《ノーネーム》が《ペルセウス》へのギフトゲーム挑戦権を叩き付けてから二日後。
ローリー、十六夜、飛鳥、耀、ジン、そして黒ウサギの六人は《ペルセウス》本拠地の正門前に立っていた。
白い石造りの宮殿の正門に一枚の羊皮紙が貼られており、六人でそれを見る。
そこに書いてあったのは、今回のゲーム内容。
《ノーネーム》の勝利条件は「ゲームマスターの打倒」。これだけを見ると至極単純なゲームだが、さすがにギリシャの大英雄のコミュニティ。それほど簡単な話では進まない。
「ホスト側に姿を見られたらゲームマスターへの挑戦権を失う、ねぇ」
「つまり、ルイオスを暗殺しろってことか?」
ペルセウスが怪物メデューサを討伐した際、メデューサの睡眠中に殺害したという伝説が残っている。自身の神話を模したゲーム内容になってはいるのだろう、というのがローリーと十六夜の意見だ。
「さて。お前のゲームをちゃんと見るのは初めてだなぁ、逆廻。実力はある、頭もキレる。案外楽しみにしてんだぜ?」
「あん? なんだよ、やっぱりお前は参加しないつもりなのか?」
値踏みするような視線を向けられ、十六夜はわずかながら苛立ちを覚える。それを知ってか知らずか、ローリーはケラケラと笑ってみせた。
「たりめーだ。この程度、お前らだけで勝ってみせろ。...って言いたいとこなんだけどなぁ」
ふと、ローリーの視線が耀と飛鳥に向けられる。
二人を交互に見たあと、「うっし」と呟いて、飛鳥の隣まで移動した。
「ルイオスの野郎に宣言した通り、俺は直接ルイオスとは戦わない。今回は久遠の面倒を見てやんよ」
「はぁ? なんで私なの」
「お前が一番弱いからだ」
「なっ......!」
突然の罵倒に怒りを顕にする飛鳥だが、十六夜はその意見を聞いて納得を示した。
「そうだな、それがいい」
「ちょっと、十六夜くんまで私を馬鹿にする気!?」
「そうじゃない。今回はゲームの性質が厄介だ」
「ゲームの性質?」
そこで十六夜の視線がジンに向けられる。
十六夜の言いたいことを理解したジンが、少し慌てたように口を開いた。
「は、はい。このギフトゲームでは『ホスト側に姿を見られると、ゲームマスターへの挑戦権を失う』というルールがあります。であれば、誰かが囮になって敵を引きつける戦法を取るべきでしょう」
「それが私の役目、ということ?」
「はい。耀さんも機動力があり囮に向いているのですが、索敵という強力な武器もあります。敵の目を掻い潜り、ルイオスの下にまで辿り着くのに、耀さんの索敵能力は必要です」
このような場面に慣れていないのか、少し上擦った声のジンに続いて十六夜が口を開く。
「奴らは“ハデスの兜”を持ってる。不可視になる恩恵だ。俺ですら一人じゃ見つからない保証はない」
「......そう。適材適所、というわけね」
「悪いなお嬢様。譲ってやりたい気持ちはあるが、今回は勝たなきゃ意味が無い。ルイオスの相手は俺がするべきだ」
不満は消えないが、こう言われては飛鳥もわがままは言えない。静かに納得し、その上で忌々しげに隣のローリーを見る。
「絶対に勝つべきというのなら、ローリーくんにこの宮殿ごと吹き飛ばしてもらうのが一番だと思うのだけれどね」
「ヒャハッ、ンなことで勝ってお前らに未来があんのかよ」
「はいはい、分かったわよ。『自分にできないことは仲間に頼れ、仲間にできないことは自分が補え』、だったわね」
ため息を吐きながら、以前ガルドとのゲームの際に言われた言葉を思い出す。
敵に見つからず、ルイオスを暗殺する。そんな芸当は自分にはできないと、飛鳥自身も理解していた。
「...分かったわ、今回は美味しいところを譲ってあげる。ただし、負けたら承知しないから」
飛鳥からの激励に飄々と肩を竦めて十六夜が応える。
これで方向性は決まった。ルイオスと戦うのは十六夜。そして《ノーネーム》のリーダーであるジンも十六夜に同行する。この二人をサポートしルイオスの下に送り届ける役が耀。別働隊の囮として飛鳥、そしてローリーが動く。
しかし、黒ウサギだけがやや神妙な表情を浮かべ、不安を口にした。
「...ローリーさん。やはり、十六夜さんと一緒にルイオス様の相手をしていただくわけにはいかないのでしょうか?」
「あン?」
黒ウサギの提案に、ローリーは眉を顰めて返す。
黒ウサギの不安の種はルイオス自身...などではなく、ルイオスが所有している“恩恵”だ。
十六夜の強さは知っている。白蛇を降した十六夜の実力は本物で、ルイオス程度であれば何も心配はいらない。しかし、彼の隷属させている元魔王─────
「心配してんのはアルゴルの悪魔か?」
「YES、その通りで─────え?」
星を見上げた十六夜が、まさに黒ウサギの不安の種の名前を口にする。
「意外にも、十六夜さんってば頭脳派でございます?」
「ハッ、何を今更。まぁそこは大丈夫だろう。それに、んなことをここでゴチャゴチャ言ってたって始まらねぇ」
黒ウサギの不安は杞憂だと言い、十六夜が拳を握る。そして、三メートルはあるかという巨大な門に拳を叩きつけた。
轟音と共に、豪奢な門が粉々に弾け飛ぶ。
「さぁ、ゲーム開始だ!」
特大のゴングと共に幕が上がった。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「《ノーネーム》が現れたぞ!!!」
宮殿内を兵士の声が駈ける。その声は、玉座に座るルイオスの耳にも届いていた。
「来たか...いいかお前ら! まずはあのローリーとかいう奴だ! 全員総出で叩き潰せ!」
玉座の間に集まった兵士達に、今まで見せたことの無いような真剣な声音で指示を出す。
「...いや、無理に戦う必要はない。すぐに探しあて、奴の挑戦権を剥奪しろ! あいつがいなければ《ノーネーム》なんて敵じゃない!」
これまでは自身の立場に胡座をかき、傲慢に、怠惰に暮らしてきたルイオスの初めて見せる姿に、兵士達の間に僅かながら動揺が走る。
しかし、さすがは《ペルセウス》の兵士達。動揺を表に出すことはなく、指示を受けて統率の取れた動きを始める。
「東西の階段を封鎖しろ! 相手は僅か五人、冷静に対処すれば抜かれることはない!」
「違う! 他はどうでもいい、とにかくローリーだ! あいつだけは絶対に僕のところにまで来させるな!」
指揮官の司令に横槍を入れ、ルイオスが叫ぶ。
それは真剣というよりも、怯えに近い声音だった。
「僕も支度を始める。他の四人は最悪、僕が倒す。お前達は全滅してもいい。いいな? ローリーが僕の下に辿り着いた時点で敗北すると思え!」
「で、ですがルイオス様。そのローリーという者、それほどまでに警戒する必要があるのでしょうか? 所詮は《ノーネーム》、我々が負けるとは...」
「黙れ!」
部下の一人にルイオスは激昂する。
それでも疑問は拭えず、皆ルイオスを見ていた。思いは同じだ。油断はせずとも、これほどまでにたった一人を警戒する必要があるのか、と。
「お前達はアレを見ていないからそう言えるんだ。あの白夜叉とさえ正面から戦える怪物だぞ!? アルゴールでも勝てるかは分からない、全力ならまだしも封印されてる状態じゃ...一か八かの勝負になんて出てやるもんか。アイツは僕に挑む前に必ず────」
「まぁそう慌てるなよ、ルイオス」
ふと、声がした。
声はルイオスの頭上から。ルイオスの座っていた玉座の背もたれに、一人の青年が悠々と腰を下ろしていた。
「貴様、一体どこから...!」
ルイオスの側近が慌てて剣を振るうが、ふわりと跳ねて躱される。
とん、と軽い音がして、青年───ローリーはルイオスの前に立った。
「......はっ、ははっ...ははははははは!!! バカか!? こうも易々と兵士の目に留まって...お前はもう、僕への挑戦権を失くしたぞ!」
呆気に取られていたルイオスだったが、状況を飲み込み、勝ちを確信した笑いを上げる。
「あ? 別にいらねぇだろ、お前への挑戦権なんて。元々お前と戦う気なんてねぇしな」
つーかなんで俺が挑戦する側なんだよ、と不満を漏らしつつ、ローリーは改めてルイオス、そして《ペルセウス》の兵士達を見る。
「どォでもいいが、お前ら、あんまりアイツらをナメてるとすぐに負けるぞ? そりゃあ俺も望んじゃいない。そこでだ。優しい優しいこの俺が、お前らに一つアドバイスをしてやろうと思ってな」
「な、何を言い出すかと思えば...! このっ、《ノーネーム》風情がッ!!」
兵士の一人が“ハデスの兜”のレプリカを使用し、不可視のままにローリーへ槍を放つ。しかし、見えていないはずの槍はローリーに捕まれ、そのまま兵士ごと壁へと叩き着けた。
「さぁてさて、耳の穴ぁかっぽじってよォく聞けよ?」
まるで何事も無かったかのように、ローリーは軽い口調で続ける。
ローリーが失ったのはあくまでルイオスへの挑戦権。それ以外の兵士を倒すことは禁止されていない。このままではここで全滅も有り得る。そう判断したルイオスの側近は、武器を構えながらも、ローリーの話を聞く姿勢を取った。
「お前らが馬鹿にする《ノーネーム》だが、普通にやっちゃあ勝ち目はない。こっちにゃお前らの“恩恵”が通じない奴らがいる」
突然自陣の情報を語り出したローリーに不気味さを覚えつつ、兵士達は距離を取る。隙を窺い、攻撃を仕掛けようとするが、簡単に倒されるイメージが先行して動けない。
「“恩恵”なんかに頼りきって慢心すんじゃあねぇぞ。相手を格下だと侮るな。格上の相手に噛み付くように、全力で《ノーネーム》を潰しに来い」
「言われなくても、お前のせいで油断なんてできないよ!」
「ハッ。
ルイオスの返事に満足したローリーはゆっくりと歩き出し、西側の通路へ去って行った。
残ったのは静寂。ローリーがその気になればすでにルイオスは倒され、自分達が負けていたという事実。これが兵士たちの意識に冷水をかけた。
これはただのギフトゲームではない。《ペルセウス》の威厳を賭けた、絶対に負けられない戦いだ。
「......お前達、改めて気を引き締めろ。ここまでナメられて黙っていられるか。全身全霊で、あのガキ共を叩き潰せッ...!!!」
ルイオスの言葉に応じ、兵士たちが自身を鼓舞するように雄叫びを上げる。
ここからが、本当のゲーム開始となった。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「どこに行っていたの? 私の面倒を見てくださるローリー先生?」
嫌味を込めて先生などと付けながら、飛鳥が戻ってきたローリーに聞いた。ヘラヘラと笑いながらローリーが答える。
「ちょっと相手を煽りにな。これから来るぞぅ、不可視の敵がわちゃわちゃと」
「一体何をしているの、貴方は...」
呆れて見せるが、ローリーの行動は別に悪いことではない。自分達の役目は、敵に見つかることが前提の囮。であれば、できるだけこちらに多くの敵を誘き寄せ、足止めすることが大切だ。
「早速来たな。俺は基本何もしねぇから、久遠、お前一人でやれよ」
「分かってはいたけれど...腹が立つわね、貴方の態度は」
「ヒャハハッ」
ローリーの笑い声が響くと同時、複数の足音が聞こえてきた。その音はどんどんこちらに近付いてきており、飛鳥でも敵の存在を認知できる。
「せっかく見えない恩恵を持っているのに、こんなにも足音を立てて...馬鹿なのかしら」
「そうでもねぇさ。あっちはお前をただ見ただけでほぼゲームから除外できるんだからな」
「いたぞ! 《ノーネーム》の女と、さっきの男だ!!」
叫び声が部屋に木霊する。
姿は見えないが、恐らく部屋の入口付近に、少なくとも十数人。いつ攻撃されてもおかしくない状況で、飛鳥がギフトカードを構える。
「水樹を使うわ。ローリーくんは離れていて」
「俺のこたぁ気にすんな、水樹程度で俺はどうこうできねぇよ」
「本当に腹が立つわ。せっかく気遣ってあげたのに、どこまでも傲慢ね貴方」
もはや何を言っても意味が無い。そう悟った飛鳥は、ギフトカードを高く掲げる。
「水樹よ、
瞬間、ギフトカードより大量の水が放出された。
滝のような水流が《ペルセウス》の兵士に向かって流れるが、その程度で怯むほどヤワな鍛え方はしていない。全員盾を構え、水流との激突に備えている。
それを見て、飛鳥が高々と命令を下す。
「全員、
すると、兵士達の体が勝手に動き、目を閉じて伏せ始める。伏せていては盾も上手く使えず、全員が水流に飲み込まれた。
その隙に、十六夜達が奥へと進む。誰の目にも留まらない、飛鳥の見事な囮だ。
「やるなぁ久遠。文句垂れてたくせに仕事はしっかりこなすじゃねぇか」
「当たり前でしょう? このゲーム、勝たなくてはいけないもの」
「そォだ。けど一つ間違ってる」
「何?」
「負けていいゲームなんて存在しない。どんな場面でも勝ちにこだわれ。負けを許さねぇとまでは言わないが、勝ちを諦めることだけはこの俺が絶対に許さねぇからな」
「あら、厳しい。けれどその通りね。最初から負けるつもりで戦うなんてつまらないわ」
そう言っている間にも、水流は弱まり、“威光”から脱却した兵士達が起き上がってくる。
飛鳥の“威光”は彼らには効かない。いつものように命令しても、ほんの一瞬動きを止めるだけ。
十六夜達を隠すための奇策としては十分な働きをしたが、いざ飛鳥がこの人数の兵士を相手取ろうとするとほとんど意味がなくなってしまう。
頼りは、十六夜が白蛇から勝ち取った水樹。先程と同じように、水樹に命令を出し、水流を操って足留めを行うこと。
《ノーネーム》の宝物庫にあった様々な“恩恵”を使えれば良かったのだが、そちらは飛鳥の支配が及ばないものばかり。使える“恩恵”の中で最も強力なものがこの水樹だった。
そう長くはもたないことは飛鳥自身がよく理解していた。せめて、少しだけでも十六夜達が先に進めるように。一秒でも長く、ここで兵士達を釘付けにする。それこそが自分に与えられた役目であると、飛鳥は理解している。
しかしそれは、ローリーの求めている役目ではない。
「久遠。一つ目の仕事をこなしたお前に褒美をやろう」
「あら、光栄ね。王様らしく、土地や地位でもくれるのかしら」
「んなもんが欲しいなら自分で奪え」
一歩、ローリーが前に出る。
兵士達に緊張が走った。本来、飛鳥相手に“ハデスの兜”は使わない。数に限りがあるこの恩恵を、すでに挑戦権を失っている飛鳥相手に使うのは悪手。それでも兵士達が“ハデスの兜”を外さないのは、ローリーを警戒してのことだ。
不可視になってもさほど意味はないのかもしれない。それでも、せめてもの悪足掻き。そんな兵士達を嘲笑うように、ローリーは懐から一本の小枝を取り出す。
「くれてやるのは“情報”だ」
「情報?」
また一歩、歩を進める。
手に取った小枝を杖のように構え、不敵に笑う。
「よォく視てろよ」
兵士達に向けられた小枝。傍から見れば、今からファンタジー小説のように小枝から魔法でも出すのかというような構え。
一体何をしようというのか。飛鳥は言われた通りにローリーを見つめ、そして兵士達は何があっても対処できるように腰を落とす。
─────瞬間、小枝がうねり、膨張し、まるで蛇のように不可視の兵士のうち三人を絡め取った。
「なっ...」
思わず漏れた飛鳥の困惑の声をかき消すように、先程まで小枝だったはずの巨木が音を立てて兵士達を締め上げる。
「ぐゎあああぁぁぁぁ!!!」
鎧を砕き、骨を砕き、兵士達に“死”を想像させるほどの圧力で巨木はうねり続ける。巨木に捕まらなかった兵士達も何が起こったのか分からず、されど何もしないこともできず、ローリーに向かって駆け出した。
「
言葉と同時、巨木がそれに従って破裂する。破片が飛び散り、向かってきていた兵士達に襲いかかった。
たった数秒。それだけで、ローリー自身はほとんど動かず、不可視の兵士達のほとんどを制圧した。
しかし、飛鳥が驚いたのはそんなことではない。
「今のって...」
「手本は見せてやった。値千金の“情報”だ。あとはテメェで考えろ。無駄にするもモノにするも、久遠次第だ」
そして再びローリーは下がる。
もう手は出さない、口も出さない。そういう意志表示なのか、腕を組み、壁に背もたれて場を見渡している。
飛鳥も驚いてばかりはいられない。
大部分をローリーが制圧したとはいえ、まだ兵士達は残っている。それらの相手は、自分一人でしなければならない。
「(さっきの小枝は何? 彼は、一体何をしたの...?)」
水樹に水流を出させながら、飛鳥は考える。
ローリーの口にした「爆ぜろ」という命令。言葉に従い、破裂した巨木。これだけ見ると、まるで自分の“威光”のような現象だ。
では、最初の小枝が巨木に変わった現象は? その巨木がまるで生き物のように枝を伸ばし、敵を絡めとった現象は?
あの小枝は普通の枝ではなかった。巨木に至っては最近見た事のある...そう、《フォレス・ガロ》の本拠地で見た、「鬼化した樹」。
普通に考えれば、ローリーの摩訶不思議な魔術によるもの。飛鳥に魔術を使えと言っている?
「(いいえ、そんなわけがない)」
自ら立てた仮説を否定する。
ローリーは確かに無茶苦茶だが、飛躍した無理難題の助言はしないだろう。そう考えると、先程の現象は全て、今の自分でも、もしくは少し未来の自分でなら再現できる現象であるはずだ。
「うぉおおおおお!!!!」
兵士の一人が水流を超えて飛鳥に迫る。
水流に流されたのか“ハデスの兜”はなく、その姿は目視で確認できたが、考え事をしていた飛鳥は反応が数秒遅れた。
兵士の槍が迫る。飛鳥の身体能力では防げない。ではどうするか?
「っ、
見様見真似。自身の手袋を咄嗟に外し、命令を下しながら兵士に向かって投げつける。
手袋は箱庭に来て、黒ウサギのお古だという衣装についていたものだ。曰く、多少の防護の恩恵が備わっているらしい。
それでも無機物。意志の無いモノに命令したところで何の意味もない。そう、飛鳥は思っていた。
「ぐぅっ!!」
「きゃあっ!!」
兵士に投げつけた手袋が破裂した。兵士を吹き飛ばし、距離の近かった飛鳥までも吹き飛ばすほどの威力で。
まさか本当に破裂するとは思っておらず、受け身が取れずに背中から地面に着地する。
「い、今のは......」
自分でも自分がしたことに理解が追い付かず、呆然と破裂した手袋の破片を見つめた。他の兵士達も、警戒して軽率に近寄ろうとしない。
暫しの膠着が続いた、その時。
「...ああ、これは駄目だな」
ローリーの声が聞こえた。その後、一瞬だけ飛鳥の思考と視界がブラックアウトする。
その一瞬の間で、先程まで後ろにいたローリーが飛鳥の前に立っていた。
どうして突然目の前に現れたのか、一体何が駄目なのか。その確認をしようとした時、飛鳥の視界に、“ハデスの兜”が外れた何人かの兵士の姿が映る。
その誰もが身動き一つ取らず、まるで石にでもなったかのように──────否、本当に石になって、その場に立ちつくしていた。
「何が、起きたの...?」
恐る恐る、尋ねるというよりは独り言のように声を漏らす。
「石化の光、アルゴルの悪魔の攻撃だな。
「どうして私たちだけ...?」
敵が石化し、なぜ自分達は無事なのか。敵の攻撃なのだとしたら意味が分からない。
「俺に呪いの類は効かないからな。久遠は石になってたが、俺が解呪した。石にされた奴の解呪は経験がある。まぁさすがに一瞬で解呪とはいかなかったが」
「これって呪いなの?」
「正確には違う...違うのか? うん、ちょっと違うな。まぁけど似たようなもんだ」
「そう。...結局、またローリーくんに助けられてしまったのね」
少しだけ落ち込む。
元より、自分一人で《ペルセウス》相手に大立ち回りができるとは思っていなかった。適材適所とは言ったものの、要するにこの戦いでは足手まとい。余った役目を貰っただけの立場だった。
それでも、自分なりに精一杯、せめて「弱い」と言われないように。そう意気込んではいたのだが、理想には届かない結果を前にして自信が無くなる。
「そォだな。お前は俺に助けられた。そもそも一人だったら、石化する前にあの兵士共にやられててもおかしかねぇ」
淡々と、ローリーは事実のみを言い放つ。
別段励ましの言葉を期待していたわけではないが、いざ言われると余計にメンタルにくる。顔を落とし、悔しさに身が震えた。
しかし、ローリーの言葉はこんなところでは止まらない。
「悔しかったら次は勝て。勝てるまで勝てる方法を考えろ。勝ったら勝てた理由を分析しろ。勝って勝って勝ちまくって、そんで初めてテメェの価値が生まれンだ」
カンピオーネにとって、勝つとは「強いことの証明」ではない。弱くとも、相手に劣っていても、死地に活路を見出して、細く切れそうな勝利の糸を手繰り、極小の可能性をその手に掴む。
要するに「勝ち方を知っている」方が勝つのだ。力がないことは問題ではない。
「ああ、そうだ。最後のアレは良かったぞ」
思い出したかのように言い、ローリーが僅かに笑って飛鳥を見る。
「アレ?」
「手袋を爆弾代わりに使ったやつだよ」
言われて、自分でも理解しきれていない自分の“恩恵”の効果について考える。
手袋は生き物ではなく、意思もない。つまり「命令を聞く」ということは不可能だ。なぜ手袋が爆発したのか、飛鳥はまだ分かっていない。
やれやれ、とローリーが肩を竦める。
「大サービスだ。ギフトカードに刻まれたお前の“恩恵”の名前は?」
「......“威光”」
「そうだ。つまり、お前の“恩恵”の真髄は、ただ相手を言いなりにさせることじゃあない」
飛鳥は頭を悩ませる。
威光──威厳、人を従わせる力。
だからこそ飛鳥は、自分の恩恵は「支配」だと考えていた。
「支配する、という“恩恵”ではないということ?」
「それは自分で考えろ。なんでもかんでも答えが与えられると思うなよ? それに、他人から教わった答えなんてのは信用すんな。テメェの力で辿り着いたモノだけを信じろ」
不満げな飛鳥に、ローリーはさらに続ける。
「止まるな。進め。勝つために考え続けろ。───そしたら、また褒美をくれてやる」
卑らしく笑うローリーの顔を、飛鳥は真剣に見つめた。
口が悪く、態度も悪く、性根も悪い。魔王を名乗る同志かも怪しい青年を、真剣に。
程なくして、《ノーネーム》の勝利を告げる黒ウサギの審判が、宮殿中に響き渡った。