貴賓席に降り立ったローリーを待っていたのは、相変わらず封印されている白夜叉と、そしてもう一人。少し呼吸を乱している耀だった。
ジンとリリはすでにいない。ローリーが白装束の女を蹴り飛ばした後、すぐに黒ウサギの下に向かえとローリーが指示したためだ。
「ローリー!」
「おう。さっきのゲームは中々だったぞ。ジャックがあんなんだとは俺も思ってなかったが、お前もそれなりに─────」
「飛鳥は!? こっちに来なかった!?」
珍しく耀が声を荒らげる。ローリーに掴みかかる勢いだ。
「久遠? 久遠なら下に...あ?」
ローリーが舞台を見下ろすが、そこにあるのはローリーが気絶させた火蜥蜴たちの姿だけ。飛鳥の姿も、先程までいた白装束の女の姿もなかった。
「...そうか、中断されたのは交戦だけ。連れ去るのはOKと。やられたな」
未だ繰り返されている黒ウサギの宣誓を聞き、ローリーが納得する。
それを聞いた耀は俯いた。
「...やっぱり、私が残って戦えば良かった」
「そォいやあの女、お前には逃げられたとか言ってやがったな。何があった?」
「...飛鳥と一緒にここを目指してたんだけど、途中、白い服の女の人に襲われて。ラッテンって言ってた」
「ああ、じゃあやっぱりアイツが笛吹き道化か。女だったから確証がなかったんだが」
縦笛と、他者を操る能力。
“契約書類”に書かれたハーメルンという名前から、ローリーは白装束の女がハーメルンの笛吹き男ではないかと予想していた。
だがその名の通り、笛吹き男の性別は男。実際、
「(ジャック然り、俺の世界とはだいぶ違うな。伝承が形を得たっつー存在だから、細部が違うのか? いや、そもそも
そこまで考えて、一人では確かめようもないと一度思考を切る。
「勝てそうになかったから、二人ともやられるくらいならって二手に分かれたんだ。どっちかが白夜叉のところまで行ければいいと思って」
「そんで久遠がターゲットにされた、と」
未だ息を多少乱しながら耀が話した。
飛鳥が消えた舞台上を再度見て、ローリーが考える。
黒ウサギの宣誓は終わっており、今はどこでも戦いは起きていない。逃げ惑っていた観客たちも、貴賓席から見える範囲では少し落ち着いたように見えた。
「飛鳥、大丈夫かな...」
心配そうに耀が呟く。自分が無事で飛鳥だけ連れ去られた、という事実が受け入れ難いのだろう。
そんな耀の様子を見て、ローリーは一つ気になる。
「春日部、お前ここに来るまでに誰かと戦ったか?」
「え? ラッテンと少しだけ。でもすぐ離脱したよ」
「だったら、ネズミに噛まれたとかは?」
「ううん」
ふむ、と考え込む。
気になったのは、耀の息の荒さだった。耀の体力を考えれば、少し戦闘してただ走っただけで息が乱れるなど考え難い。
「春日部、ちょっとこっち来い」
「? うん」
疑問符を浮かべながらも、耀はローリーのそばに行く。
「少し痛いぞ」
「え?」
ローリーが右手を薙ぐと、耀の左の二の腕に浅い切り傷が出来た。少量の血が流れ、それをローリーが指で掬い、指ごと口に入れる。
「ッ!?」
痛みは大したことではなかった。
だが、突然腕を切られ、その血を目の前で舐められれば話は別だ。
言いようのない嫌悪感に襲われ、耀は反射的に後退る。
そんなことは気にせずにローリーはしっかりと血を飲み込み、顔を顰めた。
「チッ、感染してやがんな。いや、菌ってよりこりゃ呪いに近いか。久遠もこれにやられたか? ...おい春日部、何離れてんだ、こっち来い」
「...嫌」
「は?」
「変態」
「何が? はぁ、もういい」
諦めたローリーが耀に近付く。
耀は後退るが、すぐに壁に背が当たり逃げ場を失った。威嚇するようにローリーを睨むが、そんなことはお構いなしにローリーは耀の頭に手を置く。
「じっとしてろ」
「......」
「睨むな、何が不満なんだよ」
言いながら、耀の身体を淡い光が覆った。
ローリーに付けられた二の腕の傷、先程のゲームで負った数箇所の擦り傷が消え、そして戻らなかった呼吸の乱れと多少の倦怠感が徐々に緩和されていく。
「...? 楽になった」
「そりゃあ治療したからな」
耀の頭から手を離し、考え込む。
数十秒ほど「そうなのか? そうかも」などとブツブツ呟いたローリーは、一つの結論に辿り着く。
「おい白夜叉」
「なんだ、参戦条件が分かったか?」
「ボチボチな。それより交渉テーブルってのは全員参加しねェと成立しねェのか?」
「いや、代表者だけで良い」
「そォか」
ローリーが顔を歪めて嗤う。
この顔をしたローリーは面倒だ、と耀は経験から知っていた。
「春日部、お前は黒ウサギたちと合流しろ。そんで十六夜に伝えろ。『黒死病が絡んでる』ってな」
「黒死病?」
「ああ、お前が感染してた病気だ。お前がネズミに遭遇してないってとこまで伝えろ。まァ十六夜なら自力で辿り着いてるかもしれねェが」
「ローリーはどうするの?」
「俺は久遠を取り戻しに行ってくる」
ヒャハハと嗤うローリーは、仲間を攫われた怒りに駆られているようには到底見えない。
むしろその逆。獲物が自ら巣穴を教えに来たとでも言いたげな、獰猛な瞳だった。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
境界門・舞台区画。大祭運営本陣営、その貴賓室。
「それでは《The PIED PIPER of HAMELIN》の審議決議、および交渉を開始します」
厳かに黒ウサギが告げる。
交渉の席に着いているのは、黒ウサギを除きプレイヤー側が四名、ホスト側が三名。
プレイヤー側は《サラマンドラ》からサンドラとマンドラ、《ノーネーム》からジンと十六夜が出席している。
腕を組んで背もたれに体重を預けながら椅子に深く腰掛けた十六夜は、テーブルを挟んで対面にいるホスト側の三名を順に見た。
十六夜が先程小競り合いをした軍服の男と、白装束の女が立っている。そしてその真ん中で、白黒斑のワンピースを着た少女が座っていた。
「(ふぅん...
耀から聞いた「黒死病が絡んでいる」というローリーの伝言。ネズミもいるが、それを介さない感染経路があるという。
「(ノミの可能性もあるが、まぁ相手は箱庭の魔王だ。細菌を直接体内にぶち込んできてもおかしくはない)」
警戒はするが、今この場で出来ることは少ない。
メインで動くべきは自分ではなくジンだと、十六夜は一度思考を止める。
「まず“
「不備は無いわ」
黒ウサギの言葉を遮り、斑の少女が淡々と吐き捨てる。
「受理してもよろしいので? 黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘はすぐにバレてしまいますよ?」
「構わないわ。そしてそれを踏まえた上で提言するけれど、私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられている。この意味、分かるわよね?」
涼やかな瞳で黒ウサギ、そしてサンドラを見つめる。対照的にサンドラは歯噛みした。
「...不正が無かった場合、そちらに有利な条件でゲームを再開させろと?」
「ええ、そうよ。条件は審議の後で交渉しましょう」
「......分かりました。黒ウサギ」
「は、はい」
斑の少女の態度が予想外だったのだろう。動揺を隠せず頷いた黒ウサギは、天を仰いで耳をピコピコと動かす。
「.........。箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も正当な手段で行われたもので、クリア方法も存在しています」
ギリ、とサンドラが奥歯を噛み締める。
これでプレイヤー側は一気に不利な状況へと追いやられた。
斑の少女がくすりと笑う。
「当然ね。じゃ、交渉に入りましょう。ルールは現状維持。問題はゲーム再開の日取りよ」
「日を跨ぐと?」
サンドラは意外な声を上げた。
スゥ、と十六夜が目を細める。ジンもまた、緊張した面持ちを更に強張らせて耳を傾けた。
「
「さ、最長でございますか? えぇと...今回の場合であれば一ヶ月でしょうか」
「じゃ、それで────」
「待ってください!」
ジンが声を上げた。
ジンは一度スゥと一度深く空気を吸い、力強く口を開く。
「主催者に問います。そちらの男女はヴェーザーとラッテンだと聞きました。もう一体、白い巨人は
「ペストだと!?」
マンドラが驚愕に満ちた声を張り上げる。人類史上最悪の疫病の名が出てくるとは思っていなかったのだろう。
ローリーの伝言もそうだが、何よりハーメルンの笛吹きの伝承に語られるネズミを操る道化が斑模様であること。そこから、『一三〇人の子供達は黒死病で亡くなった』という考察がある、ということをジンと十六夜は知っていた。
問われた少女───ペストは薄らと微笑を浮かべる。
「...ええ、正解よ。お見事、名前も知らない貴方。よろしければコミュニティの名を聞いても?」
「《ノーネーム》、ジン=ラッセルです」
ガタッ、と激しい音が鳴った。
ペストからではない。音の出処はその左隣。ラッテンが大きく動揺し、足をテーブルにぶつけていた。
「...? どうしたの、ラッテン」
「い、いえ...なんでも」
痛そうにしゃがんで脛を抑えるラッテン。
少し不思議そうに見ていたペストだが、すぐに会話に戻った。
「ジンね。覚えておくわ。でも残念、確認が一手遅かったわね。私たちはゲーム再開の日取りを左右出来ると言質を取っているわ。もちろん、参加者の一部にはすでに病原菌を潜伏させている。無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」
「それは、」
「お前らは駒が欲しいんだろ?」
ジンの言葉に被せるように十六夜が言う。
ペストも意外そうに十六夜に目を向けた。
「聞けばお前ら、新興のコミュニティらしいじゃねぇか。だったらこのゲーム、俺たちを殺すより屈服させて服従させたい。違うか?」
「だったら何?」
先程までのペストの涼やかな顔がわずかに崩れる。
「一ヶ月後、俺たちの中で何人生き残る? 感染者を見たが、症状からしてこれは肺ペストだ。未治療での死亡率はほぼ一〇〇%。満足な医療環境も無い現状じゃ、生き残りは一割を切るだろうな」
今度は明らかにペストの表情が変わった。
笑みを消し、眉を顰めて十六夜を睨む。
「交渉しようぜ《
「却下よ。...そうね、二十日後。それなら手を打つわ」
「ならば発症した者を殺す」
そこにマンドラが参戦する。
ブラフにしては真剣すぎるその声に、全員がマンドラを振り向いた。
「例外はない。たとえサンドラであろうと、月の兎であろうと、この私であろうと殺す」
あまりにも過激な宣言。だがこれは良い手札だと十六夜が続ける。
「こちらは『自決・同士討ちを禁ずる』を付け加える。それで五日後だ」
「二週間よ」
舌打ちしつつ、十六夜は内心でほくそ笑む。
二週間は謎解きを行うには十分な時間だ。先程ジンが口走りそうになった、こちらの最大の手札───ローリーが黒死病を治療できるという情報。この手札がある限り、再開の日取りなど無意味に等しい。むしろ時間が伸びれば伸びるほど謎解きの猶予が増え、勝率が上がる。
この手札を隠すためにわざと交渉を持ち掛けたが、予想通りに事が動いた。
あとは妥協してやったというテイで二週間という条件を飲む。それで交渉は終わりだ。
「はいはぁい♪」
しかし、そう簡単には転ばないのが箱庭の、魔王のゲームである。
ラッテンが手を上げた。十六夜も、ジンも、ペストまでもが訝しげに彼女に振り向く。
「提案なんですけど、再開日を一週間後にしません? その代わり、こちらの条件をもう一つ飲んでもらう、ということで♪」
十六夜たちに、というよりはペストに向けて言う。
しかしペストはラッテンの真意が読めない。
「二週間でも随分と譲歩してあげたのよ。それを一週間後? 条件は何?」
交渉はホスト側とプレイヤー側で行われていた。だというのに、今はホスト側がホスト側と交渉している。
異様な光景を前に、十六夜は一度黙って内容に耳を傾ける。
「一人、不参加にした方が良いやつがいます」
「そ。なら却下よ」
先程までの浮ついた声ではなく、真剣そのもの。
それだけ本気なのだと、付き合いの長いヴェーザーは感じ取る。
だが、ペストはその条件を受け入れない。意味がないと判断した。
「では、参加はさせるけれど戦闘にもゲームの攻略にも一切手出しさせない、だったらどうでしょう」
「...貴女、一体誰を恐れているの?」
ラッテンは引き下がらない。
ここが分水嶺だとでも言わんばかりにペストへ提言する。
「相手に、魔王を名乗る男がいました」
誰の話をしているのか察したジンが抗議しようとするが、十六夜がそれを止める。
「魔王? それ、ホント?」
「確証はありません。本人が名乗っていただけなので。ただ、実力も、あの存在感も本物でした。...あまりこの場では言いたくありませんが、マスターでも危ないかもしれません」
自身の忠臣の言葉に、ペストは一瞬考える。
そこが好機だと十六夜が割って入った。
「お前たちの言ってるのはうちの同志だ。白夜叉ともやり合ったことがある。勝敗は、確か二勝一敗だったな」
麻雀の勝敗を思い出した十六夜が告げる。
それを聞いたペストは目を見開き、黒ウサギを見た。
「...
「......。回答がきました。事実です」
「嘘でしょう?」
ジャッジマスターは嘘をつけない。
それが分かっていてなお、ペストは信じられなかった。白夜叉とはそれ程の存在だ。
ギフトゲームの内容に触れられる前に十六夜は攻める。
「そいつの不参加で六日だ」
「...十日よ。それ以上は、」
「黒ウサギも参加させる。黒ウサギは今は審判で、参加者扱いじゃないんだろ? お前らが勝てば黒ウサギも手に入るようになる」
「............」
「ではそれに追加して、八日目を迎えた時点で僕たちの敗北とするルールを追加します」
沈黙したペストに、ジンが追い討ちをかけた。
黒死病の治療ができないとなれば、発症者が耐えられるのは一週間が限界。それ以上はどの道ジリ貧だと判断する。
「本気? そのルールで私たちに勝てると思っているの?」
「勝てます」
脊髄反射のような回答と、一切迷いのない真っ直ぐな目。
魔王を相手に緊張していないと言えば嘘になるが、正直なところ、ジンにとってはローリーの相手の方が肝が冷える。それ故の、力強い瞳でペストを見据えた。
「.........」
対して、ペストは不快を募らせる。
正体不明の自称魔王と、大きな口を叩く少年の態度。交渉も、気が付けば相手のペースだ。
ペストは魔王を名乗ることができるが、魔王としては若輩者でもある。思うようにゲームメイクができないというのはある種仕方のないことではあるものの、どれもこれもが気に食わない。
「.........その自称魔王も参加。ただしゲームには一切関与しない。これで一週間よ」
「乗った。交渉成立だ」
ペストは壮絶な怒りを瞳に灯し、乱雑に立ち上がった。
同時に、激しい黒風が貴賓室を吹き抜ける。参加者たちが顔を庇う中、主催者───黒死斑の魔王は姿を消し、彼女たちがいた席には一枚の黒い“契約書類”だけが残されていた。
『ギフトゲーム名《The PIED PIPER of HAMELIN》
・プレイヤー一覧
現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者、および主催者の全コミュニティ(《箱庭の貴族》を含む)
・プレイヤー側、ホスト指定ゲームマスター
太陽の運行者・星霊 白夜叉(現在非参戦のため、中断時の接触禁止)
・プレイヤー側禁止事項
一、自決および同士討ちを禁ずる。
二、休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ずる。
三、《ノーネーム》所属の魔王を名乗った男のゲーム攻略、および中断時のプレイヤーとの接触を禁ずる。
・ホストマスター側勝利条件
一、全プレイヤーの屈服、および殺害
二、八日後の時間制限を過ぎた時点で無条件勝利
・プレイヤー側勝利条件
一、ゲームマスターの打倒
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ
・休止期間
一週間を相互不可侵の時間として設ける
宣誓。上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
《グリムグリモワール・ハーメルン》 印 』
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
無人となった展示場。ペスト達はここに本陣を置くことにしていた。
ゲームの再開は一週間後。持て余した時間を如何にして過ごすかと考えた時、様々な美術品が展示してあるこの場所が良いと判断したためだ。
「マスター、ありがとうございます♪」
ラッテンが白装束の尾ひれを揺らしながら、ニコニコとペストに感謝を述べる。
ペストはそんなラッテンを見ることもなく、冷めた表情のままだ。
「別に。昔から魔王のコミュニティにいた貴女の判断でしょう? 実際に見てみないと分からないけれど、それなりの条件は引き出せたから問題無いわ」
「《箱庭の貴族》を参加させられたのはデカいな」
ヴェーザーが言う。
《審判権限》は強力だ。白夜叉だけでなく黒ウサギまでも引き入れられるというのは、箱庭において非常に強い立場を手に入れるということになる。
「それにしてもラッテン。その自称魔王ってのはそこまでか?」
魔王を偽称するという行為は箱庭において何もメリットがない。だからこそ魔王を名乗るのであれば偽りなく魔王なのだろうが、それほどの存在を見落としていたとは考え難い。
先程十六夜と戦ったヴェーザーは、十六夜と同レベルのただの強者ではないか、と疑っていた。
「んー、ホントのところの実力は分からないわねぇ。っていうか私じゃアレとは勝負にならないだろうし」
「...ま、未知の強敵ってんなら封じといて損はねぇか。不確定要素は少ないに越したことはないし、勝ったら俺らの仲間になるんだから、ほんとに強けりゃ万々歳だ」
どの道ゲーム攻略には出てこないのだから、今は考えても意味がない。
代わりに、ふと別の話題を思い出したヴェーザーがラッテンに問う。
「そういやラッテン。結局、《ラッテンフェンガー》の偽物は見つかったのか?」
「あー、全然。ネズミ共は何か見つけたみたいだけど、取り逃したみたい。まぁゲームには参加してるみたいだし? 八日目には全部分かるわよ。そ・れ・よ・り♪」
肩を竦めて答えたラッテンが顔を綻ばせながら、相も変わらず無表情のペストに近付く。
「ねえねえマスター♪ これからの一週間、何して過ごします〜?」
「予定は無いわ」
「だったらとりあえず展示品を見て回りましょうよ〜! さすがは《階層支配者》の任命祭、って感じで良い物がたっくさん展示してありますよ〜♪」
ふんふん、と鼻歌でも歌い出しそうなほどハイテンションに、ラッテンが周りの展示品を指差す。
しかしペストは興味がないのか、眉の一つも動かさない。先程の怒りが尾を引いていることもあるのだろう。平坦な声音で、ラッテンを一瞥もせずに告げる。
「見たいなら一人で行ってきなさい」
「えー! つまんなーい! ...そうだ! 紅いドレスの女の子を連れてきてるんですよ! 中々面白そうな子で、人心を操る“恩恵”を持ってるっぽいんですよねぇ。会いに行ってみます?」
「捕虜なら好きにすればいいわ。どうせやる事もないのだし。私はここで、」
「────おいおい。つまんねェこと言ってンじゃあねェぞ、魔王」
不意に、男の声が展示場に響いた。
ヴェーザーが身の丈ほどはあろうかという巨大な笛を槍のように構え、声の発生源に鋭い視線を向ける。
コツン、コツンと、展示場の奥から足音が鳴る。姿は見えない。奥にあるライトは、展示品の雰囲気作りのためなのか非常に薄く、全体を照らしてはくれていない。
ラッテンは笑顔を潜め、ペストもゆっくりとそちらを向いた。
「...あら。相互不可侵のルールを敷いたのだけれど、早速ルール違反?」
「あ? なんだそりゃ。ンなもんあの“契約書類”のどこにも書いてなかっただろうが」
足音は徐々に大きくなり、その姿がペストたちにも視認できるまで近付いた。
ラッテンが一歩後退る。
「ああ、いや。ルールが変わった、それか追加でもされたか? しかしまぁ、別に殺そうだなんて思ってねェし、何より全体周知してねぇ方が悪ィだろ。違うか?」
男────ローリー・コリンズが悪びれることもなく、堂々とその姿を現した。