十六夜たち《ノーネーム》は《ペルセウス》とのギフトゲームに勝利し、無事レティシアを奪還した。
ついに《ノーネーム》に戻ったレティシアを待っていたのは、4人の問題児。
1人はレティシアが石化から目覚めてすぐに「血を寄越せ」と詰め寄り、ほかの3人は「金髪メイドがほしい」と元魔王でもあるレティシアにメイド服を着せた。金髪ロリメイドの完成である。
その後、レティシアの所有権について、ゲームの挑戦権を入手したローリーと十六夜が3割ずつ、勝利に貢献した飛鳥と耀が2割ずつ持ち、箱庭の騎士たる純血の吸血鬼が本当にメイドになるという黒ウサギの胃痛の原因が1つ増えたが、それはさておき。
レティシア奪還から6日後。
ギフトゲームでの勝利の余韻も随分と薄れ、《ノーネーム》では日常が流れ始めていた。
自室で“威光”の実験を行っていた飛鳥は、黒ウサギに呼び出され《ノーネーム》本拠地にある書庫の扉を開けた。書庫の中央にあるテーブルに十六夜、耀、ジン、そして黒ウサギの4人が集まっている。
「お嬢様も呼び出されたのか。ってことは、あとはローリーだけか?」
分厚い本に目を落としていた十六夜が、飛鳥を見て言う。
「いえ、ローリーさんはお呼びしていません」
「そうなのか?」
黒ウサギの返答に、十六夜が意外そうに答える。
主力メンバーを全員集めた今後の作戦会議かと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「ローリーくんならさっき廊下ですれ違ったわよ。レティシアと一緒にいたわね。2人きりで工房に籠るから、ご飯の時間までは声をかけるな、と言われたわ」
「なんだそりゃ。金髪メイドと密室で2人きり? よォしおチビ、覗きに行くぞ」
「い、行きませんよ!」
「あ? いや、そうだな。覗くんじゃなくて混ざるか」
「......不潔」
三毛猫を撫でながら耀が呟く。飛鳥は何も言わず、ローリーのロリコン疑惑を思い出しながら席についた。
「ローリーさんはこれから実験を行うそうです」
「ああ、そういえば鬼化の実験がどうとか言ってやがったな」
「YES。ですのでこのタイミングを狙ったのでございますよ」
十六夜が本を閉じて、黒ウサギを見た。目から軽薄さは消えている。
「つまり、初めからローリー抜きで話がしたかったと?」
「YES。これは、今後の《ノーネーム》にとってとても重要な話でございます」
「OK、じゃあこれでメンツは揃ったってわけだ。さっさと始めろ」
全員の視線を集めながら、黒ウサギはゆっくりと口を開く。
「ローリーさん...ローリー・コリンズという人物について、皆さんはどう思っていらっしゃいますか?」
❀ ✿ ❀ ✿ ❀
「ローリーくんについて?」
思ってもみなかった話題に、飛鳥が聞き返した。
「YES。ローリーさんは危険であると、黒ウサギは考えています」
「危険? まぁ彼は狂ってはいるし、気に入らない部分だらけではあるけれど、そこまでかしら?」
飛鳥にとってのローリーは『傲慢で軽薄で野蛮、けれど自分達の遥か先を行く強者であり同志』という認識だ。気に入らない部分は多々あるものの、学ぶべきところは多いと考えている。
事実、ローリーは《ノーネーム》に大きく貢献していた。
「彼の功績は、認めるのは悔しいけれど、私たちの中でも一番よ。食料問題、金銭問題、地域貢献、子供たちへの教育。大雑把に挙げてもこれだけあるわ」
「はい。僕たちが毎日食べている食料。あれは、ローリーさんが市場のゲームで勝利して得たものがほとんどです。森で野生動物を狩ってきたりもしていますね」
飛鳥の言葉にジンが続き、実際に見てきたローリーの功績を挙げる。
「金銭問題も、同じく様々なギフトゲームをクリアしたり、狩った動物の部位を売ることでお金を手に入れ、《ノーネーム》に寄与してくれています」
「そういや、一昨日くらいにうちに来て無償で屋根の修理をしていった奴ら。あいつら、ローリーの飲み仲間らしいな?」
十六夜も最近見た光景を思い出し、ローリーの功績に付け加える。
「夜な夜ないなくなることがあると思っていたら、あの人、飲み歩いていたの?」
呆れるように飛鳥が呟くが、
「...子供たちへの教育も、黒ウサギは一度見学したことがあります。文字を教え、算数を教え、ごくごく普通の、しかし我ら《ノーネーム》にとってはありがたい行動です」
子供は宝、というのは箱庭でも変わらない。
特に人間の寿命は短く、後継の成長なくして繁栄は見込めない。その点で、ローリーの子供たちへの教育は実にありがたいことだった。
飛鳥の言う通り、この中の誰よりも《ノーネーム》に貢献しているのがローリーだ。危険だという判断を飛鳥は下せないのも納得できる。それだけ、ローリーの普段の行動は模範的な教育者であり、尊敬すべき《王》だった。
ジンも飛鳥と同じ意見だったが、十六夜と耀はそうではない。
「...危険、かどうかまでは分からないけど...あんまり信用はできないかな。三毛猫が怯えてる」
「みゃうぉみゃあぁ」
「うん、そうだね、三毛猫。ローリーは底が見えない。表向きは善人っぽいけど、本性は別にあると思う」
野生の勘、というやつだろう。
耀本人だけでなく、三毛猫の意見も取り入れた回答だった。
「俺も危険とまでは言わない。だが、手放しに仲間だとも言えないラインだな」
十六夜は白夜叉とローリーの戦いを最後までしっかりと見ていた。戦い以外でも、ローリーのことはずっと観察し続けている。
その上で、十六夜はローリーに自分と同じ匂いを感じていた。つまり、『面白くなければ《ノーネーム》を抜けることに一切の躊躇がないタイプ』だと見ている。
「戦闘能力は言わずもがな、あいつの知力も相当なもんだ。不完全とはいえ《全知》の権能がある上に、多分だがあいつ、食べることでそのモノへの理解を深めてるぞ」
「そんな権能まで持っているの、彼?」
飛鳥もローリーと白夜叉の戦闘は見ているが、どれが権能でどれが魔術なのか、といった区別はついていない。
知っているのは、ローリーが自分で言っていた全知と、黒ウサギから聞いた《ペルセウス》とのギフトゲームで使ったという誓約、分身の3つ。「食べたモノを理解する」という能力は初耳だった。
「権能かどうかまでは分からねぇが、そういう類の能力は持ってるはずだ。黒ウサギやグリフィンに対して『調べる・対話する』より『食べる』を優先させる異質さ。鬼化した枝を何の躊躇もなく食べたのも、そういう能力を持ってるからだとすれば納得がいく」
「ただの狂人だと思っていたわ」
飛鳥の感想に十六夜は「まぁその線も捨てきれねぇが」と苦笑する。
「功績は認めます。ですが、ローリーさんから垣間見える特異性・残虐性は無視できるものではないと黒ウサギは考えます。事実、白夜叉様との決闘の最中、ローリーさんは我々を『巻き込まれて死んでも仕方がない』程度に考えていました。今後、そういった理由で我々が危険な目にあう可能性が無いとは言えません」
「けど、それは白夜叉との約束でできないのではなくて?」
「白夜叉様からの命令権でございますね。しかし、それも絶対とは言えません」
飛鳥から出た疑問に対して、黒ウサギは即座にNOと返す。
「あの時の白夜叉様の発言に強制力は無い、というのが箱庭中枢からの返答です。白夜叉様も『お願い』と言っていましたし、ローリーさんが素直に従い続けるかと聞かれると...」
「その点は大丈夫だと思うぞ」
十六夜が割って入り、今度は黒ウサギの回答を否定した。意外そうに目を向けてくる黒ウサギへ、十六夜が答える。
「あいつは白夜叉との約束を破らない」
「何故そう言い切れるのでございますか?」
「簡単だ。勝負に負けた代償の契約を無視したら、あいつは敗者ですらなくなる。そんなの、あれだけ『勝者』に拘ってる奴がするとは思えねぇ」
十六夜は、若干ながらローリーに自分を重ねて見ていた。自分ならそうする、自分ならそうしない。そういう判断基準はなんのアテにもならないと思いながらも、己の勘を信じている。
「...私もそう思う。善人じゃないけど、悪人でもない。それに、三毛猫のために新鮮な魚を取ってきてくれるし」
「にゃぉみゃあ」
「そうだね。あんまりあの魚好きじゃないもんね、三毛猫」
危うさは感じつつも、危険だと排斥するほどではない。それが十六夜と耀の見解だった。
「とはいえ、あいつが暴走しないとも言い切れない。黒ウサギの心配に乗ってってわけじゃないが、最低限の対策は打つべきだろう」
「というと?」
飛鳥の問いに、十六夜は先程まで読んでいた本を手に持って答える。
「これは北欧神話について書いてある本だ。中には、ヴァールについて記してあるページもある」
「ばーる?」
「ローリーが持ってる《言霊の楔》っつー権能を元々持ってた神だ。ローリーはこの神から権能を奪ったらしい」
言いながら、ペラペラとページを捲る。
その手に迷いはない。どこに何が書いてあるのかを把握しているような手付きだ。
「ヴァールはアース神族の一柱で、誓いや契約を司る女神だ。男女の契約、つまり結婚なんかの誓いを聞き、契約を破ったら罰を与える神だが、ローリーはルイオスとの約束を契約として扱っていた。結婚じゃない契約でも有効ってことだ」
「権能を神話そのままに使うわけではなく、少しアレンジが加わっているということでしょうか?」
ジンの推測に十六夜が頷く。
そして、記載の中の一つを指差した。
「問題はここだ。ヴァールは、嘘の契約を見抜けるわけじゃない。トールの女装を見抜けず、結果的に巨人の滅亡を止められなかった」
十六夜が差した場所に記されていたのは、古エッダの『スリュムの歌』においての記載だ。
巨人にミョルニルを盗まれたトールが、女装して巨人スリュムの妻となり、ミョルニルを奪還するという物語。
この際、スリュムは「女神フレイヤとの婚姻」をヴァールに誓い、ヴァールはトールの女装を見抜けずそれを聞き届けた、というものだ。
「つまり、契約内容は必ずしも真実である必要はなく、ヴァール、つまりローリーに『これは契約だ』という認識があれば成立する可能性が高い」
「えっと、つまり?」
話についていけない飛鳥が首を傾げる。耀も同じく、三毛猫を撫でながら十六夜の回答を待っていた。
「やり方次第で、こちらに有利、もしくはローリーに不利な条件で契約を結んで、ローリーに罰を与えることも可能ってことだ」
そこで一度口を閉じ、全員を見渡して十六夜は続ける。
「ローリーが敵対した場合に備えて、こういった準備は進めておくべきだろ」
知識は力だということを、十六夜は知っている。
それは飛鳥も同じこと。知らない者は、知っている者に搾取されるということを、飛鳥は何度も見てきて知っていた。
「仲間を信じられないというのもあまり良い気はしないけれど...まぁローリーくん対策だけじゃなく、別のギフトゲームの役に立つこともあるものね」
勝つ方法を考えろ、とローリーは飛鳥に言った。勝つ方法とは何も、“恩恵”の使い方を知るだけではない。知識を得ることも勝利への道である。
「ローリーがいくつ権能を持ってるかは分からねぇが、分かってるものだけでも調べておいて損はない。次にあいつの分身能力の元ネタ、ラクタヴィージャの分身は血を地面に着けなきゃ作れないっつう制約が─────」
こうして、十六夜たちは「対ローリー」の対策会議を進めていく。
とは言っても、この場だけで仕入れられる情報などたかが知れている。今後も、こういった会議は定期的に開かれることになるだろう。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
『ローリーくん、白夜叉とだいぶ派手に戦っていたけれど、アレはどこまでが権能なのかしら?』
『...あの嵐は普通じゃない。あと、夜になった時、馬が空を走ってた』
『嵐や夜、それから最後の剣は権能かもしれねぇが、どの神から奪ったものなのかは絞れねぇな』
『権能への対策も必要ですが、ローリーさんは魔術を多用しているように思います。今分かっている魔術だけでも、対策を考えるべきではないでしょうか?』
空中に映し出された画面の向こうで、十六夜たちが知恵を、意見を、疑問を投げ合い、ローリーと戦うことになった場合を想定して真剣に話し合っている。
そんな様子を、工房に籠ったローリーとレティシアは眺めていた。
「......その、主殿、あまり気を落とすなよ?」
当人のいない所で、陰口を叩かれているどころか倒し方を話し合われている。敵なら当たり前の光景だが、仲間にそれをされるというのは気持ちの良いものではないだろうと、レティシアが憐れみを含んだ声音でローリーを励ました。
しかし当の本人は傷付くどころか、ニタニタと嗤いながら画面を見ている。
「気を落とす? なんでそんなことする必要があるんだ」
ローリーはこんなことで落ち込まない。逆に喜ばしい気持ちでいっぱいだった。
「俺を信用できない、っていうのは正しいぜ? むしろこれで全面的に俺を信じてるようじゃあ、こいつらに未来はない」
「しかし、こんな陰口のように言われては気持ちの良いものではないのではないか?」
「敵の目の前で作戦会議するバカがどこにいンだよ」
敵。そう言い切ったローリーを、レティシアは訝しげに見る。
ここ数日、レティシアはローリーと行動を共にしていた。鬼化の実験に付き合い、血の提供等を行っていたのだが、その短い付き合いでもローリーがいかに《ノーネーム》のために行動しているかは理解したつもりだ。
空いた時間は子供達の遊び相手をし、実験で得られた情報・技術が飛鳥や耀にプラスになるものかを考え、それが終われば子供達を連れて街へ行き、買い物がてらに簡単な計算をさせたり、店側との値引き交渉をやって見せたり。
決して『敵』などではない行動をいくつも見せている。
「主殿は、本当に《ノーネーム》と敵対するつもりなのだろうか?」
「今のところその予定はないな。さっき十六夜も言ってたが、俺は白夜叉との約束は破らねぇ」
未だ続く十六夜達の会議に耳を傾けながら、ローリーは続ける。
「俺のプライドもそうだが、俺は白夜叉との約束を《言霊の楔》で縛ってる」
「先程十六夜が言っていた契約の権能か」
「ああ。とは言っても、そこまで万能の権能じゃあないがな」
レティシアは長く生きた《箱庭の騎士》だ。権能についても、それなりに知識はある。それでも人間が神を殺害して権能を奪う、なんてことは聞いたこともなかったが。
「正確にはこれは白夜叉との契約じゃあない。白夜叉に契約だっつー意思が無かった。だからこれは、いうなりゃあ俺が俺に課した契約だ」
言って、ローリーは手近にあった紙にサラサラと何かを書き、レティシアに渡す。
そこにはこう書かれていた。
① ノーネームだけで解決可能な問題には、ローリーは直接解決できない。
② ノーネームだけでは困難だが、ローリーの助力によって「自分たちで勝てる」状態にできる場合、補助は可能。
③ ノーネームの成長そのものに繋がる行動なら、積極的な介入が可能。
④ ノーネームの生存そのものが危ぶまれる場合は、契約の範囲内で救助可能。
⑤ ローリーが介入することで、メンバーが経験・判断・成長する機会を奪う場合は介入不能。
レティシアがそれを読み終わると、不意に紙が燃え、塵になって消える。
「俺はこの契約を守る。破って罰を受けるのは俺だし、何より十六夜の言う通り、これを破ると俺は敗者ですらなくなる」
それは耐えられない。ローリーにとってそれは、死んだ方がマシといえる屈辱だ。
「であれば、これを皆にも見せてやれば良いだろう。黒ウサギもそれで安心すると思うが?」
「そりゃダメだ」
「何故?」
「ンなもんお前、教えたら《ノーネーム》にとってマイナスになるからだろうが」
ギィ、とローリーの座っている椅子が音をたてた。
レティシアを見て、ローリーは続ける。
「俺が介入しなければ自分達でどうにかできるレベル。逆に俺が介入すれば、自分達ではどうにもできない問題だが俺が解決してくれる。そんな思想をアイツらに与えることになンだろ」
「なるほど。本当の危機に陥れば主殿が助けてくれる、故に主殿の行動を見てから判断するようになる、というわけか。それは確かに、危機感がまるで無くなるだろうな」
安全に、怪我をさせず、過保護に守る。それは優しさとは言わないし、成長の機会を奪う行為である。教育者としては失格も良いところだ。
「ではなぜ私に教えた?」
レティシアも《ノーネーム》の一員だ。ローリーの思惑でいくのであれば、契約内容を教えるべきではないだろう。
「白夜叉との契約は、あくまで俺の判断が基準だ。命令や誓約じゃなく『お願い』だって言われたからな。けど、俺は万能じゃあない。判断をミスることだってある」
「十六夜達では勝てない相手に、勝てるだろうと過信してしまうということか?」
「ああ。その逆もだな。ここは箱庭だろ? 俺の想像通りに動かないことなんて山ほどある」
まぁそれが楽しいんだけどな、と笑うローリーの顔はとても無邪気で、とても魔王を自称する者には見えなかった。そこにレティシアは毒気を抜かれ続け、今に至る。
「しかし、その場合は主殿が罰を受けるのでは?」
「いや、多分だが受けない。これも十六夜の言った通り、俺の《言霊の楔》は真実を見抜くものじゃないってことだ」
レティシアは暫し考える。
真実を見抜けなかった場合に、一体何が起こるのかということを。
「...判断基準である主殿が、本心から『これは契約違反ではない』と本気で信じていれば、罰は下らない?」
レティシアの回答にローリーは答えないが、彼の満足げな顔がレティシアの仮説が正解、あるいは限りなくそれに近いのだと雄弁に語っている。
「私に何をしてほしい?」
「特別なことは言わねぇよ。ただ、お前は全力で《ノーネーム》のために動けばいい。俺と違って、お前は直接《ノーネーム》のために動ける人材だ」
「なぜ私なんだ? 黒ウサギでも良いだろう」
「あいつはダメだ。審判権限だかなんだかで、いつでもゲームに参加できるとは限らない。それに何より、黒ウサギにも成長してもらわなきゃ困るからな」
ふむ? とレティシアは考える。
黒ウサギにも成長してもらわなければ困る。つまり自分は、そこまで成長を期待されていないのだろうか、と。
「その点、レティシア。お前は優秀だ」
そんな不安・不満を察する前にローリーがそれを否定する。
「出会って数日で言い切るじゃないか」
「お前の血を飲んだんだ。そのくらい分かる」
「...ふむ。食べることで理解を深める。十六夜の言っていた通り、というわけだ」
「そォいうこと。まぁお前の解析にゃ骨が折れたがな。俺の脳ミソじゃスペックが追い付かねぇ。6日もかけて解析を進めてるが、まだ完全に理解できたとは言えねぇ。おもしれぇなぁ、純血の吸血鬼ってのはよ」
話がそれたな、と興奮を抑えたローリーが本筋に戻す。
「黒ウサギと違って、お前には審判権限なんてモンもなくゲーム中も自由に動ける。かつ、お前の経験値・柔軟性は黒ウサギより上だ」
「それは買いかぶりだ。今の私では、黒ウサギに真っ向からは勝てない」
「“恩恵”のほとんどを失ってるからか?」
「ああ、その通りだ」
レティシアは以前、ルイオスとの契約で神格を始めとした多くの“恩恵”を手放した。《ノーネーム》のためにこれが最善であると当時は判断したが、今考えるともう少し大人しくしていれば良かったという後悔もある。
「純粋な力比べだったらそうかもしれねぇが、実戦になると話は別だ。力だけじゃない。積み重ねた経験と培った知識による瞬時の判断力・応用力が試される」
「黒ウサギも十分知識は持っているよ」
「『知ってる』ことと『できる』ことは違う。黒ウサギは実戦経験がまるで足りてねぇ。俺や十六夜の行動に一々驚いて体が固まる。下層レベルなら別に構わねぇが、“上”と戦うならあれは致命的だな」
「私とて、主殿達を初めて見た時は驚愕で固まってしまったがな」
「今はそうでもないだろ。俺がお前に教えてない権能を突然使ったって、驚きはしても硬直はしない。違うか?」
「まぁ、そうだな。『そういう能力もあるのか』と受け入れはするだろう」
「そォいうことだ。黒ウサギも素質は十分。恐怖に駆られて止まりはするが、その後テメェの足に鞭を打てる。後は経験、“慣れ”だな」
つまり、ローリーは黒ウサギよりもレティシアの能力を買って《ノーネーム》の中で唯一秘密を打ち明けたということ。
その事実はレティシアの隠れた自尊心を刺激し、喜びに似た感情をわずかではあるが沸き立たせる。
「にしても、やっぱりまだまだだな」
「何がだろうか?」
ため息をついたローリーに、首を傾げてレティシアが聞く。
「こォいう話し合いは隠れてするもんだ。今みてぇに、敵に内容が漏れてるようじゃあ話にならない」
ローリーはわざわざ『今日は工房から出ない』と喧伝していた。だからこそ黒ウサギは今日この時間を狙って、全員を集めたのだろう。
それこそがローリーの罠とも知らずに。
「主殿がいない時間を狙っているじゃないか」
「あいつらは俺が遠視の魔術を使えることを知ってんだよ。わざわざ2回も見せてるからな」
「主殿がこうやって見ていることを考慮していないことが問題だと?」
遠視の魔術だけでなく、権能も、その他の能力も、ローリーはわざと見せつけるように行使してきた。
本来であれば愚策も良いところ。情報は可能な限り隠しておくべきだが、その中からあえて一部を開示することで、自分自身を《正体不明の怪物》ではなく《解析できる存在》として提示している。
「十六夜には気付いて欲しかったが...いや、気付いた上で、か?」
十六夜はただ一人、ローリーを如何にして倒すかと考え、そして観察し続けた男だ。そこをローリーはひどく気に入っている。その十六夜が、こんな単純な手に気が付かないとはあまり思えない。
十六夜もローリーと同じく、あえて自分達の状態をローリーに見せることで「お前に対して無防備ではない」と意思表示を行っているのかもしれない。
そう考え、ローリーは嬉しそうに嗤う。
「そうだとしたら傲慢だな。けどまぁ、それも十六夜らしいか」
「主殿は本当に《ノーネーム》のことを想っているのだな」
節々から感じられるローリーの想いに、レティシアが呟く。
白夜叉から聞いていたローリーの前評判は「生意気で傲慢で不安要素はあるが面白い小僧」というものだった。少しばかり心配していたのだが、現状を見るとそれも杞憂だったと分かる。
「そりゃそうさ。俺は人間が好きだからな」
「そこはにわかには信じ難いな」
「何をぅ!? あのなぁ、俺ほど優しい好青年はそういないぞ?」
「優しい好青年は初対面の女性に『ちょっとだけでいいから体の一部を食べさせろ』なんて言わないと思うのだが」
《ペルセウス》とのギフトゲーム後、初めてレティシアとローリーが会った時、ローリーは真剣な顔でレティシアにそう言った。黒ウサギのことも食べようとしていたというし、言動だけ見ればただの狂人、人喰いの化け物だ。
「仕方ないだろ。知らないものは食べたいんだ」
「主殿の《食べて理解する》という権能の影響か?」
「それもある。正確には、その理解するってのは権能の副次効果だな。けど、それ以上に俺は美食家だ。未知の味があれば食べてみたいと思うのが普通だろ?」
「いや、普通ではないな」
レティシアは妥協して自分の血をローリーに飲ませた。それだけで、時間こそかかったがローリーは
つくづく、自分の主は化け物だと痛感する。
「レティシア。お前にはもう1つやってもらいたいことがある」
「なんだろうか」
映像から目を離し、体ごとレティシアに向け真っ直ぐに見る。これはただの軽口ではないと察したレティシアも、ローリーの目を真っ直ぐに見返した。
「俺をよく観察しろ。俺から得た情報を、必要だと思えば十六夜たちに連携して、俺への対策を深めさせろ」
「ほう。主殿の権能について、十六夜らの推測通りだと伝えるなどで良いだろうか」
「お前の判断に任せる」
「しかし何故そんな回りくどいことを? どうせ伝わるのなら、主殿が直接言ってやればいい」
一度レティシアの目を通してしまうと、どうしてもレティシアの主観が入ってしまう。正しい情報が伝わるとは限らない。であれば、ローリー自らが伝えてやる方が確実だ。
「それじゃ意味がないからな。十六夜たちにはあくまで『自分達で考える』っつー力を付けさせたい。だからレティシアには、俺へのスパイになってもらう」
「......いやはや、主殿の愛情は酷く歪んでいると見た」
要するに、どこまでも「自分抜きの《ノーネーム》」の成長を望んでいる、ということだ。
それは歪んだ愛情であると同時に、自分が居なくなった後のことを考えているとも捉えられる。
「本当に《ノーネーム》を裏切るつもりはないのだな?」
「今のところは、だな」
「未来は分からないと?」
「未来なんて誰にも分からねぇさ」
未来ですら全知の力で読んできたという魔王の皮肉に、レティシアは苦笑する。
「この先、俺がまた誰かに負けて隷属させられないとも限らない」
「主殿が負けるのか?」
「勝つさ」
「なら問題ないだろう?」
「茶化すなよ。分かってんだろ?」
少しふざけてみたが、レティシアもローリーの言いたいことは理解している。
箱庭に絶対はない。どれだけの強者でも、負ける時は負ける。そしてローリーはその性格上、敗北から逃げることはしない。白夜叉との決闘と同じく、敗北して負うペナルティは必ず遵守する。
「俺が敵になった時、《ノーネーム》で俺を止められるのは多分十六夜だけだ。けど、十六夜1人じゃ足りない。力の問題じゃなく、人間の寿命しか持たない十六夜じゃあ経験値が足りない」
ローリーは300余年を生き、その霊格を拡大させ続けてきた大魔王だ。その間に発生した他の魔王を悉く退け、他の魔王が勢力を築くことすら許さなかった。
そして「魔王というまつろわぬ神々への対抗策」を奪った贖罪の意味も込め、各地に現れるまつろわぬ神々を自らの手で討ち取ってきた。
普通ではないカンピオーネの中でもさらに異常。その圧倒的な霊格と呪力量もあり、寿命という概念はほとんど存在しない。
ローリーを止める方法はたった1つ。勝つことだけだ。
「だからレティシア、お前は1番近い場所で俺を解析しろ。お前は俺の敵として、俺に尽くせ」
普段のおちゃらけた雰囲気は一切ない、王からの勅命。それを正面から受けたレティシアは、フッと笑う。
「それも契約の権能だろうか?」
「違うね。ここでお前を契約で縛ったら、お前を選んだ意味が無い」
ローリーはレティシアを信用しているわけではない。あくまで「現状の《ノーネーム》の中で最も経験豊富であり、ローリー・コリンズという存在をフラットに見れる存在」として選んでいる。
ローリーがレティシアに求めるものはただ1つ。長年の経験による彼女の判断力から、臨機応変に動ける駒としての役割だ。
そして何より「レティシアの成長にもこの立ち位置が相応しい」とローリーが判断した。
「承知した、我が主。私はローリー・コリンズ打倒のための歯車となろう」
「頼んだぜ、箱庭の騎士」
満足して笑うローリーの本心は、実のところ別にある。
《ノーネーム》の未来のため、というのは嘘ではないが、全てが真実というわけでもない。
十六夜を始めとした《ノーネーム》のポテンシャルをローリーは高く評価している。今はまだ原石だが、丁寧に磨いてやれば必ず化けると確信していた。
自らの手で強者を育てて、その強者と戦いたい。
他のコミュニティに負けて隷属、などというのは万が一の場合だ。ローリーは誰にも負けてやるつもりはない。
いつの日か《ノーネーム》が人類最強となった時。
その時が、ローリー・コリンズが《ノーネーム》の前に立ち塞がる最大の相手となる時だ。
今からそれが待ち遠しいと、最高のデザートを妄想し耽る。
そんなローリーの願望など知る由もないレティシアは、堂々とローリーに告げる。
「だがしかし、主殿の敗北を黙って受け入れる必要はない。主殿が負けないように動いても良いのだろう?」
ローリーが負ける相手に、自分達が勝てばいい。ローリーを守ってやればいい。
レティシアはそう言った。最強の魔王に対して、「私たちの方が強くなる」と言い放った。
ローリーの口角が更に上がる。
欲しい玩具が並んだショーウィンドウを眺める子供のように無邪気で、獲物を見つけて草陰から狙いを定める獣のように獰猛な魔王の笑みだ。
「ヒャハハッ! 期待してるぜ、《ノーネーム》。俺を失望させんじゃあねぇぞ?」
ヒトに優しく、されど自分の欲には従順に。
未だ続けられている作戦会議に耳を傾けながら、ローリーは満ち足りていく心を確かに感じ取った。
王は見る。夢のように鮮やかで、悪夢のようにへばりつくあの日々を。
愛したいと思った。愛されたいと願った。
救いたいと叫んだ。殺したいと恨んだ。
そして運命の日。《魔王》の牙は研がれ始める。
ヒトに優しく、魔王を憎む。相反する祝福と呪いは、同じだけの熱量を持っていた。同じだけの増長を見せていた。
はてさて、均衡を崩された彼の王の天秤は、一体どこへ倒れるのか。
…
……
………
[SYSTEM LOG] ギフトゲーム《█████証██・██愛》の発芽の可能性を受信しました。これより、“契約書類”の生成を開始します。