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アホネンたちの背中が建物の角を曲がって消え、飛行場にようやく静けさが戻った。
エルマがへなへなとしゃがみ込み、ハルカが自分のタヌキを拾い上げて「めっ、めっですよ」と言いながら明らかに褒めていた頃。
一人だけ、まったく別のことを考えていた者がいた。
「ヘーイ、質問いいですかー」
キャサリン・オヘアが手を挙げた。
「なによ」
「さっきの人、『ゆりのはな』って言ってたねー」
智子は嫌な予感がした。
「ミー、聞き取れたけど意味が分からなかったねー。ゆりの花、フラワーでしょー? 花園に蜂とか毛虫とか、ガーデニングの話でしたかー?」
「……違うわよ」
「じゃあ何ですかー?」
オヘアは実に無邪気な顔をしていた。テキサス生まれの、太陽みたいな笑顔である。
智子は視線を泳がせた。
ここに、この場に、説明に適した人間がいない。エルマはしゃがんだままだし、ウルスラは十歳だし、ハルカは説明させたら余計にややこしくなるうえ本人が当事者だ。ビューリングは壁に寄りかかって完全に他人事の顔をしている。
そして尚樹は――尚樹は、露骨に一歩下がった。
「あんた説明しなさいよ」
「無理だ」
「なんでよ」
「俺が説明したら、それこそ毛虫だろ」
「くっ……!」
反論できないのが腹立たしい。
智子は咳払いをした。
「……あー。あれはね、その、花の話じゃないの。隠語よ」
「インゴ?」
「言葉の裏の意味。えーと、扶桑でも、女学生の間で使う言い回しがあって……それが、こう、女の子同士の……その、なんというか」
「なんというかー?」
「……仲がいい、みたいな」
「オー! フレンドシップねー!」
「そうじゃなくて!」
智子は頭を抱えた。
「そうじゃなくて、もっと、こう、なんていうか。友情より、その、上? 隣? とにかく、恋愛みたいな概念が女の子同士に……ああもう、分かるでしょ!」
「ロマンス?」
「そう! それの、女の子同士の版!」
言い切ってから、智子は自分の顔が熱くなっているのを自覚した。なぜ自分が飛行場のど真ん中でこんな講義をしなければならないのか。
オヘアはしばらく、あごに指を当てて考え込んでいた。
「……オー」
そして、ぽん、と手を打った。
「レキシントンにもいましたねー」
「え」
「夜中に、ときどき、ツーピープルが同じベッドに入ってるねー。ミー、狭くないのかなーって思ってましたけど、あれがそうですかー」
「……そうよ、たぶんそうよ」
「なるほどー。ミー、ずっと寒がりなのかと思ってましたねー」
「テキサス人の解像度……」
智子は疲れた声を出した。
だが、ここで終わればまだよかったのだ。
オヘアは何度か頷いたあと、大変にすっきりした顔をした。
「オーケー、理解しましたねー。つまり、女の子同士の強いフレンドシップねー」
「いや違――」
「ミーの国にもありまーす。バディでーす。背中を預ける相手でーす」
「そうじゃなくて!」
「そして、ゆりの花園というのは、その強いフレンドシップの集まりねー!」
「近いようで遠い!」
「ソー、ミー、思ったねー」
オヘアは晴れ晴れとした顔で、右手の親指を立てた。
「別にナオキがいてもいいんじゃないでーす?」
飛行場が静まり返った。
「……は?」
「だってフレンドシップでしょー? ミー、今日助けてもらいましたねー。落ちるところ、キャッチしてくれましたねー。それはもうフレンドシップでーす!」
「オヘア、待って」
「バディでーす! 絆でーす!」
「待ちなさいって」
「絆をパッションデス!!」
「なんで語尾がおかしくなるのよ!」
オヘアは大股で三歩詰め、そのまま尚樹の右腕に、勢いよく抱きついた。
「うわ」
「フレンドシップ!」
「待て、おい」
「パッション!」
「言葉の意味が行方不明だ!」
問題は、リベリオン合衆国海軍航空隊の制服が、彼女の体格に対して明確に容量不足であるという点であった。
抱きつく、という動作をした結果、尚樹の右腕は物理的に、極めて豊かな二つの何かの間に完全に埋没した。
「――ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
智子が飛んだ。
「離れなさい! いま! すぐ! ここから!」
「ホワイ?」
「ホワイじゃないでしょ!!」
智子は両手でオヘアの肩を掴み、全力で引き剥がしにかかった。だが相手はウィッチであり、しかも上機嫌である。びくともしない。
「智子も来まーす?」
「行かないわよ!」
「みんなでフレンドシップ!」
「フレンドシップって言えばなんでも許されると思うな!」
「智子お姉様、私も参加していいですか」
「あんたは絶対に来るな!」
尚樹は、腕を引き抜こうとして失敗し、それ以上動くと事態が悪化することを悟って、諦めたように空を見上げていた。
「……智子」
「なによ!」
「早くしてくれ」
「やってるわよ!」
「あと、俺の腕、そろそろ感覚がない」
「知るか!」
智子はオヘアの肩を掴んだまま、必死に理屈を組み立てようとした。
「いい? よく聞きなさいオヘア。フレンドシップとか、絆とか、そういうのはね、女同士だから成立するの。女同士だから!」
「ワイ?」
「ワイじゃなくて! そういうものなの! 女子寮の話なの! 花園の話なの!」
「じゃあナオキは?」
「こいつはダメ!」
「ワイ?」
「男だから!」
言った瞬間、オヘアの目が細くなった。
そして、彼女は極めて厳粛な顔をした。
「……智子」
「なによ」
「それ、ディスクリミネーションでーす」
「は?」
「差別でーす」
「なんでよ!!」
「ノー! 差別はNoデス!!」
オヘアはますます強く腕を抱え込んだ。
「合衆国は自由の国でーす! 出自で人を分けまセーン! ナオキは今日ミーを助けてくれましたねー! それはフレンドシップでーす! そこに男も女もありまセーン!」
「立派なことを言いながらやってることが最低なのよあんた!」
「智子は心が狭いでーす!」
「あんたが広すぎるのよ物理的に!!」
「オー! 智子、ジェラシーでーす?」
「――は」
飛行場の時間が止まった。
智子の動きが完全に停止した。
「ジェ、ジェラ……」
「ジェラシー! ミー知ってまーす! 恋愛映画でよくありまーす!」
「ちがっ、違うわよ!! なんでそうなるのよ!!」
「オー、智子、顔が赤いねー」
「寒いからよ! ここ氷点下五度よ!!」
「智子お姉様、それは無理があります」
「ハルカあんた黙って!」
その時、ビューリングが壁から背を離した。
彼女はゆっくりと歩いてきて、抱きつかれたままの尚樹の前で立ち止まり、しばらく無言でその惨状を眺めた。
それから短く言った。
「……お前、災難だな」
「そう思うなら助けて」
「断る」
「なんでだ」
「面白い」
そして彼女は、自分のダックスフンドを地面に降ろし、悠々と建物の中へ入っていった。
「あの女……」
智子が呻く。
しゃがみ込んだままのエルマが、ようやく顔を上げた。
「……あの、皆さん」
か細い声だった。
「そろそろ、あの、中に入りませんか。寒いですし、その、機材の点検もしなきゃいけませんし……」
誰も聞いていなかった。
「フレンドシップ!」
「離れなさいってば!」
「智子お姉様、私にもフレンドシップを!」
「クルル」
『これは、長うございますな』
コン平だけが、飛行場の隅で二度目の同じ感想を述べていた。
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