翔べない鷺に告白した 作:赫牛
それは、俗っぽく言えば一目惚れと言うものだったのだろう。
4月。まだやりたい事も決めていない、入学から少し経った日。中学校の時から仲の良かった先輩に誘われて、何となく行ってみた陸上部の体験。
「跳んでみても、良いですか?」
その一言で、密かに集まっていた彼女への注目は明確なものとなった。
皆の視線を浴びながら、息を整え位置についた彼女は躊躇い無く走り出す。とーん、とーんと、弾む様に駆ける彼女の目は前だけを真っ直ぐに見ていた。それが一際鋭くなった瞬間、ぐっと地面を踏みしめて、そして彼女は空に跳ぶ。
彼女は飛んでいた。そんな訳無いのに、彼女の周りに羽根が舞った様な、そんな夢を見た。
少し高めに設置されたバーを揺らす事無く越えた彼女は、特に喜ぶでもなく涼しい顔をしていて。そんな彼女がとても格好良く見えて。
だから私は、陸上部に入るのをやめた。
「
「この前って確か2位だったよね?まだ一年生なのに」
「うちらと同じって思えないよー」
半年も経つと、教室の騒めきに混じった白鷺さんの噂を良く聞くようになった。
規模に関わらず出場した大会では絶対に賞状を貰って帰ってくるとか、まだ一年生なのに凄いだとか、将来はオリンピックに出るのかもとか。
皆が彼女を褒め称えて、持ち上げて、期待して。彼女は学校の中でも有名人だった。
私が手を伸ばしても、どんなに欲しくても届かない、正に雲の上の存在。
「そう言えばまた告られたんだってさー」
「凄いよねー。今月で……3人目だっけ?」
「男子も懲りないよねー」
この半年で白鷺さんに言い寄る男子は後を絶たず、しかしその全てがばっさりと切り捨てられていた。全員が部活に専念したいと言う理由で断られたらしい。こう言うのが続くと女子達からもあまり良い顔はされなくなりそうだが、白鷺さん程凄い人なら仕方ないかと皆諦めの境地に達したみたいでそう言ったトラブルの類は耳にしなかった。
やっぱり、あの時生まれてしまった感情を抑える選択をしたのは正解だった。もし少しでも彼女の近くにいたいと、興味も無い陸上部に入っていたらきっと惨めだっただろう。
私のちっぽけな願いは、願いのままで良いのだ。
だけど願いは私の中で燻ったまま、新しい年を迎える。
気付けば高校生活の三分の一がもうすぐ過ぎ去ろうとしている。だけど私はどんな大学に行きたいかも、どんな仕事に就きたいかも、将来何をしたいのかも、何も決まっていなかった。
だから神社にお参りに行っていざ願い事を言うとなると、とても困った。特に彩の無い平々凡々な高校生活の安泰を願うのも少し大人び過ぎているし、だからと言って急に楽しみを見出せる程外に興味がある訳でもない。連れ出してくれる恋人でも出来たら変わるのかもしれないが、私には好きな人がいる訳で……。
そこまで考えて一つ閃いた。今の私では到底叶いそうにない、神様に頼るしかない様な事だった。
私の番が来る。賽銭箱にお金を入れて、二礼二拍手一礼。そして神様に届くよう、頭を下げる。
どうか一度くらい、クラスが変わる前に白鷺さんとお話できますように。
有名人に会いたいと言う様なそんな感覚で、私は神様に願い事をした。
それから三週間くらい経った、月曜日。
白鷺さんが松葉杖をついて登校してきた。右足がギプスに覆われて、痛々しかった。
朝のホームルームで、陽が落ちるのが早いから帰る時は事故に気を付けるようにと担任が注意喚起した。白鷺さんに何があったのかは明白だった。
休み時間になった途端、白鷺さんの周りに人が群がった。大丈夫かとか、荷物持とうかとか、次の大会までに治りそうかとか。色んな声がかけられて、白鷺さんは少し困った様子だった。
私はそれを遠くの席からぼんやりと眺めていた。
その日は午後から雪が降った。
日直だった私は少し教室に残って日誌を書き、職員室に行こうとして教室を出た。そうしたら、声が聞こえた。それがどう考えてもすすり泣く声で、気になった私は音がする方、廊下の突き当りの階段へ続くドアを開けた。声は少し下から聞こえた。
一つ、階段を降りてみる。一段降りる毎に声は近くなって、そして見つけた彼女は驚くくらい近くにいた。
踊り場から一段下に、白鷺さんは座っていた。包帯が巻かれた足を伸ばして、その上に手を添えて、静かに泣いていた。風に乗って降り込んだ雪の粒が白鷺さんの髪に付いていた。
あの白鷺さんが泣いている。誰もが憧れる、美人で、勉強もスポーツもできて、そんな雲の上の人が、私の足元で泣いていた。翼を失った鳥の様に震えていた。
その時の白鷺さんは見た事無いくらい弱々しくて。
今なら届きそうな気がした。
「あの……」
だから、声をかけてみる事にした。
「白鷺さん、ですよね?」
びくりと肩を震わせた白鷺さんが振り返る。泣き腫らしたそのままの目が、私を映していた。
今しかないと思った。
「その……私と、付き合ってください」