「はくねこさん。虫取り行きません?」
とある昼下がり。
やくねこが、虫取り網を片手に、はくねこの部屋を訪ねてきた。
「虫取り?」
「はい」
「……急にどうしたの?」
「そんなことどうでもいいじゃないですか。どうです?」
やくねこは妙に勢いがある。
はくねこは少しだけ首を傾げた。
「虫取りって、今から?」
「今からです」
「そう……」
はくねこの視線が、やくねこの持っている虫取り網へ向く。
どうやら本気らしい。
「まあ、いいけど」
「ホントっすか?」
「うん。久しぶりに外に出るのも悪くないしね」
「じゃあ決まりっすね」
やくねこが少し嬉しそうに笑う。
「だけど、ちょっと時間がかかるから待っていてね」
「何か準備するんですか?」
「まあね」
そう言って、はくねこは部屋の中へ戻っていった。
「……」
やくねこは廊下で待つ。
一分。
二分。
三分。
「……何してるんだろ」
そして数分後。
扉が開いた。
「お待たせ」
「え」
やくねこは固まった。
そこにいたのは、帽子を深く被り、長袖の服を着て、さらに日傘まで持ったはくねこだった。
「……そんなフル装備で行くんですか?」
「まあ、仕方ないよね」
はくねこは平然としている。
「私、日光には弱いもん」
「いや、そういう話は聞いてましたけど……」
想像以上だった。
虫取りというより、これから砂漠を横断する獣人の格好である。
やくねこが何とも言えない顔をしていると、はくねこが少し笑った。
「そんなに気にしなくていいよ」
「……」
「私も、ちょっと外の空気を吸いたかったし」
その言葉に、やくねこは少しだけ目を逸らした。
「……そうっすか」
「うん」
「……ほんとはくねこさん、優しいな」
「ん?」
「いや何でもないっす」
やくねこは虫取り網を持ち直す。
「じゃあ行きましょうか」
「うん。案内よろしくね」
二人はマンションを出た。
外へ出ると、夏の日差しが容赦なく照りつけている。
はくねこはすぐに日傘を開いた。
「うわ……暑いっすね」
「そうねえ」
「でも、たまにはこういうのもいいか」
「そうでしょう?」
やくねこは自転車にまたがる。
「はくねこさん、後ろどうぞ」
「ありがとう」
はくねこが荷台に腰を下ろす。
「じゃあ、出発しますよ」
「安全運転でお願いね」
「任せてください」
自転車が走り出す。
風が二人の間を抜けていく。
しばらくして、やくねこが口を開いた。
「……最近、ずっと家にいると息が詰まるんですよ」
「そう」
「だから、まあ……虫でも捕まえてれば、少しは気が紛れるかなって」
はくねこは何も言わなかった。
ただ、日傘を少し傾ける。
「それなら、今日はいっぱい捕まえようか」
「はい」
やくねこは少しだけ笑った。
「でっかいやつ捕まえましょう」
「虫取り網で?」
「虫取り網で」
そんな他愛のない話をしながら、二人は町の外れへ向かっていった。
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