『ギフトゲーム名《余興》
・ホスト一覧
ローリー・コリンズ
・プレイヤー一覧
ペスト、ラッテン、ヴェーザー
・プレイヤー側勝利条件
一、ホストの殺害
二、謎が指し示す《世界の核》を破壊せよ
・プレイヤー側敗北条件
一、上記の勝利条件を満たせず、三日が経過した場合(三度目の夜が明けた時点で敗北)
二、プレイヤーが《世界の核》以外のものを三つ破壊した場合
三、上記の勝利条件を満たせなくなった場合
─────黒が街を喰らう。
それでもただ一つ、黒に染まらぬものがある。
失われてもなお還るものをその身に抱き、時が触れるたび伽藍の躯は打ち震え、近くも遠くもその声を落とす。
死を知る者よ、それをお前は知っている。
・特記ルール
一、プレイヤーの破壊行為は《夜》のみ可能
二、ホストは《夜》のみ行動可能(プレイヤーは昼夜問わず行動可能)』
内容を読んだペストが顔を顰めた。
「ルール違反でしょう、これは」
「違うね」
ローリーは即答するが、ペストは納得できない。
「ゲームをするのは百歩譲って良しとしましょう。けれど、クリア条件の一つ目を見るに、このゲームは私たちと貴方が戦う───殺し合う内容が含まれているわ」
殺し合いということは、ペストたちがローリーに殺されることも可能性としては存在するということ。
ローリーに課せられた禁止事項、『ゲームの攻略を禁ずる』に明らかに抵触しているようにペストは思った。
しかし、ローリーはそれを鼻で笑う。
「殺し合うことの何がルール違反だ? テメェらのゲームのクリア条件はなんだ」
言われて、ペストは言い淀む。
確かに、殺し合うことは《The PIED PIPER of HAMELIN》の直接の攻略とは言えない。ペストたちの生死はクリア条件に含まれておらず、謎解きにも関係はないからだ。
しかし、仮に誰かが殺された場合、ペスト陣営が大きく弱体化することは明白だ。
「なんだよ、ビビってんのか? その程度の覚悟で魔王を名乗ってんじゃあねェよ、三下」
ペストが羊皮紙を握り潰す。
しかし、同じ過ちを犯すことはできない。一度大きく息を吐き、少しずつ怒りを抜いていった。
「だったらハンデをやろう。俺はお前らを殺さないように戦ってやる。手を抜くってのは苦手なんだが、まァ魔王モドキが相手だ。それくらいが丁度良いかもしれねェな」
「絶対に殺すわ」
「それがクリア条件だ」
射殺さんばかりに睨み付けてくるペストの視線を、ローリーは口角を上げて正面から受け止める。
「あー...三つ確認だ」
ヴェーザーが諦めたように後頭部をかきながら、それでもローリーから目は離さずに問う。
「一つ。このギフトゲームを受けることでさっきのマスターからの攻撃は水に流す」
「ああ」
ヴェーザーが指を一本立て、ローリーはそれを肯定する。
続いて、ヴェーザーは二本目を立てた。
「二つ。このゲームは相互不可侵に違反しない。つまり、俺たちは本気で殺し合うわけじゃない。あくまでも二つ目のクリア条件がメイン、でいいんだな?」
「違うな。相互不可侵にはもちろん抵触しないが、一つ目のクリア条件も積極的に狙え。俺を殺すつもりで本気で来い」
「矛盾してないか?」
「してねェよ。これはお互いの侵攻じゃあない。ゲーム名通り、ただの余興だ。お前らが合意すれば、これは演習扱いになる。その中で俺が死のうが、そんなもんは死んだ俺が悪ィんだよ」
「そうか。だったらそれを明記してもらおうか」
筋は通っている。しかし、そう明言したからと言って後でひっくり返されないとも限らない。
ローリーも特段反対することなく、その旨を羊皮紙に明記した。
『・備考
一、当ゲームは双方合意の元で行われるものであり、演習の扱いとする。
二、当ゲームでホストが死亡した場合も相互不可侵違反とはならない。』
内容を確認したヴェーザーが、三本目を立てる。
「三つ。このゲームで俺たちが得るのは『マスターが手を出した件の不問』だ。だが、お前はこのゲームで何を得る?」
このギフトゲームの開催は、ローリーに利が無い。むしろペストたちにとって不利なカードを取り除くという不利益が出る。
ローリーはこのゲームで何かを得ようとしている。そう考えるのが自然だ。
極論、一回分の首輪を要求され「八日間動くな」と命じられただけで、ペスト陣営は《The PIED PIPER of HAMELIN》にて大幅に勝率が下がる。
だからこそ、ローリーの勝利報酬を確認しなければ話は進められない。
「暇が潰せるだろ」
「それだけとは思えないな」
「疑い深ぇなァ。安心できねェか?」
「ああ、できない」
ため息を吐いたローリーは、「うーん」と考える仕草を見せる。
「本当にただの暇潰しなんだが、まァそこまで言うなら俺の勝利報酬を用意すっか。そォだなぁ...俺の質問に答えろ。嘘は許さねぇ、誤魔化しも無しだ」
「いくつだ?」
「三つでどうだ?」
「俺はそれで構わない。マスター」
「...ええ、いいわ」
ペストが嫌々ながらも承諾し、
ローリーがパンっと柏手を打つ。
「それじゃあ、ゲーム盤を用意しよう」
「ここではやらないの?」
「こんな場所で暴れたら黒ウサギたちに見つかるだろ。それに、少し試したいこともあるしな」
「試したいこと?」
ペストの問いに厭らしい笑顔で応えたローリーは、ゆっくりと合わせた両の手を離す。
そこには、黄金の卵があった。
大きさは鶏の卵と同じか、少し大きいかといった程度。光を反射しているのではなく、卵そのものが淡い光を放っている。
ペストたちが警戒してソレを見る中、ローリーはゆっくりと唇を動かした。
「《未だ形なき黄金の胎よ。天地を分かち、大地を生み、空を満たせ。我が望みを形とし、我が想いを世界とせよ》」
刹那、黄金の卵が一層強い光を放つ。
ペストたちが咄嗟に顔を覆うも、光は更に膨張し。
そして、収まった後にペストたちの視界に映ったのは、巨大な街だった。
境界門・舞台区画。見た目はそっくりだが、少しだけ様子が違う。
まずは人気の無さ。これは休止期間なので当たり前と言えば当たり前だが、あまりにも人の気配が無さすぎる。
次に、見覚えのない複数の時計塔。軽く数えても二十はある巨大な塔が不規則に乱立していた。
「短距離の転移と、塔の召喚? ゲーム盤というわりには随分とお手軽ね」
ペストが呆れたように呟く。
当のローリーは満足げに周囲を見渡している。
「まァこんなもんか。いくつかは再現できなかったが、問題ねェだろ」
「再現?」
「...マスター、これ、ヤバいです」
ラッテンが言う。ヴェーザーも冷や汗をかき、ローリーを睨んでいた。
「何? 空間跳躍は確かに珍しいけれど、無敵の能力ではない、」
「転移じゃない。もっとヤベェ。この自称魔王野郎、
「─────は?」
ペストが呆けた声を漏らす。
同時に、けたたましい鐘の音が響いた。乱立する時計塔の鐘が一斉に鳴っている。
近くにある時計塔を見上げれば、短針と長針がどちらも十二を差していた。正午を告げる鐘だろう。
「さァ、ゲーム開始だ。精々俺を愉しませてくれよ、魔王モドキ?」
ローリーの目が細められ、覗く双眸が光ったように見えた。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「世界の創造ですって?」
ローリーから距離を取り、最寄りの時計塔に入ったペストが言う。
今は《昼》のため、ローリーは元の場所から動こうとはしなかった。一応ローリーに攻撃をしてみたが、ペストの黒い風はもちろん、ヴェーザーの棍のような笛の打撃も、ラッテンがえいと投げた小石も、ローリーに当たる前に“何か”に止められた。攻撃が破壊行為と判定されているのだろう。もちろん、周囲の建物に対しても同様だ。
ルールは遵守されている。《昼》は一つ目のクリア条件を満たす行為はできないため、ペストたちは一旦話し合いを始めた。
「ああ。詳しいところは分からないけどな。土地の感じはあの街と大体同じだが、ところどころ違う感覚がある」
「それなら、少し地殻を弄っただけではないの?」
「ああ。上手く言えないんだが、どこか様子が違うな」
ヴェーザーは災害の化身として、大地の変化を感じ取った。
ラッテンは「世界の創造」を感じたわけではなかったが、ネズミどころか人の気配が一つもないことで、その異常性を予感した。
「......」
二人の忠臣の話を聞き、ペストは考える。
世界創造が真実ならば、相手は権能を所持している可能性が高い。さすがに神霊そのものとは思わないが、創造神か国造りの神に由来する権能を持っているのかもしれない。
「...ラッテンの忠告は正しかったわね。あんなのが敵にいたなんて思っていなかったわ」
「チートですよ、チート! あの白夜叉に勝ち越してるって話ですし!」
「ラッテン、ネズミ共はどうだ」
ヴェーザーが聞く。
うがー!と憤慨していたラッテンが、そのままのテンションで頬を膨らました。
「全然ダメ。この街、ネズミが一匹もいない。っていうかそもそも生物がいないんじゃない?」
「そう。ならラッテンは戦力外ね」
「ちょっ、ひどいですよマスター!」
冗談めかして言ってはみたが、事実、戦闘という面でラッテンの力のほとんどが封じられたと考えた方が良い。人とネズミを操る能力は、人とネズミがいるからこそ真価を発揮することができる。
「そうだ、謎解き! 確かに私は今回戦いで役に立たなそうですけど、謎解きなら参加できますよ! だから見捨てないでマスタぁ!!」
泣きついてくるラッテンだが、こちらもまた冗談交じりだと判断したペストは、改めてルールが書かれた羊皮紙に目を通す。ヴェーザーもそれを覗き込んだ。
「答えは『鐘』だろうな」
「ええ。でも、どの鐘が正解なのか。黒が街を食らう...シンプルに夜としてか、あるいは黒死病の比喩か。後者だと思うわ」
「俺もだ」
「謎解きすら!?」
項垂れるラッテンをヴェーザーが笑い、羊皮紙をラッテンに渡す。
「うーん...時計塔の鐘っぽいから、ひとまず全部の時計塔を調べに行きます?」
「ま、それしかないだろうな。ここで考えてたって時間が過ぎるだけだ」
どの道、《夜》までやる事などない。手始めに、今いる時計塔の鐘を調べるべく、上階へと続く螺旋階段を登る。二分ほどで鐘楼へ辿り着いた。
「特段変わったところは無いな」
ぐるりと鐘の周りを一周したヴェーザーだが、どこから見ても普通の鐘だった。
強いて言えば、質素な時計塔の造りに見合わない、黄金製の鐘というくらいだ。
「うぅ〜ん...伽藍の躰...」
同じく鐘を観察していたラッテンが、ふと謎解き文の内容を思い出し、鐘の内側を確認する。
「あ、内側に何か描いてあるわよ」
ペストとヴェーザーも鐘の内側を覗き込む。
「...獅子?」
ペストの呟き通り、そこに描かれていたのは獅子の姿の刻印だった。
ペストがそっと刻印に触れる。特に特別な仕掛けはなく、ただの刻印だ。
「別の鐘にも刻印があるかを調べましょう。ここからは別行動よ。夕刻に、この場所に集合で」
ペストの指示に、ラッテンとヴェーザーが頷く。
ラッテンが南へ、ヴェーザーが西へ、そしてペストは北へ、それぞれ飛び出した。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
陽も随分と傾き、影が長く街に落ち始めた頃。
初めの時計塔の鐘楼に集まったペストたちは、それぞれの成果を報告し合う。
「南側、七つの鐘を調べました♪ こちらはイノシシ、鶏、猿、鷲、虎。それから女と向日葵が刻まれていました」
ラッテンが指を折りながら、刻印の種類を報告する。
それにヴェーザーが続いた。
「西側、こっちは九つだ。動物系はサソリ、ウサギ、ヤギ、竜、魚、犬、ネズミ。動物と言って良いかは微妙だがケンタウロス。そして瓶だった」
「ネズミ?」
最も黒死病に関係のある動物に、ペストが反応する。
「ああ。けど多分、これは答えじゃないな。『黒に染まらぬ』に該当しない」
「むしろ
ヴェーザーの意見にラッテンも同意し、ペストも頷く。
「...北側、私の方は八つよ。動物の刻印はキツネと亀。それ以外は秤、三日月、車輪、王冠、骸骨、砂時計ね」
「ある程度カテゴリーはあるみたいだけど、結構バラバラですねぇ」
腕を組み、悩むように首を傾げるラッテン。
彼女の言う通り、刻印の種類に統一性はあまりないように感じられる。動物が多いなどはあるものの、刻印の情報から一意の答えが浮かび上がることはなかった。
「シンプルに『黒死病に罹らないモノ』が答えというわけではなさそうね」
「そうですねぇ。無生物や天候、地形なんてのもいくつか入っていますし」
「鐘の原料はどうだった? 私の方では青銅に黄金、木材なんてものもあったけれど」
「こっちも同じですね〜。あんまり意味はないんでしょうかね?」
瞬間、街中の鐘が一斉に鳴り響いた。
ペストが西側の空を見ると、太陽が完全に地に落ちている。
「...《夜》が来たのね」
「その通りだ」
ペストの背後から声がした。
振り向きざまに黒い風を凪ぎ、ヴェーザーは大笛を力の限り振り下ろす。
「ヒャハッ、いいねェ。確認よりもまず攻撃。魔王たるもの、そんくらいの心構えじゃあねェとな」
左腕で笛を受け、黒い風をものともせず、ローリーが愉しげに笑う。
ラッテンが縦笛を吹き、ローリーを操ろうと試みたが、効果は無い。ヴェーザーが振り下ろした笛を力任せに弾き返したローリーは、軽やかに一歩進む。
「さすがに『答えは鐘のどれか』ってとこまでは辿り着いたか。いやぁ、良かった良かった。初日でこの程度も解けなかったらどうしようかと思ったぜ」
拍手をして見せるローリーの態度は、どこまでいっても軽薄で高慢だ。褒めているようで、その実、明らかに見下されている。
ヴェーザーが再度攻撃を仕掛けるも、結果は先程と変わらない。涼しい顔で受け止められ、逆に大笛を掴まれ、そのまま鐘楼の外に投げ飛ばされた。
「チィッ!」
盛大な舌打ちと共に着地したヴェーザーは、続いて落ちてきたラッテンを受け止める。
「マスターは!?」
「まだ上!」
短いやり取りの後、ヴェーザーは跳躍し、鐘楼に戻った。苛立たしげに風をばら撒くペストと、ヤケに好戦的にニヤニヤと嗤い、雷の槍を構えたローリーが対峙している光景が目に入る。
「そのだらしねぇ顔はどうにかならないのか、ああ!?」
気合いと共に大笛を振るう。
今度は手も出されず、ローリーと大笛の間に展開された魔法陣によって攻撃を防がれた。
だが、それでいい。元よりこの攻撃が通るとは思っていない。
「ちょ、ラッテン!」
ローリーの意識が一瞬ヴェーザーに移ったところで、ラッテンが現れ、ペストを連れて離脱する。
文句を言いたげなペストだったが、ラッテンはそれを無視して夜の街に逃げ込んだ。
街には灯りがほとんど無く、見通しが悪い。だがそれは、敵に見つかりにくいということでもある。
建物の中に入ったラッテンとペストを見下ろしたローリーは、ただ一人残ったヴェーザーへと視線を戻す。
「お前が殿っつーのはダメだろ。ネズミは能力が使えない、ペストの能力は俺に通じない。だってのに、なんで自分から捨て駒になってンだ」
「ハッ、捨て駒? 寝惚けてんじゃないぞ自称魔王。ここでお前を殺せば俺たちの勝ちだ」
「できんのか?」
「やってやるよ」
ヴェーザーが踏み込み、大笛をまるで槍のように使い、ローリーを突く。
案の定、突きはローリーに止められるが、ヴェーザーはすぐに手首を回し、大笛を逆袈裟の要領で振り上げた。
これも止められはしたが、ローリーの身体が僅かに浮く。そこに蹴りを叩き込み、ローリーは鐘楼から投げ出された。
追撃するためにヴェーザーも飛び出し───そして頭上から迫ってきた無数の光弾に撃ち落とされた。
「クソがッ!」
地面に叩き付けられたヴェーザーが悪態を吐き、ローリーを見上げる。月を背にしたローリーは、ヴェーザーの次の行動を待つように嗤っている。
何かを呟いている様子だが、小さくて聞こえない。どうせ挑発だろうとヴェーザーは切り捨てた。
「(あの金髪の小僧といい、たかが《ノーネーム》がなんでこんな戦力を持ってやがる...!)」
痛む身体に鞭を打ち、ヴェーザーは立ち上がる。
この数回の攻防で、ヴェーザーは自分ではあの自称魔王に勝てないということを理解した。そもそも白夜叉に勝ち越しているという化け物だ。はなから一人で勝とうなどは思っていない。
「(あー、クソ。とんだ貧乏くじだ。長くはもたん。できればこの《夜》で終わらせてくれよ)」
内心で仲間を急かしつつ、ヴェーザーはもう一度、空に佇む魔王へと突撃した。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
建物の表から入り、裏口から抜け、別の建物に入り。ラッテンはペストを抱えたまま建物から建物へ移動した。ローリーから十分に距離を取った民家の中で、ラッテンはペストを下ろす。
「マスター、無事ですか?」
「ええ」
最初こそ文句を言っていたペストだが、なぜ自分が逃がされたかを理解し、次の行動に意識を割いた。
ヴェーザーが足留めをしている間に、自分たちは謎解きの続きを行う。
───そのつもりだった。
「よォ、こんなとこでゆっくりしてていいのかよ」
ギィ、と木の軋む音がする。
ペストとラッテンがそちらに目を向けると、古びた椅子に腰をかけたローリーがいた。
「このっ、ヴェーザーはどうしたのよ!?」
ローリーに向けてではなく、この場にいない同志に向けて、ラッテンが叫ぶ。
しかし、今も戦いの衝撃は僅かだが伝わってきていた。ヴェーザーはまだ戦っている。
では、なぜローリーがここにいるのか。
「安心しろ、この俺は分身体だ。本体と同じで、テメェらを殺せる程度の力しかねェ」
「何が安心できるってのよ!!!」
ラッテンが手近にあった花瓶を取り、ローリーに投げつける。
ローリーはそれを
ペストは床ではなく、粉々になった花瓶を見た。それほど大きくも、芸術品として価値があるようにも見えない、どこにでもある花瓶。散らばった破片を見て、嫌な予感に襲われ口を開く。
「...なんで貴方、今、
ローリーはペストたちの攻撃を、全て正面から受けてきた。上から捻り潰すように、実力差を誇示するように。避けようという素振りすら見せていなかった。
それを、なぜたかが花瓶の投擲を避けたのか。
ローリーの返答よりも早く、問いかけたペスト自身がその答えに辿り着く。
「...待って、待ちなさい。その花瓶も、この世界の一部としてカウントされている...?」
「ッ!?」
ラッテンが目を見開き、そしてローリーは冷めたように呟く。
「そォだな。たかが花瓶でも、世界の一部に違いはない。ミスったな、こんな弊害が出るのか」
「弊害?」
意味の分からない言葉に、ペストが思わず聞き返した。
顔を曇らせながらローリーが答える。
「元々、三回以上の破壊禁止は謎解きの放棄対策なんだよ。街ごと破壊されたら謎も何もあったもんじゃあねェからな」
「そうでしょうね。そのルールがなければ、私たちは今頃《世界の核》を破壊しているわ」
謎解きを放棄し、手当り次第に鐘を壊して回る。
ローリーの妨害がある中でどこまでできるかは不明だが、少なくともペストはそれを可能だと考えているし、ルールがなければ実行しようとしていた。
「けど、そっかぁ。戦闘でもモノは壊れるんだよなァ。見落としてたぜ」
先程までの不遜な態度から一転、ローリーが困ったような表情を見せる。
「...それで、なんで避けたのかしら」
「そりゃあお前、濡れたくねェからだよ。その花瓶、水が入ってたろ」
「.........」
「なんだよ」
「いえ、魔王を名乗る男が水に濡れたくないって言うだなんて思っていなかったから」
「あ? それじゃあなんだ、お前は濡れてもいいってのかよ」
「...どちらかと言われれば濡れたくはないけれど」
「だろうが」
予想外にどうでもいい理由に、ペストの肩から力が抜けた。
瞬間、一層大きな衝撃が伝わってくる。
ラッテンが慌てて民家から飛び出ると、南側の時計塔───ラッテンが昼に確認した《イノシシの刻印》がされた鐘のある時計塔が崩れている様子が見えた。
「ちょっ、まずいんじゃないですか!?」
明確な『破壊行為』に、ラッテンが叫ぶ。
ペストがローリーを睨んだ。
「アレも破壊行為にカウントされるのかしら」
「いや、アレはノーカンだ。
ガシガシと頭を掻きむしったローリーの身体が突如として血となり、その血が溶けるように床に広がる。
警戒したペストが民家の外に飛び出ると、傷を負ったヴェーザーが落ちてきた。
「いってぇ...!」
「ヴェーザー、無事?」
「あー...まぁギリな」
なんとか立ち上がったヴェーザーが答える。
そのすぐ後に、ローリーが軽やかに舞い降りた。
「悪ィな、ルールを修正する。鐘ってとこまではお前らも辿り着いたからな。『プレイヤー側が間違った鐘を三つ破壊したら敗北』だ」
「はぁ!? そんなの、」
軽々しく言い放つローリーにラッテンが抗議しようとするのを、ペストが止める。
ゲーム開始後にルールを変えるということは、《The PIED PIPER of HAMELIN》で執り行われた《審議決議》のような特殊な事例を除き、基本的には無い。ホスト側が自由にルールを変えられるようなことがあれば、プレイヤー側は不利になる一方。《契約書類》など意味を成さなくなってしまう。
ルールを変更するには、相応の理由と、両者の合意が必要だ。ホスト側が何を言おうが突っぱねれば良い。
ただし、今回は違う。
「随分と勝手ね。貴方の都合でルールを変えるのなら、それなりの“誠意”があるんじゃない?」
ルールは変更してもらわなくてはならない。でなければ、ペストたちは《夜》になると同時に襲ってくるローリーへの対処が非常に難しくなる。
だが、せっかくなのだ。あれこれと理由を付けて、さらにこちらに有利になるように仕向けんと、ペストが交渉を始める。
「誠意だ? お前らにとって有利な変更だろうが」
「内容は関係ないわ。私たちは事前にルールに同意した。それを、貴方の都合で変えようと言っているのよ?」
ここぞとばかりに言葉を並べるペストを見て、面倒臭そうにローリーが舌を打つ。今回ばかりはペストの言い分が正しいと、ローリーも自覚していた。
「じゃあ何を望む?」
ペストがほくそ笑む。
「貴方の戦闘禁止」
「馬鹿野郎、そりゃ釣り合わねぇだろ」
「そうね。じゃあ、分身能力の使用禁止よ」
「それでもいいんだが、それでいいのか?」
「...何が言いたいの?」
ペストとしては、分身が居なくなるだけで十分だと思っていた。もし分身を無尽蔵に出せるのだとしたら、もう勝機は無い。そうでなくても、こんな怪物を二人も同時に相手取ることは不可能だと感じていた。
「俺に今後権能を使わせない。それくらい要求したっていいんだぜ?」
ペストたちが一瞬固まる。
「...貴方、権能を複数持っているの?」
「ああ」
「いくつ?」
「それは答えられねェな。それとも、数を提示することを“誠意”にするか?」
一度、ペストは息を吸った。脳内で状況の整理を始める。
まず、権能の数の提示で終わらせるのは論外だ。そんなもの、何の解決にもならない。
「(かといって、こいつの口車に乗って、権能の使用禁止を強制するだけでいいの?)」
答えは否。
散々自分のゲームを掻き乱された後だ。素直に同意してはまた虚を突かれる可能性がある。
それに、
「(こいつの真髄は、本当に権能だけ?)」
権能は確かに強力だ。
神々の奇跡を具現する、常識外れの力。それを複数使いこなすローリーは、最強種にも比肩し得る存在なのかもしれない。
だが、権能を封じたところで、ローリーを止めることなどできるだろうか?
「...一つ確認よ。さっきの分身体、アレを殺したら、一つ目のクリア条件を満たしたことになるのかしら」
「あ? ...あー、そうだな。本当なら違うんだが...そっちの方が面白そうだな。いいぜ、それを採用しよう」
それを聞き、ペストは結論を出す。
「分かったわ。それじゃ、ルールに『ホストは三日目の夜が始まるまで行動不能』を追加する」
「あ?」
「三日目の夜は権能だろうが《主催者権限》だろうが、好きに使えばいいわ。でも、それまでは動くことを許さない。これで私たちは手を打ちましょう」
今度はローリーが黙り込む。
暫く考え込んだあと、「そォだな」と口を開いた。
「三日目の夜まで、俺はお前らの邪魔はしねェ。だが、今から三日目の夜まで、お前らの破壊行為も禁止する」
「却下よ」
「なら仕方ねェ。ゲームルールは据え置きで再開だ」
ローリーから紫電が漏れ出る。
もう少しこちらに有利な条件を引き出したかったが、ここが限界だろうとため息を漏らした。
「...分かった。これから三日目の夜までは謎解きだけ。実際に《世界の核》とやらを破壊するのは三日目の夜まで待ってあげる」
「それでいい」
満足し、気を落ち着かせたローリーがその場に座り込む。
そんな我儘な魔王を、ペストは呆れた目で見据えた。
『ギフトゲーム名《余興》
・ホスト一覧
ローリー・コリンズ
・プレイヤー一覧
ペスト、ラッテン、ヴェーザー
・プレイヤー側勝利条件
一、ホストの殺害
二、謎が指し示す《世界の核》を破壊せよ
・ホスト側勝利条件
三日目の《夜》が終わるまで、《世界の核》を守りきる
・プレイヤー側敗北条件
一、上記の勝利条件を満たせず、三日が経過した場合(三度目の夜が明けた時点で敗北)
二、プレイヤーが《世界の核》以外の鐘を三つ破壊した場合
三、上記の勝利条件を満たせなくなった場合
─────黒が街を喰らう。
それでもただ一つ、黒に染まらぬものがある。
失われてもなお還るものをその身に抱き、時が触れるたび伽藍の躯は打ち震え、近くも遠くもその声を落とす。
死を知る者よ、それをお前は知っている。
・特記ルール
一、プレイヤーの破壊行為は三日目の《夜》のみ可能
二、ホストは三日目の《夜》のみ行動可能(プレイヤーは昼夜問わず行動可能)
・備考
一、当ゲームは双方合意の元で行われるものであり、演習の扱いとする。
二、当ゲームでホストが死亡した場合、相互不可侵違反とはならない。』