『やったら訓練にならん』
「……」
反論できなかったのが心底腹立たしい。
「じゃあ上で見てなさい。落ちたのを拾う係」
『了解』
これは本心である。別に彼女たちを馬鹿にしているわけでもない。ぼんやり編隊飛行しながら話しているよりは、こうやった方がすぐに見極められる。イレギュラーなやり方なのは承知の上だ。なるべく早く皆のことを把握しなければ。
皆、顔を見合わせていた。好きにかかってこいと言ったためか、どこか譲り合うようになっている。
やがて意を決したか、ハルカが言った。
「行きまーす!」
やたら古そうな機関銃を抱えて飛んでくる。智子は怪訝な顔になった。
「なにそれ」
「ルイスです!」
智子は「えー」という顔になった。ルイス機関銃は名銃であり、扶桑でも留式としてライセンス生産している。だがハルカのあれは恐らく初期の輸入品で、しかも倉庫に残置されていたやつだ。スオムスへ行くのに際し押しつけられたのだろう。でなければ錆が浮いているはずがない。
ハルカは一直線に智子へ突っ込んできた。
「撃ちまーす!」
引き金を引く。腹に響く発砲音が智子のところにまで聞こえてきた。
智子はくるりと旋回すると、延々真っ直ぐに飛び続けているハルカの背後を取った。刀の鞘で背中をぼんと叩く。明後日の方向へ飛んでいく。ずいぶんと下方向に流れていた。射撃に難があるようだ。得意ではないのだろう。
「はい、撃墜」
「もうですかー」
『ハルカ、力を入れすぎだ。半分だ』
「はんぶん!」
『復唱していいから力を抜け』
さすが今日使ったばかりのストライカーユニットである。真っ直ぐ飛ばすことで精一杯のようだ。
ハルカはそのままどこかへと飛んでいく。無視して、智子は向き直った。
次はウルスラだ。ぐうっと距離を詰めてくる。
結構な高速だ。He112の性能によるものだろう。智子は驚きつつ、正対しないように身体をずらした。
互いにすれ違う。旋回を遅らせて、わざとウルスラに背後をさらすようにした。
MG34機関銃の銃撃音がする。火線が智子の右横を通過していく。
意外と近かったが、当たらない。右左と細かく回避機動をおこなうと、智子を追いかけるようにして火線が伸びる。偏差射撃が苦手なのだろうと見当をつけた。
あえて大きく旋回をする。ウルスラが追いかける。智子は少しずつ旋回半径を小さくしていった。
ウルスラも追いかけ続けるが、He112の旋回性能はそれほどでもない。ぐるぐる回っているうちに、智子の前にオーバーシュートした。
智子はウルスラの背後をとってから、しばらく様子を見て、背を叩いた。
「撃墜」
「……どうも」
「回避機動くらいしなさいよ」
「習っていません」
ウルスラは妙な言い訳をした。
『ウルスラ』
「はい」
『多分教本の第四章にある』
「……第四章は付録です」
『付録に書いてあるものが一番使える。よくあることだ』
ウルスラは黙り込み、それから、どこかへ飛んでいってしまった。おそらく本を取りに戻ったのだと智子は思った。
その次はエルマである。曲がりなりにも中隊長で上官だ。敬意を払おうと智子は考えた。なるべく恥をかかせないようにして撃墜するのだ。なんだったら、銃弾がちょっと擦ったくらいしてもいい。
だがエルマは、智子と正対した瞬間に悲鳴を上げた。
「きゃー!」
「え?」
「きゃー、やっぱり無理ですーっ!」
エルマはループしてそのまま飛び去ろうとする。智子は叫んだ。
「どこに行くんですか!」
「え、えっと撃墜でいいですー!」
「それじゃ訓練になりませんよ! 撃墜されないようにして撃墜するのが訓練なんです!」
しかしどうにも自信がないらしい。弱気を前面に出したまま飛び去ると、飛行場の上で弧を描いていた。
「……まったく!」
智子は追いかけるのを諦めた。あれはもう撃墜でいいだろう。
すると、視界の隅がきらりと光った。
ぱっと上空を見る。ビューリングがこちらに向かって突っ込んできている。
身体を捻って避けた。ビューリングは速度を落とさず降下し、その運動エネルギーを利用して急上昇。しかも旋回しながら後ろにつこうとしている。
今までの少女たちとは明らかに違った動きだ。
「やるわね」
あれはかなり場数を踏んでいる。皮肉っぽくはあるが、なかなかのウィッチとみた。
智子は上昇しつつ身体を捻る。逆落としの恰好になって対峙した。
ビューリングの手に武器がある。くの字に折れ曲がった刃が光っていた。あれは確かククリ。ブリタニアではグルカ・ナイフと呼ばれている。
機銃ではなく、格闘戦を挑む気なのだ。
智子の血が騒いだ。近距離格闘こそがウィッチの本懐。これこそが戦いだ。
「そうこなくちゃ!」
下唇を舐める。いったんすれ違うと、互いに相手の後ろを取ろうと機動を繰り返した。
そうなると智子に分がある。ビューリングは素早く察すると、縦の機動に切り替えた。くるりと回転すると共に、足を振って高度を無理矢理落とす。
智子は後ろを取られることを予想してロールし、さらに上半身を起こした。
ビューリングが接近する。グルカ・ナイフと備前長船が空中で激突する。金属音がして火花が散った。
「やるじゃない!」
その後も二人は打ち合った。鍛えられた鋼同士がぶつかるたびに、手にずしりとした感覚が残る。そのたびに血が沸き立った。
智子は右脚を後ろに出してバレリーナみたいな回転をした。高度は落ちるが直後に両足を揃えて浮き上がる。後ろを取られそうになったビューリングは両足を上空に突き上げて逆さまになる。
急速に接近。互いの息がかかりそうな錯覚。同時に武器を振り上げた。相手の頭に打ち込もうとした刹那。
「どいてどいて、どいてくださーい!」
楽しさすら感じる悲鳴と共に、オヘアとF2Aが突っ込んできた。
恐らく急降下して智子を屠るつもりだったのだろうが、コントロールを失ったのだ。オヘアは二人に激突し、そのまま団子となって落下した。
「なにしてんのよ!」
「ソーリー智子、うまく操縦できなかったねー」
オヘアはM1919を構えながら詫びた。智子が叫ぶ。
「止まんなさいよ!」
「急降下したらそのままになったねー。これ重すぎるねー」
「ストライカーユニットだけじゃなくて、胸にでかいの二つもぶら下げてるからでしょうが!」
三人はなおも落下している。勢いの付いたままのオヘアがいるから速力は増している。眼下に雪原が迫っていた。
智子はなんとか引き起こそうとするが、どうにも上手くいかなかった。
「落ちるぞ」
不機嫌そうなビューリングの声。反射的に言い返す。
「手伝いなさいよ」
「やってる」
見ると、オヘアの腕を摑んで引っ張っていた。だが落下速度は弱まらない。
「三人で息を合わせるわよ!」
「ミーも?」
「当たり前よ!」
オヘアに言うと、智子は深呼吸した。
「数かぞえるから思いっきり引っ張って。三……」
ぐいっ。引っ張られる感触。智子は準備ができていなかったため、かえってバランスを崩した。
地面が大きくなる。智子は泡を食った。
「なんで引っ張るのよ!」
「引っ張れと言っただろう」
「三から数えて一になったら引くんでしょうが!」
ビューリングが言う。彼女が真っ先に引き起こしをしようとしていた。智子は叫ぶ。
「一から数えて三になったら引くんだろう」
「なにそれ! これだからブリタニアは信用できないのよ!」
「扶桑の方がよほど分からん」
「ちょっと、なにしてるねー!」
オヘアが焦る。地面はどんどん接近していた。激突しても雪原なのでクッションにはなるだろうが、軽傷で済むとは思えない。
「じゃあ欧米風に、一から数えて三で引くわよ!」
改めて智子が言う。
「次しくじったらぶつかるからね! やるよ! 一、二――」
そこで、上から影が落ちてきた。
音がしないので、誰も気づかなかった。
推進機が一度だけ短く光を吐き、白い装甲が三人の下へ滑り込む。
「よっ、と」
そして、拾い上げられた。
両腕で、まとめて三人分。
急激に減速がかかり、雪原の白がすぐ目の前で止まる。智子の視界に、木の枝の一本一本まではっきりと見えた。
「――ぐっ、重い」
「言い方!」
だが、間に合った。三人の身体は宙で持ち上がり、白い装甲の腕に抱えられて減速していく。雪原はまだ下にある。
助かった、と智子が息を吐いたその瞬間。
「オ――オー! オー! オー!!」
「なんだ」
「ユー! ミーを! 助けたねー!!」
「そうだな」
「ヒーローねー!!」
「今それはいいから」
「ミー、感動しましたー!!」
オヘアはテンションが振り切れていた。
具体的には、抱えられた腕の中で身をよじり、両腕を白い装甲の首に回し、あまつさえ両脚まで巻きつけて、全身でたっぷりと抱きついた。
「ちょっと」
「わあ、リベリオンって本当にああするんですね!」
「感心してんじゃないわよハルカ!」
装甲の内側から、はっきりと苦しげな声が上がった。
「おい待て、離れろ、姿勢が――重心が――」
「サンキュー、サンキューねー!」
白い騎士が傾いた。
腕の中に三人分の機体、首に一人分の抱擁、そして急減速直後の不安定な姿勢。物理法則にはさすがに従うらしく、ランスロットは大きく横に流れ、そのまま雪原の縁へ突っ込んでいった。
盛大に雪が舞い上がる。
ばきばきばき、と枝の折れる音がして、五人は白樺の茂みの中へ滑り込んだ。
しばらく、雪しか降っていなかった。
「……あー」
最初に声を出したのは智子だった。雪と枝の間から顔を出し、髪に絡んだ小枝を払う。
すぐ隣で、白い装甲が仰向けに埋まっていた。その上にオヘアが、まったく満足そうな顔で乗っている。
「オヘア」
「ヤーッ?」
「降りなさい」
「まだお礼を言ってないねー」
「言ってたわよさっき四回!」
その下から、地の底のような声がした。
「……智子」
「なによ」
「これ、どかしてくれ」
「自分でどかしなさいよ」
智子は少しの間、その白い装甲を見下ろした。
――だから懐かれるんだ、こいつは。
「……ビューリング、手伝って」
「断る」
「なんでよ!」
「面白い」
ビューリングは茂みの中で、折れた枝に腰を下ろし、濡れたタバコを恨めしげに眺めていた。
結局、智子、オヘア、ビューリングの三人は無事だった。ウィッチの身体が頑丈なのと、地面すれすれで拾い上げられたおかげである。
その代償として、ストライカーユニットは三機とも損壊した。抱えられたまま茂みに突っ込んだので、機体の方が全部枝を受け止めたのだ。
そして白い騎士の装甲には、真新しい擦り傷が斜めに三本ほど走っていた。
智子は地上から合図をして、ハルカに飛行場へ着陸するよう命じた。どこかへ本を取りに行ったウルスラも戻ってきている。エルマもいずれ下りるだろう。それらを確認してから、ストライカーユニットを担いで基地へと歩く。
「とんだ目に遭ったわ……」
智子は先頭を歩きながらぼやく。背後からオヘアの相変わらずな声がした。
「ここでもストライカーユニット壊したねー」
悪びれた様子がない。最後尾を歩くビューリングが言う。
「リベリオンは物資不足になったことがないから、贅沢だな」
「オー、ブリタニアはそんなに貧乏ですか」
「どこかの国が勝手に独立しなければ、まだ繁栄していたんだ」
「恵んであげてもいいねー」
智子は先頭で雪を掻き分けつつ進む。
「ねえビューリング」
「ん?」
「あんた……わりとやるわね」
「それよりタバコ持ってないか。ここに来る前にもらったんだが全部吸った」
「ない。実戦どこでやってたの?」
「ブリタニアからカールスラントに運ぶ物資の護衛だ。ハリケーンで途中まで飛ぶ」
「その前、どこかにいたんじゃなかったっけ。国際ネウロイなんとか」
「……そんなことがあったかもしれない」
ビューリングは口をつぐむ。あとは黙って歩き続けた。
一行の最後尾では、白い塊が、オヘアに肩を叩かれ続けていた。
「ネクストタイムもよろしくねー!」
「ネクストは起こすな」
「イエース!」
「……返事だけだな、お前」
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