マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~   作:あまぐりムリーパー

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マスター、常連客が来てますよ

 からから、と氷がぶつかる音がする。

 

 メロンソーダにストローをつけて、ナギがそれを口に含んだ。ストローを通ってメロンソーダがナギの口に運ばれていく。

 

「奥の方が味が濃いですよね、メロンソーダって」

 

 ぱっ、と口を離して感想を言ったと思えば、上に乗ってるアイスをスプーンで掬って、ぱくっと口に運ぶ。

 

 少しだけ、表情が緩んでいるから、たぶん好きなんだろうな。

 

 普段はあんまりこういうものは出さないが、こうして喜んでもらえるなら、たまには出してやってもいいか。

 

 そもそも、人のコーヒーをメス堕ちコーヒーだとか言い出してきたから、別のものを出そうとしただけだが。

 

「マスター、暑いですよね」

 

 ぐでー、とナギが机に突っ伏す。

 

「だらしないぞ」

「だって、暑いんですもん」

「とは言ってもな、お前バイトだろ」

「って言っても、いつもがらがらじゃないですか」

「こいつ」

 

 いつも通り、喫茶店の中は閑散としている。

 

 室内は、俺たちの会話ぐらいしか聞こえてこない。

 

 たまに、物音が聞こえてくるぐらいか。

 

「お客さん、最近来てます?」

「ぼちぼちだな」

「ぼちぼちですかー」

 

 ちらり、と横目でナギがどこかを見つめている。

 

「マスター、このままだと――」

 

 ああ、ナギのいつもの台詞か。

 

 ――マスター、このままだとお店潰れちゃいますよ~

 

 いつもはそう言うが。お店ではなく何か別のものが潰れたり壊れたり出現したりする話を、最近はよく出してる。

 

 催眠アプリ会社とか、メス堕ちキャンセラーとか、七夕シェアハピシャークとか。

 

 今回は、どんな馬鹿げたな話題が出てくるのか。

 

「――お店潰れちゃいますよ~」

 

 ああ、そっちじゃないのか。

 

「――そうだぞ、いつきても私ぐらいしかいないじゃないか」

 

 そして、それに答える声がした。

 

 よく通る声、少し低めのハスキーボイスというのが正しいだろうか。

 

 ナギが横目で見ている視線の先に、一人の女性がいた。

 

 ことり、とコーヒーのカップを置く。

 

「マスターのコーヒーは味わい深いのに」

「何、常連みたいな雰囲気出してるんだ。来てまだ三日目だろ」

「マスター、そういう口の聞き方がよくないんじゃないのかい?」

 

 くすり、と妖しく女性が笑う。そのまま、コーヒーのカップに口をつけた。

 

 快活なナギと比べて、落ち着いている印象のある女性。黒い髪を背中まで伸ばしていて、それとは対照的なひどく白い肌が、やけに彼女の存在を際立たせている。

 

 柊コヨミ、三日前に急にこの店にやってきたと思えば、やけにこのコーヒーを気に入ったらしくてそのまま、ここに来るようになった。

 

 連続で来るやつはあまりいないから珍しい。

 

 にしても、よくここにたどり着いたな。最近だと、ナギの知り合いらしい子たちがたまに来る程度でろくに客もいないのに。

 

「いいんです、マスターはこれで」

「いやいや、君がよくお店が潰れるだとか言っているが、マスターのせいかもしれないだろう?」

「なんですか、まだ来て三日の癖に」

「マスター、バイトの子も攻撃的なんだが」

 

 なぜかわからないが、ナギはコヨミのことが苦手らしくてよく突っかかっている。

 

 仮にもバイトなんだから、接客はちゃんとしてほしいんだけど。

 

「別に、もう注文を受け取ってるじゃないですか。じゃあ接客で愛想よくする必要ありますか?」

「無茶苦茶だね、君は。そう威嚇しなくても、君のことを取って食いやしないさ」

「そんなことは心配してないですけど」

「ああ、安心してくれ。マスターのことも、勝手につまみ食いすることもないから」

「……いや、マスターのことは関係ないですけどね」

「その間が怪しすぎるよ」

 

 にしても、ここまで来ると仲がいいんじゃないか?

 正直、こんなところに来ているナギのことは少し心配だ。

 

 バイトとはいえ、友達と遊ぶ時間がなくなってしまって、貴重な青春をこんなところで潰してしまうことになるのはこう、あんまりよくないだろうし。

 

 とはいっても、友達ぐらいはいるみたいで。なんだかんだ、複雑な事情を抱えてそうなんだが。

 

 まあ、ここでも俺以外に話し相手ぐらいはいた方がいいだろうし。

 

 ……なんか、俺の話をしてなかったか?

 

「っていうか、マスターのことをつまみ食いって言いましたよね?」

「冗談じゃないか。君の横取りはしないとも」

 

 いや、してるわ。しかも、やばい話な気がするぞ。

 

「そういうんじゃないですし」

「本当かい?でも、安心してくれ。どうやら、私は魅力的に感じた異性がいても、どうにもすきになれないみたいなんだ」

「ふーん、そうですか。それは……それは?」

「どうしてだろうね。そもそも、男を好きになることには、抵抗があったんだけれど」

「……もしかして、コヨミさんって元々女じゃなかったりします?」

「不思議なことを言うね」

 

 しかも、なんか変な方面に話が派生しているし。

 

 ……一応、そんなことはないと思うんだが。これってもしかして、ナギのやつはコヨミのことをTSしてると思ってるってことじゃないか?

 

 そんなやつが何人もいてたまるか。

 そもそも、ナギだって本当にそうかはよくわからないし。

 

 ……いや、待て。そういうやつがたくさんいるから、実はメス堕ちキャンセラーが作られてるとかあるか?

 

 何を真剣に考えてるんだ。

 

 もういい、忘れよう。カップを拭いていく。

 

「マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~」

「急に来て、焼き増しなことあるんだな」

「壊れたら、そうなっちゃうかなって」

「何を言ってるんだ?いいから、そっちの皿を持ってきてくれ」

「はーい」

 

 コヨミの飲み終わったコーヒーカップを皿ごと、ナギから受け取る。

 

「マスター、君はどうにも好かれているらしいね」

 

 会計を済ませるために財布を開きながら、悪戯っぽく俺にだけ聞こえるように、小さな声でそう告げた。

 

「あんまりナギをいじめないでくれ」

「おっと、君は彼女の保護者みたいじゃないか。じゃあ、また来るよ」

「そうか」

「マスター、もう少し愛想を良くしてくれないか」

 

 本当に不愉快だとか思ってるわけではなくて、それよりも俺の適当な態度に楽しそうにしながら、コヨミは去り際にそう告げた。

 

 からんからん、と扉を開くときに音が鳴る。

 

 コヨミがいなくなると、一気に店内が静まり返る。

 

「なんか静かですね、マスター」

 

 一呼吸を置いて、ナギが話し始めた。

 

「そうだな」

「……マスターの好みってあんな人だったりします?」

「急に何を聞いてるんだ」

「隠してる、怪しい」

「三日来てるだけの客をそういう目で見るほど、惚れっぽくはないけどな」

「ふーん、そうですかそうですか」

 

 急に、ふんふんと鼻唄を歌いながら机を拭いて片付けていく。

 

 こいつの機嫌もよくわからないな。

 

 せめて、客とぐらいは仲良くしてほしいが。




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