転生特典に全スタンド能力を選んだら、転生先がダンまちだった 作:紫呉003
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あれから、五年が経った。
俺は今、森の中を走っている。
「はぁ……はぁ……!」
木々の間を縫うように走り、倒木を飛び越え、急な斜面を駆け上がる。
そして――。
「……ふぅ」
ようやく足を止めた。
額に浮かんだ汗を拭う。
(今日はここまでかな)
息は上がっている。
だが、昔と比べれば随分と体力がついた。
五年前。
俺はこの森で拾われた。
それから今日まで、ずっとここで暮らしている。
……まあ、普通の五歳児が送る生活ではなかったと思う。
走る。
木に登る。
泳ぐ。
岩を持ち上げる。
ひたすら身体を鍛える。
そして――。
(スタンドの訓練)
俺には、すべてのスタンド能力がある。
だからこそ、扱えるようにならなければ意味がない。
最初の頃は、スタンドを出すだけでも一苦労だった。
どうやら俺がスタンドを使うには、精神力を消費するらしい。
ただ出すだけならともかく、戦闘で自由自在に動かすとなると話は別だ。
そのため、この五年間は身体の鍛錬とスタンドの操作訓練をひたすら繰り返してきた。
……もっとも。
スタンドの存在については、誰にも話していない。
当然だ。
いきなり、
「実は俺、幽霊みたいな人型の何かを呼び出せます」
なんて言ったら、普通はどう思う?
与太話と笑う。怖がる。
最悪、化け物扱いされて、場所によっては人体実験だ。
だから、隠している。
育ててくれている人――ローディにも、だ。
「……よし」
もう一度、走り出そうとした。
その瞬間。
「……ん?」
背後に、何かの気配を感じた。
振り返る。
「…………」
誰もいない。
……いや。
いる。
俺の背中に。
「…………」
俺はゆっくりと目だけを動かした。
そして――。
「……出た」
背後に張り付くようにして、一体のスタンドが浮かんでいた。
その名は――。
《チープ・トリック》。
『おんぶして』
「お前、なんで出てくるんだよ……」
俺の背後で、ニヤニヤと笑うような顔を浮かべている。
こいつの能力は、背中に取り憑き、決して離れない。
そして――。
(俺がこいつを認識している間、ずっと背中にいる)
……最悪である。
「消えろ」
念じる。
だが。
「…………」
消えない。
「おい」
もう一度念じる。
「消えろって」
……消えない。
「…………」
俺は頭を抱えた。
(なんでだよ!)
どうやら、全スタンド能力を持っていることには、こういう弊害もあるらしい。
使いたいスタンドだけを自由に出せると思っていた。
だが、そう簡単ではなかった。
特にこいつ。
《チープ・トリック》。
気づいたら勝手に背後に現れる。
何度も何度も。
しかも本人の意思とは関係なく。
最初に出てきたときなんて、俺は驚きのあまり転んだ。
……五歳児の背後に突然、妙なスタンドが現れるんだぞ?
怖すぎるだろ。
幸い、誰かに見られる前に消えたからよかったものの。
(このままじゃマジでまずい)
そこで俺は、一つの対策を始めた。
――スタンドを出さない訓練。
普通なら「スタンドを出すための訓練」をするところだ。
俺の場合は逆。
スタンドを出したくないときに、絶対に出さない。
そのために、自分の精神を集中させる。
呼吸を整える。
雑念を消す。
自分の中にある精神力を意識する。
そして――。
(出てくるな)
念じる。
(何も出てくるな)
ひたすら集中する。
これを毎日繰り返した。
おかげで、最近では勝手に《チープ・トリック》が出てくることもかなり減った。
……完全にはなくなっていない。
油断すると出てくる。
「……はぁ」
俺は改めて背後を見る。
そこにはもう何もいない。
「よし」
俺は再び走り始めた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
「戻ったぞ」
家に戻ると、薪を割っていた男がこちらを振り向いた。
「遅かったな」
「ちょっと走ってた」
「そうか」
それだけ。
男は再び薪割りへ戻る。
この人の名前は――ローディ・グランツ。
五年前、森の中で俺を拾ってくれた人だ。
見た目は怖い。
無精髭。
大柄な身体。
ぶっきらぼうな口調。
正直、初対面だったら近づきたくないタイプだ。
だが。
俺は知っている。
この人が、とても優しい人だということを。
腹が減れば飯を作ってくれる。
怪我をすれば薬を塗ってくれる。
寒ければ薪を増やしてくれる。
俺が何かを失敗しても、怒鳴ることはない。
ただ一言。
「次は気をつけろ」
そう言うだけだ。
……まあ。
そのあと、黙って失敗しない方法を教えてくれるのだが。
俺にとってローディは、拾ってくれた恩人であり――。
五年間、一緒に暮らしてきた家族だった。
「……なあ、ローディ」
「あ?」
「ちょっと話がある」
俺がそう言うと、ローディの手が止まった。
「なんだ?」
「……俺、そろそろここを出ようと思う」
「…………」
薪を割る音が止まった。
ローディはしばらく俺を見つめる。
「どこへ行く」
「オラリオ」
「……冒険者か」
「うん」
俺は頷いた。
これまで何度も考えてきた。
この森で生きていくこともできる。
食べ物もある。
寝る場所もある。
危険な魔物が近づけば、スタンドで対処できる。
それでも――。
俺は外の世界を見てみたかった。
せっかく異世界に来たのだ。
しかも、俺にはスタンドがある。
ならば。
冒険してみたい。
ダンジョンに潜ってみたい。
そして――。
自分がどこまでやれるのか、試してみたい。
だが。
「……育ててもらった恩がある」
これが一番の問題だった。
「俺を拾ってくれたのはローディだ。五年間も育ててもらった」
「…………」
「だから……勝手に出ていくのは、ちょっと気が引ける」
ローディは何も言わなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
「俺も昔は冒険者だった」
「え?」
思わぬ言葉だった。
ローディは薪を置き、地面に腰を下ろした。
「昔の話だ」
「……聞いてもいい?」
「別に構わん」
ローディは空を見上げた。
「俺にも仲間がいた。ファミリアにも所属していた」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
「だが……ある日、闇派閥に襲われた」
「闇派閥……」
「ああ」
ローディは短く答える。
「俺たちのファミリアは潰された」
「……」
「仲間も死んだ」
言葉が出なかった。
ローディは淡々と話している。
まるで、遠い昔の出来事を語るように。
だが。
その拳は、強く握られていた。
「だから俺は冒険者を辞めた」
「…………」
「お前が行きたいと言う気持ちは分かる」
ローディが俺を見る。
「だが、今の冒険者は危険だ」
「……分かってる」
ダンジョン。
魔物。
神々。
そして――闇派閥。
安全な場所ではない。
「それでも行きたいか?」
「うん」
俺は迷わず答えた。
「行きたい」
ローディはしばらく俺の顔を見つめていた。
そして。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
しばらく沈黙が続く。
俺は気まずくなって、視線を逸らした。
すると――。
「お前」
「ん?」
「最近、妙な動きをしているな」
「……」
心臓が跳ねた。
「身体の鍛え方も普通じゃない」
「……」
「それに」
ローディは俺を見る。
「時々、お前じゃない誰かが殴っていた跡みたいなのがある」
「…………」
(見られてた!?)
俺は内心で冷や汗をかいた。
スタンドのことは見られていない。
……はず。
俺がスタンドを出しているとき、ローディには何も見えていない。
だが。
「何か隠しているだろ」
「……」
図星だった。
「まあ、言いたくないなら言わなくていい」
「え?」
「俺にも言いたくないことはある」
ローディはそれ以上追及しなかった。
そして、少しだけ笑う。
「ただ――」
その目が、鋭くなる。
「それが、お前が冒険者として生き残るための力なら」
「……?」
「多少は安心できる」
俺は固まった。
「……気づいてたの?」
「何となくだ」
ローディは肩をすくめる。
「説明はできん。だが、お前が普通の子供じゃないことくらいは分かる」
……。
やっぱり、この人には隠し事が通じないらしい。
「それがあれば、多少は何とかなるかもしれんな」
「……!」
まさか。
認めてくれるとは思わなかった。
「ただし」
ローディが人差し指を立てた。
「条件がある」
「条件?」
「俺の弓を使えるようになれ」
そう言って、壁に立てかけてあった弓を指差した。
「弓?」
「ああ」
ローディは立ち上がる。
「お前はスタンドとやらに頼りすぎている」
「……」
「それが悪いとは言わん。だが、力が使えなくなったとき、お前はどうする?」
何も言えなかった。
確かにその通りだ。
スタンドは強力だ。
だが、万能ではない。
精神力が尽きれば使えない。
能力によっては使える条件も限られる。
そして何より――。
俺自身が弱ければ、スタンドを使う前に死ぬ可能性だってある。
「だから、最低限自分の身を守れるようになれ」
ローディは弓を手に取った。
「俺がお前に教えられるのは、これくらいだ」
「……分かった」
「それからだ」
ローディは俺の目を見る。
「オラリオへ行け」
「……!」
「それまでは、俺が付き合ってやる」
胸の奥が熱くなった。
「……ありがとう」
「礼を言う暇があるなら、明日からもっと早く起きろ」
「はい!」
ローディは満足そうに頷いた。
そして――。
「まずは弓を引くところからだ」
「え?」
「五歳児の腕じゃ、まともに引けんだろう」
「……」
俺は壁に立てかけられた弓を見る。
……確かに。
今の俺には、かなり大きい。
「…………頑張ります」
「そうしろ」
こうして。
俺の新しい訓練が始まった。
スタンドだけではない。
自分自身の力で戦うための訓練。
そして。
いつかこの森を出て、迷宮都市オラリオへ向かうための準備が――。
静かに始まったのだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
俺は布団の中で天井を見つめていた。
(オラリオ……)
いよいよだ。
まだ先の話ではある。
だが、確実に近づいている。
(待ってろよ、ダンジョン)
俺は拳を握った。
(絶対に冒険者になってやる)
そして――。
(スタンドで無双してやる!)
……。
そのとき。
背後から、何かの気配を感じた。
「…………」
嫌な予感がする。
ゆっくり振り返る。
「…………」
そこには。
《チープ・トリック》がいた。
『オラリオ行き、決まってよかったなぁ』
「…………」
「……お前、寝るときまで出てくるのかよ」
俺の異世界生活は、まだまだ前途多難らしい。