ラッテンの額に汗が滲む。
ルール上、目の前の男はこちらに手出しできない。ゲーム攻略以前に、現在はゲームの休止期間だからだ。
だが、相手は魔王を名乗る男。《主催者権限》を所持し、それで無理やり仕掛けてくることが絶対に無いとは言えない。
男は、先程制定された新しい“契約書類”を読んでいる。
「おい、俺が参加できねェっつーのはどォいうことだ」
「ということは、貴方が自称魔王で合っているのね? 参加はしてるわよ。ただ、攻略には一切関与できないだけ」
「不参加より理不尽だな」
ペストの返答に、ローリーが苛立たしげに舌打ちする。
「まァいい。とりあえず俺の質問に答えろ」
「随分と上からね。ま、いいわ。歯痒い思いをしている貴方の質問に答えてあげる。内容にもよるけれど」
「別に難しいことを聞こうってわけじゃねェさ。ゲーム攻略にも影響がない、ただの確認だ」
“契約書類”から顔を上げ、ペストたちを順に見た。全員をゆっくり値踏みするように見た後、最後にもう一度ペストを睨む。
「お前が魔王で間違いはないな?」
「ええ、そうよ」
淡々とペストは答える。
ローリーの言う通りゲーム攻略には何の関係もなく、隠すようなことでもない。
ペストを睨み付けていたローリーが、ため息とともに視線を外した。
馬鹿にされているのか、と感じたペストが怒りを滲ませる。
「...何?」
「別に。ただまぁ、ちょっとした俺自身の確認だ。お前がどうこうって話じゃあない」
どこか虚しそうにペストを見るが、ローリーの目はペスト以外を見ているようだった。
その態度が更にペストの自尊心を逆撫でする。
「じゃあ、今度はこちらの質問に答えてもらうわ。貴方、魔王なの?」
「おう」
何でもないように答えるローリーに、ペストの警戒が高まる。
「...魔王が《ノーネーム》なんかに従ってるなんて、とんだ弱者ね」
「ハッ、テメェもたかが肩書きで判断するクチか? 底が知れたな、箱庭の魔王。どォせこの新ルールも十六夜か、それかジン辺りに言いくるめられたんだろ。弱ェのはどっちだ、魔王モドキ」
「っ、待てマスター!」
明らかな嘲笑を受けたペストが、ヴェーザーの警告よりも先に右手を翳す。黒い風────ペストの呪いがローリーを包んだ。
「あーあ、やっちまった。相互不可侵のルールがあるだろ」
「挑発してきたのはあっちよ。相互不可侵を武力に限った覚えはないわ。それに死にはしないから大丈夫、ただの警告よ。高熱で動けなくなるだけ」
ふふ、とペストが嗤う。
交渉から始まり、ローリーからの侮辱のような挑発行為。ペストの我慢も限界だった。
それでも殺すつもりはない。高熱で動きを封じるだけという選択に留めたのは、彼女なりの自制だった。
後頭部を掻いたヴェーザーはため息を吐く。
「───挑発だ? 笑わせんな。テメェが図星つかれて勝手にキレただけだろうが」
黒い風の中で、ローリーが平然と言い放った。
ペストの表情が崩れる。ヴェーザーもまた、警戒の色を強めて笛を強く握った。
「...貴方、何者? 死にはしなくても、動けなくなる程度には強く
「その程度で俺を呪えるつもりだったか? 残念、俺にはテメェの呪いなんざ及ばねェ
黒い風が、ローリーの放った風に掻き消される。
自身の力を「その程度」と見下されたことに腹が立つが、効果がないことは事実。言い返せず、ペストが歯噛みする。
ラッテンがローリーを睨んだ。
「...貴方、何をしにここに来たの?」
「そこがもう違う。俺がここにいて、お前らが来たんだ」
「なにを...」
ラッテンが言い返す前に、ローリーが右手を軽く上げる。指を一本立て、ラッテンへ向かって振った。
すると、ローリーの背後から数匹のネズミの死骸が浮かび飛んでくる。
「久遠はもうここにはいねぇぞ? 今頃、テメェの言う“偽物”とやらとどっかで遊んでる頃だろうな」
ラッテンが咄嗟に縦笛を吹く。
しかし何も起こらない。縦笛の音色が届く範囲に、ネズミは一匹も残っていなかった。
その様子を見て、ペストは理解する。
「...そう。私たちが交渉の場に出向いてる間に、貴方は仲間を助けた。交渉中の戦闘は禁止だったけれど、救助はその限りではなかった」
返事はない。沈黙は是なり、と判断する。
相互不可侵は未来の行為に対する契約だ。制定前の行為は縛れない。
「さて、これでお前らはルールを破ったわけだ。挑発が云々と言ってやがったが、そりゃあお互い様だな?」
ローリーが厭らしく嗤う。
最初からこちらに手を出させることが目的だったのか、とヴェーザーが奥歯を噛むが、今更気にしたところで始まらない。
「ルール違反にはそれ相応の罰が必要だ。交渉といこうか」
ペストの顔が歪む。
本来なら先程でローリーは行動不能。プレイヤーとの接触が禁止されているローリーは誰にも状況を伝えられず、そうなればゲームが終わるまではローリーに手を出したことも表に出ない。
ゲーム終了後に発覚しても後の祭り、という想定が崩れた。
この状況はペストたちにとってかなり不利だ。最悪、この場でペストたちの敗北が決まる。
身構えるペストたちを、ローリーは鼻で笑った。
「そう警戒すんなよ。別に取って食おうとか、ましてこれでお前らのゲームを終わらせようなんてつまんねェこたぁ言わねぇよ」
「じゃあ何を言うつもり? 自分も攻略に入れさせろ、とかかしら」
「それじゃあ俺が楽しめねぇ」
意味が分からないペストが首を傾げるが、ローリーはそれを無視する。
瞬間、ペストたちの目の前に一枚の羊皮紙が現れた。
『ギフトゲーム名《余興》
・ホスト一覧
ローリー・コリンズ
・プレイヤー一覧
ペスト、ラッテン、ヴェーザー
・プレイヤー側勝利条件
一、ホストの殺害
二、謎が指し示す《世界の核》を破壊せよ
・プレイヤー側敗北条件
一、上記の勝利条件を満たせず、三日が経過した場合(三度目の夜が明けた時点で敗北)
二、プレイヤーが《世界の核》以外のものを三つ破壊した場合
三、上記の勝利条件を満たせなくなった場合
─────黒が街を喰らう。
それでもただ一つ、黒に染まらぬものがある。
失われてもなお還るものをその身に抱き、時が触れるたび伽藍の躯は打ち震え、近くも遠くもその声を落とす。
死を知る者よ、それをお前は知っている。
・特記ルール
一、プレイヤーの破壊行為は《夜》のみ可能
二、ホストは《夜》のみ行動可能(プレイヤーは昼夜問わず行動可能)』
「ゲームをしようぜ、箱庭の魔王。何、ただの暇つぶしだ。気楽に楽しんでけよ」
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
時は少し遡り、《グリムグリモワール・ハーメルン》と《サラマンドラ》、《ノーネーム》の交渉が行われている真っ最中。
境界壁の大空洞を利用した展示場に、小さな、そして切なげな声が響いていた。
「あすかぁ、あすかぁ...!」
声の主は飛鳥が連れていた群体精霊だ。
涙を流し、寝そべった飛鳥を小さな体で必死に揺さぶっている。
「...大丈夫よ。だから泣かないで」
ゆっくりと目を開けた飛鳥が、人差し指で精霊の頭を撫でた。まだ意識がはっきりしていないのか、立ち上がろうとはしていない。
ぼぅっとする頭を回し、気絶する前の記憶を掘り起こす。
「...私は確か、白い女に襲われて...そうよ、あの女ッ...!」
ガバッ、と勢いよく起き上がり、そして目眩を起こす。額を押さえてみると、妙に熱っぽい感覚があった。
「そうだわ、思い出した。戦ってる最中も目眩がして、その隙をつかれて...!」
腹を蹴り飛ばしてきた、ラッテンと名乗った女を思い出して怒りを覚えるが、体が言うことをきかない。
風邪だろうか。そう思い、虚脱感に任せて再度地面に横たわる。土の匂いが飛鳥の鼻腔を撫でた。少し湿っていて冷たいが、今はその冷たさが気持ち良い。
暗い天井を睨み上げ、右腕で目元を抑える。
「...また、負けたのね」
怒りと悔しさが同時に込み上げる。
精霊が心配そうに飛鳥の顔を触るが、そちらに気を割ける余裕が飛鳥には無かった。
「よォ久遠、何泣いてやがんだ」
「.........。貴方ね、音もなく近寄ってくる上にデリカシーも無いの?」
「なんだお前、まだ俺にそんなもんを期待してんのか?」
いつの間にか隣に蹲踞のような姿勢で座っていたローリーに、飛鳥が恨みがましく言う。
ケラケラと笑ったローリーはそのままの姿勢で返した。
「ここは展示場よね。貴方が助けてくれたの?」
一度目元を拭った飛鳥が上半身だけ起こす。
精霊を肩に置き、ローリーに聞いた。
「いや、これから助けるところだ」
「これから? ...何してるのよ」
ローリーが飛鳥の頭に手を置く。
突然の行動を理解できなかった飛鳥が不満を込めた視線を送るが、ローリーはそれを無視した。
淡い光が飛鳥を包む。すると徐々に、飛鳥の中から倦怠感が消えていく。
「よし」
数十秒。
たったそれだけの時間で、先程まで飛鳥を襲っていた倦怠感は完全になくなり、目眩も、熱も引いた。
不思議そうに自分の体を見たあと、飛鳥はローリーを見る。
何をしたのか、と目で訴えてくる飛鳥に、ローリーは答えた。
「ペストって知ってっか」
「ええ。北里先生が見つけた病気でしょう?」
「キタザト? 誰だそりゃ」
「なんで聞いてきた貴方が知らないのよ」
ふぅむ、とローリーは考え込むが、すぐにそれを止める。
「まァいい。その件は後でだ。お前は今、そのペストを発症してた」
「そうなの? 箱庭にもペストがあるのね」
「多分だが、さっき攻めてきた魔王連中の中にペストの擬人化みてぇなやつが混じってるんだろうな」
「相手は《グリムグリモワール・ハーメルン》というコミュニティ名なのでしょう? ハーメルンの話は詳しくないけれど、なんでペストがいると思うの?」
「ガキ共が消えた原因がペストだった、っつー説もあるんだ。まァ間違った説だけどな。ありゃあ魔術師の仕業だ」
「魔術師?」
「ああ。ヒトを操る魔笛でガキ共を攫って、ガキ共を生贄に大規模な儀式をやりやがったんだよ」
どこか苛立たしげに告げるローリーに、飛鳥は疑念の目を向けた。
「もしかして、怒ってるの?」
「あ? 何にだよ」
「子供が使われたという部分が気に入らないのではなくて?」
「ハッ。どォでもいいとまでは言わねェが、別に気にすることもねェ。俺がいない時代の話だ」
鼻で笑うローリーだが、態度は相変わらず刺々しい。だからどうした、という話ではあったが、それでも飛鳥は無性にその態度が気になった。
「そうなの。それじゃあ、貴方がいた時代で同じことが起こったら?」
「起こさせねェよ」
「起きたと仮定した時の話よ」
「魔術師を殺す」
あまりにも迷いのないその言葉に、飛鳥が一瞬詰まった。
当たり前だと、何を決まりきったことを聞いているのかと、そんな目を見て背筋が冷える感覚がある。
「...止める、ではなく?」
「言葉や圧力で制したってそいつの本質は変わらねェ。いつか、絶対にまたやる。人間ってのはそォいう生き物だ」
未来の多数を救う為に、現在の一人を切り捨てる。例えそれが小さな可能性、杞憂に終わることであっても、その芽を摘む。
それは、雑に言ってしまえば功利主義であり、独善的な思想。そして統治者に求められる決断力だ。
「(...本質は変わらない、人間はそういう生き物、ね)」
だが同時に、危険な思想でもある。
ローリーの思想は、極論ではあるが個人の尊厳、思想、命すら「全体のため」という名分のもとに冷徹に排除されていく超管理社会に行き着きかねない。誰も彼もが
それに似た世界を飛鳥は見てきた。私欲に塗れたものだったが、ローリーのソレは私欲ではなく、王としての判断のように思える。
だからこそ質が悪い。
「...あまりヒトを低く見積もらないでもらいたいわね」
「なんだよ、やけに突っかかるな。別に下に見てるってワケじゃあない。そっちの方が
ごく自然に、何の含みもなく吐き出されたローリーの言葉に、飛鳥はわずかに恐怖を覚えた。
悪人ではない。しかし善人でもない。
そもそも、善悪などという概念が介入しているようには見えない。
魔術師を殺すというのも、人間が好きだというのも、どちらもきっと本心なのだろうと飛鳥は思う。
機械的な判断を下し、それでも「人間が好き」と言ってしまえる精神性を、飛鳥は理解できなかった。
「つーか、ンなこたァどォでもいいンだよ。それよりも今はゲームの話だ」
ため息を吐いたローリーが、一枚の羊皮紙を拾う。
「プレイヤーは久遠、クリア条件が
いつからそこに落ちていたか分からない羊皮紙に飛鳥が一瞬警戒したが、ローリーが読み上げた内容で警戒よりも疑問が勝った。
奪うように羊皮紙を取り、目を通す。
『ギフトゲーム名《奇跡の担い手》
・プレイヤー一覧
久遠飛鳥
・クリア条件
神珍鉄製 自動人形《ディーン》の服従
・敗北条件
プレイヤーが上記のクリア条件を満たせなくなった場合
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、《 》はギフトゲームに参加します。
《ラッテンフェンガー》印』
「これ、“
「あすか」
飛鳥が読み終わると同時に、精霊が飛鳥の肩から飛び降りて飛鳥の前に立つ。
幼い表情は、どこか寂しそうな、切なそうな、しかし少しだけ嬉しそうな、様々な感情が渦巻いているように見えた。
「───わたしたちから、あなたにおくりもの」
目の前の精霊ではなく、声は四方八方から響く。
「どうか受け取ってほしい。そして、偽りの童話────《ラッテンフェンガー》に終止符を」
大きいとも、小さいともとれない不思議な声だった。
飛鳥が周囲を見渡すと、いくつかの光がふわふわと漂っている。
「...なるほどなぁ。つまり、お前らが攫われたガキ共だな?」
ローリーの言葉を聞き、飛鳥は目の前の精霊が何と呼ばれていたか思い出した。
そして、今まで一緒にいたとんがり帽子の精霊を見ると、飛鳥に向かって申し訳なさそうに笑っている。
「一つ、訂正します。異世界の王さま」
展示品の陰から、壁の中から、少しずつ光の球が溢れ出す。
それはローリーと飛鳥を囲むように浮遊していた。
「わたしたちがハーメルンで犠牲になった一三〇人の御霊、ということはその通り。ですが、死因は別。天災によって命を落とした者たちです」
「なんだと?」
ローリーの眉間にシワが寄る。そして考え込むように俯いた。
「...ゲームへの参加は私だけ? 私を試していたの?」
「いいえ。その子と貴女の出会いは偶然です。そこに群体としての意識的介入はありません」
だからこそ、最後の奇跡。故意ではなく、幼いとんがり帽子の精霊が運命的に惹かれた者が飛鳥なのだと群体は語る。
「全てを語りましょう。一二八四年六月二十六日にあった真実を」
「偽りのハーメルンの正体を」
「そして捧げましょう。我々が造り上げた最高傑作を」
「星海龍王より授かりし鉱石で鍛え上げた、最後の
八方から語りかけられる声に、飛鳥は“契約書類”に目を通した。
そこにはまだ、《ノーネーム》のサインがない。このギフトゲームを受けるか否かの選択は、飛鳥に委ねられている。
「受けろ、久遠」
いつの間にか顔を上げていたローリーが言った。
寄せられた眉間のシワはそのままに、未だ疑問は晴れていない様子で、群体精霊たちを見つめている。
「貴方がそう言うなんて、この自動人形というのはそんなにすごい恩恵なのね。これがあれば、奴らに勝てる?」
「さァな」
「そう。なら拒否する理由はないわね」
できないことはできないとハッキリ言うローリーが、「分からない」と言った。
ローリーの言葉が無くともゲームを受ける気ではあったが、それが最後のひと押しとなり、筆を走らせて“契約書類”にサインする。
「おいガキ共、場所はここじゃなきゃダメか?」
「? いいえ、場所の指定はありません」
「そォか。なら移動しろ。ゲームの邪魔をされたくなかったらな」
「...ええ。王さまがそう言うのであれば。ですが、ディーンを敵に気付かれずに移動させるには少し手間がかかります」
「そこは問題ない」
自動人形がどこにあるのか、と目で訴えたローリーに応え、群体から一つの光がローリーの下に舞い降りる。そのまま展示場の奥へ向かってフワフワと飛び出した。ローリーはその後を歩く。
「なぜ場所を変えるのかしら」
「お前はあの露出狂に攫われてここにいるんだぞ。あいつらが戻ってきた時、ゲームがクリアできてなかったらどうなる?」
言われて気付き、ローリーに続いて歩き始めるが、そこで一つ違和感を覚えた。
「(...何かしら。勘違いかもしれないけれど...少し丸くなった?)」
以前までであれば、ローリーはそもそも口出しなどしていなかったような、とこれまでを振り返る。
投げやりな助言はするものの、ここまで導くようなやり方ではなかった。経験をさせてから、成功しようが失敗しようが、結果について言及する。過程には口を出さない。そういうスタンスだったはずだ。
それが、ゲームを受けるように言うだけでなく、自分が見落としていた危機を事前に知らせてくれている。
「(仲間意識...は少し違う気がするわね。彼はそんな人間ではないだろうし。ということは、今回はそれほど危険な相手ということ?)」
まぁ魔王だものね、と一旦の結論を出す。
簡単に流して良いものではないとは思うが、今考えることでもないだろうと、飛鳥は自身が受けるゲームに意識を移し始めた。
精霊に着いて行き、展示場の最奥。そこに鎮座しているのは、十メートルはあろうかという紅い巨躯だ。
「おぉ、こりゃあ立派だなァおい! 神珍鉄は昔見たが、ははぁ、これを
「有名な人?」
「いや、俺は知らねェ。けど神珍鉄ってこたァ四海龍王の繋がりだろォな。ただ、四海龍王は龍王共の総称だ。神珍鉄を造った太上老君が星海龍王って名乗ってる可能性の方が高いかもな」
興奮気味に巨躯を見上げるローリーを見て、飛鳥は「ただディーンを見たかっただけか」と先程までの考えを改める。
しかし、ローリーの興奮も理解できないわけではなかった。
紅と金の華美な装飾に加え、太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描いているその姿は、例えようもなく派手だ。人間の倍はあろうかという巨大な拳と足、寸胴な頭と胴は、神々しさとともにどこか愛らしさも感じられる。
「けれど確かに、この巨体を動かすのは手間ね。これならいっそ、ここで奴らが来る前にゲームをクリアした方がいいんじゃない?」
どうやって展示場に入ったのかも不明なほどの巨体だ。動かすとなると、それなりの存在感が出てしまう。
「問題ねェ。誰もいない場所に転移させてやる」
「ああ、そういえば貴方、転移の魔術が使えたわね。こんな巨体も転移できるの?」
「ギリギリだけどな」
数歩前に出て、飛鳥とディーンの間に立つ。
ローリーの前に、一つのウィンドウのようなものが展開された。恐らくどこかの映像だろうと、以前に見た遠視の魔術を思い出したが、飛鳥の位置からは映像の中身までは見えない。
ローリーがスゥと息を吸うと、場が静寂に包まれた。
てっきり「白夜叉の真似」と言いながらやっていた指鳴らしで転移が始まると思っていた飛鳥は、不思議そうにローリーを見る。
「《此岸と彼岸。背を合わせし双極は此処にあり》」
ローリーが告げる。
言葉の一つ一つに呪力が込められ、その声は決して大きくは無かったが、展示場内に浸透するように響いていた。
「(呪文? 確か十六夜くんが言っていた、権能を使う前の...? ということはこれって、魔術ではなくて────)」
「《我が眼は彼方を捉え、我が
瞬間、飛鳥の視界が変化した。
無骨で、展示品のためにあえて質素なままにされていた大空洞から、薄暗く明かりも最低限な、しかし煉瓦で舗装された広い空間へ。
少し見渡せば、ディーンも、群体精霊たちも同じように転移されていることが見て分かる。
「...本当に、何柱の神を屠ってきたのよ」
本物の神というものを、飛鳥はまだ見たことがない。だがそれでも、神という存在が強大であるということは分かる。
呆れ半分に、けれど少しだけ思考を巡らせた。
「(今までは呪文みたいなものは唱えていなかったわ。でも、今回は唱えた。その違いは何?)」
自問し、これまで何となくで見ていたローリーの行動を記憶から引っ張り出す。
飛鳥がその目で見た転移は三度。
一度目は、白夜叉との戦い。転移かどうかは飛鳥には確証はないが、一瞬で暗雲の上にまで移動していた。
二度目は、ガルド戦。傷付いた耀を転移させていた。
三度目は、《サウザンドアイズ》の支店。十六夜をグライアイの下まで転移させ、その後戻してもいた。
その三度とも、呪文の詠唱はなかった。
「...もしかして、人数?」
だとすれば、転移には人数、もしくは重量や質量などの制限があるのかもしれない。少なくとも一人の場合、転移に詠唱を必要とはしていなかった。
そして、今回の転移を含めて、全てにおける共通点が一つ。
「映像...そうよ、ローリーくんはいつも転移の時、転移先と転移対象を見てる」
先程も、ただ転移させるだけなら遠視の魔術で映像を出す必要はなかった。
もちろん、本当に誰もいないかを確認しただけの可能性はある。これまでも、ゲームの内容を見ていただけで、映像、視認は関係なかったかもしれない。
だが、仮説として持つ価値は十分にある。
「異世界の王さまは、とてもすごい」
「その同志が奇跡の担い手と成る可能性があることは、とても喜ばしいです」
「わたしたちの幾星霜の旅路は、きっと無駄ではなかったのでしょう」
精霊たちが言う。
彼らの言葉で、再び道草を食っていた飛鳥の意識が呼び戻された。
「貴女の恩恵で、鋼の魂に灯火を」
「貴女の意思で、わたしたちの奇跡に標を」
「それがわたしたちのギフトゲーム」
「貴女に託す、わたしたちの願い」
「「「さぁ、わたしたちのゲームを始めましょう」」」
刹那、伽藍堂の巨躯に熱が灯る。
地響きを上げ、紅き巨兵は大地を震撼させるほどの産声を上げる。
「─────DEEEEEEEeEEeEEEEEN!!!!!!」
死の病にも倒れない、永久駆動の自動人形が立ち上がる。
対魔王に向けて、飛鳥の