軍神と逃げ上手   作:伊勢守

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通称とか官職名は、逃げ若にもないしカットでおねしゃす



転生 1578-1335

 

 天正六年(1578年)三月十三日 越後国 春日山城

 

 この日、城内は騒然としていた。

 どたどたと廊下を鳴らして忙しなく部屋を行き来する小姓。半刻に一度という頻度で、城へ向かってくる馬の集団と、出ていく馬の集団がある。

 

 全てはこの城、この国の主人、上杉不識庵謙信が倒れたことに起因していた。

 

 上杉謙信───彼の名を知らぬ武士は、この日ノ本には存在しないであろう。70を超える戦場を渡り歩き、九割五分を上回る勝率を誇った。武田信玄、北条氏康、織田信長という名だたる名将も打ち負かした。

 『越後の龍』『毘沙門天の化身』『軍神』……囃された異名は数知れず。ひとたび戦場に出れば天は慟哭し、地は震駭する。刀が輝けば敵は慄き、味方は歓欣する。

 

(目が開かぬ)

 

 そんな彼も、人であった。

 

(体が動かぬ)

 

 謙信は書斎で倒れていた。

 朝餉は問題なく姿を現して、政務のために戻っていく。そこまで、彼の体調になんら異変はなかった。異変が起きたのは昼餉の直前である。

 

「もう昼餉でございますぞ、御実城様……。なッ、御実城様!?」

 

 いつまで経っても声がけのない主に、小姓が違和感を持って障子を開けると、意識を失っている謙信がいた。その報は瞬く間に城内へ駆け巡った。

 謙信は自室に寝かされ、医者や縁者が彼を囲む。その顔ぶれの中には、謙信の二人の養子、上杉景勝と上杉景虎の姿もあった。

 

「義父上。もう逝かれるのですか……?」

 

「………」

 

 景虎は涙ながらに、倒れる謙信に向けてそうやって何度も問う。だが、答えは一向に帰ってはこない。ただ苦痛に顔を歪ませて、腑の痛みを訴える嗄れた声をあげている。

 対照的に景勝は、一人でじっと瞑目し、来る時をひたすら待っていた。謙信に憧れて、彼のようになろうとしている者と、謙信を慕い、彼にどこまでも着いて行きたいと思う者。謙信の目が覚めなかったのならば、次代の上杉は彼らのいずれかである。

 謙信が寝ている部屋の襖が勢いよく開けられ、一人の武士が入ってくる。

 彼の名は河田長親。謙信が上洛した際に近江で謙信に拾われ、越中総指揮官として活躍する重臣である。春日山に近い位置にいた彼は、馬を一頭潰してまで走らせて春日山に帰ってきていた。

 

「お、御実城様……!!馬鹿な。わ、悪い演技はお辞めくだされ!」

 

「長親殿、落ち着かれよ。義父上に響く」

 

「しかし景虎様!」

 

 忠臣の到着。しかし、ドラマチックなことは起こることはなかった。長親が景虎に宥められているうちに、唸っていた謙信の声が、ふっと聞こえなくなった。

 場が騒然とする。その瞬間、()()を悟ったのか景勝が静かに頬を濡らした。

 

【極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし】

【四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒】

 

 北陸の太守、上杉謙信、死去。享年49。卒中であった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 何も感じぬ。何も聞こえぬ。

 

 何も見えぬ。体が動かぬ。

 

 暗いということだけがわかる。だがそれ以外はなにもわからぬ。ここはどこだ?我はどこにいる?我は寝ているのか?

 

「────い。おーい。大丈夫かぁ?おーい、そんなところで寝てちゃあ風邪引くぞお前」

 

「…………」

 

「うーん、起きねぇのか?おーい、おーい」

 

 聞こえた?何か聞こえたか。しかし聞き取れん。うわ言のようにしか……誰だ?何を言っているのだ。ここはどこなのだ。なぜ何も見えぬのだ。なぜ何も感じぬのだ!

 

「追い剥ぎされちまうぞ?んなところで寝てたら」

 

 今のは聞こえたぞ。………追い剥ぎ?それはおかしい。我は春日山の城から出ておらぬはず。ならば城主である我から追い剥ぎなど、できるはずもない。相当な命知らずの変態か、阿呆でない限りな。

 そもそも今の我に剥げるものなど、服くらいしかないのだ。あの閑所で辞世の句を書き留めたあと、そのまま倒れたからな。墨がついてるかもしれん服など、剥いでも大した銭にもならぬであろう。

 

 ………ん? 之は如何なるや?

 

 あの痛みは尋常なものではなかった。是非もなしと、今生に別れを告げたのだが。我に考える頭があるということは、(けだ)すると、我は黄泉から戻ってきたのか?となれば、この声は誰なのだ?城内に斯様な物言いをする者はいなかったはずだが。

 

 とにかく、目覚めねばならん。しかし体がやはり動かん。もしや不随となったか?あれだけの苦痛だったのだから、わからんでもないが。しかしそれだと難儀であるぞ。

 感覚がだんだんと戻ってきたのを感じた。思考も明瞭となってきている。しかし体が動かない。目も開かない。手のひらの下に砂のようなざらざらとした感覚があることだけが、我のまわりで今わかることであった。

 

 どうにか動けぬものか……ぬぅぅ!力んでおるのに何も動かん!どうなっておる! いかん、これでは生き地獄なり。なんとか、なんとか…………

 

「………()ッ!」

 

「いィ!?起きてんのかよ!」

 

 ────目を開けた瞬間、目に入るのは木々の葉の裏。その合間を縫って見える青空。長らく目を開けていなかったせいか、光が痛烈に瞳の中で暴れる。

 

「なに?何故……何事ぞ」

 

 なんとか上体を起こすと、背中からぱらぱらと落ちる砂汚れ。我の視界には話しかけてきたであろう男の背中と、朱色の鳥居が入る。

 室内で感じるはずのないそよ風。尻の砂を払いながら立ち上がる。

 

「どうなっておるのだ?何故外におる。誰ぞが運び出したのか?」

 

 どうやら我は少し高いところにいるようで、鳥居の先から街々が一望できた。なかなかに発展している街のようだ。見たところ海もあるようで、海と我がいる方角の山、自然の要害に囲まれてなかなかに攻め難き土地と見る。

 周囲は石畳と階段で整備されていて、階段の下には手水舎がある。雑草や芥も少なく、ただの寂れた社の境内というわけでもなさそうである。なぜか人は居ないが、名のある大社ではないだろうか。

 

「だがあり得ぬ。越後にこのような場所はない」

 

 勝手の知る越後のことは間違えぬ。直江津も蒲原津もこのようなところではない。このような社も知らない。だが不思議なことに、妙な見覚えもあった。となると越中か、能登にいるのか?

 まず第一に部屋で倒れておった我が外におって、周りにこの男しかおらなんだのがおかしいのである。

 

「ぬ……話を聞こうと思うたが、考えてるうちに何処かに行ってしまったな」

 

 あの男の姿はもうなかった。もしや奴が我から追い剥ぎしようとしていたのでは?と邪推する。まぁ、そんなことはもうよい。どうやら周囲には本当にあの男しかなかったようで、側仕えの小姓の姿すらもない。

 

「誰ぞある!謙信はここにおるぞ」

 

 声をあげてみるが、風と木々に飲まれるのみであり、答える者は誰も居ない。草の者すらいないようで、我がどうやってここまで来たのか見当もつかなかった。

 夢かとも思ったが、あまりに感覚が鋭すぎる。夢の中のような形容詞がたい気持ちの悪さには似つかないような鮮明な感覚。やはり(うつつ)であると再確認する。

 

 振り返って背面の大社に目を向ける。鬱蒼と繁る木々の深緑を背に、朱塗りの鮮やかな本宮が姿を見せる。正しく絢爛、存在感を放ち続けるその赤は、まるで周りの色を従わせ、己が頂点であると主張しているかのように感じられた。

 常ならば我はその美しさに膝を折り、酒の肴にでもしていたであろうが、この時ばかりは、脾が痛烈に痛んだ。胆が急激に冷え切っていく。

 

「つ、鶴岡八幡ではないか……!?」

 

 蒼白の顔面で、今一度街を見る。妙な見覚えの正体はそれだったのだ。街並みは多少異なるが、間違いない。

 

「か、鎌倉……!」

 

 理解が追いつかぬままま、階段を駆け降りる。その瞬間、段をひとつひとつ降りるごとに、十七年前の記憶が鉄砲水となって押し寄せてくる。

 我の関東管領継承を行なったのはこの鶴岡八幡宮である。見渡せば見渡すほど、その時のことがありありと脳裏に浮かぶ。儀式を執り行ってくださった(上杉)憲政様や関白殿下(近衛前久)、我の前に膝をついていた由良や石見守(大石綱元)、下馬せずに無礼を働いた成田(長泰)……

 

「なにゆえ、越後から鎌倉に」

 

 我は混乱していた。そもそも鎌倉は北条の手中、我が入り込んでいられるはずもないのだ。

 今、我が置かれている状況にするためには、あの日倒れた我の命を救い、城外に運び出して越後頚城から山々や国境を超え、我が目覚めるまでに鎌倉まで辿り着き、そして我をここに捨て置く……その方法しかない。

 そのようなこと、不可能なのだ。仮に城外へ我を拉致できようと、我の体力は山越えまで持たん。人智を超えた神の御技としか言いようがない。

 

「……なんなのだ、一体」

 

 妖に惑わされているのかと疑ってみるが、しかしそうとは思えない。感覚は確実に己のものであるし、眼前に広がる鎌倉の街も、背後に聳える鶴岡八幡宮の本宮も、皆現実のものである。

 大塔も、仁王門や鐘も、鳥居も手水舎も、かつて我が見たものと瓜二つである。一番近い位置にあった手水舎に近づいてみる。手で触ると朱塗りの吸いつくような感覚があり、指で叩くと反発を感じる。右の手で柄杓を持って、左手に御神水かけると冷たい。

 

「光育和尚が欲しいわ。和尚ならば何か知っておるやもしれん……無いものをねだっても仕方がないがな」

 

 右手にも御神水をかけて清める。その冷たさが火照った体の芯に突き刺さり、だんだん落ち着いてきた。柄杓を再び右手に持ち直して、左手の上に注ぐ。

 その瞬間に、我は強い違和感を覚えた。御神水をためた左手に、身を屈ませて口を開く。口を清めて水路に吐き出し、柄杓を右手に。左手をまた清めている最中である。

 水面に映る、12、3ほどの男。髭のひとつもなく、まるで女と見間違えるような容姿をしている。髪は生えそろっており、肌も健康的に見える。逆に、本来見えるはずの、初老の頭巾を被った男の姿はどこにもない。

 

「な……これは」

 

 驚きで我が柄杓を落とすと、水面のその男も柄杓を同時に落とした。

 柄がコッと音を立て、水飛沫が散る。呆然とする我を尻目に、柄杓は水の中に沈んだ。

 

「若、がえって、おる」

 

 我はあまりの衝撃に、頭から倒れて再び意識を失った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 建武二年(1335年)八月二日 相模国

 

「次は鶴岡八幡宮へ行きたい」

 

 鎌倉の支配者、北条時行が郎党らと諏訪頼重にそう言った。

 北条再興軍が鎌倉を占拠してはや数日。時行は里帰りを存分に満喫し、友達である郎党に自慢の鎌倉を案内して回っていた。

 

「鶴岡八幡宮?いの一番に詣でたのでは?」

 

「それはそうなんですが、あのあとゴタゴタしてちゃんと参れなかったのが少し気がかりで。もう一度きちんと参らないと神様からバチがあたりそうと言いますか」

 

「若が行きたいなら俺らはどこまでも付いていきますよ」

 

「弧次郎の言う通り。兄様が行きたい場所なら私たちは地獄にだって行く」

 

 弧次郎が頭の後ろで手を組みながらそう言った。その言葉を雫も繋ぐ。ほかの郎党もその通りだと言わんばかりに頷いた。時行はその言葉に嬉しくなったのか、満面の笑みを浮かべて鶴岡八幡宮に向けて歩き出す。

 

「だっ、大事な郎党を、地獄になど連れていくわけないだろう」

 

「ぎゃははは、坊テレてやがる」

 

「うる、うるさい!ゲンバだけ置いていくぞ」

 

 数日前まで関東で激戦を繰り広げたとは思えない少年少女。彼らが年相応に笑っている。その様子を頼重は嬉しそうに眺めていた。

 

 





単行本に載ってるアレ↓

1335
上杉謙信(長尾景虎)
★★★★★UR
能力:武力89 知力95 政治81 統率100 魅力83
南北朝適性:蛮性19 忠義75 混沌55 革新93 逃隠20
マーキング・パターン:竹に雀/九曜紋
属性:軍神…兵法・剛力・武芸・奇策・統御の複合技能
技能:車掛かり…采配する軍の全能力を1.2乗し、体力消費を2倍にする
技能:大酒呑み…寿命-30%
技能:戦国…現在所属勢力の技術進歩を3倍にする

強っよ バケモノできちゃった
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