ハリー・ポッターと東洋の魔剣士   作:キャン

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第12話 四人分の朝食

十一月一日の朝、悠太は目を覚ますより先に、左肩の場所を知った。

 

 そこだけ、身体のほかの部分より重かった。

 

 昨夜、マダム・ポンフリーに巻かれた白い吊り布が、左腕を胸の前へ固定している。眠っている間に少しずれたらしく、首の後ろへ結び目が食い込んでいた。

 

 右手で直そうとする。

 

 肩へ鈍い痛みが走った。

 

「起きた?」

 

 隣のベッドから、ハリーの声がした。

 

 天蓋の隙間に、丸眼鏡と乱れた黒髪が見える。

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「起きてなかったら、もう少し肩が痛くないと思う」

 

「じゃあ起きてるよ」

 

 ハリーはベッドを降りた。

 

 右手には杖、左手には濡らした布を持っている。

 

 杖の先を拭き、顔をしかめては、また拭いていた。

 

「まだ臭う?」

 

「少し」

 

「十回洗う約束だったね」

 

「もう十二回だよ」

 

「二回分、きれいになった?」

 

「鼻へ近づけて確かめる?」

 

「右腕も吊ることになりそうだから、やめておく」

 

 ハリーが笑った。

 

 向かいのベッドでは、ロンが掛布の中で大きく動く。

 

「静かにしろよ……まだ朝じゃない」

 

「カーテンの外を見て」

 

 悠太が言う。

 

 ロンは片目だけを開け、窓の方を見た。

 

 薄い灰色の光が、塔の丸い窓から差し込んでいる。

 

「朝だ」

 

「残念だったね」

 

「誰のせいで寝るのが遅くなったと思ってるんだ」

 

「トロール」

 

 ハリーが答えた。

 

「聞いた僕が馬鹿だった」

 

 ロンは掛布を頭まで引き上げた。

 

 そのまま十秒ほど動かなかった。

 

 やがて、赤い髪だけがもう一度現れる。

 

「早く行かないと」

 

「どこへ?」

 

「朝食だよ」

 

「いつもより早いよ」

 

「席を取らなくちゃ」

 

 ロンはそれだけ言い、ベッドを降りた。

 

 誰の席かは言わなかった。

 

 言わなくても、ハリーには分かったらしい。

 

「四人分だね」

 

 ロンの耳が少し赤くなった。

 

「昨日、そう言っただろ」

 

「うん」

 

「だから、取るんだ」

 

「僕も手伝うよ」

 

「席を取るのに手伝いがいるのか?」

 

「四人分なら」

 

 ハリーは、きれいになったかどうか分からない杖を机へ置いた。

 

 悠太も起き上がる。

 

 左腕を使わずに寝間着を脱ぐだけで、いつもの倍の時間がかかった。

 

 シャツへ右腕を通す。

 

 頭からかぶり、左袖へ吊られた腕を入れようとする。

 

 布が肩へ触れた。

 

「っ」

 

「動かすなって言われてただろ」

 

 ロンが振り返る。

 

「着替えないで大広間へ行く方が怒られるよ」

 

「だから、誰かに頼めばいいだろ」

 

「誰に?」

 

「ここにいるだろ」

 

 ロンはシャツの左袖を広げた。

 

 ハリーが吊り布の結び目を緩める。

 

 二人がかりで布を肩へ触れないように通し、もう一度、腕を胸の前へ固定した。

 

 結び目はさっきより大きくなった。

 

 左右も少しずれている。

 

「どう?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「前衛的だね」

 

「それは褒めてる?」

 

「英国では?」

 

「分からない」

 

「なら、日本でも同じだよ」

 

 制服の上着は片袖だけを通し、左側を肩へ掛けた。

 

 最後にネクタイを結ぼうとする。

 

 右手だけでは、細い布が何度も逃げた。

 

「貸して」

 

 今度はネビルが、ベッドの間へ来た。

 

 もう制服を着終えている。

 

 けれど、自分のネクタイも少し曲がっていた。

 

「できる?」

 

「たぶん。おばあちゃんに何度も教わったから」

 

「僕も習ったけど、腕が一つ減るところまでは教わってない」

 

 ネビルは悠太の首元で布を交差させた。

 

 一度、裏表を間違える。

 

 ほどいて、もう一度結ぶ。

 

 今度は小さな三角形になった。

 

「できた」

 

「ありがとう」

 

「きつくない?」

 

「大丈夫」

 

 ネビルは安心したように笑った。

 

「昨日、僕は何もできなかったから」

 

「待っててくれたよ」

 

「でも、三人と一緒には——」

 

「全員で戻ったら、先生へ知らせる人がいなくなる」

 

 悠太は結ばれたネクタイを見る。

 

「それに、今は助けてもらった」

 

 ネビルは少しだけ胸を張った。

 

「明日も結ぼうか?」

 

「今日中に右手で覚えるよ」

 

「三日くらい、吊っておくんじゃないの?」

 

「じゃあ、明日もお願いする」

 

「うん」

 

 ロンが靴を履きながら、そのやり取りを見ていた。

 

「朝食の席、五人分にする?」

 

 ネビルは目を丸くする。

 

「いいの?」

 

「同じ寮だろ」

 

「でも、僕はいつもディーンたちと——」

 

「なら近くに座ればいいよ」

 

 ハリーが言った。

 

「長机なんだから、何人分でも増やせる」

 

 四人分の席は、ほかの誰かを外へ出すためのものではなかった。

 

 悠太は、そのことが少し嬉しかった。

 

     *

 

 ハロウィーンの翌朝、大広間は前夜より広く見えた。

 

 天井近くを飛んでいた蝙蝠は消え、何百個も浮かんでいた南瓜も片づけられている。

 

 壁際に一つだけ、小さな南瓜が残されていた。

 

 昨朝、悠太へ返事をしたものかもしれない。

 

 口の中の蝋燭は消え、尖った歯の間から白い種が一つこぼれていた。

 

「食べられなかったみたいだね」

 

 悠太が言う。

 

「誰が?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「昨日の南瓜」

 

「まだ気にしてたのか?」

 

「話した相手だから」

 

「話してないわよ」

 

 まだいないはずの声が、後ろからした。

 

 三人が振り返る。

 

 ハーマイオニーが、大広間の入口に立っていた。

 

 右隣にはパーバティ、左隣にはラベンダーがいる。

 

 足首の包帯は靴下の下へ隠れていたが、歩く時だけ右足を少し庇っている。

 

「おはよう」

 

 ハリーが最初に言った。

 

「おはよう」

 

 ハーマイオニーが答える。

 

 ロンも口を開いた。

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

 昨夜、医務室で話した時より短い言葉だった。

 

 それでも、昨日の朝とは違った。

 

「足は?」

 

 悠太が尋ねる。

 

「歩かなければ痛くないわ」

 

「つまりまだ痛いんじゃないか。素直にそう言えばいいのに」

 

「あなたにだけは言われたくないわ」

 

 ハーマイオニーの目が、吊られた左腕へ向く。

 

「ちゃんと固定してある?」

 

「三人がかりで」

 

「三人?」

 

「ハリーとロンとネビル」

 

「どうして結び目が三つもあるの?」

 

「友情の数かな」

 

「失敗の回数よ」

 

 パーバティが言った。

 

 悠太の前へ来ると、首の後ろの布を確かめる。

 

「痛くない?」

 

「大丈夫だよ」

 

「その返事、昨日も聞いたわ」

 

「今日は本当に大丈夫」

 

「昨日は本当じゃなかったの?」

 

「今日は昨日より本当」

 

 パーバティは納得していない顔をした。

 

 けれど、無理に吊り布へ触ることはしなかった。

 

「昼休みに、マダム・ポンフリーへ見せに行って」

 

「はい」

 

「私、先生じゃないわよ」

 

「分かってるよ」

 

「なら、どうして急に敬語なの?」

 

「逆らえないと思ったから」

 

 ラベンダーが笑った。

 

 パーバティも口元を緩める。

 

「分かればいいの」

 

 六人はグリフィンドールの長机へ向かった。

 

 ハリーとロンが、いつも座っている場所には、三冊の教科書が横へ並べられていた。

 

 その前に、空いた椅子が四つある。

 

 ネビル、ディーン、シェーマスは、すぐ隣へ座っていた。

 

「取っておいたよ」

 

 ハリーが言う。

 

 ハーマイオニーは空いた席を見た。

 

 昨日の朝まで、彼女は同じ長机の向かい側へ座っていた。

 

 近くにいても、一人で本を開き、一人で食べ、一人で先に立っていた。

 

 今朝、教科書が作った境目の内側には、初めから彼女の分があった。

 

「見れば分かるわ」

 

 そう言いながら、ハーマイオニーは座った。

 

 ハリーの向かい。

 

 ロンの隣。

 

 悠太からは斜め前だった。

 

 パーバティとラベンダーも、その隣へ腰を下ろす。

 

「私たちの席は?」

 

 ラベンダーが尋ねる。

 

 ロンが教科書を慌てて重ねた。

 

「ここ。長机なんだから、いくらでもある」

 

「さっき僕が言ったことだ」

 

 ハリーが言う。

 

「いい言葉は広めた方がいいんだよ」

 

「事実は正しく残した方がいいんじゃなかった?」

 

 悠太が尋ねる。

 

「それも僕が言ったことだ」

 

「今日はよく広まるね」

 

 ハーマイオニーが小さく笑った。

 

 その瞬間、空だった金皿へ朝食が現れた。

 

 焼きたてのパン。

 

 卵、腸詰め、焼いたトマト、茸。

 

 銀色の水差しには南瓜ジュースが満ち、林檎の入った籠から甘い香りがした。

 

 ロンがすぐに大皿へ手を伸ばす。

 

 いつもなら、自分の皿へ一番大きな腸詰めを取るところだった。

 

 今朝は途中で手を止める。

 

「ハーマイオニー、何から取る?」

 

「自分で取れるわ」

 

「足を怪我したんだろ」

 

「食べ物は足では取らないでしょう」

 

「そうだけど」

 

「卵を一つ」

 

 ロンは卵を取った。

 

 皿へ載せようとして、隣の腸詰めまで転がす。

 

「一つって言ったわ」

 

「これは勝手についてきたんだ」

 

「食べ物に責任を押しつけないで」

 

「要らないなら僕が食べる」

 

「それが目的だったんでしょう」

 

 言葉だけを聞けば、昨日の朝と変わらない。

 

 けれど、ロンは怒らなかった。

 

 ハーマイオニーも皿を遠ざけなかった。

 

 悠太は右手でパンを取った。

 

 皿の上へ置き、ナイフを持つ。

 

 切ろうとして、パンが逃げる。

 

 押さえる左手が使えない。

 

 もう一度試す。

 

 パンは皿の縁を越え、ロンの前へ転がった。

 

「朝食も防げないのか?」

 

 ロンが拾う。

 

「相手が小さすぎた」

 

「トロールより強いパンだな」

 

「油断したよ」

 

 ロンはパンを半分へ切った。

 

 片方へバターを塗り、悠太の皿へ戻す。

 

 塗られたバターは、端から落ちそうなほど厚かった。

 

「多くない?」

 

「昨日助けてもらった分だ」

 

「命の値段がバター?」

 

「嫌なら返せ」

 

「いただきます」

 

 悠太がパンを持ち上げる。

 

 向かいで、ハーマイオニーが南瓜ジュースを注いだ。

 

 最初の一杯を悠太の前へ置く。

 

「こぼさないでね」

 

「パンには負けたけど、飲み物には勝てると思う」

 

「根拠は?」

 

「今から作る」

 

 ハリーが悠太の皿を少し中央へ寄せた。

 

「落としても、床まで遠くなる」

 

「それは根拠じゃなくて対策だよ」

 

「役に立てば同じだろ」

 

 パンを切ったのはロン。

 

 飲み物を注いだのはハーマイオニー。

 

 皿を押さえたのはハリー。

 

 悠太は右手で食べるだけだった。

 

 昨夜までなら、申し訳なさが先に立ったかもしれない。

 

 今朝は、礼を言って食べた。

 

 一人でできないことを、四人で大げさに数える必要はなかった。

 

     *

 

 朝食が半分ほど進んだ頃、フレッドとジョージが長机の反対側からやってきた。

 

 二人はロンの後ろで同時に立ち止まる。

 

「見つけたぞ、ジョージ」

 

「見つけたな、フレッド」

 

「グリフィンドールの新しい怪物退治人だ」

 

「僕たちの弟によく似ている」

 

「でも、あのロンが一年生の呪文を一度で成功させるかな?」

 

「おい、失礼だぞ」

 

 ロンが振り返る。

 

「一度じゃない。授業で何回も失敗したあとだ」

 

「自分で言うのか」

 

「事実は正しく残すんだよ」

 

 双子は顔を見合わせた。

 

「昨日までのロンとは違う」

 

「トロールと入れ替わったのかもしれない」

 

「二人とも、僕が倒したんだからな」

 

「確かに棍棒を落としたのは、ロンの呪文でした」

 

 悠太が言った。

 

「お前まで説明しなくていい」

 

 ロンが顔をしかめる。

 

「フレッド先輩とジョージ先輩が、事実を知りたそうだったから」

 

「ああ」

 

「弟の説明をしてくれてありがとう、後輩」

 

 フレッドが言う。

 

「でも、昨夜の話では、君も棍棒を受け流したそうだね」

 

 ジョージの目が、吊り布へ向く。

 

「受け流しきれませんでした」

 

「立って帰った」

 

「ロンが倒したからです」

 

「こいつ、何度も同じことを言うんだ」

 

 ロンは困ったように言った。

 

 嫌そうではなかった。

 

「大事なことだから」

 

「それも何度も聞いた」

 

「なら覚えたね」

 

「忘れたくても忘れないよ」

 

 双子はもう一度、顔を見合わせる。

 

 今度は同じように笑った。

 

「なるほど」

 

「新しい友達ができたようだ」

 

「前から友達だよ」

 

 ハリーが言った。

 

 答えたあとで、自分の言葉に気づいたように四人を見た。

 

 ロンも、ハーマイオニーも、悠太も、何も言わなかった。

 

 否定もしなかった。

 

「それなら結構」

 

 フレッドがロンの肩を叩く。

 

「友達がいるうちに、兄から忠告しておこう」

 

「二度目のトロールは、なるべく試験のない日に倒せ」

 

 ジョージが続ける。

 

「報告書が増えるからな」

 

「どうして知ってるんだ?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「パーシーが朝から三回言った」

 

「四回目だ」

 

 背後から、パーシーの声がした。

 

 双子の笑みが少しだけ固まる。

 

「ポッター、ロン、ワタナベ」

 

 パーシーは三人へ、丸めた羊皮紙を一本ずつ渡した。

 

「マクゴナガル先生からだ。昨夜の行動について、夕食までにそれぞれ報告書を提出すること。相談せず、自分の行動を正確に書くようにとのことだ」

 

「長さの指定は?」

 

 ハーマイオニーが尋ねる。

 

「君には出ていない」

 

「でも、私もその場にいました」

 

「君はすでにマクゴナガル先生へ説明しただろう」

 

 ハーマイオニーは、それ以上言えなかった。

 

 説明の半分が作り話だったからだ。

 

「パーシー先輩」

 

 悠太が尋ねる。

 

「報告書には、先生方が来るまでを書けばよいのでしょうか。それとも医務室までですか?」

 

「避難の列を離れた理由から、先生方に発見されるまでだ。推測と事実は分けること。特に、なぜトロールの進路が分かったのか、なぜ未習の盾の呪文を使えたのかは、覚えている範囲で詳しく書くようにと」

 

 悠太は羊皮紙を見る。

 

 覚えている範囲なら書ける。

 

 なぜ分かったのかは、覚えている範囲の外にあった。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「腕は右が使えるな?」

 

「はい」

 

「無理ならマクゴナガル先生へ申し出ろ。提出を遅らせることはできる」

 

「大丈夫です」

 

 パーシーは昨夜と同じように、その返事を疑う目をした。

 

「無理をして、もう一枚医務室からの報告を増やすな」

 

「気をつけます」

 

 パーシーは頷き、双子へ向き直った。

 

「それから、君たちは自分の席へ戻れ」

 

「弟を励ましていたんだ」

 

「家族の務めだよ」

 

「務めは終わった。戻れ」

 

 フレッドとジョージは、同時にパーシーへ礼をした。

 

「承知しました、監督生殿」

 

「朝食後、廊下の甲冑を確認する。二体とも、もう一度動かなくなっている」

 

 双子は返事をせず、すぐに歩き出した。

 

 パーシーもその後を追う。

 

「犯人だね」

 

 悠太が言う。

 

「証拠はないわ」

 

 ハーマイオニーが答える。

 

「推測と事実は分けないと」

 

「もう報告書の練習をしてるの?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「先生の指示だから」

 

「これ、どれくらい書けばいいと思う?」

 

 ロンが羊皮紙を広げた。

 

「必要なことを全部」

 

「一番困る答えだ」

 

「私は手伝えないわよ。相談するなと言われたでしょう」

 

「綴りだけなら?」

 

「提出したあとなら直してあげる」

 

「意味がないだろ」

 

「次の報告書には役立つわ」

 

「次はないって、マダム・ポンフリーに言われたよ」

 

 悠太が言う。

 

「そうだった」

 

 ハリーが真剣に頷いた。

 

「なら、今回できちんと覚えないとな」

 

「どうして次がある前提なの?」

 

 ハーマイオニーが三人を見た。

 

 その言い方は、もう外から三人を叱るものではなかった。

 

 自分も巻き込まれると分かっている者の言い方だった。

 

     *

 

 悠太は上着の内側から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 

 昨日、呪文学の教室を出たあと、ハーマイオニーが落としたものだった。

 

 浮遊呪文の発音。

 

 手首の動かし方。

 

 最後に力を切る位置。

 

 整った文字が並んでいる。

 

「これ、返してなかった」

 

 ハーマイオニーの前へ置く。

 

 彼女はすぐには手を伸ばさなかった。

 

 ロンも羊皮紙を見ていた。

 

 端に、小さな文字で書かれた一行がある。

 

 ロンへ説明するなら、発音を直す前に杖の動きを一緒に確認すること。

 

「僕に説明するためのものだったの?」

 

 ロンが尋ねる。

 

 ハーマイオニーは頷いた。

 

「あなたが何度も同じところで止まっていたから」

 

「なら、そう言えばよかったのに」

 

「言ったわ」

 

「皆の前で間違いを指さすのとは違うよ」

 

「それは……そうね」

 

 ハーマイオニーは膝の上で指を組んだ。

 

「助けるつもりなら、言い方は何でもいいと思っていたわ。正しいことを伝える方が大切だって」

 

 ロンは黙って待った。

 

 悠太も、代わりに言葉を探さなかった。

 

「でも、あなたがどう受け取るかを考えずに、皆の前で何度も直した。あれは、よくなかったわ。ごめんなさい」

 

「うん」

 

「それだけ?」

 

「昨日、僕が謝った時も、最初はそれだけだっただろ」

 

 ハーマイオニーは言い返しかける。

 

 やめて、小さく息を吐いた。

 

「そうだったわね」

 

「でも、僕の方がひどいことを言った」

 

 ロンは羊皮紙の端を指で押さえた。

 

「だから、昨日の四分の一は、まだ四分の一でいい」

 

「三分の一から四分の一へ減ったのよ」

 

「そこは覚えてるのかよ」

 

「事実は正しく残すんでしょう」

 

 ロンは顔をしかめた。

 

 やがて、諦めたように笑う。

 

「じゃあ、この紙を借りてもいい?」

 

「どうして?」

 

「次は、一人で浮かせたいから」

 

 ハーマイオニーは羊皮紙をロンの方へ押した。

 

「最後に杖を振り回さないで」

 

「また始まった」

 

「今は先に言ったわ」

 

「そうだった」

 

「それから、呪文は——」

 

「最初を長く。覚えてるよ」

 

「なら、次はできるわ」

 

「昨日できた」

 

「次も、よ」

 

 ロンは羊皮紙を丁寧に折った。

 

 自分の教科書の間へ挟む。

 

 ハリーがその手元を見ながら、林檎を一つ取った。

 

「これで、どれくらい許した?」

 

 ハーマイオニーは少し考える。

 

「三分の一」

 

「増えた」

 

「二人とも、分数で仲直りするの?」

 

 悠太が尋ねる。

 

「その方が分かりやすいだろ」

 

「百まで行くのに時間がかかりそう」

 

「分母を変えればいいのよ」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「次は二分の一?」

 

「あなたの行動次第ね」

 

「怖いな」

 

「トロールより?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「少し」

 

「大型の鳥より?」

 

 悠太も尋ねる。

 

「それはユウタだけだろ」

 

 四人が笑った。

 

 隣では、ネビルたちも笑っている。

 

 パーバティとラベンダーも会話へ混ざった。

 

 同じ長机のほかの生徒たちも、昨夜の話を尋ねてきた。

 

 誰が一番勇敢だったのか。

 

 誰の呪文が一番強かったのか。

 

 誰がトロールを倒したのか。

 

 四人の答えは、少しずつ違った。

 

 ハリーは、ハーマイオニーが仕切りの位置を見つけたと言った。

 

 ロンは、悠太の盾がなければハリーが棍棒に当たっていたと言った。

 

 ハーマイオニーは、ハリーがトロールの注意を引かなければ誰も動けなかったと言った。

 

 悠太は、最後に棍棒を浮かせたのはロンだと言った。

 

 誰か一人を選ぶ質問へ、誰も一人の名前では答えなかった。

 

 四人でなければ、昨夜の話は最後まで続かなかった。

 

     *

 

 大広間の扉が開いた。

 

 黒いローブが入ってくる。

 

 スネイプ先生だった。

 

 教職員用の長机へ向かって歩く。

 

 いつもと同じように背筋を伸ばし、生徒たちの視線など気にしていない顔をしていた。

 

 けれど、右足を出す時だけ、歩幅が短い。

 

 ローブの裾は昨夜の裂け目が縫われていた。

 

 黒い糸が、斜めに何本も走っている。

 

「昨日よりひどくなってない?」

 

 ハリーが声を落とした。

 

 悠太も気づいていた。

 

「歩き方は、昨日より不自然だね」

 

「トロールにやられたのか?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「先生が女子トイレへ来た時には、もう怪我をしてたよ」

 

「地下牢で襲われたのかもしれないわ」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「トロールは女子トイレにいた」

 

「別のものへ足をぶつけた可能性もあるでしょう」

 

「何に?」

 

「階段とか」

 

「スネイプが階段から落ちるかな」

 

 ハリーは教職員用の長机を見たまま言った。

 

「あの城の階段なら、誰でも落ちるよ」

 

 悠太が答える。

 

「でも、ローブの裂け方が変だった」

 

「どんなふうに?」

 

 ハーマイオニーがすぐに尋ねる。

 

「一本じゃなかった。何本か、同じ方向に裂けてた」

 

「爪?」

 

 ロンの声が少し大きくなる。

 

 スネイプ先生の顔が、教職員用の長机からこちらへ向いた。

 

 四人は同時に自分の皿を見る。

 

 誰も話していないふりをした。

 

 悠太は最後のパンを口へ入れる。

 

 左肩が痛む。

 

 その痛みは、棍棒を受けた結果だと分かっていた。

 

 ハーマイオニーの足首も、ハリーの手の傷も、ロンの額の傷も、理由がある。

 

 スネイプ先生の足だけは、どこで、何に傷つけられたのか分からない。

 

 しばらくして、黒い視線が外れる。

 

 ハリーが小さな声で言った。

 

「昨日、トロールが城へ入った時、先生はどこにいたんだろう」

 

「調べるつもり?」

 

 ハーマイオニーが尋ねる。

 

「まだ、聞いただけだよ」

 

「ハリーが聞くだけで終わったこと、あった?」

 

 ロンが言う。

 

「僕が知ってる限りでは、ないね」

 

 悠太が答える。

 

「二人とも、僕を何だと思ってるんだ」

 

 ハリーが不満そうに言った。

 

 その口元は笑っていた。

 

 朝食の終わりを告げる鐘が鳴る。

 

 四人が同時に立ち上がった。

 

 ハーマイオニーは足を庇い、悠太は左腕を吊っている。

 

 ハリーの手には、まだ少し臭いの残る杖。

 

 ロンの教科書には、昨日まで受け取りたくなかった助言の羊皮紙が挟まれていた。

 

「最初はどこ?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「変身術よ」

 

 ハーマイオニーが即座に答える。

 

「その前に医務室」

 

 パーバティが悠太の後ろから言った。

 

「昼休みじゃなかった?」

 

「忘れないように言っただけ」

 

「忘れないよ」

 

「報告書もあるぞ」

 

 ロンが丸めた羊皮紙を持ち上げる。

 

「相談は禁止」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「まだ何も頼んでない」

 

「頼む顔をしてたわ」

 

「顔で分かるの?」

 

「英語より簡単よ」

 

 四人は大広間を出た。

 

 昨日までも、同じ方向へ歩いたことはあった。

 

 ハリーとロンが前。

 

 悠太が少し後ろ。

 

 ハーマイオニーは別の速さで、その隣か向かい側。

 

 今朝は、足を痛めたハーマイオニーに合わせて、全員の歩調が少し遅かった。

 

 誰がそうしようと言ったわけでもない。

 

 誰も、先に行かなかった。

 

 空けられた四人分の席は、もう後ろにある。

 

 それでも四人の場所は、食卓を離れても消えなかった。

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ほんの思い付きでとりあえず書いてみたものです。▼皆さんの目に少しでも面白いと思ってくれたら幸いです。


総合評価:792/評価:5.18/短編:52話/更新日時:2026年07月26日(日) 12:11 小説情報

~転生したら奈良シカマルの双子の兄でした~(作者:ZAZAI)(原作:NARUTO)

奈良シカマルの双子の兄・カゲマルとして転生した主人公。アカデミーで仲間との絆を育みながら、未来を変えるため忍として歩み始める。


総合評価:1509/評価:7.36/連載:22話/更新日時:2026年08月22日(土) 00:13 小説情報

ようこそ根源があふれた魔法の学校へ(作者:shinkyu10)(原作:ハリー・ポッター)

――これは、型月世界の魔術師の歪んだ思考OSを持った凡人が、ハリポタ世界のブラックボックスを解体し、あがき続ける物語。▼1981年11月1日未明、ロンドンで起きた爆発テロ。▼奇跡的に生き残った赤ん坊、エリアス・レンには、前世の記憶があった。▼彼は魔術協会『時計塔』の末端魔術師であり、生まれ持った血統と魔術回路の限界に絶望した末、幼児期から全てをやり直すために…


総合評価:3883/評価:8.62/連載:27話/更新日時:2026年06月08日(月) 17:45 小説情報


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