ハリー・ポッターと東洋の魔剣士 作:キャン
十一月一日の朝、悠太は目を覚ますより先に、左肩の場所を知った。
そこだけ、身体のほかの部分より重かった。
昨夜、マダム・ポンフリーに巻かれた白い吊り布が、左腕を胸の前へ固定している。眠っている間に少しずれたらしく、首の後ろへ結び目が食い込んでいた。
右手で直そうとする。
肩へ鈍い痛みが走った。
「起きた?」
隣のベッドから、ハリーの声がした。
天蓋の隙間に、丸眼鏡と乱れた黒髪が見える。
「たぶん」
「たぶん?」
「起きてなかったら、もう少し肩が痛くないと思う」
「じゃあ起きてるよ」
ハリーはベッドを降りた。
右手には杖、左手には濡らした布を持っている。
杖の先を拭き、顔をしかめては、また拭いていた。
「まだ臭う?」
「少し」
「十回洗う約束だったね」
「もう十二回だよ」
「二回分、きれいになった?」
「鼻へ近づけて確かめる?」
「右腕も吊ることになりそうだから、やめておく」
ハリーが笑った。
向かいのベッドでは、ロンが掛布の中で大きく動く。
「静かにしろよ……まだ朝じゃない」
「カーテンの外を見て」
悠太が言う。
ロンは片目だけを開け、窓の方を見た。
薄い灰色の光が、塔の丸い窓から差し込んでいる。
「朝だ」
「残念だったね」
「誰のせいで寝るのが遅くなったと思ってるんだ」
「トロール」
ハリーが答えた。
「聞いた僕が馬鹿だった」
ロンは掛布を頭まで引き上げた。
そのまま十秒ほど動かなかった。
やがて、赤い髪だけがもう一度現れる。
「早く行かないと」
「どこへ?」
「朝食だよ」
「いつもより早いよ」
「席を取らなくちゃ」
ロンはそれだけ言い、ベッドを降りた。
誰の席かは言わなかった。
言わなくても、ハリーには分かったらしい。
「四人分だね」
ロンの耳が少し赤くなった。
「昨日、そう言っただろ」
「うん」
「だから、取るんだ」
「僕も手伝うよ」
「席を取るのに手伝いがいるのか?」
「四人分なら」
ハリーは、きれいになったかどうか分からない杖を机へ置いた。
悠太も起き上がる。
左腕を使わずに寝間着を脱ぐだけで、いつもの倍の時間がかかった。
シャツへ右腕を通す。
頭からかぶり、左袖へ吊られた腕を入れようとする。
布が肩へ触れた。
「っ」
「動かすなって言われてただろ」
ロンが振り返る。
「着替えないで大広間へ行く方が怒られるよ」
「だから、誰かに頼めばいいだろ」
「誰に?」
「ここにいるだろ」
ロンはシャツの左袖を広げた。
ハリーが吊り布の結び目を緩める。
二人がかりで布を肩へ触れないように通し、もう一度、腕を胸の前へ固定した。
結び目はさっきより大きくなった。
左右も少しずれている。
「どう?」
ハリーが尋ねる。
「前衛的だね」
「それは褒めてる?」
「英国では?」
「分からない」
「なら、日本でも同じだよ」
制服の上着は片袖だけを通し、左側を肩へ掛けた。
最後にネクタイを結ぼうとする。
右手だけでは、細い布が何度も逃げた。
「貸して」
今度はネビルが、ベッドの間へ来た。
もう制服を着終えている。
けれど、自分のネクタイも少し曲がっていた。
「できる?」
「たぶん。おばあちゃんに何度も教わったから」
「僕も習ったけど、腕が一つ減るところまでは教わってない」
ネビルは悠太の首元で布を交差させた。
一度、裏表を間違える。
ほどいて、もう一度結ぶ。
今度は小さな三角形になった。
「できた」
「ありがとう」
「きつくない?」
「大丈夫」
ネビルは安心したように笑った。
「昨日、僕は何もできなかったから」
「待っててくれたよ」
「でも、三人と一緒には——」
「全員で戻ったら、先生へ知らせる人がいなくなる」
悠太は結ばれたネクタイを見る。
「それに、今は助けてもらった」
ネビルは少しだけ胸を張った。
「明日も結ぼうか?」
「今日中に右手で覚えるよ」
「三日くらい、吊っておくんじゃないの?」
「じゃあ、明日もお願いする」
「うん」
ロンが靴を履きながら、そのやり取りを見ていた。
「朝食の席、五人分にする?」
ネビルは目を丸くする。
「いいの?」
「同じ寮だろ」
「でも、僕はいつもディーンたちと——」
「なら近くに座ればいいよ」
ハリーが言った。
「長机なんだから、何人分でも増やせる」
四人分の席は、ほかの誰かを外へ出すためのものではなかった。
悠太は、そのことが少し嬉しかった。
*
ハロウィーンの翌朝、大広間は前夜より広く見えた。
天井近くを飛んでいた蝙蝠は消え、何百個も浮かんでいた南瓜も片づけられている。
壁際に一つだけ、小さな南瓜が残されていた。
昨朝、悠太へ返事をしたものかもしれない。
口の中の蝋燭は消え、尖った歯の間から白い種が一つこぼれていた。
「食べられなかったみたいだね」
悠太が言う。
「誰が?」
ロンが尋ねる。
「昨日の南瓜」
「まだ気にしてたのか?」
「話した相手だから」
「話してないわよ」
まだいないはずの声が、後ろからした。
三人が振り返る。
ハーマイオニーが、大広間の入口に立っていた。
右隣にはパーバティ、左隣にはラベンダーがいる。
足首の包帯は靴下の下へ隠れていたが、歩く時だけ右足を少し庇っている。
「おはよう」
ハリーが最初に言った。
「おはよう」
ハーマイオニーが答える。
ロンも口を開いた。
「おはよう」
「おはよう」
昨夜、医務室で話した時より短い言葉だった。
それでも、昨日の朝とは違った。
「足は?」
悠太が尋ねる。
「歩かなければ痛くないわ」
「つまりまだ痛いんじゃないか。素直にそう言えばいいのに」
「あなたにだけは言われたくないわ」
ハーマイオニーの目が、吊られた左腕へ向く。
「ちゃんと固定してある?」
「三人がかりで」
「三人?」
「ハリーとロンとネビル」
「どうして結び目が三つもあるの?」
「友情の数かな」
「失敗の回数よ」
パーバティが言った。
悠太の前へ来ると、首の後ろの布を確かめる。
「痛くない?」
「大丈夫だよ」
「その返事、昨日も聞いたわ」
「今日は本当に大丈夫」
「昨日は本当じゃなかったの?」
「今日は昨日より本当」
パーバティは納得していない顔をした。
けれど、無理に吊り布へ触ることはしなかった。
「昼休みに、マダム・ポンフリーへ見せに行って」
「はい」
「私、先生じゃないわよ」
「分かってるよ」
「なら、どうして急に敬語なの?」
「逆らえないと思ったから」
ラベンダーが笑った。
パーバティも口元を緩める。
「分かればいいの」
六人はグリフィンドールの長机へ向かった。
ハリーとロンが、いつも座っている場所には、三冊の教科書が横へ並べられていた。
その前に、空いた椅子が四つある。
ネビル、ディーン、シェーマスは、すぐ隣へ座っていた。
「取っておいたよ」
ハリーが言う。
ハーマイオニーは空いた席を見た。
昨日の朝まで、彼女は同じ長机の向かい側へ座っていた。
近くにいても、一人で本を開き、一人で食べ、一人で先に立っていた。
今朝、教科書が作った境目の内側には、初めから彼女の分があった。
「見れば分かるわ」
そう言いながら、ハーマイオニーは座った。
ハリーの向かい。
ロンの隣。
悠太からは斜め前だった。
パーバティとラベンダーも、その隣へ腰を下ろす。
「私たちの席は?」
ラベンダーが尋ねる。
ロンが教科書を慌てて重ねた。
「ここ。長机なんだから、いくらでもある」
「さっき僕が言ったことだ」
ハリーが言う。
「いい言葉は広めた方がいいんだよ」
「事実は正しく残した方がいいんじゃなかった?」
悠太が尋ねる。
「それも僕が言ったことだ」
「今日はよく広まるね」
ハーマイオニーが小さく笑った。
その瞬間、空だった金皿へ朝食が現れた。
焼きたてのパン。
卵、腸詰め、焼いたトマト、茸。
銀色の水差しには南瓜ジュースが満ち、林檎の入った籠から甘い香りがした。
ロンがすぐに大皿へ手を伸ばす。
いつもなら、自分の皿へ一番大きな腸詰めを取るところだった。
今朝は途中で手を止める。
「ハーマイオニー、何から取る?」
「自分で取れるわ」
「足を怪我したんだろ」
「食べ物は足では取らないでしょう」
「そうだけど」
「卵を一つ」
ロンは卵を取った。
皿へ載せようとして、隣の腸詰めまで転がす。
「一つって言ったわ」
「これは勝手についてきたんだ」
「食べ物に責任を押しつけないで」
「要らないなら僕が食べる」
「それが目的だったんでしょう」
言葉だけを聞けば、昨日の朝と変わらない。
けれど、ロンは怒らなかった。
ハーマイオニーも皿を遠ざけなかった。
悠太は右手でパンを取った。
皿の上へ置き、ナイフを持つ。
切ろうとして、パンが逃げる。
押さえる左手が使えない。
もう一度試す。
パンは皿の縁を越え、ロンの前へ転がった。
「朝食も防げないのか?」
ロンが拾う。
「相手が小さすぎた」
「トロールより強いパンだな」
「油断したよ」
ロンはパンを半分へ切った。
片方へバターを塗り、悠太の皿へ戻す。
塗られたバターは、端から落ちそうなほど厚かった。
「多くない?」
「昨日助けてもらった分だ」
「命の値段がバター?」
「嫌なら返せ」
「いただきます」
悠太がパンを持ち上げる。
向かいで、ハーマイオニーが南瓜ジュースを注いだ。
最初の一杯を悠太の前へ置く。
「こぼさないでね」
「パンには負けたけど、飲み物には勝てると思う」
「根拠は?」
「今から作る」
ハリーが悠太の皿を少し中央へ寄せた。
「落としても、床まで遠くなる」
「それは根拠じゃなくて対策だよ」
「役に立てば同じだろ」
パンを切ったのはロン。
飲み物を注いだのはハーマイオニー。
皿を押さえたのはハリー。
悠太は右手で食べるだけだった。
昨夜までなら、申し訳なさが先に立ったかもしれない。
今朝は、礼を言って食べた。
一人でできないことを、四人で大げさに数える必要はなかった。
*
朝食が半分ほど進んだ頃、フレッドとジョージが長机の反対側からやってきた。
二人はロンの後ろで同時に立ち止まる。
「見つけたぞ、ジョージ」
「見つけたな、フレッド」
「グリフィンドールの新しい怪物退治人だ」
「僕たちの弟によく似ている」
「でも、あのロンが一年生の呪文を一度で成功させるかな?」
「おい、失礼だぞ」
ロンが振り返る。
「一度じゃない。授業で何回も失敗したあとだ」
「自分で言うのか」
「事実は正しく残すんだよ」
双子は顔を見合わせた。
「昨日までのロンとは違う」
「トロールと入れ替わったのかもしれない」
「二人とも、僕が倒したんだからな」
「確かに棍棒を落としたのは、ロンの呪文でした」
悠太が言った。
「お前まで説明しなくていい」
ロンが顔をしかめる。
「フレッド先輩とジョージ先輩が、事実を知りたそうだったから」
「ああ」
「弟の説明をしてくれてありがとう、後輩」
フレッドが言う。
「でも、昨夜の話では、君も棍棒を受け流したそうだね」
ジョージの目が、吊り布へ向く。
「受け流しきれませんでした」
「立って帰った」
「ロンが倒したからです」
「こいつ、何度も同じことを言うんだ」
ロンは困ったように言った。
嫌そうではなかった。
「大事なことだから」
「それも何度も聞いた」
「なら覚えたね」
「忘れたくても忘れないよ」
双子はもう一度、顔を見合わせる。
今度は同じように笑った。
「なるほど」
「新しい友達ができたようだ」
「前から友達だよ」
ハリーが言った。
答えたあとで、自分の言葉に気づいたように四人を見た。
ロンも、ハーマイオニーも、悠太も、何も言わなかった。
否定もしなかった。
「それなら結構」
フレッドがロンの肩を叩く。
「友達がいるうちに、兄から忠告しておこう」
「二度目のトロールは、なるべく試験のない日に倒せ」
ジョージが続ける。
「報告書が増えるからな」
「どうして知ってるんだ?」
ロンが尋ねる。
「パーシーが朝から三回言った」
「四回目だ」
背後から、パーシーの声がした。
双子の笑みが少しだけ固まる。
「ポッター、ロン、ワタナベ」
パーシーは三人へ、丸めた羊皮紙を一本ずつ渡した。
「マクゴナガル先生からだ。昨夜の行動について、夕食までにそれぞれ報告書を提出すること。相談せず、自分の行動を正確に書くようにとのことだ」
「長さの指定は?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「君には出ていない」
「でも、私もその場にいました」
「君はすでにマクゴナガル先生へ説明しただろう」
ハーマイオニーは、それ以上言えなかった。
説明の半分が作り話だったからだ。
「パーシー先輩」
悠太が尋ねる。
「報告書には、先生方が来るまでを書けばよいのでしょうか。それとも医務室までですか?」
「避難の列を離れた理由から、先生方に発見されるまでだ。推測と事実は分けること。特に、なぜトロールの進路が分かったのか、なぜ未習の盾の呪文を使えたのかは、覚えている範囲で詳しく書くようにと」
悠太は羊皮紙を見る。
覚えている範囲なら書ける。
なぜ分かったのかは、覚えている範囲の外にあった。
「分かりました。ありがとうございます」
「腕は右が使えるな?」
「はい」
「無理ならマクゴナガル先生へ申し出ろ。提出を遅らせることはできる」
「大丈夫です」
パーシーは昨夜と同じように、その返事を疑う目をした。
「無理をして、もう一枚医務室からの報告を増やすな」
「気をつけます」
パーシーは頷き、双子へ向き直った。
「それから、君たちは自分の席へ戻れ」
「弟を励ましていたんだ」
「家族の務めだよ」
「務めは終わった。戻れ」
フレッドとジョージは、同時にパーシーへ礼をした。
「承知しました、監督生殿」
「朝食後、廊下の甲冑を確認する。二体とも、もう一度動かなくなっている」
双子は返事をせず、すぐに歩き出した。
パーシーもその後を追う。
「犯人だね」
悠太が言う。
「証拠はないわ」
ハーマイオニーが答える。
「推測と事実は分けないと」
「もう報告書の練習をしてるの?」
ハリーが尋ねる。
「先生の指示だから」
「これ、どれくらい書けばいいと思う?」
ロンが羊皮紙を広げた。
「必要なことを全部」
「一番困る答えだ」
「私は手伝えないわよ。相談するなと言われたでしょう」
「綴りだけなら?」
「提出したあとなら直してあげる」
「意味がないだろ」
「次の報告書には役立つわ」
「次はないって、マダム・ポンフリーに言われたよ」
悠太が言う。
「そうだった」
ハリーが真剣に頷いた。
「なら、今回できちんと覚えないとな」
「どうして次がある前提なの?」
ハーマイオニーが三人を見た。
その言い方は、もう外から三人を叱るものではなかった。
自分も巻き込まれると分かっている者の言い方だった。
*
悠太は上着の内側から、一枚の羊皮紙を取り出した。
昨日、呪文学の教室を出たあと、ハーマイオニーが落としたものだった。
浮遊呪文の発音。
手首の動かし方。
最後に力を切る位置。
整った文字が並んでいる。
「これ、返してなかった」
ハーマイオニーの前へ置く。
彼女はすぐには手を伸ばさなかった。
ロンも羊皮紙を見ていた。
端に、小さな文字で書かれた一行がある。
ロンへ説明するなら、発音を直す前に杖の動きを一緒に確認すること。
「僕に説明するためのものだったの?」
ロンが尋ねる。
ハーマイオニーは頷いた。
「あなたが何度も同じところで止まっていたから」
「なら、そう言えばよかったのに」
「言ったわ」
「皆の前で間違いを指さすのとは違うよ」
「それは……そうね」
ハーマイオニーは膝の上で指を組んだ。
「助けるつもりなら、言い方は何でもいいと思っていたわ。正しいことを伝える方が大切だって」
ロンは黙って待った。
悠太も、代わりに言葉を探さなかった。
「でも、あなたがどう受け取るかを考えずに、皆の前で何度も直した。あれは、よくなかったわ。ごめんなさい」
「うん」
「それだけ?」
「昨日、僕が謝った時も、最初はそれだけだっただろ」
ハーマイオニーは言い返しかける。
やめて、小さく息を吐いた。
「そうだったわね」
「でも、僕の方がひどいことを言った」
ロンは羊皮紙の端を指で押さえた。
「だから、昨日の四分の一は、まだ四分の一でいい」
「三分の一から四分の一へ減ったのよ」
「そこは覚えてるのかよ」
「事実は正しく残すんでしょう」
ロンは顔をしかめた。
やがて、諦めたように笑う。
「じゃあ、この紙を借りてもいい?」
「どうして?」
「次は、一人で浮かせたいから」
ハーマイオニーは羊皮紙をロンの方へ押した。
「最後に杖を振り回さないで」
「また始まった」
「今は先に言ったわ」
「そうだった」
「それから、呪文は——」
「最初を長く。覚えてるよ」
「なら、次はできるわ」
「昨日できた」
「次も、よ」
ロンは羊皮紙を丁寧に折った。
自分の教科書の間へ挟む。
ハリーがその手元を見ながら、林檎を一つ取った。
「これで、どれくらい許した?」
ハーマイオニーは少し考える。
「三分の一」
「増えた」
「二人とも、分数で仲直りするの?」
悠太が尋ねる。
「その方が分かりやすいだろ」
「百まで行くのに時間がかかりそう」
「分母を変えればいいのよ」
ハーマイオニーが言う。
「次は二分の一?」
「あなたの行動次第ね」
「怖いな」
「トロールより?」
ハリーが尋ねる。
「少し」
「大型の鳥より?」
悠太も尋ねる。
「それはユウタだけだろ」
四人が笑った。
隣では、ネビルたちも笑っている。
パーバティとラベンダーも会話へ混ざった。
同じ長机のほかの生徒たちも、昨夜の話を尋ねてきた。
誰が一番勇敢だったのか。
誰の呪文が一番強かったのか。
誰がトロールを倒したのか。
四人の答えは、少しずつ違った。
ハリーは、ハーマイオニーが仕切りの位置を見つけたと言った。
ロンは、悠太の盾がなければハリーが棍棒に当たっていたと言った。
ハーマイオニーは、ハリーがトロールの注意を引かなければ誰も動けなかったと言った。
悠太は、最後に棍棒を浮かせたのはロンだと言った。
誰か一人を選ぶ質問へ、誰も一人の名前では答えなかった。
四人でなければ、昨夜の話は最後まで続かなかった。
*
大広間の扉が開いた。
黒いローブが入ってくる。
スネイプ先生だった。
教職員用の長机へ向かって歩く。
いつもと同じように背筋を伸ばし、生徒たちの視線など気にしていない顔をしていた。
けれど、右足を出す時だけ、歩幅が短い。
ローブの裾は昨夜の裂け目が縫われていた。
黒い糸が、斜めに何本も走っている。
「昨日よりひどくなってない?」
ハリーが声を落とした。
悠太も気づいていた。
「歩き方は、昨日より不自然だね」
「トロールにやられたのか?」
ロンが尋ねる。
「先生が女子トイレへ来た時には、もう怪我をしてたよ」
「地下牢で襲われたのかもしれないわ」
ハーマイオニーが言う。
「トロールは女子トイレにいた」
「別のものへ足をぶつけた可能性もあるでしょう」
「何に?」
「階段とか」
「スネイプが階段から落ちるかな」
ハリーは教職員用の長机を見たまま言った。
「あの城の階段なら、誰でも落ちるよ」
悠太が答える。
「でも、ローブの裂け方が変だった」
「どんなふうに?」
ハーマイオニーがすぐに尋ねる。
「一本じゃなかった。何本か、同じ方向に裂けてた」
「爪?」
ロンの声が少し大きくなる。
スネイプ先生の顔が、教職員用の長机からこちらへ向いた。
四人は同時に自分の皿を見る。
誰も話していないふりをした。
悠太は最後のパンを口へ入れる。
左肩が痛む。
その痛みは、棍棒を受けた結果だと分かっていた。
ハーマイオニーの足首も、ハリーの手の傷も、ロンの額の傷も、理由がある。
スネイプ先生の足だけは、どこで、何に傷つけられたのか分からない。
しばらくして、黒い視線が外れる。
ハリーが小さな声で言った。
「昨日、トロールが城へ入った時、先生はどこにいたんだろう」
「調べるつもり?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「まだ、聞いただけだよ」
「ハリーが聞くだけで終わったこと、あった?」
ロンが言う。
「僕が知ってる限りでは、ないね」
悠太が答える。
「二人とも、僕を何だと思ってるんだ」
ハリーが不満そうに言った。
その口元は笑っていた。
朝食の終わりを告げる鐘が鳴る。
四人が同時に立ち上がった。
ハーマイオニーは足を庇い、悠太は左腕を吊っている。
ハリーの手には、まだ少し臭いの残る杖。
ロンの教科書には、昨日まで受け取りたくなかった助言の羊皮紙が挟まれていた。
「最初はどこ?」
ハリーが尋ねる。
「変身術よ」
ハーマイオニーが即座に答える。
「その前に医務室」
パーバティが悠太の後ろから言った。
「昼休みじゃなかった?」
「忘れないように言っただけ」
「忘れないよ」
「報告書もあるぞ」
ロンが丸めた羊皮紙を持ち上げる。
「相談は禁止」
ハーマイオニーが言う。
「まだ何も頼んでない」
「頼む顔をしてたわ」
「顔で分かるの?」
「英語より簡単よ」
四人は大広間を出た。
昨日までも、同じ方向へ歩いたことはあった。
ハリーとロンが前。
悠太が少し後ろ。
ハーマイオニーは別の速さで、その隣か向かい側。
今朝は、足を痛めたハーマイオニーに合わせて、全員の歩調が少し遅かった。
誰がそうしようと言ったわけでもない。
誰も、先に行かなかった。
空けられた四人分の席は、もう後ろにある。
それでも四人の場所は、食卓を離れても消えなかった。