問題児? いいえ、神殺しです。   作:怜哉

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第1話 『まな板の上の兎』

 

 

「────嗚呼、退屈だ」

 

 

 

 地平線に沈む太陽が世界を紅く燃やし、細長く伸びる影の先に夜が覗く黄昏時。

 紅く染まり、昏く馴染む巨岩の上に、その青年は大きく寝そべっていた。

 

 

 

「退屈で退屈で、気が狂いそうだ」

 

 

 

 ぼんやりと昼と夜の狭間にある宙を眺め、ふぅと一つ、息を吐く。

 漏れた吐息は風に乗り、その風が別の匂いを青年に届けた。

 鼻につく、人によっては酷く不快な、けれど青年にとっては日常に溢れた、死の匂い(・ ・ ・ ・)

 

 

 

「いや、いっそ狂っちまった方が楽しいか? 楽しいかも」

 

 

 

 周囲に拡がる無数の肉塊。紅く、朱く。太陽と共に巨岩を彩る朱色。

 自分以外に生きるモノがいない孤独の中、青年は届くはずもない宙に手を伸ばす。

 もう、この星に彼を楽しませるモノは遺っていない。彼の興味を引くのは、未だ手が届かないあの宙の先。

 

 

 

 まだこの星で彼を楽しませることが出来るモノもあるだろう。未来、彼の心が踊るような出来事が起こらないという確証は無い。だが、このままここにいても今以上に楽しめるモノは現れないと、彼は確信している。

 彼はたった今、その《極上の楽しみ》を終わらせたところだった。

 

 過去最高と言っても良いほどの、血湧き肉躍る祭り。

 故に、その祭りが終わってしまったことで、彼の心は一気に乾いた。何時ぶりになるのかも忘れてしまった全力を出し切り、限界のその先にまで上り詰め、心ゆくまで愉しみ、そして全てが終わって「ああ、こんなものか」と今までの至高が至高で無くなっていく感覚に沈んでいた。

 欲望とは尽きないもので、一度至高の味を身に刻むと、それ以上のモノを求め始める。至高の上など、そうそうあるものではないというのに。

 

 

 宙に伸ばした掌で、空を掴む。

 宙の果てに想いを馳せ、あの未知の星々に挑みに行こうかと正気を捨て始めた頃。

 

 

「.........あ?」

 

 

 見つめていた宙の先から、何かがフワリフワリと落ちてくる。

 よく見れば、それは一通の白封筒。風に煽られているかのような軌道を描きながらも、風の流れに逆らい、迷うことなく青年の元へと辿り着く。

 

「どこのどいつだ、こんなシャレた連絡の寄越し方しやがって」

 

 上半身だけ起こし、風から奪う様にその封筒を手に取った。

 差出人は不明。赤いロウで封がされたソレを、青年は迷うことなく開封する。

 

 ほのかな予感に誘われて、ほんの少しの期待を胸に、中の手紙を取り出して──────

 

 

 

「────.........ヒッ」

 

 

 暫く手紙を眺めていた青年が、声を漏らす。

 瞬間、不自然な突風が吹き荒れ、散らばっていた肉片が空に舞った。数分前よりも随分と趨勢を占めた夜に、肉と血が朱を添える。

 

 

「ヒャッッハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

 その中心で立ち上がった青年は、吠えるように嗤い出す。

 

「─────いいぜ、ノってやるよ。退屈だけはさせてくれんなよ?」

 

 獰猛に嗤う青年の姿は、もうこの星の上にはない。

 嵐の夜、一人の《王》は旅立った。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 黒ウサギは困惑していた。

 

 外の世界より呼び出した、人類最高峰の“恩恵(ギフト)”を持つ三────否、四人の救世主達。彼らを如何にして自陣たる《ノーネーム》に引き入れるか。

 そんなことを考えながら召喚された四人を観察し、そして酷く困惑していた。

 

 何故か? 簡単である。

 四人共に、人類最高峰の名に恥じぬ問題児────否、狂人だったからだ。

 

「兎肉はさっぱりしてて美味いんだ。とりあえず塩でいいか?」

「塩も捨てがたいんだが、俺はタレで食う派だな」

「ただ焼いて食べるだなんて、やっぱり野蛮ね、貴方たち。シチューがいいんじゃない?」

「......七味」

 

 

「たっ、たすッ、助け.........ッ! ミギャァアアアア!!!!!」

 

 両の手足を縛られた哀れな獣の悲鳴が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「───信じられないわ」

 

 びしょ濡れの少女が、怒りに震えながら呟く。

 今しがた湖から上がってきた青年は、そんな少女を横目に上着を脱いで絞り、水気を切った。

 周りを見れば、同じようにずぶ濡れになっている者が二人と一匹見て取れた。上空4000Mからの紐なしバンジーを共にした仲だ。

 

 さて、と乾いた上着を着て周囲に目を向ける。

 自分達が落ちた湖の周りには、森が広がっていた。気配を探れば野生動物らしき反応が複数と、こちらを見ている気配が1つ。僅かながらに神秘を纏ったモノも感知できる。

 

「確認だが、お前らにもあの妙な手紙が?」

 

 金髪の学ランを羽織った少年の言葉で、青年は周囲の確認から会話へと意識をシフトさせる。

 

「ああ。それを聞くってこたぁ、お前が俺を喚んだってワケじゃねぇのか」

「お前と同じように自由落下をキメたんだぜ? そんなワケないだろ」

「だよな。知ってた」

「なら聞くなよ」

 

「私も手紙に喚ばれたクチだけれど...その前に。その『お前』って呼び方はやめて。私は久遠飛鳥よ。以後気を付けて」

 

 青年に続き、少女───久遠飛鳥が少年に噛み付く。睨まれた少年は「ヤハハ」と軽く笑い、残った一人と一匹に視線を移す。

 

「そこの猫を抱き抱えてるお前は?」

「...春日部耀。以下同文」

 

 感情を隠さない飛鳥とは真逆の、起伏のない返答。もう会話には興味が無いのか、誰とも目を合わさずに共に落ちてきた三毛猫を撫でている。

 

「よろしくね、春日部さん。それじゃあ、次は貴方」

 

 少年に変わって主導権を握ろうとしているのか、飛鳥が青年に向けて自己紹介を促す。青年は一度考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「ローリー・コリンズだ。ローリーでいい」

「ローリー? 外国の方...で合っているわよね?」

 

 まじまじと不躾に見てくる飛鳥へ、ローリーは笑って返す。

 

「ああ。出身はオーストラリアだ。珍しいか?」

「そうね。頻繁に目にすることは無かったわ。日本語が上手なのね」

「まぁな」

 

 自分の番は終わりだとでも言うように、ローリーは少年を一瞥した。それを察したのか、飛鳥も少年へと目を向ける。

 

「それじゃあ最後、野蛮で凶悪そうな貴方は?」

 

 やけに挑発的な飛鳥の言葉を受け、少年は不機嫌になるどころか愉しそうに口角を上げている。

 

「素敵な前振りをありがとよ。見たまんま、野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義、と三拍子揃ったダメ人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれよ?」

「そう。取扱説明書でも用意してくれたら考えるわ、十六夜くん」

「ハハッ、マジかよ。今度作ってやるさ」

 

 

 火花を散らす飛鳥と十六夜を微笑ましげに見るローリーと、我関せずを貫き猫に話しかける耀。

 

 

 友好的等とは程遠い彼らを物陰から見ていた黒ウサギが「うわぁ...」と思わず声を漏らし頭を抱えた。

 

「(どなた様も問題児の匂いがプンプンしますね...これ、本当に我がコミュニティに勧誘できるのです?)」

 

 できるだけインパクトを残す登場を! ファーストコンタクトで勝負です!

 そう意気込み、物陰に隠れて自らが招き入れた客人達を待ち構えていた黒ウサギは、出るタイミングを失い、そして彼らの言動にどうしようもない不安を抱え、物陰から身動きが取れずにいた。

 が、しかし。このまま黙って見ていても仕方がない。耳を傾ければ、彼らは自分達を喚び出した犯人がいないことを不思議がる......否、不満がる声を上げている。

 

「このままずっとここに隠れて場は好転しないのですよ...!」

 

 自身を奮い立たせるように決意を小さく言葉に出し、なるべくフレンドリーに、敵対意思を持たれないような登場を心掛け────

 

 

「そうだな。よく分かってんじゃねぇか、兎人間。けどタイムオーバーだ」

 

「..................ミ?」

 

 

 ─────いつの間にか隣に座っていたローリーに、これまたいつの間にか縄で拘束され、荷物のように物陰から引きずり出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、焚き火を用意した彼らに取り囲まれ、本気で命の危機を感じた黒ウサギは生まれて初めて、心の底からの命乞いを行った。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「あ、あんまりなのですよ...!」

 

 瞳に涙を浮かべた黒ウサギが、自身の肩を抱いて膝から崩れ落ちる様を見て、問題児達は笑う。

 

「ヤッハハ! 隠れてたお前が悪い」

「そうね。その意見には賛同するわ。喚び出しておいて姿も見せないだなんて、非常識にも程があるもの。食べる云々は冗談だとしても、こちらが怒るのは必然じゃなくて?」

「? なんだ、冗談だったのか。シチューの用意もできたんだが」

「.........冗談でしょう?」

 

 キョトンと小首を傾げるローリーに、飛鳥は「信じられない」といった目を向け、黒ウサギは全力で距離を取る。

 

「いや、ここに来る前にちと運動しててな。飯も食い損ねて腹ァ減ってんだ」

「どれだけお腹が空いていても、さすがに人間の姿をした生物を食べるだなんて発想にはならないわよ」

「人間は残酷なんだぜ? 極限状態になった人間は獣とそう変わらねぇ。よく覚えとけよ、お嬢ちゃん」

「ちょっと食事を抜いた程度で人間は極限状態にはならないわ」

「そうかな? そうかも」

 

 ちぇ〜、と残念そうに黒ウサギを見つめるローリーからそっと一歩距離を取った飛鳥は、気を取り直すように咳払いをしてから黒ウサギへと目を向けた。

 

「それで確認なのだけれど、貴女が私達を喚んだ張本人、で合っているのよね?」

「い、YES...そうなのでございますよ」

 

 今にも逃げ出しそうな恐怖と困惑に歪んだ顔の黒ウサギは、ローリーから視線を外さず飛鳥の問いかけに答える。

 当のローリーはというと、「魚とかさっき見かけたな」と湖の方を見ていた。

 ローリーの食欲、もとい注意が自分から逸れたことを確認し、ホッと胸を撫で下ろしつつ立ち上がる。

 

「それでは......コホン。ようこそ“箱庭の世界”へ! 我々は皆様のようにギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと、この箱庭に召喚いたしました!」

 

 三日前から夜な夜な考えていた予習文をなぞり、当初の予定通り元気良く、困惑を押し殺して宣言する。

 

「既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその“恩恵”を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ」

 

 黒ウサギの回答を受け、食欲に囚われた約一名を除き、三人の反応は疑問と興味に統一された。

 

「まず、初歩的な質問をいいかしら」

 

 黒ウサギの言葉が続かないことを確認し、飛鳥が再度質問する。

 

「貴女の言う“我々”とは、貴女を含めた誰かなの?」

「YES! 異世界から召喚されたギフト保持者は、この箱庭で生活するにあたって、数多とあるいずれかの“コミュニティ”に必ず属していただきます」

「嫌だね」

「属していただきます! そして『ギフトゲーム』の勝者は、ゲームの“主催者ホスト”が提示した商品を手に入れることができる、というシンプルな構造になっています」

「はい。主催者って?」

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が“試練”と称したギフトゲームを主催している場合や、コミュニティが力の誇示のために展開しているギフトゲームなどもあります」

「なるほどな。それで、チップは? 自分の“恩恵”ってのを賭けなきゃいけないのか?」

「それもまた様々です。ギフトを賭けたゲームももちろんございます。しかし、全てのゲームで己の才能をチップにしようという者はそう多くはありません。極めて少数と言えるでしょう。そこで一般的には、金品、土地、利権、名誉、そして人間などを賭けるのデスよ」

「へぇ、人間も。つまり何だ。そのギフトゲームってのは、この世界の法そのものだと思っていいのか?」

「基本的にはそのような捉え方で問題はないかと。ギフトゲームとは別にキチンとした法律も敷かれていますが、ギフトゲームでカタをつけた方が早いは早いですかね」

 

 異世界からの召喚という超現実的な体験を乗り越えてなお、三人の顔には困惑の色が無い。なんとも頼もしいことだと、黒ウサギは心から感心する。

 

「さて、皆さんを召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それらをすべてを語るには少々お時間がかかるでしょう。ここから先は我らのコミュニティでお話しさせていただきたいのですが.....その、ローリーさんは聞いていらっしゃいます?」

 

 魚も悪くないがここは森、肉の気分だしそっちが良いな。などとブツブツ呟いていたローリーに、恐る恐る問いかける。

 黒ウサギの言葉でようやく注意が話に向いたローリーは、「ああ」と相槌を打った。

 

「OKOK、話だけは聞いてやるよ。ところでお前のその、なんていったか。コミュニティ? ってとこには、飯はあるのか?」

 

 まだ食べ物の話をするのかと呆れる一同だが、反応を示したところで意味は無いし時間の無駄だと無視を決め込む。

 

「ございます。ですが、外食の方がより美味しいものが召し上がれるかと。飲食業が盛んなコミュニティも多いので」

「外食? なんだ、ほかのコミュニティの中に入れるのか? コミュニティっつー国が複数存在して、日夜戦争が勃発してる群雄割拠の面白ゲーム板だと思ってたんだが」

 

 意外そうに聞くローリーに、確かに少し説明が足りなかったかと返答する。

 

「コミュニティが国である、という認識は凡そ間違ってはいません。ですが、全コミュニティ同士が対立している、というわけではないのです。戦闘に特化したコミュニティもあれば、飲食業やレジャーなどの商業方面に特化したコミュニティなど、コミュニティの色は様々でございます。様々なコミュニティが時に助け合い、時に争う。そのような世界がこの“箱庭”なのでございますよ」

 

 そういうもんなのか、と納得したローリーは、異世界という未知の美食に心を踊らせる。

 

「そうと決まればさっさと行くぞ。このままじゃ我慢できずに黒ウサギを食っちまう」

「さぁ行きましょうすぐに行きましょうとにかく行きましょう皆様お早く!!!」

 

「待てよ、黒ウサギ。行く前に一つ、俺の質問に答えろ」

 

 冗談でもなんでもない、アレは本気の目だ。

 そう確信した黒ウサギは絶対に食べられるわけにはいかないと焦るが、それに待ったをかけたのは十六夜だ。

 十六夜の顔から、先ほどまでの軽薄そうな笑顔がなくなっていることに気づいた黒ウサギは、構えるようにして聞き返す。

 

「.....どういった質問です? ルールですか? ゲームそのものですか?」

「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ。ここでオマエに向かってルールを問いただした所で何が変わるでもねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのはたった一つ」

 

 

 

「この世界は、面白いか?」

 

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 

 

「───────あら?」

 

 白い、白い。どこまでも白い。神聖で、神聖以外には何も無い空間で、少女が呟く。

 

「あら、あらあらあらあら? ......ふふ」

 

 薄く笑い、スッと立ち上がる。

 くるくる、くるくる。踊るように回りながら、楽しそうに笑う。

 

「そう、そうなのね。貴方は行ってしまうのね、愛しい子。寂しいわ。悲しいわ。けれど、そう。きっと貴方は、こちらではないどこかの世界の方が幸せになれる(・・・・・・)のでしょう。残念だけれど、それが貴方だものね。お母さんは、笑って見送りましょう」

 

 ひとしきり廻った後、虚空を見つめて慈愛を注ぐ。

 

「行ってらっしゃい、私の愛しい子。そちらの世界でも、どうかどうか、心ゆくまで楽しんで。たまには里帰りなんかをしてくれるといいなーなんて、お母さんは期待しているね」

 

 白く、どこまでも白く、生気の一切が無い世界にて。

 少女は笑う。子供の旅路を祝福し、無事を祈って、ただ笑う。

 少女は嗤う。愛し子の中でもとびっきりに特別な我が子が自由気ままに世界を掻き回し、苦渋を舐めるであろう神々を思って、ただ嗤う。

 

 

 

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