ハリー・ポッターと東洋の魔剣士 作:キャン
十一月二日の朝、マダム・ポンフリーは悠太の吊り布をほどきながら、ため息をついた。
「腕を上げて」
「どこまでですか?」
「痛むところまでです」
悠太は左腕をゆっくり持ち上げた。
胸の高さまでは動く。
肩より少し下で、鈍い痛みが走った。
「そこです」
「顔を見れば分かります」
マダム・ポンフリーが杖先を左肩へ向ける。
淡い青色の光が、制服のシャツを通して広がった。
冷たさのあとから、硬くなっていた筋肉が少し緩む。
「骨にも腱にも異常はありません。打撲も、昨日よりはよくなっています」
「では、もう大丈夫ですか?」
「そういう質問をする生徒へ、私は一度でも『大丈夫』と答えたことがあるでしょうか」
「僕はまだ二回しか来ていないので、統計が足りません」
「三回目を作らなければ、それで十分です」
隣のベッドで、ハーマイオニーが笑いをこらえた。
右足の靴下を下ろし、治療台の端へ腰かけている。
腫れていた足首は、ほとんど元の太さへ戻っていた。
「グレンジャー、あなたも笑っている場合ではありません」
「はい、先生」
「今日は走らないこと。階段では手すりを使うこと。痛みが戻ったら、すぐに来ること」
「分かりました」
「ワタナベは、左腕で重いものを持たないこと。転ばないこと。誰かと戦わないこと」
「最後の二つは、予定に入れていません」
「予定にない怪我人ばかりが、ここへ運ばれてくるのです」
吊り布は外された。
腕が自由になっただけで、身体の左側が急に軽くなったように感じる。
悠太は肩を回そうとした。
マダム・ポンフリーの杖が、すぐ目の前へ来た。
「動かさない」
「はい」
「返事だけは立派ですね」
「日本代表なので」
「今のままでは保健室の代表になりそうですがね」
医務室の入口近くでは、ハリーとロンが待っていた。
ハリーは窓枠へ腰を預け、ロンは薬品棚の瓶を一つずつ読んでいる。
「『骨生え薬』」
ロンが小声で読む。
「絶対にまずい」
「薬とはそういうものよ」
ハーマイオニーが靴下を上げながら言った。
「君は飲んだことあるの?」
「ないけれど」
「なら、味に関しては僕の勝ちだ」
「何に勝ったの?」
悠太が尋ねる。
「飲まなくて済んだことに」
ハーマイオニーが立ち上がった。
一歩目だけ、右足へ慎重に体重を載せる。
痛みはなかったらしい。
その顔が少し明るくなった。
「二人とも終わった?」
ハリーが尋ねる。
「終わったよ」
「条件つきでね」
ハーマイオニーが付け加える。
「何の条件?」
「走らない、転ばない、戦わない」
悠太が数えた。
「難しいのはどれ?」
ロンが尋ねる。
「この城では二つ目かな」
「三つ目じゃないの?」
「昨日で一回使ったから、今月はもう終わり」
「月に一回あるのかよ」
四人が医務室を出ようとした時、扉の向こうから黒いローブが入ってきた。
スネイプ先生だった。
四人は同時に足を止める。
スネイプ先生も止まった。
狭い入口で、黒い瞳が一人ずつを見た。
最後に悠太の左肩へ留まる。
「もう動かしてよいのか?」
「重いものを持たなければよいそうです、先生」
「次はそうならないよう、せいぜい気をつけることだ」
「はい、気をつけます」
スネイプ先生は横を通り過ぎた。
右足を出した時だけ、ローブが不自然に揺れる。
歩幅も短い。
「セブルス」
マダム・ポンフリーが呼び止めた。
「包帯を替えるまで座ってください。昨日より血が——」
スネイプ先生が振り返る。
マダム・ポンフリーの言葉が止まった。
四人は、まだ扉の前にいた。
「生徒を外へ」
低い声だった。
「聞こえたでしょう」
「はい、先生」
悠太が答える。
ロンが廊下へ出た。
ハリーも続く。
ハーマイオニーが最後に扉を閉めようとした時、スネイプ先生が椅子へ腰を下ろした。
ローブの右裾がわずかに持ち上がる。
黒いズボンの下から、白い包帯が見えた。
脛から膝の近くまで巻かれている。
中央に、細長い赤い染みが三本並んでいた。
扉が閉じた。
四人は誰も歩き出さなかった。
「三本だった」
ロンが言う。
「見えたの?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「皆、見ただろ」
「包帯がずれただけかもしれないわ」
「三か所、同じように?」
ハリーが言った。
悠太は閉じた扉を見た。
昨夜、女子トイレへ入ってきた時から、スネイプ先生は右足を庇っていた。
トロールは別の場所にいた。
ローブには、斜めに並んだ裂け目。
包帯には、三本の血。
「爪で引っかかれた」
ロンが言う。
「あるいは、牙かもしれない」
悠太が答えた。
「三本の牙?」
「口が一つとは限らないよ」
「そんな生き物が、学校にいるの?」
ハリーが尋ねる。
ロンは答えなかった。
魔法界で育ったロンが答えない時は、いないのではなく、候補が多すぎる時だった。
「図書館へ行くわ」
ハーマイオニーが言った。
「朝食は?」
ロンが尋ねる。
「食べてから」
「よかった」
「でも、あなたが二皿目を取る前に行くわよ」
「それは朝食の途中だ」
「一皿で足りるでしょう」
「怪我人には栄養が必要なんだ」
「あなたの額の傷は、もう消えてるよ」
悠太が言う。
「見えないところが傷ついてる」
「どこ?」
「食欲」
「傷ついてないじゃない」
ハーマイオニーが歩き出した。
今朝の歩調は、もう四人とも同じだった。
*
図書館の窓へ、薄い雨が当たっていた。
土曜日の朝は授業がない。
それでも、試験が何か月も先だと信じられない上級生たちが、長机の半分を埋めていた。
ハーマイオニーは『英国魔法生物の傷痕』という厚い本を開いた。
その隣には、『噛み痕から分かる危険生物』。
さらに、『校内で遭遇する可能性の低い生物』。
「最後の本、役に立つの?」
ハリーが声を潜めて尋ねる。
「可能性が低いだけで、ゼロではないわ」
「学校で会いたくない本だね」
悠太が頁をめくった。
挿絵の中で、頭が二つある蛇が互いの首を噛んでいる。
次の頁には、六本脚の熊。
その次には、全身から針を飛ばす山羊。
「日本にはいないのか?」
ロンが尋ねる。
「頭が八つある大蛇の話はあるよ」
「八つ?」
「切るのに時間がかかりそう」
「会ったことは?」
「あったら、留学の書類に書いてると思う」
ロンが少し安心した顔をした。
ハーマイオニーは別の本から顔を上げた。
「包帯の染みだけでは、生き物の種類なんて分からないわ」
「でも、怪我はした」
ハリーが言う。
「それは事実ね」
「トロールが来た夜に」
「それも事実」
「先生たちが女子トイレへ来る前に」
「たぶん」
「歩き方とローブを見れば、たぶんより上だよ」
悠太が言った。
ハーマイオニーは羊皮紙を取り出した。
中央へ縦線を一本引く。
左側に「分かっていること」。
右側に「考えられること」と書いた。
「報告書みたいだ」
ロンが顔をしかめる。
「昨日、推測と事実は分けろと言われたでしょう」
「もう提出したよ」
「一度覚えたことは、次にも使えるの」
「次のトロールはないって話だったよ」
「謎はトロールだけじゃないみたいだね」
ハリーが言った。
ハーマイオニーは左側へ書き始めた。
一、スネイプ先生は宴の途中で大広間を離れた。
二、女子トイレへ来る前に右足を怪我していた。
三、ローブには複数の裂け目があった。
四、包帯には三本の血の跡があった。
「宴の途中で先生がいなくなったの、確か?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「僕は見た」
ハリーが答えた。
「クィレルがトロールのことを言ったあと、先生たちが立ち上がっただろ。スネイプだけ、ほかの先生と違う扉へ行った」
「どうしてその時に言わなかったの?」
「君を探しに行く方が先だったから」
ハーマイオニーの羽根ペンが、一瞬止まった。
「そう」
短く答え、もう一度書き始める。
右側へ、ロンが指を置いた。
「城のどこかに、大きな爪か牙を持つものがいる」
「まだ大きいとは限らないわ」
「スネイプの膝まで傷があるんだぞ。小さいものなら、何匹必要なんだ」
「それなら『一匹とは限らない』も書く?」
悠太が尋ねる。
「増やさないでくれ」
ロンが周りを見た。
棚の間に何か隠れていないか確かめるような目だった。
「問題は、生き物が何かじゃない」
ハリーが言った。
「スネイプが、どこへ行ったかだよ」
ハーマイオニーの羽根ペンが止まる。
今度は、書き始めなかった。
「一つ、思い当たる場所がある」
「どこ?」
悠太が尋ねた。
ハリーとロンとハーマイオニーが、互いの顔を見た。
三人だけが知っている何かだった。
「学期が始まった日の宴で、ダンブルドアが言ったんだ」
ハリーが声をさらに落とす。
「四階の右側にある廊下へは、絶対に近づくなって」
「どうして?」
「命を失いたくなければ、って言ってた」
ロンが答えた。
「ずいぶん分かりやすい案内だね」
「案内じゃなくて警告よ」
ハーマイオニーが言う。
「僕は聞いてない」
「あなたが来る一か月前だもの」
「留学生向けの説明にもなかったよ」
「ダンブルドアは、悠太なら行かないと思ったんじゃないか?」
ロンが尋ねる。
四人は少し黙った。
悠太が女子トイレへ走った翌々日だった。
「評価を改めてもらった方がいいかもしれない」
ハリーが笑う。
「でも、そこなら筋が通る。先生たちが生徒へ近づくなと言う場所に、何か危険なものがいる。スネイプはトロール騒ぎの間に、そこへ行った」
「まだ推測よ」
ハーマイオニーは右側へ書いた。
五、スネイプ先生は、立入禁止の廊下へ向かった可能性がある。
「確認すればいい」
ロンが言った。
「だめ」
ハーマイオニーが即座に答える。
「まだ何を確認するか言ってないだろ」
「言わなくても分かるわ。英語より簡単よ」
「それ、僕が言われたやつだ」
ロンが悠太を見た。
「便利な言葉は広まるね」
「廊下の前まで行くだけだ」
ハリーが言う。
「中へは入らない。扉があるのか、傷が残ってるのかを見るだけ」
「立入禁止の廊下へ入った時点で、中に入っているでしょう」
「端から見る」
「端も廊下よ」
「じゃあ、その少し手前」
「言葉で距離を短くしても、規則は変わらないわ」
ハリーは黙った。
諦めた顔ではなかった。
ハーマイオニーにも分かったらしい。
「一人で行くつもりでしょう」
「まだ決めてない」
「決める前の顔をしてる」
「顔って便利だね」
悠太が言う。
「ユウタまで行くつもり?」
「場所は見ておきたい」
「マダム・ポンフリーに、走るな、転ぶな、戦うなと言われたばかりでしょう」
「歩いて、転ばず、何もいなければ全部守れるよ」
「何かいたら?」
「帰る」
「本当に?」
「四人で決めれば」
ハーマイオニーは三人を見た。
ハリーは行く。
ロンも、口では怖いと言いながらハリーを一人にしない。
悠太は、危険だと分かっている時ほど前へ出る。
残れば、三人を止められない。
「昼間だけ」
ハーマイオニーが言った。
「廊下の入口から見るだけ。閉まっている扉には触らない。何か音がしたら、すぐ戻る」
「分かった」
ハリーが答える。
「約束する?」
「約束する」
ロンも頷いた。
悠太も頷く。
「先生に見つかったら、私が反対したことは——」
「四人で行くのに、一人だけ外へ置かないよ」
悠太が言った。
「そういう意味じゃないわ」
「分かってる。でも、責任も四人分」
「それを一人で引き受けないならね」
ハーマイオニーは羊皮紙を折り畳んだ。
「昼食のあとよ」
ロンが安堵した。
「よかった」
「何が?」
「二皿目は食べられる」
マダム・ピンスが棚の向こうから顔を出した。
「静かに」
「すみません」
四人が同時に答えた。
*
昼食のあと、城は平日の午後より静かだった。
雨はまだ降っている。
窓硝子を流れる水が、外の景色を縦に歪めていた。
クィディッチ競技場では、赤いローブが何人も空を飛んでいる。
グリフィンドール代表チームの練習だった。
ハリーは窓の外を見た。
「行かなくていいの?」
悠太が尋ねる。
「朝に終わったよ。雨が強くなる前にって、ウッドが予定を変えたんだ」
「あれは?」
「上級生だけで、もう一度確認するって言ってた。初試合まで一週間だから」
「緊張してる?」
「少し」
「嘘だな」
ロンが言う。
「かなりだよ」
「それなら本当だ」
四人は動く階段を上った。
途中で階段が向きを変え、行き先が一つずれた。
ハーマイオニーがすぐ別の道を選ぶ。
「こっち」
「詳しいね」
「来たことはないわ。地図で確認しただけ」
「地図があるの?」
ハリーが尋ねる。
「図書館に、城の大まかな階層図があるの。秘密の通路や動く階段までは載っていないけれど」
「一番必要なところがないな」
「秘密の通路を地図へ書いたら、秘密ではなくなるでしょう」
「正しいけど役に立たないね」
悠太が言った。
四階へ着く。
最初の廊下には、何人かの生徒がいた。
窓辺で本を読むレイブンクローの上級生。
肖像画の前で口論しているハッフルパフの二年生。
大きな花瓶を運ぶ甲冑。
右へ曲がるたび、人影が減った。
二つ目の角を越える。
壁の松明が一本おきに消えていた。
三つ目の角には、古い鎖が渡されている。
中央から、木の札が下がっていた。
立入禁止。
「ここね」
ハーマイオニーが足を止めた。
「見た。帰ろう」
言葉は早かった。
誰も動かなかった。
鎖の向こうは、ほかの廊下と大きく変わらない。
石の床。
閉じた窓。
空の甲冑台。
一番奥に、一枚の木の扉がある。
違うのは、静かすぎることだった。
肖像画が一枚もない。
蝋燭の炎も揺れていない。
城そのものが、そこだけ息を止めているように見える。
「入口から見るだけだったよね」
ハリーが言った。
「見たでしょう」
「扉までは遠い」
「遠いままでいいの」
ロンが鼻を動かした。
「何か臭わない?」
「古い石の匂い」
ハーマイオニーが答える。
「それだけじゃない」
悠太にも分かった。
湿った毛。
土。
獣が吐く、温かい息の匂い。
廊下の奥から流れてくる。
閉じた扉の下には、黒い筋が何本も残っていた。
爪で木を引っかいたような傷だった。
悠太は鎖の手前で屈んだ。
「触らないで」
ハーマイオニーが言う。
「触ってないよ」
「肩は?」
「屈むのに肩は使わない」
「あなたの場合、信用できないわ」
床へ耳を近づける。
最初は何も聞こえなかった。
雨の音も、遠くの話し声も、この廊下までは届かない。
やがて、低い振動が石を通ってきた。
一度。
短い間。
もう一度。
「何かいる」
悠太が立ち上がる。
「どれくらい大きい?」
ロンが尋ねた。
「音だけでは分からない」
「分からないのに、どうして顔がそうなってるんだ?」
「どんな顔?」
「帰った方がいい時の顔」
「なら、帰ろう」
ハリーが鎖から離れた。
約束どおりだった。
その時、天井から笑い声が落ちてきた。
「帰るのかい? 帰るのかい? 怪物退治の一年生!」
ピーブズが、逆さになって浮かんでいた。
首には、どこから持ってきたのか銀色の鍋を提げている。
片手には木の匙。
「静かにして」
ハリーが言った。
「静かに?」
ピーブズが目を大きくする。
「ここで?」
木の匙が鍋を叩いた。
甲高い音が、静かな廊下へ響く。
奥の扉の向こうで、何かが動いた。
爪が床を擦る。
「立入禁止に、勇者が四人!」
ピーブズが歌い始める。
「トロール一匹、次は何匹? フィルチを呼ぼうか、先生呼ぼうか!」
「呼ばなくていい」
ロンが言った。
「呼んでほしい顔だ!」
「顔で分かるの?」
悠太が尋ねる。
「分かるとも!」
ピーブズは大きく息を吸った。
「フィ——」
ハーマイオニーが杖を上げる。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
木の匙が、ピーブズの手から飛び出した。
天井近くまで浮かび、届かない場所でくるくる回る。
鍋を叩く音は止まった。
ピーブズの声は止まらなかった。
「——ルチ!」
廊下の遠くで、猫が鳴いた。
ミセス・ノリスだった。
「今の呪文、効いた?」
ロンが尋ねる。
「匙にはね!」
「説明はあと!」
ハリーが四人を鎖の内側へ押した。
「約束は?」
ハーマイオニーが言う。
「フィルチに捕まらないことは入ってなかった!」
足音が近づいてくる。
逃げ道は二つ。
来た廊下を戻れば、ミセス・ノリスと鉢合わせる。
もう一つは、奥の扉。
「閉まってる!」
ロンが取っ手を引いた。
鍵がかかっている。
「どいて」
ハーマイオニーが杖先を鍵穴へ向けた。
「アロホモラ!」
小さな金属音。
扉が開いた。
「中へ!」
ハリーがロンを押す。
悠太がハーマイオニーを先へ通した。
自分も身体を滑り込ませる。
扉を閉めた。
廊下から、ピーブズの笑い声が聞こえる。
「隠れた、隠れた、扉の奥へ!」
四人は暗闇の中で息を止めた。
フィルチの足音が近づく。
「何だ、ピーブズ」
「生徒だよ!」
「どこだ」
「あっちか、こっちか、上か、下!」
「ふざけるな」
「いつもふざけてる!」
声が少しずつ遠ざかった。
ミセス・ノリスの鳴き声も続く。
「行った?」
ロンが囁いた。
「たぶん」
ハリーが答える。
「灯りを」
ハーマイオニーが言う。
悠太は杖を上げた。
「ルーモス」
先端へ、小さな光が灯る。
目の前に、石の壁が現れた。
壁ではなかった。
黒に近い毛が、光を吸っていた。
一本一本が、悠太の指より太い。
毛の奥で、巨大な胸が上下している。
温かい息が、四人の髪を揺らした。
一つ。
右から、低い鼻息。
二つ。
左から、湿った唸り。
三つ。
頭上で、牙が噛み合う音。
光を少し上げる。
琥珀色の目が二つ開いた。
隣でも二つ。
さらに、その隣で二つ。
三つの頭が、同じ胴体から四人を見下ろしていた。
中央の頭が鼻を鳴らす。
左の頭が唇を持ち上げる。
右の頭の牙から、透明な唾液が床へ落ちた。
石の上で、音を立てて弾ける。
「犬だ」
ロンが、ほとんど息だけで言った。
「頭が三つある」
ハリーが答える。
「そこは見れば分かるわ」
ハーマイオニーの声も震えていた。
犬の前脚だけで、悠太の背丈ほどある。
一歩動けば、四人をまとめて壁へ押しつぶせる。
大型の鳥ではない。
翼もない。
それでも、怖くない理由にはならなかった。
「動かないで」
悠太が言った。
三つの頭は、同じものを見ていなかった。
左はハリー。
中央は悠太の杖の光。
右は、ロンのローブのポケット。
右の鼻先が、ゆっくり下がる。
「ロン」
「何?」
「ポケットに何がある?」
「何もない」
右の頭が唸った。
「正直に」
「昼のサンドイッチ」
「どうして?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「二皿目を食べても、あとで腹が減るかもしれないだろ」
「今、その心配をする?」
中央の頭も、ロンへ鼻先を向けた。
「ゆっくり出して」
悠太が言う。
「食べるの?」
ハリーが尋ねる。
「犬が」
「三つに足りる?」
「聞いてみる?」
「やめて」
ハーマイオニーが言った。
ロンは右手をポケットへ入れた。
紙に包まれたサンドイッチを、少しずつ取り出す。
肉の匂いが広がった。
三つの鼻が同時に動く。
「扉を開けたら投げる」
ロンが囁いた。
ハリーが後ろ手で取っ手を探す。
「僕が開ける」
「鍵は?」
「中からなら動く」
ハーマイオニーは床へ目を落とした。
「待って」
「何?」
「あれ」
三頭犬の前脚の間。
床の石に、四角い境目があった。
中央には、大きな鉄の輪。
落とし戸だった。
三頭犬は、ただ部屋に閉じ込められているのではない。
落とし戸の上へ立っている。
守っている。
「今は見なくていい」
ハリーが取っ手を握った。
「三つ数える。ロンが投げる。僕が開ける」
「ハーマイオニーから出て」
悠太が言った。
「あなたは?」
「最後に行く」
「だめよ」
「左肩が使えない人を、最後に残さない」
ロンも言った。
「でも——」
「四人で決めるって約束したでしょう」
ハーマイオニーの声は震えていた。
言葉だけは、はっきりしていた。
「順番は、扉に近い人から。ハリー、私、悠太、ロン」
「僕が最後?」
「サンドイッチを投げるのはあなたよ」
「分かった」
悠太は反論をやめた。
杖を持つ右手を下げる。
左肩は、さっきから強く脈打っていた。
ここで自分だけ残っても、三人を守れるとは限らない。
むしろ、三人が悠太を助けるために戻る。
「数えるよ」
ハリーが言った。
「一」
三つの頭が低くなる。
「二」
前脚の爪が、石床を削る。
「三!」
ロンがサンドイッチを部屋の左奥へ投げた。
三つの頭が一斉に動く。
紙が空中でほどけた。
肉とパンが散る。
左の頭が肉へ噛みつく。
中央の頭が同じ肉を奪おうとする。
右の頭だけは、四人から目を離さなかった。
ハリーが扉を開ける。
「出て!」
自分は動かず、ハーマイオニーを先へ押した。
「ハリーも!」
二人が廊下へ出る。
悠太も後ろへ下がった。
右の頭が口を開く。
肩幅より長い牙が並んでいた。
首が伸びる。
考える前に、悠太の右足が半歩下がった。
身体が斜めを向く。
杖を両手で構えかける。
左肩へ痛みが走った。
手が止まる。
牙が目の前へ迫る。
「悠太!」
ハリーが右手首を掴んだ。
廊下側へ引く。
ロンが背中を押した。
三人の身体が、扉の外へ転がり出る。
牙が悠太のローブの裾を挟んだ。
布が張る。
「離して!」
ハーマイオニーが扉を引く。
悠太はローブの留め具を右手で外した。
黒い布だけが、犬の口へ残る。
四人がかりで扉を閉めた。
重い鼻先が、向こう側からぶつかる。
扉が一度、大きく膨らんだ。
ハリーが取っ手へ両手でしがみつく。
ロンが肩を押しつける。
ハーマイオニーが杖を鍵穴へ向けた。
「閉まって!」
鍵がかかる。
もう一度、扉が揺れた。
それから、止まった。
三つの唸り声だけが、木を通して響く。
四人は床へ座り込んだ。
誰も、すぐには話せなかった。
悠太のローブは、腰から下がなくなっている。
シャツの裾が見えた。
ロンが最初に口を開いた。
「僕のサンドイッチ」
「そこ?」
ハリーが息を切らしながら尋ねる。
「昼食から持ってきたのに」
「昼食は、さっき食べたでしょう」
ハーマイオニーも壁へ背を預けている。
「あれがなかったら、僕たちが食べられてた」
「なら、一番役に立った二皿目だね」
悠太が言った。
「僕の食欲が四人を救った」
「傷ついてなくてよかったよ」
四人の間に、短い笑いが起きた。
笑ってから、全員がもう一度扉を見た。
笑えることと、安全であることは違った。
「三頭犬」
ハリーが言う。
「学校の中に」
「だから立入禁止なのよ」
ハーマイオニーが立ち上がった。
「それなのに、私たちは鍵まで開けた」
「ピーブズとフィルチが——」
「扉を開けろとは言ってないわ」
「ほかに隠れる場所がなかった」
「戻ればよかったのよ」
「ミセス・ノリスがいた」
「捕まる方が、食べられるよりましでしょう!」
声が大きくなった。
扉の向こうで、三頭犬が唸る。
ハーマイオニーは口を閉じた。
ロンも黙る。
「ハーマイオニーの言うとおりだよ」
ハリーが言った。
「僕が鎖の内側へ押した。フィルチに見つかるのが嫌で」
「僕も止まらなかった」
ロンが続く。
「私も鍵を開けたわ」
ハーマイオニーが自分の杖を見る。
「開くと思わなかったの」
「それは言わない方が格好いいね」
悠太が言った。
「あなたは最後に残ろうとしたでしょう」
「格好悪い方を先に言われた」
「冗談じゃないわ」
ハーマイオニーは悠太の左肩を見た。
「また杖を両手で持とうとした」
「気づいたら」
「トロールの時もそうだった。自分が前に出れば、ほかの人が安全だと思ってるの?」
悠太は答えなかった。
そう思っていたわけではない。
考える前に、足が前へ出ただけだった。
けれど、結果は同じだった。
「次に調べる時は、一人で——」
「次?」
三人の声が重なった。
「もし、どうしても必要になったら」
「一人では行かない」
ハリーが言った。
「君が僕に言ったんだ。四人で行くなら、責任も四人分だって」
「危険も四人分にする必要はないよ」
「一人分へ集める必要もない」
ハリーは悠太の右手首をまだ掴んでいた。
さっき引いた時についた赤い跡が、皮膚へ残っている。
力を緩めても、手は離さなかった。
「僕たちは、君が残ったら戻るよ」
「そうね」
ハーマイオニーが言う。
「戻って、もっと危なくなる」
「僕は戻りたくないけど、たぶん戻る」
ロンが言った。
「そこは格好よく言ってよ」
「怖くないふりをしたら、ユウタと同じだろ」
悠太は三人を見た。
トロールの時は、守らなければならないと思った。
今は、三人が自分を引いた。
ハリーの手。
ロンの両腕。
ハーマイオニーが閉めた扉。
一人で前に立つより、ずっと速く危険から離れられた。
「分かった」
悠太が言う。
「一人では行かない」
「四人でも、もう行かないわよ」
「今のところは」
ハリーが小さく付け加えた。
ハーマイオニーが睨む。
「今のところも、これからも」
「分かった」
ハリーの返事には、ロンも悠太も聞き覚えのある響きがあった。
質問をやめただけで、考えることをやめていない声だった。
「それより」
ハーマイオニーが扉を指した。
「見たでしょう。あの犬が立っていた場所」
「落とし戸」
ハリーが答える。
「犬を飼うための部屋じゃない」
悠太は立ち上がった。
左肩を動かさないよう、壁へ右手をつく。
「何かを下へ通さないためか、上へ来させないための番犬だ」
「スネイプは、その番犬にやられた」
ロンが言った。
「可能性が高い、よ」
ハーマイオニーが訂正する。
「じゃあ、スネイプは落とし戸の下へ行こうとした」
ハリーの緑の目が、閉じた扉へ向く。
「何かを取りに」
「確認しに行ったのかもしれない」
悠太が言った。
三人が彼を見る。
「どうしてスネイプの味方をするんだ?」
ロンが尋ねる。
「味方じゃないよ。まだ、目的までは分からない」
「宴の途中で一人だけ別の場所へ行って、立入禁止の扉を開けて、番犬に噛まれたんだぞ」
「それは怪しい」
「なら——」
「でも、怪しいことと、悪いことは同じじゃない」
悠太は、女子トイレで聞いたスネイプ先生の声を思い出した。
盾の呪文を使ったことを責めながら、無茶を繰り返すなと言った声。
冷たかった。
脅すようでもあった。
それでも、悠太にはあの言葉が、危険へ近づけようとするものには聞こえなかった。
「先生は、あの犬を知ってる」
ハリーが言った。
「それは間違いないと思う。でも、何を守ってるのかは、まだ分からない」
「今度は、犬の本を調べる?」
ロンが尋ねる。
「まず、ここを離れるわ」
ハーマイオニーが答えた。
「それが今日一番正しい」
悠太も扉から離れた。
四人は鎖を越え、来た道へ戻った。
誰も走らなかった。
走れるほど、足に力が残っていなかった。
*
次の角を曲がったところで、黒い人影が待っていた。
スネイプ先生だった。
壁へ背を向け、腕を組んでいる。
右足には、さっきより新しい包帯が巻かれているはずだった。
ローブに隠れ、今は見えない。
「週末の散歩は楽しめたか?」
四人の足が止まった。
「道を間違えました、先生」
悠太が答えた。
「四人同時に」
「城の階段は、協力して間違えさせてきます」
「階段に責任を負わせる前に、自分の足へ知性を与えることだ」
黒い瞳が、腰から下のない悠太のローブへ向く。
裾には、透明な唾液が糸を引いていた。
隠す方法はなかった。
「ずいぶん大きな扉へ、ローブを引っかけたようだな」
「はい、先生」
「どの扉か、尋ねる必要は?」
悠太は答えなかった。
ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも黙っている。
スネイプ先生の目が細くなる。
「閉ざされた扉は、生徒が自分の賢さを試すために存在するのではありません」
「すみませんでした」
ハーマイオニーが言った。
「私が鍵を開けました」
「私たち全員で行きました」
ハリーが続ける。
「サンドイッチは僕です」
ロンが言った。
スネイプ先生が、初めて少しだけ眉を動かした。
「君の昼食については尋ねていない」
「でも、それが——」
「黙れ」
「はい、先生」
「グリフィンドールから五点」
ハリーが顔を上げる。
「一人五点ですか?」
「要求するなら、そうするが?」
「いえ、先生」
「四人で五点だ。私の気が変わらぬうちに、目の届く場所へ戻る事だ」
スネイプ先生は壁から離れた。
四人の横を通り過ぎる。
向かう先は、立入禁止の廊下だった。
「先生」
悠太が呼び止めた。
スネイプ先生が振り返る。
「あの生き物は、先生を襲ったのですか」
ハーマイオニーが息を呑んだ。
ロンは、よく聞いたという顔をした。
ハリーは答えを待っている。
スネイプ先生は、しばらく何も言わなかった。
「君は」
声が低くなる。
「自分の知らないものへ、首を突っ込みたがる」
「質問の答えではありません」
「教師の忠告を、答えとして受け取る程度の分別を身につけることです」
黒い瞳が、悠太の左肩へ向く。
「ミスター・ワタナベ。次も友人が手を伸ばせるとは限らないぞ」
悠太は右手首を見た。
ハリーが掴んだ跡は、まだ薄く残っている。
「はい、先生」
スネイプ先生は背を向けた。
片方だけ短い足音が、廊下の奥へ続く。
立入禁止の札の先へ、黒いローブが消えた。
「答えなかった」
ハリーが言う。
「答えたようなものだ」
ロンが言った。
「少なくとも、犬を知っているのは事実ね」
ハーマイオニーも否定しなかった。
悠太だけは、スネイプ先生の最後の言葉を考えていた。
次も友人が手を伸ばせるとは限らない。
まるで、以前にも誰かの手が届かなかったことを知っているような言い方だった。
けれど、誰のことかは分からない。
思い出した映像もない。
胸の奥に残ったのは、答えではなく、名前のない痛みだけだった。
*
グリフィンドールの談話室へ戻ると、ハーマイオニーは図書館で作った羊皮紙を広げた。
暖炉の前の長机。
四人がそれぞれ一辺へ座る。
ネビルは近くで薬草学の課題をしていた。
パーバティとラベンダーは、窓辺で魔法史の年表を写している。
悠太が腰かけた途端、パーバティが顔を上げた。
「ローブ、どうしたの?」
「扉に挟んだ」
「どんな扉なら、半分なくなるの?」
「噛む扉」
「また危ないことをしたの?」
「走ってないし、転んでない」
「戦ったの?」
「逃げた」
パーバティは悠太の左肩を見る。
「痛くない?」
「少しだけ」
「医務室へ戻った方がいいんじゃない?」
「座っていれば治るよ」
「それ、マダム・ポンフリーが言ったの?」
「僕が今決めた」
「なら信用しない」
パーバティは自分のクッションを一つ持ってきた。
悠太の左腕の下へ置く。
「動かさないで」
「ありがとう」
「次は、ローブじゃなくて自分が半分になるかもしれないのよ」
「それは困るね」
「私はもっと困る」
言ったあとで、パーバティの頬が赤くなった。
「同じ寮の人がまた怪我をしたら、って意味よ」
「分かってるよ」
悠太は本当に、その意味だと思った。
パーバティは年表へ戻った。
ラベンダーが何かを囁く。
パーバティは羽根ペンの先で、彼女の腕をつついた。
「続けるわよ」
ハーマイオニーが言った。
羊皮紙の左側へ、新しい項目が増える。
五、立入禁止の廊下の奥に、三つの頭を持つ巨大な犬がいる。
六、犬は落とし戸の上に立っている。
七、スネイプ先生は、その犬と廊下を知っている。
「八、犬はサンドイッチを食べる」
ロンが言う。
「必要?」
「僕には重要だ」
「書き方を変えるわ。『肉の匂いに反応する』」
「僕の功績が消えた」
「報告書は英雄物語じゃないの」
ハリーは右側の欄を見た。
「スネイプは、落とし戸の下にあるものを狙ってる」
ハーマイオニーが書く。
八、スネイプ先生は、落とし戸の下へ行こうとした可能性がある。
「『狙ってる』じゃないの?」
「目的は分からないでしょう」
「悠太と同じこと言うんだね」
「証拠がないからよ」
「でも、何かがある」
ハリーが言った。
「あんな犬に守らせるくらい、大事なものが」
「危険なものかもしれない」
悠太が答える。
「誰かに取られたら困るもの」
ロンが言う。
「だからスネイプが——」
「ロン」
ハーマイオニーが羽根ペンを向けた。
「分かってる。可能性がある」
「覚えたね」
悠太が言う。
「何度も聞いたからな」
ハリーは羊皮紙の空いた下半分へ、四角い落とし戸を描いた。
その上に、大きな犬。
頭を三つ描こうとして、中央の頭だけが妙に小さくなる。
「それ、犬?」
ロンが尋ねる。
「見れば分かるだろ」
「三つ並んだ南瓜みたいだ」
「ロンが描いてみてよ」
ロンが羽根ペンを受け取る。
四本の脚を足す。
全部、違う方向へ曲がった。
「立てないわ」
ハーマイオニーが言う。
「だから落とし戸の上から動かないんだ」
「新しい仮説だね」
悠太が笑った。
四人の声が、暖炉の音へ混じる。
大広間で空けた四つの席。
トロールの夜を一緒に越えた四人。
今度は、四人だけが知る扉と、三つの頭と、一枚の落とし戸があった。
友情の次にできたのは、秘密だった。
「この羊皮紙は、誰にも見せない方がいいわ」
ハーマイオニーが言った。
「先生にも?」
ハリーが尋ねる。
「先生たちは犬のことを知っているはずよ。ダンブルドアが立入禁止にしたんだから」
「なら、スネイプのことは?」
「今は、証拠がない」
「本人に聞いたよ」
「答えなかったでしょう」
「答えなかったことが答えだ」
ロンが言った。
「それは推測」
ハーマイオニーが返す。
「また始まった」
悠太が言うと、ハリーが笑った。
ハーマイオニーは羊皮紙を四つに折った。
『標準呪文集・一年生』の間へ挟む。
「ここなら、ロンは開かないわね」
「僕だって呪文の本くらい開くよ」
「授業の前だけでしょう」
「授業のあとにも開く」
「いつ?」
「閉じる時」
ネビルが近くで笑った。
ロンは反論しようとして、自分でも少し笑った。
その時、窓硝子を硬いものが叩いた。
全員が振り返る。
灰色の梟が、雨に濡れた翼を広げていた。
嘴には、小さく巻かれた羊皮紙がある。
「入れてあげて」
ハーマイオニーが言った。
ハリーが窓を開ける。
冷たい雨と一緒に、梟が飛び込んできた。
暖炉の上を一周する。
悠太は反射的に椅子ごと少し後ろへ下がった。
梟は大きくない。
それでも翼が顔の近くを通ると、肩より先に背中が固くなった。
「三頭犬には立てたのに」
ロンが言う。
「犬は飛ばないから」
「頭は三つだぞ」
「翼は一枚もない」
梟は悠太の前へ羊皮紙を落とした。
机の端へ着地する。
首を回し、黒い目で悠太を見た。
「ありがとう」
悠太は右手だけを伸ばした。
嘴から十分離れた場所へ、乾いたパン屑を置く。
梟は一度だけ鳴き、パン屑を啄んだ。
ハリーが羊皮紙を拾う。
「ユウタ宛てだ」
緑色のインクで、名前が書かれている。
悠太は封を開いた。
中の文章は短かった。
十一月三日、午後二時。
クィディッチ競技場へ来ること。
マダム・フーチから学校用の箒を借り、飛行できる服装を整えること。
M・マクゴナガル。
「マクゴナガル先生から?」
ハリーが身を乗り出す。
「明日、競技場へ来るようにって」
「罰かな」
ロンが尋ねる。
「飛行できる服装で受ける罰って、何?」
ハーマイオニーが言う。
「落とし戸を箒で掃除するとか」
「それなら行かない」
悠太が答えた。
「ウッドだよ」
ハリーが手紙を見た。
「たぶん、ウッドが君の飛び方を見たいんだ」
「代表チーム?」
ロンの目が大きくなる。
「でも、ビーターはフレッドとジョージだろ」
「まだ何も書いてないよ」
悠太は手紙を折り直した。
左肩が、弱く痛んだ。
マダム・ポンフリーには、重いものを持つなと言われている。
箒は重くない。
ブラッジャーは、たぶん重い。
「肩のことを先に言うのよ」
ハーマイオニーが言った。
「分かってる」
「本当に?」
「四人で決めたから」
ハリーが笑った。
「それは、一人で三頭犬の前へ残らない約束だよ」
「使える約束は広げた方がいい」
「言葉で範囲を変えないで」
ハーマイオニーが言う。
暖炉の火が、小さく爆ぜた。
窓の外では雨が続いている。
城の四階では、三つの頭を持つ犬が、一枚の落とし戸を守っている。
その下に何があるのか。
スネイプ先生が何をしようとしたのか。
四人には、まだ何も分からない。
分かったのは、ホグワーツには授業と階段と肖像画だけでなく、誰かが隠した秘密があることだった。
そして、その秘密へ近づいた翌日、悠太は今度は空へ呼び出されていた。