マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~ 作:メスキャン界隈
いつも通り、閑散とした喫茶店で一人カウンターに佇む。
からんからん、と音がして一人誰か入ってきた。
「マスター、おはようございます」
ぱちん、とウインクしながら笑みを見せる。やたらフランクなこいつはバイトに来ている女の子、結城ナギ。
わざわざこんなところをバイトに選んできたのは、何か訳があるのかもしれないが、あまり知らない。
ここに来たばかりの時はどうにも、ぶっきらぼうでだらしない格好だったのだが、いつの間にかやけに元気なやつになってしまった。
本人が言うには催眠アプリによる自己暗示だそうだが、まあいいだろ。詳しく確認するのも怖いし。
「おはよう。今日は早いな」
と、声をかけるとくすり、と妖しく笑う。
「マスターが寂しいかなと思いまして」
「別にそんなこともないが」
「お客さんもいないのに?」
「……それを言われると痛いな」
見ての通り、この喫茶店にはめったに客が来ない。というのも、この喫茶店があまり人通りの多くない場所にあるからな。どうにも人が来ない。
「今月って何人ぐらい来たんですか?」
「三人ぐらい?」
「少ないですって」
「そうか?」
「で、女の子ばっかり来てたりします?」
「……よくわかったな」
確かに、最近来てるのは全員若い女の子だったな。何か流行りでもあるのか?
「ふうん。……マスター、このままだと――」
ああ、来た。ナギのお決まりの台詞だ。客が来ない話をしてると、いつも言われる。
――マスター、このままだとお店潰れちゃいますよ~
きっと、今回もそれだろうな。
「――メス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~」
「ごめん、なんて?」
メス堕ちキャンセラーって言った?聞き間違いか。
「だから、メス堕ちキャンセラーですって」
いや、あってたらしい。なんだよ、メス堕ちキャンセラーって。
それを聞く前に、店の奥に入って着替えを始めてしまった。
数分すると、喫茶店のユニフォームに着替えたナギが顔を出す。
「聞いたことないんだが、なんだそのメス堕ちキャンセラーっていうのは」
「え、知らないですか?メスキャン界隈では有名ですよ」
「風呂キャンみたいに言うな」
「同じようなもんです。ネガキャンとか言うじゃないですか」
それはネガティブキャンペーンだから違うだろ、とは思ったものの話が進まないので言わないでおく。
客がいないからか、ナギが暇そうにカウンター席に座って、頬杖をついた。
そのまま、目線をこちらに向けてくる。
「いいんですか?壊れても」
「いや、そもそも何も意味がわからないんだが。結局何なんだよそのメス堕ちキャンセラーって」
「マスターはメス堕ちって知ってます?」
「なんか、男が女っぽくなるみたいな話か?」
ネット上で、女装した男におけるシチュエーションでたまに耳にする言葉だった気がする。
頬杖を解いて、机の埃を取り始める。汚かったか?掃除したんだがな。
「まあ、そんな意味ではあるんですけどね?一応、元男の女の子のシチュでもそういう話があって」
「元男の女の子?」
性転換ってやつか?
「それで、そういう子が女の子であることを認めるようなことも、メス堕ちって言うんですよねー。元男なのに、男に惚れてしまったり、とか」
「へー、そういうのもそう言うのか。……ん?自分から女の子になったのに、女であることを認められないってことにならないか?」
「もー、マスターはダメですね。そうじゃないですよ。意図せずに女の子になってしまったパターンもあるじゃないですか」
意図せずに女の子に……?
頭に思い浮かべる。何か不可抗力で男が女になってしまう状態……一切思い付かんな。
「すまん、どういうことかわからん」
「もう、マスターはダメですね。TSのこともまったくわかってないですしっ」
ナギははー、と大きく息を吐いてから、やれやれと言わんばかりに首を振った。
TS、か。そういえばそういうジャンルをそう呼ぶんだったかな。
そして、立ち上がってからビシッとこちらに指を突きつける。
「だから、目の前にいる女の子が元男っていうのも未だにわかってないんですよっ!」
「……ん?」
聞き間違いだろうか。今、何て言った?
目を逸らしてから、もう一度ナギの方を見る。冗談を言ってる雰囲気ではない。
というよりも、じっとこちらを見つめていて、俺の様子を伺っているような。
そのまま、ゆっくりと口を開いた。
「――マスター、私がここに来たばかりのことを覚えてます?」
「ああ」
土砂降りの雨の日に、ずぶ濡れでやってきた女の子がいた。
――ここって開いてる……?
久々の客が、そんな様子だったもんだから無料でココアでも出してタオルを差し出した。
別に話すこともなく、ただただ時間だけが流れていって。
――バイトってやってんの?ここ
最後に聞かれたその言葉に、別に募集もしてなかったが放っておけなくて頷いていたのを覚えている。
「あの時は、こうなったばかりで。どうしていいかもわからなかったんです。それなのに、マスターに優しくされちゃって、なんだかおかしくなってしまいました」
「そうだったのか」
どう答えていいかもわからなくて、曖昧に返す。
その言い分が本当なら、こいつは元々男で。何かしらの原因があって女になってしまった。
そして、たまたまこの店に流れ着いたってことか。
「それで、メス堕ちキャンセラーがですね」
そういやその話だったな。すっかりシリアスな空気感だったからそのイカれたワードのことを忘れてたわ。
「壊れてしまったら、私の想いも溢れだしてしまうなー、なんて思ったわけです」
スッと、ナギはまたカウンター席に座る。その表情はどこか憂いを帯びていて。
いつもの元気で明るい様子とは異なって、綺麗に見えた。
「……待て待て、まずそのメス堕ちキャンセラーについてよくわかってないが」
「え?ああ、確かにそうですね。この周囲一体に、メス堕ちを防ぐ結界を貼る装置です」
「……そうか」
俺は理解を放棄した。
よくわからないが、こいつはTSしていて。
そのメス堕ちキャンセラーとやらが壊れてしまえば、なんかこう……メス堕ちしてしまうみたいな……?
元男なのに、男に惚れてしまうのをメス堕ちというなら。それは、こいつが惚れた先がいることで。
こいつの話から考えたらそれは――やめておくか。あんまり考えると危ない気がするしな。
ってかもう壊れていいだろ、そんな機械。
「というか、なんで壊れるんだ?そのメス堕ちキャンセラーとやらが」
「メス堕ちキャンセラーは、周囲のメス堕ちレベルを検知してるんです」
「……それで?」
いちいち、メス堕ちレベルとかいう単語ももう気にしないことにする。
ガバッと立ち上がり、興奮したようにこっちに顔を寄せる。ちょっと近いんだよな、こいつ。距離感をなんとかしてほしい。
たまに、バシバシと叩いてくるし。
「メス堕ちレベルの急上昇によって、メス堕ちキャンセラーの負荷が高まって、それに耐えきれずに壊れてしまうんです!」
「なんだそりゃ。それ、もしかしてこの店に関係あるやつ?」
と、言うと。こくり、と頷いて話を続ける。
「なんとですね。最近来たであろう女の子たちが、マスターのコーヒーの影響で恋を自覚してしまい、メス堕ちレベルが急に高まってるんです」
「……んん?」
「あおちゃんも、ゆーちゃんも、みっちゃんも。なんかマスターのコーヒー飲んだ日以降になんか、男にメロつきだしたんですよっ!」
「えっ、あの子らみんなお前の知り合いなの?」
「そうですけど?」
当然です、とばかりに言われたら何も言えない。
そうか。ナギの知り合いだったんだな、全員。……もしかして、宣伝されてる?
「そもそも、それ俺のコーヒーのせいなのか?」
「飲んだ日から、自分の気持ちに整理がついたんですって」
「……そうか」
と答えると、言い終わって満足したのか再びナギは席についた。
「……このまま壊れちゃったらどうなるかな」
なんて呟いてるけど、そもそもその機械ある方がおかしくないか?
「それってなんのために作られた機械なんだ?」
「メス堕ちをキャンセルするためじゃないですか?」
「……なんのために?」
「うーん、TSした子の百合がみたいんじゃないですか?だから男と付き合うのは嫌みたいな」
「そっか。壊れたらいいんじゃない?」
「……へえ、そうなんですね?」
意味ありげに、こちらをじっと見つめてから、ナギは席を立って店の準備を始めた。
そもそも、先に準備してくれよ。客来てないけどさ。
「にしても、来ませんね。お客さん」
「そうだな」
「マスター、このままだとお店潰れちゃいますよ~」
せめて、先にメス堕ちキャンセラーの方が壊れてほしいな、なんて思いながらコーヒーのカップを拭いた。
一応、サブタイをタイトルの形式にしました。
タイトルの形式、どっちがいい?
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このままだと〇〇ですよ~形式
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単語だけの形式