問題児? いいえ、神殺しです。   作:怜哉

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第14話 『旅は道連れ、あるいは愛』

 

 

 

 境界門を抜けると、そこは異国の地だった。

 

「わぁ...!」

 

 思わず駆け出したリリが耳をピコピコと動かし、感嘆の声を上げた。

 リリに続き門を抜けたローリーとレティシアの頬を、熱い風がそっと撫でる。

 

 ローリー達が出向いたのは、東と北の境界壁。三九九九九九九外門、及び四〇〇〇〇〇〇外門だ。

 東側で見慣れた緑豊かな大地とは違う。

 赤茶けた、天を衝くかというほど巨大な壁と、それに沿うように築かれた異国情緒溢れる街並み。

 道の至る所には大小様々なランプが吊るされ、その一つ一つに橙色の火が灯っている。

 

「ヒャハッ! こりゃすげぇ。やっぱ話に聞くのと実際に見るのとじゃ大違いだ。お、ほら見ろリリ! キャンドルスタンドが歩いてやがる! なんだあの奇抜なモンは!」

 

 炎を閉じ込めたような色硝子。

 火竜の鱗を模した装飾具。

 金属を炎で焼き、複雑な紋様を刻み込んだ工芸品。

 そして、二足歩行するキャンドルスタンド。

 その他にも東では見たことのない景色がこれでもかと広がり、ローリーも興奮を隠せない。

 

「さて、まずは黒ウサギ達と合流しなければな」

 

 楽しそうにはしゃぐ二人を横目に、レティシアは今後の予定を確認する。先に北側へ入っている黒ウサギ達と連絡は取れていない。彼女らが今どこにいるかも分からない状態だ。

 そして、この街はそれなりに広く、かつ《火龍誕生祭》に集まった人々で混雑していた。闇雲に探し回っても遭遇できる確率は低い。

 

 そこでレティシアは思い出す。《ノーネーム》に北側への招待状を送ってきたのが白夜叉だということを。

 まずはこちらの《サウザンドアイズ》の支店に向かってみようかと、レティシアが次の行動を考えたところで、ふと近くにいた青年達の会話が耳に入った。何やら浮き足立った声音で、若干ながら興奮気味に話している。

 

「いやぁ、昨日は本当にすごかったな。まさか月の兎をこの目で見る日が来るなんて」

「ああ、さすがは《火龍誕生祭》だな。来て良かったよ」

 

 月の兎。現在の箱庭でそう呼ばれる者は黒ウサギだけ。彼らが昨日見たという兎が本当に“月の兎”だったなら、それは黒ウサギのことで間違いない。

 

「すまない。少し聞きたいのだが、その月の兎が今どこにいるのか知っているだろうか?」

 

 丁度いいと思い、レティシアは彼らに話しかけた。

 白夜叉を訪ねるよりも、黒ウサギの居場所が分かるのであれば直接そちらへ向かった方が手っ取り早い。

 

「ん? お嬢ちゃんも月の兎が目当てなのか?」

「まぁ、そんなところだ」

「悪いが、居場所は知らないなぁ。お前は?」

「俺も今どこにいるかは知らないけど、確か、《造物主たちの決闘》の審判をするとかって噂になってなかったか?」

「そのゲームはどこで?」

「この道をまっすぐ行ったところにある闘技場だよ」

「なるほど、感謝する」

 

 青年達に礼を言い、予定していた今後の行動に修正を入れる。

 レティシア達は未だ宿も取っていない状態だ。早めに黒ウサギ達とは合流しておきたかった。

 

「主殿、行き先が決まった。早速────主殿、手に持っているものはなんだ」

「キャンドルスタンドだ」

「あっ、あのっ、離してあげたほうが...!」

 

 レティシアが振り返ると、そこにはアワアワと慌てるリリと、暴れるキャンドルスタンドを両手に掴んだローリーの姿があった。

 

「なんで動けるんだコイツらは。付喪神とかの一種かな? 何か食うのか? 目とかも見えてんのかな」

 

 目を輝かせて、キャンドルスタンドをマジマジと観察する。そこまでは良いが、なぜ捕獲しているのか。

 

「あまり詳しくはないが...主殿、それをどうするつもりだ?」

「うちで飼う」

「元の場所に返してきなさい」

 

 その後、レティシアとリリの必死の説得が実を結び、ローリーは渋々ながらもキャンドルスタンドを手放した。

 後日、諦めきれなかったローリーがキャンドルスタンドを合法で入手できるギフトゲームを探し回ることとなる。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「おい白夜叉、黒ウサギのミニスカート、見えそうで見えないってのはどういう了見だ?」

 

《造物主達の決闘》、その決勝トーナメントが行われている闘技場の貴賓席にて。

 このゲームに参加している耀の応援のため集まっていた十六夜が、白夜叉を問い詰める。

 昨日、黒ウサギのミニスカートに「下着が見えそうで見えない恩恵」というものが施されていることを十六夜は知った。そしてそれを施したのが白夜叉であると知り、納得がいかないと不満を漏らす。

 

「どういう了見か、とは?」

「チラリズムなんて趣味が古すぎだぜ」

 

 貴賓席に座るのは十六夜、飛鳥、ジン、白夜叉。そして北の階層支配者を擁するコミュニティ《サラマンドラ》の面々だ。今回階層支配者を就任し、この《火龍誕生祭》でそのお披露目を行ったサンドラと、その兄マンドラ、その他護衛の兵士が十数人集まっている。

 

「ふん、おんし程の男が真の芸術を解せんとは」

「何?」

 

 二人の目線はただ一点、今現在審判として会場中央に立っている黒ウサギのミニスカートに向けられている。

 

「真の芸術とは即ち、未知なるモノへの己が想像力。神秘なるモノへの飽くなき探究心。そう、何者にも勝る芸術とは───己が宇宙の中にあるッ!」

「己が宇宙の中...だと!?」

 

 戦慄し、十六夜の視線がミニスカートから白夜叉に移った。目を見開き、ジッと白夜叉を見つめる。

 

「それは乙女のスカートの中とて同じこと。見えてしまえばただの下品な下着達も、見えなければ芸術だ!!!」

 

 今まで自分の中には存在しなかった価値観を垣間見て、十六夜の心が震えた。下着とはそこにあるもの。確かに見えてしまえばそれで終わり。それ以上の発展はない。

 だがしかし、見えなければ? 見えそうで見えない、辿り着けそうで辿り着けない。だからこそ情熱は生まれ、だからこそ感動が芽生える。

 そこに在るはずだが、在るかどうかは見えるまでは確定しない。さながらシュレディンガーの猫、否、シュレディンガーの下着。観測するまで真実は誰にも分からないからこそ、未知なるモノを想像し、妄想し、耽ることができる。

 

「フッ。俺が間違っていたぜ、白夜叉」

「分かれば良い。さぁ、共に確かめようではないか。この世に奇跡が起こる瞬間を!」

「ああ!」

 

「何言ってんだお前ら」

 

 再び二人で、望遠鏡まで用意して黒ウサギのミニスカートの揺れを追う強者共に、ローリーが呆れた様子で声をかけた。

 

「あら、ローリーくん。レティシアに、リリも来たのね」

 

 不意に現れたローリーへ驚きも見せず、飛鳥が言う。

 

「遅かったじゃない。もっと早く来るかと思っていたのだけれど」

「悪いな飛鳥、ローリーが寄り道ばかりするもので、思ったより遅れてしまった」

 

 レティシアの主は四人いる。それぞれ一体一で話す時は全員を「主殿」と呼ぶが、それでは複数人いる時に誰のことだか判別ができない。

 よって、この様な場合は全員を名前で呼ぶようにしていた。

 

「寄り道?」

「ああ。目に映るギフトゲームの全てに参加するんだ、この男は」

「ヒャハハ! まぁそう文句は言うな。色々と面白ぇもんが手に入ったろ」

 

 そう言って、ローリーは収納魔術──異空間にしまっていた景品の数々を飛鳥の前に放り出す。

 

「喋る絵画に、底抜けなのに水が溜まるカップ。お湯を水に変えるポットや、氷の中で燃える炎。ほかにも高く売れそうなもんもあるぞ」

「おいおい、先入りした俺たちより楽しんでねぇか、お前?」

「こんな楽しいとこにきて遊ばねぇ方が無理だろ」

 

 黒ウサギのミニスカートから一度視線を外した十六夜が、景品の一つを手に取る。銀製の義手のようなものだ。よくよく観察すると、前腕部に《アヴァロン》という記載があった。

 

「アヴァロンで銀の腕? ってことはこれはヌァザの銀の腕か?」

「ああ。まァレプリカっつーのも烏滸がましいレベルのもんだけどな。義手としては使えるんだろうが、神秘なんざ一つも籠っちゃいねぇ」

 

 ローリーが謎解きのギフトゲームで入手した銀の腕を、十六夜はまじまじと見る。

 神秘は籠っていないとのことだが、造りは見事なものだ。十六夜は鍛治について専門的な鑑識眼を持っているわけではないが、それでもその銀の腕が相当な技術で造られたことは分かる。

 

 だがローリーはあまり銀の腕に興味がないのか、燃えても溶けない蝋燭を飛鳥に自慢していた。

 

「お前らはこっちで何か手に入れてないのか?」

「残念ながら、まだちゃんとゲームには参加できてなくてな」

「は? 何やってんだよ」

「仕方ないだろ、昨日は黒ウサギと遊んでたら《サラマンドラ》の連中に連行されちまったんだから」

「貴様らが破壊行為を行うからだろう」

 

 聞き耳を立てていたマンドラが口を挟むが、ローリーはそちらを一瞥しただけですぐに意識からマンドラを外す。

 

「私はいくつか展示会を回って、それとくれーぷ? っていうお菓子を食べたわ。世界には美味しいものがたくさんあるのね」

「おっ、久遠は甘いものが好きか? じゃあこれやるよ。さっき俺らも食べたんだが、結構美味かったぞ。なぁリリ」

「はい! 星屑ドロップというお菓子らしくて、口の中でパチパチ弾ける感じもとっても良かったです!」

 

 尻尾を振り、先程自分が味わった感覚を思い出して口元を綻ばせるリリを見て、飛鳥も興味が湧いた。

 

「それじゃあ、二つ貰えるかしら」

 

 ローリーは飛鳥に星屑ドロップという、露店でやっていた型抜きのギフトゲームで一人勝ちして入手した甘味を渡す。

 受け取った飛鳥は、まず一つ、自分の口に放り込んだ。

 

「っ! まぁ、とっても美味しいわ! 弾ける食感には少し驚いたけれど、とても甘いのね」

「だろ?」

 

 飛鳥は戦後間もない日本から箱庭に来た。当然、炭酸飲料なども知らず、口の中で何かが弾けるというのは初体験だ。

 

「ところで久遠、その小せぇのは何だ?」

 

 ローリーが飛鳥の太もも辺りを指差し、見慣れないモノについて尋ねる。

 レティシアもそれを見て、「ほう」と声を漏らした。

 

「群体精霊だな。一人でいるのは珍しい」

「この子は昨日友達になったの」

 

 飛鳥がもう一つのドロップを精霊に与えながら言う。

 精霊は嬉しそうにドロップを口に入れ、その食感に驚いたのか飛鳥の膝の上で跳ね回った。

 

「群体、ってことは基本的に群れで行動してんのか」

「そうだな。このような小精霊は単体での力は弱い。仲間と共にいるものだが、はぐれだろう」

「ふーん。...精霊かぁ」

「...食べさせないわよ」

 

 危険を感じた飛鳥が精霊を庇うようにローリーを睨む。まだ短い期間しか共に過ごしていないが、ローリーの奇行はある程度理解していた。

 

「ま、あとで普通に調べさせてくれればいいさ。それで、春日部の出番はまだか?」

 

 ローリーは少し残念そうな顔をしたが、今は他のことである程度満たされていたのか、是が非でも調べさせろとは言わなかった。

 

「もうすぐよ」

「ここに来るまでの道中で聞いたのだが、耀の相手はあの《ウィル・オ・ウィスプ》だそうだな?」

 

 レティシアが飛鳥に確認する。

 

「そう聞いてるけれど...有名なコミュニティなの?」

 

 首を傾げ、飛鳥が聞き返す。

 

「まぁ有名だが、重要なのは知名度じゃない。《ウィル・オ・ウィスプ》は第六桁に拠点を構える、格上のコミュニティだ。本来七桁のゲームに出てくるものじゃないんだが...」

「そういえば昨日、白夜叉もそんなことを言っていたわね。《ウィル・オ・ウィスプ》ってどんなコミュニティなのかしら」

 

 外門の数字が一つ増えるだけで、その実力には雲泥の差が生まれる。箱庭に来て日の浅い飛鳥はまだそれを理解し切れておらず、強さよりも何者かが気になっていた。

 それに答えたのは十六夜だ。

 

「日本じゃ人魂や鬼火って方が有名かもな。夜の沼地や墓地なんかで青白い光が現れる、って話があるだろ?」

「聞いたことがあるわ。妖怪の類ということ?」

「まぁそんなところだ。世界各地にそういう伝承は残ってるんだよ。現代じゃ可燃ガスなんかが燃えてるだけっていう説が有力だけどな」

 

 十六夜の解説を聞き、ローリーがそれに続いて追加する。

 

「ガスが燃えてるだけ、っつーこともあるが、実際にウィル・オ・ウィスプは存在するぞ。いや、少なくとも俺の世界じゃ実在した、って方が正しいか」

「そうなのか?」

 

 十六夜が興味を示した。

 

「ああ。実際に俺も見たことがある。けど、あれは伝承が形を成したタイプの、そこまで力がある存在じゃあなかった。力の格的な話で言えば、そこの精霊と同じかそれよりちょっと上くらいだな」

「お前がいた世界は本当に楽しそうで羨ましい限りだな」

 

 神秘が科学で塗り潰された世界に生きていた十六夜にとって、ローリーという存在も、ローリーがいたという世界も興味が尽きない。もしローリーと同じ世界で同じ時代に生きていたら、という、柄にもない妄想をしたこともある。

 

「(それでもやっぱり、俺は箱庭に来てたんだろうがな)」

 

 これまで見てきた箱庭、まだ見ぬ箱庭。十六夜の心は生きてきた中で今が一番満たされている。

 

「じゃ、ちょっと春日部にも会ってくるわ」

「私も行こう」

 

 十六夜が感慨に耽っている中、ローリーはばら蒔いた景品を回収して背を向け、レティシアもその後に続く。

 

「...さすがね、ローリーくんは」

 

 見えなくなった同志に、飛鳥が呟く。

 

「今日北側に来たばかりで、もうあんなに“恩恵”を手に入れている。趣味もあるのでしょうけれど、私たちの中で最も《ノーネーム》に貢献してるのはやっぱりローリーくんよ」

「そうだな。そこは素直に評価するべきだ。まぁそれで地元じゃほとんどのギフトゲームに出禁を食らってんだから、プラマイゼロって感じだがな」

 

 十六夜も飛鳥に同意しつつ、自分よりも自由に箱庭を遊び尽くしているローリーへの簡単な評価を下す。

 それを聞いたマンドラが、不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。名無し風情が北側で好き勝手するなど、虫酸が走る。こちらでも出禁にするべきだ」

「それは横暴ですマンドラ兄様! 不正を働いたわけでもない者を一方的に虐げるのは義に反する!」

 

 兄の言葉に、今回の主催の1人である北の階層支配者、サンドラが声を荒らげる。

 元々は《ノーネーム》と親交があり、ジンとも歳が近く仲の良いサンドラだ。いくら相手が名も旗も失った《ノーネーム》であれ、最低限の礼儀は持つべきだと考えている。

 それがマンドラは不満だった。

 

「不正を行っていない証拠もあるまい。サンドラ、お前は甘すぎる」

 

 妹に言い聞かせるように言うマンドラに、次は白夜叉が口を挟んだ。

 

「ふふ。なぁに、あやつは不正は行っておらんだろう」

「何?」

「あやつの実力はこの私も認めるところ。とりわけ純粋な運のみの話であれば、あのローリーという男は私ですら上回るぞ?」

 

 全てが白夜叉に味方する、という運命の操作が施されている《サウザンドアイズ》支店内での運勝負でさえ、ローリーは白夜叉に勝っている。平場で、何の準備もない状態での運勝負になると、まず自分に勝ち目はないだろう、というのが白夜叉の見解だ。

 

「それに、ただ運が良いという話でもない。あやつの行動全てが勝利に繋がらんと息巻いたものだ。故に、あの男は極小の運でさえ呼び寄せる」

 

 ローリーは意識してか無意識か、あるいは神殺しとしての性質か、全ての行為に勝利へ繋がる意思がある。

 先の麻雀勝負も、ただ運が良かったというよりは、流れを読み、白夜叉達の心理を推測し、勝つために最適な手配を整えた。

 最後のピースが自摸という運である、というだけだ。

 

「ふん。最強の階層支配者が聞いて呆れる。ただ名無しに負けただけだろう。己の恥で名無しを持ち上げたところで何になる」

「マンドラ兄様!!」

 

 眉間に皺を寄せ、不満を通り越して怒りにも似た感情を乗せた声を白夜叉に投げつける。サンドラが制止に入るが、マンドラの態度は変わらない。

 それに飛鳥は若干の苛立ちを覚えるが、それよりも先に白夜叉がクツクツと笑った。

 

「なに、見ていればおんしも分かるであろう。ローリー、そしてここにいる十六夜、飛鳥、ゲームに出ている耀。名無し風情と侮るには、こやつらはちと異質だぞ?」

 

 楽しそうに笑う白夜叉を、マンドラは最後まで睨み付けていた。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「よォ春日部」

 

 ゲーム開始を三毛猫と共に待っていた耀が、声に反応してゆっくりと顔を上げる。

 目を向けた先にはローリーとレティシアがいた。

 

「二人とも、来てたんだ」

「お前のゲームを見るために急いで来たんだぞ? 感謝してくれたっていい」

「散々寄り道していたくせによく言うな」

 

 ヒャハハ! と笑うローリーはどこまでも軽薄で、やけに上機嫌だ。耀はローリーの適当具合はそれなりに承知しているため、あまり気にしていない。

 

「ゲームは猫と出てんのか?」

 

 ここに来るまでに、ローリーとレティシアは《造物主たちの決闘》について、軽くだが調べていた。

 創作系のギフトを持つ者が参加資格を持ち、決闘内容は殴り合いやかくれんぼなど多岐に渡る。そしてローリーが気にしていたのが「サポートとして、一名までの同伴を許可する」というものだった。

 猫を「一名」とカウントして良いのかは微妙なところだが、そも人間ではない者が跋扈するのがこの箱庭だ。一つの生命であれば「一名」と呼んで良いのだろう、とローリーは解釈する。

 

「まぁゲーム内容によっちゃ猫が有利なこともある。例えばかくれんぼなら小柄で身軽、どこにでも隠れられる猫の方が、」

「ううん。三毛猫は出てない。私一人」

「...あ?」

 

 十六夜や飛鳥は観覧席にいた。ジンもだ。なら同伴者は猫だろう。そう思っていたローリーの推理が外れる。

 これは単純なローリーの予想外などではない。耀が、ローリーの想像よりも遥かに学んでいない(・・・・・・)ということを意味していた。

 

「何でテメェ、一人で出てンだ」

 

 つい先程まで北側の未知に心を踊らせはしゃいでいたローリーの纏う空気が僅かに変わる。レティシアはそれに気が付いたが、自分が口を挟む必要はないと、黙って二人の会話を聞いていた。

 

「このゲームに勝ったら、いい恩恵が貰えるって聞いた」

「それが?」

「その恩恵で、黒ウサギと仲直りする」

「仲直り?」

 

 いまいち耀の思考が読めず、そも読む必要もないとローリーは素直に聞き返した。

 

「《ノーネーム》を抜けるって言って。冗談だったけど、黒ウサギ、すごく怒ってたから」

「そりゃあ俺らも同罪だろ。つーかこんな面白ぇイベントを隠してた黒ウサギの方が悪い」

「それは違うぞ。コミュニティを抜けるとは、主殿達が思っているよりも重いものだ」

 

 レティシアが注釈を入れるが、そんなものはローリーにとって関係がない。

 なぜ耀が一人で責任を感じ、一人で清算しようとしているのか。それがローリーの問いただしたい部分だ。

 

「十六夜は...まぁこのゲームにゃ過剰戦力だが、久遠やジンもいんだろ。なんで頼らない」

「一人でもできると思って」

「...そうか」

 

 少し考え、もう一度耀に問う。

 期待を込めた、最後の確認。

 

「今回の相手は《ウィル・オ・ウィスプ》だそうだな。相手の能力は分かってんのか?」

「分からない。白夜叉に聞こうとしたけど、名前以外は教えられないって」

 

 耀の回答に、ローリーは珍しく言葉を失った。

 苛立たしげに舌を打つ。

 

「おい春日部。お前、俺がガルド戦の時に言ったことを忘れたか?」

「......協力」

「そうだ。じゃあ改めて聞くぞ。なんでお前は仲間を頼らない?」

 

 耀が黙った。

 主がイジメられていると感じたのか三毛猫が毛を逆立ててローリーを威嚇するが、そんなものでローリーが怯むはずもなく、逆に無言の圧をかけられる。

 尻尾を丸めてしまった三毛猫の頭を撫でて、耀はどこか怯えた様子で口を開く。

 

「...ねぇ、ローリー。仲間に頼るって、どうすればいいのかな」

 

 俯き、ぎゅっと三毛猫を抱きしめた。

 

「今まで、仲間とか、友達とか、私にはそういうの、動物たちしかいなかったから。人に...飛鳥や十六夜に、どうやって頼ればいいのか、分からない...」

 

 耀は決して慢心しているわけではない。

 ガルドの時も、今も、ただ「人に頼る」という選択ができるだけの経験が足りなかっただけ。耀にとって「人に頼る」というのは未経験で、未知の分野だった。

 

 消え入りそうな、耀の精一杯の告白。

 それを聞いたローリーは─────軽薄に鼻で嗤った。

 

「ハッ、バカかお前は。お前、誰かに『頼る』って行為を、何か高尚で美しい『お友達の儀式』か何かと勘違いしてんじゃあねぇか?」

「え...?」

 

 思わず顔を上げた耀に、ローリーは呆れたように言う。

 

「そォいやお前、自分の恩恵を『友達になった証』とか言ってやがったな。なるほどなぁ。そこから間違ってんのか」

 

 ローリーは耀の目の前にしゃがみ込み、耀の怯えた瞳を真っ直ぐに見る。

 

「勘違いすんな。『頼る』ってのはな、弱者が弱者なりに、強者に勝つための立派な戦術だ」

「......戦術...?」

「そうだ。テメェの都合でテメェより強いやつをコキ使う、最悪で最高の武器なんだよ。そこに『友達だから』なんて綺麗な言い訳も、まどろっこしい『頼み方』なんてもんも要らねぇ」

 

 ローリーの言葉を染み込ませるように、耀は黙ってローリーの目を見返した。

 静かに、だが確実に、自分の殻が砕けていくのを感じる。

 

「『勝ちたいから力を貸せ』。それだけでいい。協力ってのは何も『一緒に戦ってくれ』だなんて懇願することだけじゃない。知恵を出し合って、そこで得た情報を固めて、勝利に繋がる道を作る。それが協力ってもんだ」

 

 ローリーは他人を頼らない。しかし利用はする。それも協力なのだと、ローリーは言う。

 どこまでも傲慢に、自分の弱さなんか棚に上げて、使えるものは全て使って勝ちを狙う。それはローリーが《勝者》に至るために培ったモノだ。

 

「お前の《生命の目録》もそうやって使え。まずは、今までの自分の価値観を捨てろ。古いままじゃ勝てねぇなんざ、もう分かってんだろ?」

 

 そう言うと同時に、黒ウサギのアナウンスが響いた。ゲーム開始のために、プレイヤーは舞台へ向かわなくてはならない。

 

「お前は勝つための努力を怠った。相手の情報なんざその気になればいくらでも手に入る。十六夜やジンに聞けば伝承としての知識が、飛鳥に頼ればあいつの《威光》で《ウィル・オ・ウィスプ》のゲームを見てた奴からの情報が得られたはずだ」

 

 白夜叉に聞いたがダメだった。たったそれだけで情報収集という勝利に最も近付ける手を打たなかったことが、ローリーが一番気に食わない行為だ。

 

「お前はこのゲームで負けるかもしれねぇ。自業自得だ。弱いままで足掻こうとしなかったお前が悪い」

「...うん」

 

 耀は俯かない。

 ローリーの言葉を、今度こそ真っ直ぐに受け止める。

 

「...なんかローリー、変わったね」

「あ?」

 

 予想もしていなかった耀の言葉に、ローリーが首を傾げる。今のやり取りに何か変わったことがあっただろうかと思い返すが、特に思い当たらない。

 

「なんていうか、優しく? なった気がする。前はもっと、どうでもいいけど、みたいな感じだった」

「そうか?」

「うん」

 

 ふふ、と耀が笑う。

 こんな時に何を笑っているんだとローリーは訝しんだ。

 

「ありがとう、ローリー。もう遅いかもしれないけど、ちゃんと頑張って戦って、」

「だからそれがダメだっつってんだろうが」

 

 今回の失敗を、これまでの失態を、次のための糧にする。

 そう言おうとした耀に、再びローリーの呆れた声が浴びせられた。

 意味が分からないと黙ってしまった耀に、今まで聞き役に回っていたレティシアが一歩前に出る。

 

「まだゲームは始まっていない。諦めてしまうには早すぎる。そう言いたいのだろう、ローリー?」

 

 ローリーと耀の間に立ったレティシアが、自身の髪を纏めていた黒色のリボンを取り払う。

 その直後、レティシアの体に異変が起こった。

 子供だったレティシアの体がみるみると大きくなり、幼かった顔は凛々しく、小さかった背はローリーに匹敵するまでに伸びる。

 

「......おい、なんだそりゃ。俺も知らねぇぞ」

「ふふ。乙女には秘密の一つや二つあるものさ」

 

 体の成長に伴い、どこか落ち着いて聞こえる声音でレティシアが言う。短い付き合いではあるものの、滅多に見られないであろうローリーの唖然とした顔を見たことで、悪戯が成功したかのように笑ってみせた。

 

「さぁ。従者()を使え、主殿(耀)。黒ウサギとの仲直りのため、ここは一つ『協力』といこうじゃないか」

 

 影を揺らし、レティシアが舞台へ続く道に歩を進める。

 情報の処理が追い付かず一瞬固まった耀が、慌ててその後に続いた。

 

 

 

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