模擬レースが終わり、その場は解散となった。参加したディープインパクトやシックスセンス、観戦していたダイワスカーレットたちは各部屋へと帰り、ユキは病院へと運ばれる。
現在、チーム"エレメント"の部屋に残っているのはアグネスタキオンと『ウマ人』となったソウジ、死んだ目のサンデーサイレンス、意識の無いスティルインラブとそれを抱えるネオユニヴァース、ついでにアグネスフライト、そしてそれらの全てを見守るシンボリルドルフの7人。
「ではソウジ…今の君の身体の状態について詳しく話してくれたまえ。」
「そうだな…スティルインラブの"内なる紅"は今、俺の中にいる。」
「表には出てこないようだが…」
「何というか怯えている感じだな。体内の隅…でいいのか?そこから動く気配が無い。」
「つまりスティルが起きないのはそこに"内なる紅"がいるからだね☆…どどどどどーすんの♪どーすんの★」
「私が引っこ抜いてみるわ!ソウジさん、よろしいでしょうか?」
「…気は進まないが頼む。」
「スルーされちゃった…☆」
ここでアグネスフライトが"内なる紅"を視認するスコープを右手に持ち、ソウジへと左手を伸ばし肩に触れる。そのまま離すもまた肩へと触れ、再び離しては首をかしげた。
「…どうやらスティルちゃんは触れないみたいね。」
「俺が取り憑いてやろうか?」
「ユーニヴァース☆良いこと思いついたよ★フライトさん、耳かして☆」
「はい、どうぞ。」すぽっ
「………ぎゃー!?フライトさんの耳が物理的に取れちゃった!?」
「なんちゃって…例のカチューシャよ。」
「もう☆ふざけないで★」
「ごめんごめん…それで、何?」
「えーとね…」
今度こそネオユニヴァースはアグネスフライトへと内容を伝える。内容は不明だが…2人は不気味に口角を上げた。
「サンデーサイレンスさん、意識の無いスティルちゃんに取り憑いてもらってもいいですか?」
「…先に俺も作戦の内容を聞いていいか?」
「いいから早く憑け。」
「ひぃ!?わ、分かった…!」
サンデーサイレンスは質問をするもアグネスフライトのドスの効いた返答に縮こみ、そのままスティルインラブの身体へと取り憑いた。
『憑いたが…どうするつもりだ?』
「デサイレンさん…スティルってどうなってるの☆」
『あー、ソウジと似たような状況だな。引きこもってて何言っても反応が無い。』
「とりあえずスティルちゃんを掴んでもらえます?」
『お前さ、出来るか分からねえこと気軽に言わないでくれる?…やってみるけどさ。』
『言われた通り掴んだぞ…コイツ、抵抗すらしねぇ。』
「ではそのままで…」ずっ
「…は?フライト、お前何を……うっ!」ガクッ
「キャッチ☆」ぱしっ
アグネスフライトが
「ソウジさん!いきます!」
「何が!?」
「えいっ!」ばちんっ
「ごっ…!?」
そしてアグネスフライトは握った拳をソウジの腹へと叩きつける。ソウジは腹を押さえつつも何か立った状態を保った。
「お姉ちゃん…ソウジに何をしたんだい?」
「何ってサンデーサイレンスさんとスティルちゃんの霊体を押し込んだだけよ。」
「奇々怪々…アグネスフライト、君は本当に滅茶苦茶だね。」
「私以上にソウジさんも滅茶苦茶ですけどね。さーて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「きっと元のスティルが出てくるよ☆」
アグネスタキオンは2つのスコープを手に取るとソウジに向けた。
───
「あれ?ここは…?」
「スティルインラブ。」
「ソウジトレーナー…ですよね?先ほどの『ウマ人』とは違うようですけど…」
「俺で合ってるよ。」
暗い空間にてスティルインラブは目が覚める。辺りを見渡すとソウジの姿が目に入る。
「それでその…ここは一体どこでしょうか?」
「…どう言ったら良いんだろな。スティルインラブ、お前が最後に覚えていることは何だ?」
「何って私と貴方とディープインパクトさんとの3人で模擬レースをしまして…!そ、その、後に…入院してるはずのトレーナーさんがいて…血を…吐いて…わ、私は…私は…!?」
「興奮したんだね?」
「──っ!?」
図星だった。しかし、スティルインラブは否定する。
「ち、違います!そんなこと少しも…」
「だってさ…"内なる紅"?実際はどうなんだ?」
『…』
「なっ…!?」
すぐ近くには体育座りをしている"内なる紅"もいて、スティルインラブに一瞥を投げると元の体勢へと戻る。
「何で"
「俺の中…かな?サンデーサイレンスも来たからとりあえず表に出してる。」
「…えーと、すみません。本当にどういうことでしょうか?」
「ここからは俺の推測になるのだが…」
ソウジはスティルインラブに現状を話す。今なっている『合成因子』の組み合わせ。豹変したユキ。その後、
「…つまり、私のトレーナーさんにキスをしたと。」
「あのなぁ…緊急事態だからな?それにユキとは過去にXXXシたくらいだしキスくらい気にしないっての!」
「……はぁ!?」
「俺の方が年上だけど…トレーナーとしては後輩だったの。だからかチヒロトレーナーのサブトレーナー時代は俺をあちこちに連れましてきてさ…その癖に全額俺に払わせるわ、メジロラモーヌとの出来事を延々と聞かされるわ、大変だったんだぞ?まっ、借金でアメリカのマフィア街に逃げてた時よりはマシだったけど…」
「…遺言はそれでいいですか?」
「とりあえず、"内なる紅"を連れて俺の中から帰ってくれない?」
「…そうですね。早いところこんな所から出ていきましょう…"
『…嫌よ。』
「……え?」
スティルインラブの表情が固まる。
『嫌って言ったの。聞こえなかった?』
"内なる紅"は体育座りのまま顔を上げた。その紅い瞳は真っ直ぐソウジへと向いている。
『だって綺麗なんだもの。』
「……は?」
今度はソウジが間の抜けた声を出した。
『その目よ。』
"内なる紅"は立ち上がり、ゆっくりとソウジへ近付き、その顔を覗き込んだ。
『ワタシの『因子』を取り込んだからかしら?その紅い瞳……本当に綺麗。』
「いや、知らんが。」
『知ってる。ワタシには分かるもの。』
うっとりとした表情。まるで宝石を見るような目だった。
『ワタシ自ら染めてあげたユキより…貴方の方が綺麗。もっと好き。もっと欲しい。』
「ちょっと待ちなさい!」
スティルインラブが割って入る。
「何を言っているのですか!?貴女は私でしょう!?」
『だから何?』
「だから何って……!」
『ワタシはワタシよ。』
"内なる紅"は笑う。
『好きになった人の傍にいたい。それだけ。』
「ダメです!」
スティルインラブは即座に否定した。
「早く私の中へ戻りなさい!」
『嫌。』
「戻りなさい!」
『嫌よ。』
「戻りなさい!!」
『だから嫌だって言ってるじゃない。』
"内なる紅"の声は穏やかなまま、だが一歩も譲る気配がない。
『だって無意味だもの。』
「……無意味?」
『そう。』
"内なる紅"は肩を竦める。
『ワタシが戻ったところで何が変わるの?』
「私がまた走れます!」
『本当に?』
その一言でスティルインラブが止まった。
『ワタシがいなくなってから何年負け続けたの?』
「それは……」
『何度レースに出た?』
「……」
『何度勝てなかった?』
スティルインラブからの返答は無い。"内なる紅"は静かに続ける。
『勘違いしてるのよ…ワタシがいたから強かったんじゃない。貴女自身が衰えたの。』
「……っ!」
『アスリートなんてそんなものでしょう?』
紅い瞳が細められる。
『全盛期は永遠じゃない。ワタシが戻っても、もうあの頃には戻れないわ。』
「嘘です!」
スティルインラブが叫ぶ。
「私たちはまだ走れます!」
『走れるでしょうね。』
"内なる紅"は頷く。
『でも勝てるとは限らない。』
「……」
『だから嫌。』
そう言って再びソウジを見る。
『そんなことよりもワタシはここにいたい。好きな人の傍に。ずっと。』
「やめなさい!!」
スティルインラブが"内なる紅"の肩を掴もうとする。だが"内なる紅"は振り払った。
『嫌。』
「戻ってください!」
『嫌。』
「戻って!!」
『嫌よ。』
完全な平行線。ソウジは額を押さえた。
「お前らなぁ……。」
『ソウジ♡』
「その呼び方やめろ。」
『嫌♡』
「というか俺から言わせてもらうぞ?」
ソウジは二人を交互に見る。
「そもそも今のお前、そのまま存在できる保証ないからな?」
『……?』
「ユキの取り込んでた『合成因子』の影響でこうなってるだけだ。」
自分の紅い瞳を指差す。
「タキオンが『合成因子』を回収したら終わり。」
『終わり?』
「『合成因子』の中にお前が消えるってこと。」
『……。』
「だから早くスティルインラブの所へ戻ってくれ。」
『嫌。』
「まだ言うか。」
『最後まで傍にいる。』
「いやだから消えるんだって。」
『それでも…!』
"内なる紅"は微笑む。
『最後まで見ていたい…貴方の目を♡』
ソウジは盛大なため息を吐いた。