マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~ 作:メスキャン界隈
すっかり秋になったどころか、ハロウィンも通りすぎて普通に寒くなってきた。
そんな中だが、喫茶店はいつも通り……というよりも最近はずっと静かだ。
あれからずっと、ナギはあのままで。バイトには来るが、それでもずっとつんけんとしてる。
少し、寂しい気持ちもあるが、思えばバイトと店主でしかないからな。そんなものかもしれない。
……というよりは、今までのナギの距離感がおかしかっただけのようにも思う。
「マスター、なんかコーヒーとか出してくださいよ」
まあ、こうやって飲み物をねだってきたりはするんだがな。
しょうがないか。豆を挽いて、コーヒーを淹れていく。
ドボボ、と入っていくその様子をナギがじっと見ていた。
「……なーんか、こうしてると変な感じがしますね?」
「変な感じ?」
「別の世界に生きてるって感じ」
と吐き捨てるように言い終わると、興味を失ったみたいにスマホをいじり始めた。
別の世界、か。確かに今のナギにとっては、別の世界のようなものなのかもしれない。
ことり、とナギの座ってる席まで置くと、少しだけナギが顔を上げる。
そして、ゆっくりとカップを持って、ずずず……と飲んだと思えば、舌を出して顔をしかめた。
「あつっ」
「ホットだからな」
「……うざっ」
拗ねるようにして、目を伏せたと思えば、ふーふーと息を吹き掛けている。
なんというか、冷たくなっても見てる気持ちは小動物っぽいなと思うことはあんま変わらないな。懐いていない猫かもしれない。
ようやく冷めてきたのか、ゆっくりとカップにつけて飲み始めた。
「……にがっ」
「砂糖もあるけど」
「なんか、別にこれでいーです」
ぷいっ、と顔を背けてスマホを再び眺め始めた。
「……なんで、私ってここに来たんでしたっけ」
少しすると、スマホを置いてポツリとそう溢した。
「雨の日にずぶ濡れで入ってきたのを覚えてないか?」
「あー、なんか。そんなときもありましたね。ずぶ濡れだとか、バカなことしてたっけ。マスターも、よく変な事情がありそうな女をいれましたね」
「久々の客だったしな」
「お金払った覚えないんですけど」
少しだけ、ナギが頬を緩めた。久々に、笑ってるのを見たな。
というか、いつもはころころすごい表情が変わってたけど、今のこいつはずっとむすっとしてる。ここ以外だと、わりと普通なのかもしれないが。
「そういう、変な女に優しくしてると。そのうち厄介な人に付きまとわれたりとかしそうですけどね。……もうされてたりします?」
「なんだそれ」
あれ、少しだけ元のナギっぽくなってきてないか?
「だって、マスターって明らかにそういうやばい人ってわかっても、構わず関わりそうですし」
「……褒められてるのか?」
「いや、全然?余計なお世話ってやつもがっつりやりそうだから。私のことも、別に構わなくてよかったし」
ことり、と飲み終わったカップを置いた。
これは本音なんだろうか。……ナギはわりと素直なやつだけど、自分の本心を話さない時も多いしな。
「さすがに、ずぶ濡れで傷ついてそうなやつを放ってはおけないだろ」
「……へー、そうですか。かっこいー」
「その間は何?」
「なんでもないですけど?」
不満げに、眉を少し上げてこっちをじっと見てくる。
「やっぱりお前、小動物みたいだな」
「はあ!?急に何言うんですか、きも」
立ち上がって、抗議の視線を向けてくる。……きもは酷くないか?
「一応お前、バイトだからな」
「……クビは勘弁してくださいね」
「こんな誰も来ないようなところだからな。クビになるかもしれないな」
「拗ねないでくださいよ、マスター。そんなテンションで経営してたら、お店潰れちゃいますよ」
おお、こういう時もその台詞でてくるんだ。少し感動だな。ちょっと違うけど。
「……なんで嬉しそうなんですか?」
「いつものナギの台詞みたいだから」
「マスターって、時々変ですねー」
とだけ言って、再び店は静寂に包まれる。
お互い話すこともない。そのまま、時間が過ぎていく。
「……マスター、なんか面白い話してください」
その状況に耐えられなくなってきたのか、急に無茶振りがきた。
なんだよ、面白い話って。
「いつもはそっちから面白い話してくるだろ」
「……そうでしたっけ。そんなんありました?」
「お前、記憶が消えてるわけじゃないだろ」
「なーんか、ぼんやりしてるんですよ。……薬とか盛りました?」
「人を犯罪者にするな」
あれか?もしかして、元の好感度とかそういうのに戻らないように、記憶が少しぼやけてる、みたいな感じなのかもしれない。
そういえば、俺のコーヒーを飲んだらメス堕ちレベルが上がるだとかなんだとかあったが、今でもそれが有効だったりするのか?
「あーでも、なんか。変な話ならちょっと知ってますよ。TS.NETで」
「待て、TS.NETってなんだ……?」
「あーじゃあもう、それでいいですか。んんっ」
ナギが咳払いして、一呼吸を置いている。
「マスター、このままだとTS.NETと接続しちゃいますよ」
お前、意外とノリノリじゃない?
なんか、この変なノリもしばらくしてないと懐かしい気持ちになるな。
「……TS.NETってなんだ?」
「TSした人専用のサイトですよ。色んな不思議現象の情報を知れるー、みたいな」
「なるほど、ナギはいつもそこから変な知識を得てたのか」
「じゃないですか?知らないけど」
そういう情報源でもなかったら、ここまで変な情報をどうやって手に入れてるんだよって話だしな。
「にしても、TSした人専用でなんで変な知識にアクセスできるんだ?」
「TSを解消しようとするなら、同じような非日常の知識がいるからじゃないですかー?」
「なるほど、ちなみに参考になりそうなのがあったのか?」
「さあ、ないんじゃないですか?どーせ、治んないし」
「治らない……?」
頬杖をついて、ため息をつく。そのまま、視線を下げてから話し始めた。
「TSしたっていっても、原因がなんかいっぱいあるんですよ。呪いだとか、病気だとか入れ替りだとか」
この世界、変なもので溢れすぎてないか?
なんでそんなものがあるんだよ。とは思ったが、この空気を壊すべきでもないし、そのまま耳を傾けた。
「私たちの場合は、これは祝福なんです。神様がご褒美ですよ~ってくれたものを取り消す手段とか、普通あると思います?」
フッ、と自虐的に笑う。
よくわからないが、もしかして女の子になりたいと神様に願ってそうなった、とかそういうことか?
「ナギは、元に戻りたいのか?」
「……マスターはどっちがいいですか?」
「なんだ、それ」
「いいから、答えてみてください」
気だるげに視線を上げてこちらを見てきた。態度はだるそうなのに、目だけは、真剣にこっちに問いかけているように感じる。
「そうだな、ナギが望んでるなら、どっちでもいいかな」
「……ずるい返答。マスターって悪いやつですねー。お店潰れちゃえばいいのに」
「お前、バイト先なくなるぞ」
「……」
今度は黙り込んでしまった。
なんかあれだな。このままのナギとも、意外とやっていけそう。