毘沙門天と逃げ上手───第二の軍神、旌旗堂堂! 作:伊勢守
建武二年(1335年)八月十八日 相模国
会いに行った金刺頼秀殿は、まるで犬のような人物だった。
「おお!頼重様〜〜〜!!」
陣地を出て、塩谷殿の遣いに案内されていく。唐団扇の紋を掲げる一団の方へ連れて来られると、その中心で緊縛された男が両膝をついていた。手足を縄で縛られ、肩まで拘束されている。
顔は盛高殿の顔面を縦長くして鼻筋を通した感じで、時継殿と盛高殿の顔を足したような容貌。
「ああ………頼秀本人だ。間違いない」
しんどそうに顔を伏していた頼秀殿だが、頼重殿の存在に気付くと打って変わって、目を輝かせながらこれ以上ないほどの笑顔になる。頼重殿はそんな頼秀殿を見ると、呆れ気にため息をつく。
「頼重様ぁ!この者ら、私を間諜だなどと言うのですよ!命からがら尊氏の目を盗んで逃げ出してきたのいうのにぃ……。頼重様ぁ!!」
と、彼は怒ってみせたかと思えば、途端に涙顔になってベソをかき始めた。感情の起伏が激しい人のようだ。その情緒の豊かさが、私にはどうにも彼を犬に見立てさせる。
それと、彼は所作のひとつひとつで何かしら動かないと気が済まないらしい。犬が尾っぽをフリフリするみたいに、喋るたびにクネクネしてて……ちょっと気持ち悪かった。
「ところで……そちらの少年はもしや、我らが大将に御座いますか?」
「あ、は、はい。北条時行です」
「やはり!!たかが拙者のために大将様が御足労いただくとは!正しく汗顔の至りにて………お、おほん。お恥ずかしながら、拙者は金刺頼秀とぞ申しますぞ、以後お見知りおきを!」
「よ、よろしくお願いします」
「ははぁ!」
そう言うと彼は私に頭を下げる。私を見る目はツヤツヤに輝いていた。この人は泰家殿とは違った方面で正直すぎて、正面に立っていると眩しすぎる。私はそう思った。
頼重殿の指示で彼の縄が解かれる。解放された彼は、両の拳を高く天に掲げて体を伸ばす。そして雲を仰ぎ、瞳を涙で潤しながら、
「私は生き残ったぞ─────!!!」
「うるさっ」
と、こちらの鼓膜が破れてしまいそうな声量で叫んだ。木々に止まっていた鳥たちが飛び立つ。私も思わず手で耳を塞いでしまった。
当の頼秀殿本人は生き残れたことに感動しているのか、そのままぴたりとも動かなくなった。うるさいのか静かなのか、まったく忙しい人だ。
未だにキーンとした痛みを引きずりながら頼重殿の方を見ると、なんと耳栓をしていた。それ、前もって私に渡せなかったのかなぁ!?
「で、小二郎。お前だけか?生き残ったのは」
「………それは。……」
気を取り直して、頼秀殿に質問する頼重殿。すると彼は途端に顔色が変わり、口どもる。
生き残ったとはいえ、現在置かれている立場としては敗戦の責を取らされる立場である。罰されるのを恐れて口にする勇気が持てないと察する。
「頼秀殿。もったいぶる必要はない」
「た、大将様。されど……」
「聞いてくれ、頼秀殿。私は貴方を讃えることはできても、罰することなど出来ない。貴方は一度負けはしたが、こうして生き残り、私たちの元へと帰ってきた。それは私に対する何よりの忠義ではないですか。
そんな貴方にどうして後ろ指を差せるのか。いまの尊氏の動向を最も知っているのは貴方だ。何があったか、どうか教えてくれ」
そんな彼に私は発破をかけてやる。頼秀殿は私の言葉に聞き入っていたが、私が話し終えると突然、
「なんという多分なる御配慮ぉ!」
と、涙で顔をくしゃくしゃにしながら咽び泣きはじめた。
おいおいと声を上げる頼秀殿を尻目に、こっそり頼重殿の方を見ると、無言でこちらに頷き返してきた。ああ……そう。こういう人なんだ……
「大将様!」
「は、はい」
「拙者目が覚めました。我ら北条の勝利のためならば、有る事無い事赤裸々に───」
「有る事だけ喋って?」
正直、もう彼と喋りたくなかった。この人、素でこれなの?これならまだゴマすられてる方がマシだと思う。この人と会話してると頭痛がしてくるんだ、何故か。
(盛高サマ、もしかして若にあの人を会わせてなかったのって、こうなるからッスか)
(まぁ、そんなところだ)
「落ち着け小二郎。で、今度こそ聞かせてもらうぞ」
「はッ!? すみません大将様、つい熱が入ってしまう性分でして」
頼重殿からの助け舟が入る。やっと本題に入れそうだ。出会って数分でここまで疲れるとは思わなかった。
しかし、腹を決めた頼秀殿からは、犬ころのような柔らかさが一瞬で消えた。
「拙者は名越勢の後方、駿河清見関と駿河国衙で尊氏と一戦仕りました。今より四日ほど前で御座います。
されど我らは半ば奇襲のような形で彼奴らと相対し、いやはや備えが足りず惨敗。箱根へ退こうとする者も皆討たれ、生き残ったのは拙者と
「塩田殿が生きておられるのですか!」
「拙者が囚われた際には。されど塩田という北条御一門、助命の望みは薄いかと」
「………そうですか」
塩田八郎殿は鎌倉を取り返した後に駆けつけてくれた方の一人だ。塩田流は北条から別れた極楽寺流から、さらに分かれた分家。遠縁ではあるが数少ない一門だったから、信頼を寄せていた。
「時行様、お言葉ながら、ここで尊氏を倒せば救い出せる見込みもあるかと」
「そうだな。ありがとう景虎」
景虎が跪きながら私に囁いた。勝てば八郎殿を救えると思うと、俄然身が引き締まる。
「小二郎、お前が尊氏から逃げてきてどのくらい経った」
「一晩と……三刻ていどかと」
頼秀殿がそう言ったのを聞くと、頼重殿は息を呑んだ。その様子を見るだけで、また何か良くないことなのだろうと腑が痛む。
「尊氏が来るまで四刻もない」
「え!」「何ですって!?」
「盛高、伝令を。行軍を早める。必ず先に布陣しなければ尊氏には勝てない。時行様もお戻りください、ここからは到着まで止まることはないですぞ」
「は、はい!皆戻ろう」
また尊氏か!私が聞く悪い報告は、まったく全てにおいて尊氏に原因を発している気がする。私はあれにあと何度踊らされればいいのだろう。尊氏とは今日中に戦うことになるとは知っていたが、その時が思いのほか早くに訪れそうで、戦々恐々とする。
いいや、それも今日で終わる。私はそう思い直した。ここで尊氏を討ち、北条の世を取り戻す。そのために私は戦っているのだ。弱気になってはいけないと自分に言い聞かせる。
「そういえば景虎。君は戦に出たことは?」
「……………(この身体では)まだで御座いまする」
戻り際に景虎へ問いかける。初陣はまだ……ということは、私で彼は初陣を飾るのか。そう思うと光栄なことだと思った。郎党の初めてを見届けられるのだ。何となく嬉しい。
「気をつけて景虎。兄様はちょっとでも活躍すれば鬼のように褒めてきて褒め殺されるよ」
「ははは……良い君主ではないか。時行様、某が褒め殺されるような活躍をご覧に入れましょうぞ」
(冗談じゃねーんだけどな)
(あの調子だと、景虎が本当に褒め殺されるかもしれない)
吹雪と弧次郎が後ろで何やら話しているのが聞こえる。
景虎は数日前に新たに郎党へ加わった。さきの戦いで弧次郎と戦った長尾の一族らしいが、彼とは違ってどこか爽やかな雰囲気を感じる。目の隈の有無かな。
彼はどこか掴みどころのないように思う。浮世離れしているというか、同年代で大人びている吹雪よりも一層泰然としていて、それでいて親しみやすさがある。
実際に彼はすぐ私たちの輪に入り込んだ。冗談を言うでも、積極的に会話に入ってくるでもないのに……トゲがない、と言うべきか。
「…………褒め殺されるような活躍を」
急いでいた私に、その景虎の呟きは耳に入らなかった。
◆◆◆◆◆◆
同年同日 相模国 相模川
「来た……!」
誰かが迫り来る敵軍に対して言った。掲げらるるは二つ引。他には花輪違い、桔梗、果てには剣片喰。その数にして約一八〇〇〇。京を発ってはや数日、圧倒的な速さで敵を討ち、鎌倉は目前。これには天下人、足利尊氏の本気こそ窺える。
相模川を挟みて対するは相模の次郎、北条時行。約一五〇〇〇。関東の守勢の悉くを打ち倒し、得宗北条ここにありと世に見せつけた若き貴公子である。
(名越殿、三浦殿……。尊氏が強いのは痛いほど知っているが)
時行は万全の尊氏軍を見て、彼らの死を賭した戦いが彼らに被害のひとつも出していないことに動揺と緊張を抱いた。
「……士気が下がったな、会っただけで」
「分かるのか?景虎」
「あ、いや。何となくそう思っただけだ」
景虎がそう言った。吹雪が違和感をもって聞き返すが、景虎ははぐらかした。彼は初陣だというのに、十回も戦場に立った経験があるかのように落ち着いている。
「強いは強いんだろうが、それで今さらビビるかよ」
「ねー。だったら信濃から出てきてないよ。ねぇ、見てて若様。あの本陣に潜む尊氏を引きずり出してみせるから」
亜也子が足利軍の最奥、一際大きく二つ引紋が描かれた陣を指差す。時行が彼女へ、頼もしげに頷いた。
先鋒を務めるは塩谷家重と金刺頼秀ら二五〇〇。塩谷は児玉党ら武蔵国人を率い、頼秀とともに逃若党や一部信濃衆も参加する。右翼を
二陣は
「おお大将様!!失態を犯した拙者に一番槍という名誉をお与え下さるとは何たる御配慮!拙者その心意気に感動して……」
「分かりましたから!」
「へっ、頼秀サマ、足ひっぱるんじゃないッスよ」
弧次郎が軽口を叩いているころ、対する足利軍では、相模川の渡河の準備が整えられつつあった。足利尊氏は一言も発せず、ただ戦場を眺めて立っているのみ。
渡河の準備ができた。高師直が先陣を務める武将へ指示を出す。
「さて、決めるか。頼国、弟の仇取ってこい」
「……」
全身に馬鎧を纏った戦馬が装備をガシャガシャと震わせながら歩み出す。それに今川勢の騎馬が続いていく。まるで戦車のようなその馬に跨るは牛頭を被る異形、今川頼国!
それが合図となった。足利軍が一斉に渡河を始める。
「足利の騎馬が川を渡り始めたぞ!」
「異常に密集してやがる!」
北条の兵らが口々に先鋒の様子を叫ぶ。頼国らの騎馬は塊になって身を寄せ合っており、押し寄せる圧迫感は弱いまでも、威圧感はより強大に見える。
「馬筏だ。ああすることで川の流れの影響を受けない」
「先頭の牛面が隊の大将だ!奴を射殺し勢いを削ぐぞ!」
金刺隊に同陣する四宮左衛門太郎ら弓兵が、頼国へ狙いを定める。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、とあるように彼らは頼国の乗る軍馬へ矢を放つが、その身に纏う馬鎧に全て弾かれ、運良く頼国自身に飛んだ矢も傷を負わせる威力ではなかった。
「あの獣面……今川の一族だ」
その馬遣いで吹雪は、あの今川範満を思い出す。馬を熟知した獣面の猛将など、そう何人もいて良い個性ではない。だが同時に、吹雪は自らの作戦の成功を予見した。
「確かにこのまま上陸されては一撃で我らは半壊するが……」
「………?」
「そうやすやすと上陸させはしない」
「かかれーっ!!」
「こっ、こいつら!上流から筏で!!」
上流からの筏の突撃。それが吹雪の作戦であった。馬鎧をつけているのはほんの少数のみであり、側面の無防備な馬には筏の突撃は致命傷になりかねない。
「ケケケ、川の真ん中じゃお馬さんも動けまい」
混乱と水流で騎馬隊の動きは封じられた。筏上の兵らは馬上の足利軍を次々に討ち取っていく。しかし、狙いは騎馬部隊の壊滅ではない。
「………!」
「横っ腹を進軍を鈍らせ、突出したお前を叩くッ!」
頼国のみが先頭に取り残された。退こうにも水流と背後の混乱で退路は断たれているのにも等しい。
そこへ亜也子と弧次郎が騎馬で頼国を狙う。速度の弧次郎と剛力の亜也子、二対一を強いられているのも相まって、流石の頼国も防戦に集中するしかない。
(ほう。吹雪……大した切れ者よ。この齢でこうも面白き策を講じるとは)
景虎は未だ弓兵に徹していた。その上で、目の前の策の大部分を吹雪が考えたということに感心していた。上杉謙信として軍略を立てていた身としては、効果のある作戦を考え実行するのは並の実力では足りないことを知っている。発破をかけられたようで、弓にもいっそう調子が出る。
前線では、頼国は劣勢を極めていた。攻勢に転じる機会なく、一方的に攻撃されては防ぎ続ける。頼国は焦りを募らせる。弧次郎と亜也子は着実に頼国を圧倒し始めていた。
弧次郎の攻撃を頼国がいなし、武器が叩き上げられる。鎧を繋ぐ布の部分が露わになる。そこへ狙いをつけた吹雪が、脇下へ矢を突き立てた。
「殴り裂け!『四方獣』!!」
亜也子が馬上から跳躍する。振りかぶるは正宗の鍛えた「四方獣」。武器で防ぐのは間に合わない。彼女の力とその切れ味で、頼国の身体は牛頭ごと二つに叩き斬られる──────はずだった。
「………!」
「え!?─────ふ、防がれたっ」
いつの間にか頼国の隣にまで馬を寄せていた武士が、亜也子の攻撃を受け止めた。亜也子は空中で体勢を崩し、馬の背中に落ちて無防備な体勢を晒してしまう。
「危ねぇ!」
「…………」
その武将が隙を見逃すはずもなく、動揺する亜也子へ刀を突き立てようとする。間一髪で弧次郎が刀を出して防いでいなかったら、彼女は絶命していただろう。
頼国が刺さった矢を無理やり引き抜く。血が一気に噴き出るが、気にした様子はない。『あまりにすすとき人』と評された頼国らしいと言えばらしかった。
吹雪が信じられないといった表情でその馬上の武将を見る。
「そんな……獣面がもうひとり……!?」
頼国ともうひとりの獣面。馬の皮を被っているのは範満と同じだが、それよりも丸みを帯びた、現代のロバのような馬の皮を被っている。跨る馬は馬鎧こそつけていないものの、周囲の馬とはひと回りほど大きく、誰よりも大きな脚部を有している。
「二人目の今川だッ!」
牛頭と驢頭の登場を皮切りに、今までとは打って変わり両軍の衝突は激化する。しかしこの緒戦も、待ち受ける激闘の序章に過ぎない。今ここに、鎌倉という時代が真の終わりを迎えようとしていた。
ネタバレ(史実バレ?)注意の逃げ若未登場武将かんたん解説。
塩田陸奥八郎
塩田国時の子。駿河国府合戦で足利軍に諏訪小二郎とともに捕らわれる。
蘆名盛貞
葦名判官入道。蘆名氏六代当主。蘆名盛員とも。三浦氏の支流に当たる。片瀬川の戦いで討ち取られる……が、太平記では北条方、足利尊氏関東下向宿次合戦注文では足利方での戦死と伝えられる。寝返ったが反攻に遭ったのかも。
蘆名高盛
葦名式部太輔高盛。盛貞の長男。父とともに片瀬川で戦死し、弟の蘆名直盛が跡を継いだ。
那波政家
関東庇番の一人。那和左近大夫。中先代の乱後は南朝方勢力として活動。
神崎胤朝
千葉二郎左衛門尉。諱は作者の比定。千葉氏分流にあたる。相模川の戦いの後足利軍に降伏。
大須賀胤連
大須賀四郎左衛門尉。諱は比定。神崎と同様。大須賀宗常に比定する説もある。
海上師胤
海上筑後前司。諱は比定。神崎、大須賀と同様。
今川頼周
今川基氏の三男。今川頼国、範満の弟。頼国とともに戦死したとされる。