スティルインラブの朝はゆっくりとしている。朝起きると…カーテン越しの太陽の明かりで本を読む。最近のブームは男女の恋愛小説とのこと。
「ん…?おっはよー、スティル☆」ぱちっ
「はい。おはようございます、ネオさん。」ばたんっ
しかしそれは同室のネオユニヴァースが起きるまでの僅かな時間…何を読んでいるか聞かれると恥ずかしいのでそこで終える。今日読めたのは5ページ。
「今日はね、今日はね、ファルさんとトレーニングなんだ☆ユーニヴァースだよ☆」
「ファルさん?……あぁ、イタリアから来た『ファルブラヴ』さんのことですか。フフフ…すっかり仲良くなられたようで。」
「ふふんっ☆ワタシは銀河を超えるウマ娘★世界を知ってる彼女からいっぱい学ぶんだよ☆」
「アメリカにいる『ウォーエンブレム』さんが嫉妬するかもしれないですね。」
「それならまた日本に来るかもしれないからヨシ☆早く朝ごはん食べに行こ!納豆はあるかな~?」
「納豆…ですか…」
「スティルは苦手?」
「はい…甘納豆であれば食べれるのですが…」
「いや、全くの別物だからね?」
そんなやり取りをしつつ制服へと着替え、ネオユニヴァースと共に部屋を後にする。カフェテリアにて朝食にサンドイッチを食べ教室へ…そのまま学生らしく授業を受ける。
───
放課後になると自身のチーム部屋へと行く。そこには担当トレーナーのユキと最近加入したホッコータルマエの姿があった。
「あっ!スティルちゃん来たね!」
「待ってたわよ…それじゃ、始めるわ!」
「すみません、何を始めるつもりで?」
「え?分からない。」
「トレーナーさん、流石にそれは誰にも分かりませんよ。」
「ごめんごめん。えーと、そろそろチームの名前を決めようと思うの!」
「そういえば、まだ決まっていませんでしたね…」
「とりあえず、思い付いたのをどんどん言って!」
「はい!」びしっ
早速ホッコータルマエの手が上がる。
「はい、タルマエ!」
「チーム"苫小牧"なんてどうでしょう?」
「タルマエ…貴女のためだけのチームじゃないのよ。」
「うぅ…いいと思ったのですが…そう言うトレーナーさんは何かあるんですか?」
「そうね…チーム"ムーンライト"かしら。カッコいいと思わ…」
「「却下です!」」
「えぇ…何で?」
「何か嫉妬と煽ると言いますか…」
「落ち着けない感じがしました…」
「2人ともそうなのね…じゃあ、無しで。」
「あの…私もよろしいでしょうか?」
控えめにスティルインラブが手を上げる。
「はい、スティル!」
「やはり
「重い!スティルの気持ちは嬉しいけど…私にはその名前は重いよ!」
「そんなことありませんよ!貴女はスティルちゃんで3冠取ったトレーナーです!ブリリアントってぴったりな名前だと思います!」
「タルマエまで…ほ、保留で。他には無い?」
頭を捻る3人。しばらく沈黙が続いたものの…再びホッコータルマエが手を上げる。
「はい、タルマエ!」
「チーム"とまチョップ"なんてどうでしょう?」
「苫小牧から離れなさい!」びしっ
「あうっ!」
ユキからチョップを貰うことになった。今度はスティルインラブが手を上げる。
「はい、スティル!」
「トレーナーさんの星座は山羊座でしたよね?」
「そうだけど…」
「ですのでその中の1番明るい星の名前からチーム"デネブ・アルゲディ"とかどうでしょうか?」
「んー、星の名前が付いたチームは確かに多いけど語呂がね…。デネブかアルゲディかなら丁度良かったのだけど…」
「デネブは白鳥座ですし、アルゲディですと山羊座の最も明るい星ではありませんから…」
「「「うーん…」」」
3人は再び考え込む。
「1度休憩にしませんか?」
スティルインラブの提案にユキとホッコータルマエが頷いた。
「そうね。少し頭を冷やしましょうか。」
するとホッコータルマエが勢いよく立ち上がった。
「あっ!だったらおやつ持ってきてます!」
ごそごそと鞄を漁り、取り出したのはロールケーキのような菓子だった。
「苫小牧の銘菓『よいとまけ』です!これ、私とコラボしたパッケージなんですよ!」
「本当だ可愛い…けど、また苫小牧なのね…」
「良いじゃないですかぁ!」
「飲み物の用意をしますね。」
ホッコータルマエは手際よく小皿へとよいとまけを切り分け、スティルインラブは紅茶を淹れる。その間にユキがテーブルを布巾で拭いて…楽しいおやつタイムが始まった。
「ふふふ…とっても美味しいです。」
「でしょでしょ!」
「フォークもありがとうございます。」
「でないとスティルちゃん、またベタベタしながら素手で食べるでしょ?はしたないはしたないって言いながら指を舐めるのは…うん。あんまり良くないし。」
「そうですね…んー、この甘さが本当に良いです。」
「…相変わらずスティルちゃんっていい笑顔…参考にしないと。」
「……。」
お菓子を口に運びながらユキは二人を見る。真面目に感想を言うスティルインラブ、嬉しそうに笑うホッコータルマエ。そんな二人を見ていると自然と頬が緩んだ。
「どうかしましたか?トレーナーさん?」
「え?」
「笑ってますよ。」
そう言われて初めて気付く。
「あぁ……何だか幸せだなって。」
『私のユキは"幸せ"から来てるから別物よ。』
『なら、チーム名もそこから取るのもありだよな。』
すると、この前のソウジの言葉がふと頭をよぎった。
「幸せ…か。」
「?」
「トレーナーさん?」
「ねぇ2人とも。」
ユキは立ち上がった。
「決めたわ。」
「もしかしてチーム名ですか?」
「えぇ。」
そして笑顔で宣言する。
「チーム"ハピネス"よ!」
そのまま申請書へと書き込むユキ。するとホッコータルマエは拍手をするもスティルインラブは少し悩んだ顔になる。
「わぁ、素敵です!スティルちゃんもそう思うよね?」
「えぇ。しかし、私としてはもっとトレーナーさんの要素を加えても良いと思うのです。」
「私の要素?」
「"ハピネス"はそのままにするとして…"スノーハピネス"とかいかがでしょうか?」
「いや、私のユキってその『雪』じゃないからね!?」
「えぇ!?じゃあ、『苫小牧行き』とかの『行き』ですか?」
「違う違う!『幸せ』でユキよ!だからまんま私の名前なの…もう!言わせないの。恥ずかしいじゃない。」
こうしてユキのチーム名は"ハピネス"へと決まったのだった。
───
「本日はよろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそ…」
数日後、場所はトレーニングコース。ユキの率いる"ハピネス"はソウジの率いる"エレメント"、コハルが担当するハルウララとの合同トレーニングが行われようとしていた。各自の担当ウマ娘たちが1列に並んでいる所にソウジが説明を始める。
「今日の内容だが別のトレーナーの指導を経験することが目的だ。今から俺、ユキ、コハルの3チームに分ける…各トレーナーの指示をちゃんと聞くこと。」
『了解です!』
ソウジが担当するのはハルウララ、ホッコータルマエ、グランデッツァの3人。ユキが担当するのはダイワスカーレット、ディープスカイの2人。コハルが担当するのはスティルインラブ、キャプテントゥーレの2人。各自のトレーニングコースへと移動した。
「3冠ウマ娘と一緒にトレーニング出来るとは…よろしくお願いしますねスティルさん。」
「キャプトゥさん…こちらこそよろしくお願いします。」
「互いの挨拶も済んだみたいだし、早速トレーニング内容を説明するわ。私が重視しているのは時間の感覚…よって、こちらから指定したタイムで狂いなく走れるようになってもらうわ。アナタたちの適性距離は中距離で良かったわね?」
「はい、その通りですね。」
「私もです。」
「じゃあ、まずは何も考えずに2000mを1回走ってもらうわね。それ以降は私が一定のポイントごとに『速い』か『遅い』かをメガホンで伝えるわ。」
「「よろしくお願いします!」」
そして、スティルインラブのトレーニングが始まった。
………
「はい、お疲れ様!時間を意識した走りはどうだった?」
「はぁはぁ…!頭と身体…両方疲れた気がします…」
「ウララさんはこれでJBCスプリントを勝利したのですね。」
「そうそう。じゃあ、2人ともクールダウンを…ってスティルインラブは余裕そうね。」
「そんなことありませんよ。ただ…少しズルをしました。」
「ズル?」
「あら?タルマエさんたちが模擬レースをするみたいですよ…あぁ、美味しそう。』
「…これってもしかして"内なる紅"でしょうか?」
「話には聞いてたけど、身体が急にゾワッてしたわね。…あれ?スティルインラブ!どこに行く気!?」
コハルのトレーニングが終わったスティルインラブとキャプテントゥーレ。そんな中、隣のダートコースを走るホッコータルマエたちの姿が見えた。その光景にスティルインラブの様子が豹変し…そのままダートコースへと向かっていった。
───
「では最後に模擬レースをする…ホッコータルマエ。お前は2番手を最終コーナーまで維持し続けろ。もしそれよりも前にハルウララに抜かれても焦らないように…フォームとか意識とかそのまま全部が崩れるから。」
「はい!」
「ハルウララ…今回は時間を意識せず、70%くらいの力でホッコータルマエの後ろを走ってくれ。」
「分かりましたー!」
「グランデッツァは模擬レースの撮影を頼む。」
「…担当であるわたしを入れたのはこのため?」
「お前の本格化の傾向はまだ見られないからな…速い内にダート適性を確認しておきたかった。今からタキオンの研究成果を見せてやるからあんまり拗ねないでくれ。」
「…別に。」
ソウジは各ウマ娘に指示を出し、自分はケースから『合成因子』を取り出してそれを飲んで栗毛の『ウマ人』へと姿を変えた。
「…特撮の変身みたいで何回見ても慣れないな。…何か目が紅いし。」
「ソウジトレーナー!ソウジトレーナー!これってタキオンちゃんの『因子』を使ってるの?」
「あぁ、名前は『キンコロイド』。タキオンとスティルインラブの…『素敵な目♡』おわっ!?」
「スティルちゃん!?」
その変化に引きつった顔になるホッコータルマエと笑顔で迎えるハルウララ。ソウジが『合成因子』について説明しようとすると
『ソウジ♡
「スティルインラブ…いや、内なる紅か。お前はコハルとのトレーニングだった筈だろ?」
「もしかしてスティルちゃんも一緒に走りたいの?でも…ダートコースだよ?」
『構わないわ…だって、美味しいゴチソウを前に我慢できないの。』
「スティルちゃん、ダメだって!後でトレーナーさんに怒られるよ!」
「安心しろホッコータルマエ…今もう俺が怒ってる。」
「すみません!すみません!本当にすみません!私がすぐに連れていきますので…」
慌ててソウジに頭を下げるホッコータルマエ。スティルインラブの手を握って連れていこうとするもソウジが待ったをかける。
「いいよ…お前の参加を認める。ただし…内なる紅ではなく、スティルインラブとしてな。」
『あら?どうして?』
「この模擬レースは本能を剥き出しに走るためじゃないからだ。今すぐに本能を抑えてみろ。10秒以内に出来たなら参加を認め…」
『…しょうがないわね。今日は理性ある方に譲るわ………はっ!
「それでダートコースだけど参加する?」
「し、しないです!失礼しました!」
スティルインラブは逃げるようにその場を去り…コハルとキャプテントゥーレの所へと戻った。その後、コハルから一声注意は受けたもののトレーニングが再開され…その日の合同練習は無事に終わったのだった。なお、スティルインラブの言っていたズルとは内なる紅にタイムを測ってもらい、自分は走りに集中していたのだという。
───
夜になり、栗東寮へと帰ったスティルインラブ。ネオユニヴァースはまだ帰っておらず…自己嫌悪へとふける。
「はぁ…またはしたないことを…」
内なる紅を取り戻したスティルインラブだったが…完全な制御が出来たわけではない。気持ちが高ぶった時や、ソウジが自身の『因子』を含んだ『ウマ人』になる時に出てきてしまうのだ。
幸運だったのは内なる紅の興味対象がユキからソウジへと移ったことである。故に…ユキがもう狂気の侵食を受けることはないのだが、スティルインラブの悩みが尽きることはない。
「起きてしまったことはしかたありません。とりあえず、理性的になるために読書を…」
そう言いながら朝読んでいた本へと手を伸ばし、その中身へと目を向ける。残り僅か数ページ。内容はひょんなことからトレーナーとなった主人公が「運命の出会い」を探るというもの。
多くの担当ウマ娘が出来、7度のG1勝利があった。そんな中、初めてG1であるエリザベス女王杯へと出走するウマ娘を担当することとなり…といった展開だ。
「…ふふっ、やはりそうなりましたか。勝利を手繰り寄せた…ピッタリな表現です。」
初めて出走したG1レースを勝利。そんなハッピーエンドな展開にスティルインラブの頬が緩む。
『アナタが勝てなかったレースね…羨ましい?』
「うるさいです。」
内なる紅と会話をしつつ、スティルインラブは本を閉じた。
「分かったことがあります。」
『分かったこと?』
「運命の出会いをした彼ですが…それでゴールじゃありません。」
『ん?何が言いたいのかしら?』
スティルインラブは小さく笑い、閉じた本を胸に抱いて席を立つ。窓の外には夜空。本の内容を思い出つつ、主人公へと向けた言葉がこぼれた。
「彼の物語はこれからも続きます…私はコチラの世界でそれを感じ続けることになるでしょう。また、25000を超えたレース経験は今後の勝利を繋がっていくことでしょう。」
『…本当に何の話?』
「
スティルインラブの脳裏に浮かんだの担当トレーナーのユキの顔だった。厳しくて、優しくて、時々抜けていて、自分を三冠へ導いてくれた人。そして今も隣を歩き続けてくれている人。
「だから──」
スティルインラブは静かに目を閉じる。
「アナタじゃなきゃダメみたいです。」
完結です…ここまでありがとうございました。