はくねこの愛した日々   作:meigetu

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いったん、やくねこ回 終了


5単位 麦畑

数日も経つと、やくねこはすっかり作業に慣れていた。

鎌を使うのも、最初の頃ほど怖くない。

むしろ、日差しの下で体を動かしていることが、思った以上に気持ちよかった。

 

「……こういうのも、悪くないっすね」

 

誰に言うでもなく呟く。

相も変わらず、仕事は見つからない。

そんな自分が、今は朝から畑でライ麦を刈っている。

人生、何があるか分からないものだ。

やくねこは、また鎌を入れた。

 

ザクッ。

 

刈り取ったライ麦をまとめる。

それを所定の場所へ運び、仕分けていく。

作業そのものは単純だった。

 

刈る。

運ぶ。

分ける。

また刈る。

その繰り返し。

 

「はくねこさん、これでいいっすか?」

 

少し離れたところにいるはくねこへ声をかける。

 

「うん。そこは大丈夫」

「了解っす」

 

はくねこは、やくねこの作業をしばらく眺めた。

 

「でも、無理はしないでね」

「大丈夫っすよ」

「最初の頃よりだいぶ上手になったけど、慣れてきた頃が一番危ないからね」

「そうなんすか?」

「そうだよ。最初は怖いから慎重になるでしょう?」

「まあ、確かに」

「でも慣れてくると、『これくらいなら大丈夫だろう』って思っちゃう」

「なるほど」

「鎌って、意外と危ないからね」

「気をつけます」

「うん。それがいい」

 

はくねこは笑った。

やくねこは、刈り取ったライ麦を眺めた。

そういえば、ライ麦をこんなに間近で見るのは初めてだった。

 

細長い穂。

 

その先には、ちょんちょんと伸びた長いひげのようなものがついている。

 

「へえ……」

 

一本、手に取ってみる。

よく見ると、ところどころ様子がおかしい。

粒の一部が、黒く変色している。

 

「はくねこさん」

「何かしら?」

「これ、黒くなってるのって何なんです?」

「ああ、それ?」

 

はくねこが近づいてくる。

 

「感染してるんだよ」

「感染?」

「そう。食用には向かないから、そっちは分けておいて」

「毒なんすか?」

「そう思っておけばいいよ」

「なるほど……」

 

やくねこは、黒くなった粒を眺めた。

 

「無農薬だから、こういうのも出ちゃうんですか?」

「まあね。自然相手だから、完全には防げないんだよ」

 

はくねこは、いつもの調子で答える。

 

「普通のものは普通に使えるから、気にしなくていいよ」

「了解っす」

 

やくねこは頷いた。

そして、もう一度畑を見る。

どこまでも続いている。

 

刈り取った場所の向こうにも、まだライ麦が広がっている。

そのさらに向こうにも。

 

「……広いっすねえ」

「そうでしょう?」

 

はくねこが笑った。

 

「これでも、まだ一部なんですよ」

「マジっすか?」

「ええ。奥のほうまで行くと、まだまだありますよ」

「一人じゃ絶対終わらないっすね」

 

「だから、やくねこ君を雇ったんですよ」

「なるほど」

「助かってますよ。本当に」

「……そう言ってもらえると嬉しいっすね」

 

やくねこは、少し照れたように笑った。

はくねこはそんなやくねこの様子を見て、煙草を一本取り出す。

火をつける。

 

「そういえば」

「はい?」

「仕事のほうは、まだ探してるの?」

「まあ……一応」

 

やくねこは苦笑した。

 

「なかなか決まらないっすね」

「そう」

「はくねこさんも、なんか仕事探してた時期とかあったんですか?」

 

はくねこは少し黙った。

紫煙を吐き出しつつ

 

「……昔はね」

「やっぱはくねこさんぐらいまで賢いと、仕事も選び放題なんじゃないんすか?」

「そうでもないよ」

「そうなんすか?」

「そうだともいくら賢くても、仕事が勝手に向こうから来てくれるわけじゃないからね」

 

はくねこは笑う。

 

「むしろ、賢いほうが現実を直視して大変だったりするものだよ」

「へえ……」

「だから、焦らなくてもいいと思うよ」

「……」

 

やくねこは、少し意外そうな顔をした。

 

「はくねこさんって、そういうこと言うんすね」

「どういうこと?」

「いや……なんか、もっと『頑張れ』とか言うのかと思ってました」

「ああ」

 

はくねこは少し笑った。

 

「頑張っている人に、さらに頑張れと言うのも酷でしょう?」

「……それはそうっすね」

「仕事が決まらないなら、決まらない間くらい、ここで働けばいい」

「いいんすか?」

「もちろん」

 

「でも、二週間分も給料出してもらって……」

「働いてくれた分を払っているだけだよ」

 

はくねこは、煙草の煙をゆっくり吐いた。

 

「それに、やくねこ君が来てくれて助かってるからね」

「……ありがとうございます」

「こちらこそ」

 

やくねこは、少しだけ嬉しそうに笑った。

最初は小型の農園だと思っていた。

それが、想像していたよりずっと広い。

けれど、こうして体を動かしていると、不思議と気分が軽くなる。

はくねこさんもいる。

仕事もある。

自分を必要としてくれる人もいる。

少なくとも今は、それでいい。

 

「じゃあ、次どこ刈ればいいっすか?」

「その先をお願い」

「了解っす」

 

やくねこは、再び畑の中へ入っていった。

その背中を、はくねこはしばらく眺めていた。

 

「……いい子だなぁ」

 

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。

そして、視線を畑へ戻す。

 

「さて」

 

煙草を携帯灰皿に押し付ける。

 

「こっちも、もう少し頑張らないとね」

 

はくねこは、静かに作業へ戻った。

 




ヒント 麦角菌 リゼルグ酸

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