「来たか、《ノーネーム》の小僧」
《ペルセウス》本拠地、その最上階。
ハルパーの鎌、翼あるサンダル、アテナの盾。伝承にある武具は勿論、それ以外のギフトも持てる限り纏った完全武装に身を包んだルイオスが、十六夜とジンを見下ろして言う。
「女二人は脱落か。まぁ、あの怪物がいて二人も落とせただけマシかな」
「なんだ、随分と怯えてるじゃねぇか英雄サマ」
煽るように十六夜が言うが、ルイオスはそれに答えない。
ローリーを相手にしたら勝ち目がないことは明らか。では、《ノーネーム》は?
ローリーのおかげでここまで辿り着いただけの名無しと結論付けるのは早計だ、というのが今のルイオスの考えだ。先程、ルイオスたちの前に現れたローリーの宣言がその考えを補強している。
怪物の仲間もまた怪物である、という前提で対応する必要がある。ジンという幼子は目立った実績もなく、ゲーム前に調べ上げたが実力はほとんどない子供と見ていい。だが、十六夜は違う。
目の前に立つ金髪の少年はグライアイを打倒した実績がある。水神を倒した、という報告も上がっていた。
ただの人間に負ける気はさらさら無いが、名無しと見下せば足元を掬われることもあるだろう。
「ようこそ、最上階へ。ゲームマスターとして相手をしようじゃないか」
だからこそ、最初から全力で。様子見なんてしていたら切り札を切る前に倒される可能性すらある。
翼あるサンダルで空に舞い、首に下げたペンダントに手を伸ばす。
「あれは...まさか、もう使うのですか!?」
審判として最上階にいた黒ウサギが声を上げた。
ルイオスが所有する最高のギフト。《ペルセウス》の神話の礎ともなる、元魔王。
「ペルセウス座には昔から、悪魔と呼ばれる星がある。アルゴル、英雄ペルセウスに討伐された怪物・メデューサの額にあたる星だ。ヤハッ、いいね、いいね、いいなぁオイ! 元魔王サマが相手かよ!」
愉しそうに、嬉しそうに、十六夜の口角が上がっていく。
黒ウサギは十六夜の実力を、その一端ではあるが知っている。だがそれでも、“星霊”に対抗できるかと言われれば疑問が残る。
唯一の勝機がローリーである。白夜叉とさえ戦えたあの実力は、ルイオスに使役されることで霊格の大半を封印されたアルゴールが相手でも不足ない。
その認識が黒ウサギにはあったが、当のローリーはルイオスと戦う気が微塵もない。証拠に、ローリーはすでに兵士達にその姿をわざと晒し、ルイオスへの挑戦権を放棄している。
「(十六夜さんを信用して...? いいえ、それでもやはり、ローリーさんの行動は軽率すぎるのですよ)」
ガルドとのゲームの時もそうだった。
ローリーは、未だに敵か味方か分からない。飛鳥や耀に経験を積ませたいという言い分は理解できるが、あのようなやり方ではいつ事故が起きるか分からない。このゲームも、十六夜が負ける可能性は十分に有り得る。
ただ、他人の足掻く様を見て面白がっている。
魔王を名乗るだけあって、そのような愉悦で行動しているのではないかという疑惑が尽きない。
そして、極め付けは白夜叉との決闘。
ローリーは《ノーネーム》の面々の生死を「どうでもいい」と切り捨てた。
あの時、ローリーは「防御術式を作った」と言っていた。ローリーの術式で黒ウサギ達が守られていたのも事実だ。しかし、黒ウサギはあれが自分達を護るためのものなんかではないと見ている。
最後、白夜叉に向けて振り下ろした両手剣。アレを構築していた光の粒子は、黒ウサギ達を包んでいた防御術式から流れていた。それにより防御が消失、黒ウサギも白夜叉達の下へ駆け付けることができたが、「両手剣の出現と共に防御壁が消失した」ということは、つまり最初から「防御壁は副産物であり、本命は両手剣だった」ということになる。
決闘前の仕込みを白夜叉に勘付かれないためのカモフラージュ。本気で《ノーネーム》の安否は二の次だと考えていた可能性。
ローリー・コリンズは《魔王》としての資質を確実に持っている。それが現状、黒ウサギの持っている答えだ。
しかし、今更そんなことを言っても始まらない。ローリーはルイオスへの挑戦権を棄てた。あとは十六夜を信じることしか、黒ウサギにはできない。
「目覚めろ、“アルゴール”!!!!」
「ra、GYAAAAAaaaaaaaa─────!!!!」
宮殿を揺るがす程の咆哮。翼と蛇の髪を持つ怪物────星霊アルゴールが顕現する。
白夜叉と同じ星の主権を所持する、正真正銘の怪物。拘束具で封じられ弱体化しているとはいえ、それでも人間に勝ち目などあるわけがない。
「そう不安そうにすんなよ、黒ウサギ」
不安で自慢のウサ耳が萎れているのを見た十六夜が、獰猛な笑みを崩さずに言った。
「俺たち《ノーネーム》は魔王に対抗するためのコミュニティだ。それが、ローリーだけが戦力だと思われちゃあたまらねぇ」
拳を構え、眼光鋭くアルゴールを見る。
「ヤハハ!! よく見てろおチビ、黒ウサギ! 証明してやるよ、俺の力を!!」
威勢良く、吼えるように宣言する。
瞬間、第三宇宙速度に迫る速度で、十六夜がアルゴールに詰め寄った。
「GYaAaaAAAAa───!!!」
十六夜の拳がアルゴールの顔面に叩き付けられる直前、アルゴールが身をひねりそれを躱し、拘束具をムチのように使い十六夜を弾き飛ばす。
「ハッ、温ィぞ元魔王ッ!!」
だが、十六夜も素直に攻撃を受けたわけではない。拘束具を掴み、それを引っ張ってアルゴールの巨体をハンマー投げの要領で投げ飛ばす。
少しばかりの隙が出来た十六夜に、炎の矢が迫った。ルイオスが放った矢だが、それも簡単に十六夜に潰される。
「いいね、いいぜ、いいなぁオイ!! そうだ、全力で来いッ! 正面から叩き潰してやる!!」
「どいつもこいつもッ...! 言われなくても全力でいくさ! アルゴール!!!」
「GYAAAAAaaaaaaaa────、────!!」
起き上がったアルゴールから、褐色の光が放射される。
正確には光ではない、光速には至らぬエネルギーの波だ。十六夜であれば避けられない速度ではない。
「ッ、避けてください十六夜さん! それは石化の─────」
「ハッ、しゃらくせぇ!!!」
石化の威光が十六夜に届く、その寸前。
高く振り上げた拳を振り下ろし、石化の威光に叩き付ける。
一見意味の分からない行動だが、十六夜の拳に殴られた石化の威光が粉々に砕かれたことで、黒ウサギ、ジン、そしてルイオスの表情が強張る。
「バッ、馬鹿な!? そんな、お前の“恩恵”はパワー系じゃないのか!? なんで“恩恵”を砕ける! そんなものが両立するわけがないだろうがッ!!!」
「無駄口叩いてる暇があるならかかってこいや英雄!!」
ルイオスの反応速度よりも速く、十六夜はルイオスのもとに跳躍する。そのまま踵落としをルイオスの脳天に直撃させ、ルイオスは床まで叩き落とされた。
「グッ...まだだ...アルゴォオオオオル!!!!」
「GYAAAAAaaaaaaaa!!!!!!」
元々巨体だったアルゴールが、さらに一回り大きくなる。拘束具もいくつか外れ、放つプレッシャーも大きくなった。
「やれ、アルゴール!!」
巨体になったが速度は上がり、アルゴールは未だ上空で自由落下していた十六夜の背後に回って蛇の髪で十六夜を拘束する。
「こんなもんか元魔王! あんまりガッカリさせるんじゃねぇよッ!!!」
力づくで拘束を破り、その勢いのままにアルゴールを殴り飛ばす。アルゴールが床に叩き付けられ砂埃が舞う中、十六夜も砂埃の中に着地した。
そして、不自然に揺れていた空間に蹴りを放つ。
「ぐぁ...っ...!」
すると、“ハデスの兜”で透明化して鎌を振りぬこうとしていたルイオスが壁にまで飛ばされる。
「不可視のギフトも、こうなると丸見えだな」
砂埃の中の僅かな違和感を見逃さなかったのだろう。十六夜に耀ほどの五感は無いが、観察力は十六夜の方が上だ。
たった数発。それも、たかが人間の攻撃。
それだけでルイオスには多大なダメージが入っていた。足が震え、力も上手く入らない。
アルゴールを見れば、そちらもまだ立ち上がれていなかった。
「(クソッ...やっぱり化け物の仲間は化け物か)」
蹴りを入れられた横腹が酷く痛む。骨は確実に折れているだろう。
なぜ《ノーネーム》にこんな化け物が? 力が無いから名無しに堕ちたのではないのか? そんな疑問が尽きない。
だが、分かったことが一つだけ。
「...降参、降参だ」
自分では十六夜には勝てない。
天下の《サウザンドアイズ》が傘下、英雄《ペルセウス》が《ノーネーム》に負けた。この醜聞はこの後《ペルセウス》を苦しめるだろう。
ローリーといった怪物がいた。十六夜という理不尽がいた。そんなものは言い訳にもならない。そんな事情を外部の連中が考慮するはずもなく、「たかだか名無しに負けた落ち目のコミュニティ」という評価になる。
先代の名前に守られてきただけの無能の二代目としてルイオスは認知され、非難の目を向けられ、生意気な挑戦者も増えるだろう。
だがそれでも、これ以上《ノーネーム》と戦っても良い事はない。ローリーという化け物に触発されたルイオスだが、本来は面倒事は部下に押し付けて自分は楽をしたいと思っている。勝てない勝負を続けてこれ以上痛めつけられるのは御免だった。
「レティシアが欲しいんだろ? あげるよ、好きに持っていけばいいさ」
莫大な利益を手放すことは痛いが、金はまた別の手段で手に入れればいい。
─────その程度に考えていたルイオスは、やはり甘い。
「────なァにお前、勝手に諦めてンだよ」
ルイオスの降参を聞いて内心喜びながら、審判として公平に結果を下そうと前に出た黒ウサギよりも先に、聞き覚えのある声がした。
瞬間、アルゴールの拘束が一つ、二つ、三つと解除される。
「Gr......─────GYAAAAaAAaaAAAAaaAAAaA!!!!!!!!」
先程までとは比較にならないプレッシャーがアルゴールより放たれる。同時に石化の光も放射され、壁が、地面が、世界が石化し始めた。
「な、なんで、何をやっているアルゴール! ぼ、僕じゃない! 僕じゃないぞ! 僕は拘束を解いてなんて──」
狼狽えるルイオスを、アルゴールが手を払って押し退けた。その瞬間にも、アルゴールの拘束具は外れ続けている。
外れた拘束具は合計で七つ。アルゴールの力が、ルイオスの支配できる領域を上回る。
「...なんの真似だよ、ローリー」
状況を上手く飲み込めず言葉を失っていた黒ウサギに代わり、十六夜が眼光鋭く、アルゴールの背後に問いかけた。
黒ウサギとジンもそちらに目を向ける。
そこには、歪んだ笑顔を浮かべるローリーが悠然と立っていた。
「なんの真似? んなもん決まってんだろ。お前を楽しませてやろうってんだよ、逆廻」
ニタニタと口角を上げて、挑発するようにローリーが答える。
その挑発に応えたのは、十六夜ではなく黒ウサギだった。
「楽しませる...? 何を言っているのでございますか...? そんなことのために、勝利を捨ててアルゴールを、白夜叉様と同じ星霊を解放したと!?」
意味が分からない、と批難を込めて叫ぶ。
これは《ノーネーム》の利益のためではない。己の欲求のために仲間を危険に晒す、快楽主義者の最悪の遊び。黒ウサギはそう判断した。
ジンもそうだ。せっかくレティシアを取り戻せるのに、わざわざ敵に肩入れして勝利を遠のかせる行為を理解できなかった。
だが、十六夜は違う。
このままルイオスが降参して勝っても面白くない。元々、ちょっとくらい挑発してルイオスに最後まで戦わせようとは考えていた。
だから、十六夜の疑念は別にある。
「他人の恩恵の拘束まで解くなんざ、本当に無法ここに極まれりって感じだな」
「そこはまぁ、俺の権能の力だ。なんでもかんでも好きにできるわけじゃあねぇ。こいつとはちょっとばかし《契約》を結んでてな」
「《契約》?」
アルゴールに突き飛ばされて地面に蹲っていたルイオスの傍に、ローリーが歩み寄る。ルイオスの意識はまだあるようで、怯えた目でローリーを見上げていた。
「言ったよな? 『全力で潰しに来い』って。それをお前、降参なんかしやがって。契約不履行だ。そうだろ?」
「なに、を...」
何を言っているのか分からない。
僕は全力でやった。その結果が「勝てない」なのだから、仕方がないじゃないか。
そもそも、あんな挑発じみた言葉が契約として成立していること自体が理解できない。
そんな疑問・不満をぶつけたかったが、痛みで口が上手く回らない。
「その契約とやらとこの状況になんの関係があるんだよ」
暴れるアルゴールを好戦的に睨みながら、十六夜が再度問う。
十六夜の問いに答えるか────自身の権能について説明するか悩んだローリーだったが、十六夜に対しては素直に教えてやった方が今後面白そうだと判断した。
「俺の権能の1つに《言霊の楔》っつーのがある。北欧の女神、ヴァールから簒奪した権能だ」
「ヴァールっていうとアレか。アース神族の一柱、誓いの女神の。確か誓いを破った者に罰を与える、とかいう女神だったか?」
十六夜の言葉に、ローリーがわずかに目を見開いた。
十六夜は以前、自分は日本人の学生だと言っていた。にも関わらず、北欧神話の、それもオーディンなどといった有名どころでもない神の名を知っていて、その性質まで把握している。
元から物を知っている奴だという認識を持っていたが、予想以上だった。
そして驚きと同時に、高揚も押し寄せる。
知識は武器だ。そして十六夜はそれを理解し、積極的に取り入れている。
識っている者は生き残り、識らない者は淘汰される。単なる暗記の問題ではなく、積み重ねた知識から知恵を生み、存在しなかった勝ち筋を自力で作る。
その在り方は、カンピオーネの在り方と同種だ。
「...逆廻、お前ギャンブルとか強いだろ」
「は? なんだ急に。まぁ弱くはねぇが」
知恵を持つ者には運気すら味方する。
否、他者が気付けない運の切端を掴み取ることに長けている、という方が正しい。
力がある。頭もキレる。
飛鳥も耀も面白い恩恵を持ち、将来性を感じさせていた。しかし、十六夜はそんな《ノーネーム》の中でも頭一つ抜けた存在。
─────逆廻十六夜は《勝者》になる資質のある生物である。
その可能性を感じ、ローリーは愉しそうに破顔した。
「何笑ってやがる気持ちが悪ぃ」
「ヒャハッ、いや悪い。そんで、アルゴールの拘束を解けた理由、だったか?」
愉しげな表情はそのままに、ローリーが解説を始める。
「ゲーム開始直後に、ルイオスと誓いを立てたんだ。『全力で俺たちを潰しに来い』って。それをこいつは破ろうとした」
「なるほどな。誓いを破る者に罰を。そういう能力がある権能を使って、『全力で潰させる』を強制してんのか」
「ご名答」
やけに上機嫌なローリーを訝しみつつ、十六夜の意識は徐々にアルゴールへと向けられる。
「ただまぁ、アルゴールのマジの全力を引き出せてるわけじゃねぇ。あくまでお前を倒せる程度だ」
「ハッ! あの元魔王様が全盛の力を出したら俺が負けると?」
「いや、お前ならもしかしたら勝てるかもしれねぇぞ? お前は『こっち側』の人間っぽいからな」
こっち側。つまり、勝者側。
絶望的とも言える力の差を覆し、運までも味方にして、蜘蛛の糸よりも細く脆い勝利の糸を手繰り寄せることのできる天賦の才。
十六夜は間違いなく、自分を楽しませることのできる存在であるとローリーは確信を持った。
「ま、今はアレが限界だ。全力じゃないにしても、さっきまでとは比べ物にならねぇからな。気を引き締めろよ」
「言われなくても!!」
瞬間、十六夜がアルゴールに突貫する。
最後まで愉しそうに、嬉しそうに十六夜を見ていたローリーの体が、突然崩れ始めた。
指先から、肉が血へと変わって滴っていく。
「ロ、ローリーさん!?」
ローリーの異変に気付いたジンが声を上げた。黒ウサギもジンの声でそれに気が付いたようで、慌ててローリーに駆け寄る。
「ああ、気にすんな。この俺は分身体だ。
そう言う間にも、両手は完全に血に変わり、足も徐々に溶けていっている。
「後で
それだけ言い残し、ローリーの体は血溜りとなって床に散らばった。もう声も聞こえない。
「ラクタヴィージャ...?」
ジンには分からなかったが、黒ウサギはその名前に聞き覚えがあった。
かつて、インドラすら退けた悪魔達の切り札たる指揮官の名前だ。月の兎として、ある程度の知識はある。
悪魔の力を、しかも自身の主神らに仇なす力を振るう。恩恵そのものが本人の性質と一致するとは思っていないが、それでも先程の行動と合わせ、ローリーへの不信は増した。
「ヤハハハハ! いいね、マジでいいぞ元魔王! そうこなくちゃ面白くねぇ!!!」
とまあ、今はそれよりも。
無傷とはいかずとも致命的なダメージは受けていない十六夜が、なんとも楽しそうにアルゴールと殴り合う姿を見て、審判役としてこちらに集中せねばと気持ちを切り替える。
アルゴールの力は絶大だ。それは力の大半を封印されている今も同じ。
強大な、しかも無理やりの封印解除で半暴走状態になった“星霊”を相手に、十六夜は正面から殴り合う。
十六夜が一発殴れば、アルゴールは三発殴り返す。
アルゴールが十六夜を少し投げ飛ばせば、十六夜はアルゴールを空高く蹴り飛ばす。
力で上を行こうとする十六夜だが、そんな単純なゴリ押しで“星霊”は倒せない。“星霊”とはそういう最強種だ。
ならばどうするか。
「アルゴルはペルセウス座β星。食変光星だ。主星が伴星に部分的に隠されることで明るさが変化する」
空中で羽を広げ、飛翔して十六夜に向かってくるアルゴールを見ながら、十六夜は謎解きを開始する。
神話の伝承はそのまま攻略本になる。
だが、相手が“星”霊であるのなら、倒すヒントは神話の伝承にだけあるとは限らない。
「星を消す、なんてのは不可能だ。出来る出来ない以前に、そこに辿り着く手段がない」
アルゴールの突進を受け止め、十六夜は再度蹴り飛ばす。アルゴールは飛ばされながら残っていた拘束具を鞭のように扱い、十六夜を弾き飛ばした。
壁に激突した十六夜は舌打ち一つと特大の笑顔でアルゴールを睨み付ける。
「星霊ってんなら、星としての性質まで無関係ってことはねぇだろ。ヤハハ! 試してみる価値はありそうだな!」
そして、十六夜は一つの仮説を立てた。
十六夜は地面に向かって拳を落とす。
白亜の宮殿が半壊し、瓦礫の山が出来た。十六夜と共にアルゴールも屋上から落下し、戦場は壁しか残っていない広間に移る。
動けなかったルイオスもそのまま落下する。気絶こそしていないものの、まだまともに動ける様子ではなかった。
黒ウサギは自由落下していたジンを抱えて着地し、すぐに十六夜の姿を探す。
十六夜は高速で動き回り、瓦礫を上に、そして窓に向けて投げていた。
空が見えていた天井を瓦礫が所狭しと塞ぎ、光を取り込んでいた窓も瓦礫で潰れ、広間を暗闇に変える。
十六夜がやりたかったことは、食変光星としての特徴である『明滅』の再現だ。
星そのものを暗くすることなんて出来ない。ならば逆に、星霊であるアルゴールの周囲から光を奪えばいい。
アルゴールという星が“暗くなる”状態を、擬似的に再現する。
それで何かが起きる保証はない。だが、試す価値はある。
これでアルゴールの力が落ちれば儲けもの。だがそう簡単にはいかないだろうとも十六夜は思っていた。
ならば────別にそれでも構わない。
元より星としての性質を突くなど、ほとんど準備のない今の状況では難しい。
よって、この仮説が上手くいこうがいくまいが、十六夜にはどちらでも良かった。
暗闇ならば、あの巨体からこちらの姿を隠せる。
十六夜が欲しかったのは、ほんの一瞬の死角だ。
「GYAAAAAAA!!!!!」
完全とは言わないまでも、光がほとんど入らない広間でアルゴールの咆哮が響く。
暗闇によってその力が衰退したかは分からない。だが、それでいい。
その声の発生源から、十六夜は暗闇の中でもほぼ正確にアルゴールの居場所を突き止めた。
逆に、十六夜は移動し続け、アルゴールの視界から消える。
ある程度目が慣れてきたのか、十六夜の目にアルゴールの姿が映り始めた。アルゴールは十六夜を見失ったのか、咆哮を上げながらも何も無い瓦礫の裏を攻撃している。
十六夜が瓦礫と一緒に拾っていた武器を構える。
ルイオスが持っていたハルパーの鎌だ。
アルゴールが十六夜に背を向けた瞬間、十六夜は第三宇宙速度に迫る速度で、アルゴールの背後へと詰め寄る。
「まさか、ペルセウスの伝承を...!?」
伝承にて、ペルセウスは怪物メデューサに見られることなく近付き、背後からハルパーの鎌でその首を切り落とした。
十六夜の行動はソレの再現。
怪物に見つからず、ハルパーで首を断つ。
黒ウサギのそんな声が原因かは分からない。
だが、直前でアルゴールが十六夜に気付いた。
振り向きざまの拳が、横薙ぎに十六夜に迫る。
十六夜はそれを避けない。
左腕を差し出し、その拳を正面から受け止めた。
鈍い音が響く。左腕があらぬ方向へと折り曲がった。
「────ヤハッ、捕まえたぜ」
十六夜が不敵に笑う。
激痛が襲っているであろう左手で、そのままアルゴールの腕を掴んだ。
アルゴールはそこから離れようと暴れるが、十六夜の左手がそれを許さない。
「GYAAAAAAAaaAaa!!!」
「おいおい、そりゃ悲鳴か? 元魔王が情けねぇぞ!!!」
右手に握ったハルパーを、アルゴールの首めがけて全力で振り下ろす。
暗闇で輝くことのない刃が、アルゴールの首を斬り落とした。
こうして、十六夜はアルゴールを打倒した。
沈黙し倒れ伏すアルゴールと、肩で息をし、左腕がダラリと垂れ下がり、傷だらけにながらも満足げに笑う十六夜の姿。
アルゴールの殺害は叶わなかった。“星霊”アルゴールの殺害ではなく、その中核である“怪物”メデューサの打倒。アルゴールの霊格は未だ残っているが、それでも先程の一撃を受けて一時的に気絶しているようだ。
黒ウサギの中で、十六夜の評価が更新される。
超人的な怪力と、恩恵を砕く力を併せ持つ正体不明の恩恵、そして賛辞を送りたくなるほどのゲームメイク。危うさは含むものの、間違いなく人類最高峰の逸材であると。
そして、ローリーが敵になった時に、《ノーネーム》で太刀打ちできる唯一の存在であると。
不安は解消されないものの、それはそれ、これはこれ。黒ウサギはアルゴールの沈黙を確認し、ルイオスの元へ行く。
「...何、続行の意思でも聞きにきたの? やれるわけないじゃん、こんな惨状でさ」
ルイオスの降参宣言があり、先程のようにローリーが現れることもない。これで正式にルイオスの降参が受理された。
今度こそと意気込んで、黒ウサギは声高々に《ノーネーム》の勝利を宣言した。