マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~ 作:メスキャン界隈
ブブブ、とスマホが震えた。ぴろぴろ鳴っててうるさかったからマナーモードにしてたんだっけな。
そうか、アオイから連絡がやたらと来ててうるさくてそうしたんだった。なんでも、料理を作って振る舞うのはうまくいったらしい。
それで、次もなんかできないかと色々と聞かれている。
スマホを見た。なんの連絡だろうか。
ああ、電話がかかってきている。電話番号は……なぜか、ぼやけていてうまく見えない。なんだこれは。
気になるから出てみるか。指を滑らせて、通話に出る。
「私、拳がメリィさん」
不意に聞こえてきた声に、思わず固まった。
聞こえてきたのが、その言葉というのも当然あるが。
それが目の前から聞こえてきたから。
「今、バイトを探しているの」
顔を上げると、目の前にはあのやけに肌の白っぽい、儚げな風貌な少女がいた。
その手には、スマホが握られていて。それをみせつけるようにしてから、くすりと笑う。
「こんにちは、マスター。今日はあの女の子はいないのね?」
「……拳がメリィさんでいいのか?」
「ええ。パリィも世話になったらしいわね?」
ふふっ、と微笑んでスマホを仕舞い込んだ。ぷつり、と通話が切れる。
「ここでバイトしたいってことか?」
「そうよ、マスター。何か問題でも?」
小首を傾げる。こうしてると、普通の女の子みたいに見えるんだよな。
「なんでここで?」
「面白そうだから、かしら」
少しばかり首を捻って考えた後、そう溢す。
「こんな客が来ないところになんでバイトしようと思ってんだよ」
「あら、それを言うならすでにバイトがいるのもおかしな話ではなくて?」
「ナギはいいんだよ」
あいつはなんかこう、今は大丈夫だけど不安定だから。ちょっとぐらい、居場所を用意してやってもいいしな。
「ふうん」
と、不満そうに少しだけ眉を下げてカウンター席に座り込んだ。バイトを断っても返らないのか?
「ココアを一つ、くださいな」
そのノリで注文するのか。まあいいけど。
「そもそもなんだが、お前人間じゃないってことでいいのか?」
「あら、レディになんてことを言うのかしら」
楽しげに、くすくすと笑っている。しなやかに白い指が伸びて、俺の方を指した。
「あまりそんなことばかり言っていると、拳が飛んできてしまうわ」
指を突きつけられた瞬間に、ピリッと空気がひりついた。
どんな脅しだよ。
「じゃあ、レディの怪異さん」
「ええ、ええ」
するり、と指を引っ込めて満足げに頷く。いいんだ、それで。
ことり、とココアのカップを置くと、それを手に取って口につけた。
こくこく、と喉を通りすぎていくとき。
「マスター、こんにちは!」
と、元気よくナギが入ってくる。
「ん?お客さんいるの、珍しいですね」
じろじろ、と拳がメリィさんを眺めてから、奥の方へと入っていく。
「可愛らしいわね、バイトの人」
「……電話掛けるつもりか?」
「私をなんだと思っているの?」
「拳がメリィさんだろ」
「そうね?」
コップから手を離して、特に意味もなくスプーンでくるくると混ぜている。
っていうか、肯定するんだな。
「ぐちゃっとしてて、不安定で可愛らしいわ」
ふふふ、と微笑んでからぺろり、とスプーンを舐めている。
「えっ、なんか話しています?」
ひょこっ、と奥からナギが顔を覗かせた。着替え終わったらしい。
「いいえ?マスターって、いい男だなって話よ?」
なんだ、急に。意味ありげにナギの方を眺めているし。
ナギも固まって、目を見開いている。
「ねえ、マスター?」
「よくわからんが、ろくでもないことをしてないか?」
「ふふ、そうかしら」
「もー、なんか二人でいい感じにならないでくださいよっ」
ぷく、と頬を膨らませて、なぜか俺と腕を組んでくる。
「マスターと仲良しなのは、わたしなんですからねっ」
「何、張り合ってんだ」
「……私よりもそっちの不健康そうな女がいいんですか?」
「一応客だぞ、そいつ」
「むう」
渋々組んでいる腕を離して、カウンターから拳がメリィさんを睨み付けている。
「あんまり、うちのナギからかわないでくれるか?」
「あら、怒られてしまったわ」
くすくす、と笑うだけで反省してないなこいつ。
「マスター、ずっとその人と話してて楽しそうですねー」
じとっ、とした視線がこちらに向いた。
「っていうか、マスター。私、挨拶してもらってないです」
「どうした急に」
「よくないですよ、そういうの。マスター、このままだと――」
明らかにお店潰れちゃいますよ、じゃないパターンが来たな。だんだん適当になってない?
「――あけおめ竜ことよろドラゴンが出てきちゃいますよ~」
「……何か変なこと言ったかしら?」
拳がメリィさんが、ぴくりと固まって聞き直した。
うん、確かに何言ってんだろうな。
あけおめ竜ことよろドラゴン?だいたい、前半と後半の意味変わってなくないか?
「だから、あけおめ竜ことよろドラゴンですけど?」
「当然みたいに言われても困るのだけれど」
さっきまでむすっとしていたナギも、なぜか元の調子に戻ってる。
「それはもう、新年に挨拶してくるドラゴンに決まってるじゃないですか」
「季節違いすぎるわ?」
「だから、このままだと新年にそうなりますよってことですよ。挨拶をサボってると、あけおめ竜ことよろドラゴンがやってくるってよく言うじゃないですか」
「言わないんじゃないかしら」
すごいな、怪異ですら困惑させているぞ。こいつ、パワー系の怪異だったよな?
あけおめ竜ことよろドラゴンによって、物理的影響を持つ怪異を封殺してる。
「だから、なんか白い人も挨拶あんまりサボってると、あけおめ竜ことよろドラゴンが出ますからね?」
「あら、それなら大丈夫よ」
軽く笑って、そのままスマホを取り出した。
――直後、ナギのスマホからぴろん、と音が鳴る。
不思議そうに、それを取ると勝手に通話が繋がっているようで、
「私、拳がメリィさん」
という声がナギのスマホからも聞こえていた。
「今、喫茶店にいるの」
と言い終わると同時にガバッと、ナギが身を乗り出した。
「拳がメリィさんなんですか!?」
「……ええ、そうよ?」
予想と違う反応だったのか、ナギの様子に戸惑っているらしい。
「わあ、拳がメリィさんの本物!さっきまで、ちょっと失礼な態度でごめんなさい」
「まあ、いいわよ。許して上げる」
「やったあ」
「こっちも、からかったお詫びに、何か不満なものがあるなら壊してあげてもいいわ」
何、物騒な提案しているんだよ。
「壊してほしいものですか、うーん。メス堕ちキャンセラーとか?」
「……メス堕ち、キャンセラー……?」
ああ、意味不明な単語を二つは拳がメリィさんでも耐えられなかったか。フリーズしてしまった。
「……マスター、お客さん固まっちゃいました」
「そうだな」
「このままだと、お店潰れちゃいますかね……?」
そっちの変化球もあるんだな、と思いつつ。拳がメリィさんが復活するまで待った。