問題児? いいえ、神殺しです。   作:怜哉

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第21話 『敵に塩を、死者には春を』

 

 

 

「「シザーズ、ペーパー、ロック! ロック! ロック!」」

 

 雨が強まり、ペストの服がすっかり濡れて重くなってきた。

 遠くでは破壊音が聞こえてくる。ヴェーザーが鐘を破壊している音だろう、とペストは頭の片隅で考えながら、目の前の異様な光景を呆然と見ていた。

 

 絶大な力を持つ魔王が、戦場のど真ん中で、真剣にジャンケンをしている。

 

「ロック! ロック! ロック!」

「ロック! ロック! お、ッシャア!!」

 

 何度もあいこが続いていたジャンケンがようやく決着したようだ。

 

「いやぁ、出ちゃったなァ、本体としての貫禄が」

「あん? 本体(俺)と俺は同じだろ。貫禄もクソもあるかよ。俺の頭ン中覗きやがったな?」

「馬鹿言え、俺が分身(俺)とリンクを再接続したら分身(俺)が気付くだろォが」

 

 普通に聞いていると混乱してしまいそうな会話に、ペストの頭が痛くなる。

 

「...一応聞いてあげるけれど、それは何の勝負?」

 

 ペストが問うと、ローリーたちが揃ってペストに顔を向けた。気持ちが悪い、とペストは素直に思う。

 

「何ってお前、どっちがどっちの相手をするか決めてンだよ」

「まさか二対一でお前を嬲るとでも思ったか? ンな面白くもねェことに本体(俺)は俺を出さねェよ」

 

 納得などできないが、理解はしたペストは舌打ちをする。

 完全にナメられていると感じた。だが、ローリーの行動は合理的でもある。

 謎が解かれた今、ローリーがここで戦い続けることは得策ではない。ペストを止める役とヴェーザーを止める役の二手に別れるべきだ。

 

「...そう。じゃ、本体が私の相手ね」

 

 ペスト一人では二人のローリーを止められない。ならば最低限、本体くらいは止めてみせよう。

 そう意気込み、ローリーの本体を力強く睨みつけたところで、ローリーたちがキョトンとした顔をする。

 

「何言ってんだお前。本体(俺)が勝ったんだから、お前の相手は分身体の俺だぞ」

「なんで勝った方がつまらねェ方を選ぶんだよ」

 

「─────分かったわ。貴方が本物だろうと偽物だろうと、私がここで殺してやるッ!」

 

 黒い風が、ペストの怒気に呼応して荒れ狂った。

 瓦礫が舞い、風を使って瓦礫をローリーたちに飛ばす。

 分身体が前に出る。暴風を操り、飛んでくる瓦礫を尽く粉砕した。同時に、本体の周辺に十二個のウィンドウが現れる。

 

「おーおー、もう九個も壊されてんのか。残りは山羊、瓶、魚。随分と進まれたな」

 

 本体が見ているウィンドウには、《ケンタウロスの鐘》を壊し、次の鐘へ向かっているヴェーザーの姿が映っている。

 

「おい本体(俺)、ヴェーザーを殺すんじゃあねェぞ。あいつは十六夜用の敵にする。蘇生枠(・・・)はペストで使うし、ゲームの再開は四日後だ。弱体化したままじゃあヴェーザーは十六夜と勝負にならねェ」

 

 分身体が横目で本体を見て釘を刺した。

 それに対し、ヴェーザーの元に向かおうとしていた本体が分身体へ振り向き、不満そうに返す。

 

「なんで分身(俺)がペストを殺すことになってンだ。俺がヴェーザーと殺し合うンだよ。蘇生枠はヴェーザーで使う。弱体化はまァ、その後で考えるさ」

「我ながらテキトーすぎるな」

「テメェの愉しみを前にここまでお預け食らって『はいそうですか』なんて言えっかよ。止めたきゃ俺より先にペストを殺せばいいだろォが」

「ああ、そりゃあいい。本体(俺)と俺、どっちが先に神を狩れるか勝負といこう!」

 

 本体はウィンドウの先のヴェーザーを、分身体はペストを見据え、愉しげに口角を釣り上げた。

 ローリーたちから呪力が溢れる。

 

「《此岸と彼岸。背を合わせし双極は此処にあり。我が眼は彼方を捉え、我が腕(かいな)は此方を導く》」

 

「《天の痛哭、大地の嘆き。愚者を裁く怒りの鉄槌。沈め沈め、世界よ沈め。大罪に生かされる命もまた罪と知れ》」

 

 

 本体と分身体が同時に聖句を唱え始め、本体は転移で姿を消した。分身体とペストが残ったこの場は、より一層強い風雨が支配する。分身体を中心に、普通の生物では立っていられないほどの嵐が夜の街を喰らう。空を覆う暗雲もより厚くなり、雷鳴が轟き始めた。

 そのうち、一つの雷が天からペストを襲う。黒い風で身を護ったペストは、苛立ちを隠すことなく牙を剥いた。

 

「殺せるものなら殺してみなさい、ローリー・コリンズ! 貴方如き放埓な覚悟で、八千万の死を統べるこの黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)を殺せるというのなら!」

 

 ペストとしても、もう我慢する必要などない。

 謎解きは終わった。あとはヴェーザーに任せ、自分は全力で、全霊で、目の前の《敵》を捻り潰す。

 どの道、分身体だろうがローリーを殺せばペストたちの勝ちだ。

 

「その傲慢、私たちの積み上げた死の歴史で、怨嗟の骸で、圧し潰してあげる...ッ!!」

 

 二つの凶風がぶつかり合う。

 嵐と死の風。魔王と魔王の衝突は、街を更地に変えながら再開された。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 ヴェーザーは困惑していた。

 

 ラッテンからペストの作戦を聞き、ペストの思惑通りローリーが《サソリの鐘》を護ったことで、正解を《黄道十二宮》に断定。即座に《サソリの鐘》を破壊した。

 三つ目の鐘の破壊で、何も起きず。これでほぼ確定だと東に走り、蟹、二人の人間、牛、羊の鐘を破壊。次いで獅子、女、秤、ケンタウロスの鐘も破壊した。

 

 勢いのままに次の標的、《山羊の鐘》を破壊しようと時計塔の目の前に辿り着いたところで、ヴェーザーの目の前から時計塔が消えた。

 

「どういう...いや、俺が転移させられたのか!?」

 

 周囲を見渡せば、少し前に破壊した《羊の鐘》の残骸が転がっている。《羊の鐘》は、《炎の鐘》に次いで東端に近い位置にあった。

 ヴェーザーはつい先程まで西側の中央付近にいたが、随分と移動させられたことに舌打ちする。

 同時に、嫌な気配がヴェーザーの前に現れた。

 

「来やがったな、自称魔王...!」

 

 ヴェーザーが睨みつける先には、風に髪を靡かせながら瓦礫の上に立つローリーがいた。

 それを確認するが早いか、ヴェーザーは大地を操り、土の槍をローリーの足元から貫き上げる。

 足元の瓦礫が粉砕されるが、ローリーは焦ることもなくふわりと跳んだ。

 

「よォヴェーザー。待たせたな。続きといこうぜ?」

「ハッ、お断りだ。お前は一人で踊ってろ!」

 

 ガンッ、とヴェーザーが大笛で地面を叩く。

 無数の土の槍が地面から生え、ローリーを貫かんと猛り暴れる。回転が加わり貫通力が上がったソレをローリーは避け、殴り折り、蹴り潰す。

 その間にヴェーザーがローリーの足元を隆起させ、ローリーを空高く打ち上げた。さらに泥流がなだれ込み、ローリーを丸々と呑み込む。

 ヴェーザーは西に駆けた。正面からローリーの相手をするターンは終わったのだ。ここからはいかに迅速に残りの《世界の核》を破壊できるか。そういう勝負になっている。

 しかし、ローリーはそう思っていない。

 

「おい、つまらねェ真似してンじゃあねェぞ」

 

 泥流の中で十メートルはあろうかという瓦礫を掴み、それをヴェーザーの背中に投げ飛ばした。

 ヴェーザーはそれを避けるが、その間にローリーがヴェーザーの目の前にまで転移し、ヴェーザーを蹴り飛ばす。

 自身が作った泥流の中に叩き込まれたヴェーザーは、泥の流れを操ってすぐに泥の中から這い出た。その眼前にローリーの足が迫り、再度蹴りを入れられる。

 

「ガッ...!」

 

 苦悶とともに、鼻血が流れる。

 鼻っ面に受けた衝撃で反射的に涙が出るが、それを無視し、追撃してくるローリーに大笛を叩き付けた。

 それを左手で受け止めたローリーが、右手でヴェーザーの腹を殴る。防御は間に合わず、ヴェーザーは後方に飛ばされ、数軒の建物を破壊しながら進み、《炎の鐘》の時計塔に背中から激突してようやく止まった。

 

「...ッ、ペッ。大人しくしとけよ、寂しがり屋か?」

 

 血の混じった唾液を吐き出しながら、ヴェーザーが呟く。身体はとうに限界だが、そんなことで倒れてなどいられない。

 

「ああ、そうなんだ。実は俺は生粋の寂しんぼでな? 無視されるとそれはもう悲しくて悲しくて、癇癪を起こしちまう」

 

 芝居がかった身振りでそう言うローリーを、ヴェーザーは鼻で笑う。

 

「ハッ、寂しがり屋の魔王なんざ初めて聞いたな」

「聞くも涙、語るも涙な過去話に華でも咲かせてみるか?」

「そりゃいいな。ぜひ聞かせてくれよ、俺たちがこのゲームに勝った後でな!!」

 

 鐘の破壊を諦めたわけではないが、どうにも無視はできないと腹を括った。

 ヴェーザーが地面を砕く勢いで跳び出し、ローリーに迫る。

 

「ようやくやる気になったか! ヒャハッ、そォこなくっちゃなァ!!」

 

 ローリーが全身に呪力を巡らせ、拳を強く握る。

 拳と大笛が交差し、衝撃が走る。高揚を満面の笑みで表したローリーが拳を引き、もう一度叩き付けようとしたところで、再度泥流が現れる。

 

「ハッ、もうそろソレも見飽きたぞ?」

 

 津波のように襲い来る泥流を跳躍して回避し、鐘の無くなった時計塔の頂上に着地する。

 地上にいるヴェーザーを見下ろし、呪力を練った。

 

「《天を祓い、地を平定せよ。不変の理を断ち割り、繋がれし因果を絶つ神代の災禍。万象変化の芽吹きとなりて、此処に運命を刻め》」

 

 ローリーの聖句が、嵐の中でもハッキリと響く。

 ヴェーザーが高く跳び、ローリーの上から大笛を振り下ろした。

 火花が散る。見開かれたヴェーザーの目に映ったのは、不敵に笑うローリーと、ローリーが持つ、黄金の剣。

 

「軽ィなァ」

 

 ローリーが剣を薙ぎ、ヴェーザーが押し返される。

 着地したヴェーザーはローリーを見上げた。正確には、ローリーが持つ剣を見る。

 黄金ではあるが、その造りは無骨だ。拳十個分程度の、中型の両刃剣。装飾はほとんどなく、柄と刃だけが爛々と輝いている。

 ただの剣の召喚、と考えるのは危険だとヴェーザーは判断した。

 

「権能か...?」

 

 ヴェーザーが警戒を込めて呟く。

 ローリーも地にふわりと舞い降り、剣の鋒をヴェーザーに向けた。

 

「ご名答。ただまァ、まだ本調子じゃあねェな。ったく、白夜叉には呆れたもんだ。俺の最強をぶち壊して、ようやく首に手が届くレベルなんだからよ」

 

 白夜叉。その名を聞き、ヴェーザーの背中を冷や汗が伝う。

 最強の星霊に勝ち越した。ローリーを警戒することになった最初の情報を思い出し、ヴェーザーは一瞬で戦闘という手段を選択肢から外す。

 推測が正しいのならば、今目の前の男が持っている黄金の剣は、あの白夜叉すら斬れる代物だということだ。

 逃げ腰になったヴェーザーの姿勢を察知したローリーが舌打ちする。

 

「今のこの剣じゃあ白夜叉は殺(や)れねェよ。白夜叉相手に無茶し過ぎてな。ぶっ壊れて、ここ数日でまた使えるようにはなったが、ギリギリ形が保ててるってレベルだ」

 

 それに、とローリーはヴェーザーを宥めるように続ける。

 

「俺が使う権能は剣(これ)だけだ。この後は転移は使わないでおいてやる。他に戦闘に使えそうな権能は分(・)身(・)体(・)に(・)譲(・)っ(・)た(・)しな」

 

 だから安心して戦え。

 そう言ってくるローリーだが、ヴェーザーは足が動かない。

 恐怖ではなく、逡巡。このままローリーと戦い続けては鐘を壊す暇がなく、ゲームに勝てないのではないか、という迷いがヴェーザーにはあった。

 だからと言って、ローリーを倒せるかと言われれば、少なくとも《夜》の間には不可能。全てがヴェーザーに味方したとしても、夜明けまでの時間稼ぎが関の山だろう。

 

「(死んで勝てるなら迷いはしないが...分身体だと? ということは、マスターとラッテンの方にその分身体がいるってわけだ)」

 

 倒されないようにはできる。してみせる。

 だが、ローリーを倒し、或いは躱し、鐘の破壊に向かえるか。そう考えた時の答えはNOだ。

 

「(......詰んだか)」

 

 ペストたちがローリーの分身体を倒す、という展開を期待したいが、それだけ。今ヴェーザーにできるのは、せめて目の前にいるローリーがペストの元へ向かわないよう、ローリーを引き付ける程度の────

 

「ペスト一人(・・・・・)に過剰な戦力(権能)だが、まァ万が一もあるしなァ」

「────......そうか」

 

 ヴェーザーが大笛を強く握る。その目には先程までの諦念など欠片もない。あるのは、決意。

 

「いいぜ、寂しがり屋の魔王。お前と戦ってやる。ここで死んどけ」

「お? なんだ、急に強気だな? だがそれでいい。溜まりに溜まった欲求不満を、お前で発散させてくれよ」

 

 ローリーも剣を片手で構える。

 数秒の睨み合いの後、先に動いたのはヴェーザーだ。

 自身の足元を隆起させ、脚力に弾みを付けてローリーに突貫する。移動するだけで小さな瓦礫が動いてしまうほどの速度。それをローリーは完璧に見切った。

 迫る大笛を剣の腹でいなし、流れたヴェーザーの体に向けて左の膝を入れる。鳩尾に綺麗に入り、ヴェーザーの息が一時的に止まる。

 苦悶するヴェーザーの頭を掴み、一度地面に叩き付けた後、そのまま空に放り投げた。

 

「ほら、避けねェと死ぬぞ?」

 

 黄金の剣がさらに輝きを放つ。

 嫌な予感がしたヴェーザーが土の筒を地面から伸ばし、自分を横から突くように押した。急いでいたため、それによってヴェーザーもダメージを受け顔が僅かに歪むが、次の瞬間、その判断は間違っていなかったと感じた。

 つい一秒前までヴェーザーがいた場所を、光の軌跡が奔る。ソレは厚く空を覆っていた暗雲を切り裂き、なお宙に向かって飛んでいった。

 

「何が本調子じゃないだ...ッ!」

 

 天を裂いて飛ぶ斬撃を目にし、ヴェーザーの顔が引き攣る。どの程度の威力かは、今の一撃だけでは正確には推し量れない。だが、少なくとも雲を斬れるだけの威力だ。まともに受ければヴェーザーの肉体も無事では済まないだろう。

 

「本調子じゃあねェさ。今のこの剣はデフォルトの能力もねェ、ただの剣だ」

 

 再度、黄金の剣が輝きを纏った。

 転がるように着地したヴェーザーは、息をつく暇もなく横に跳ぶ。

 ローリーが剣を真向斬りで振り抜く。剣先はヴェーザーには届かない。だが、先程と同じように、斬撃が飛ぶ。今度は、一瞬前までヴェーザーがいた場所の石畳が深々と裂けた。

 

 輝きの正体は、ローリーの呪力だ。

 呪力を練り、剣に纏わせ、剣の軌道に乗せて放つ。その際に少し鋭利に呪力の形を整え、さらに微振動させるという工程こそあるものの、原理としてはただ呪力を飛ばしているにすぎない。

 魔術ですらない、ただの呪力の放出。一般的な魔術師が同じことをしようとしても、これほどの威力は出ない。

 だが、圧倒的な呪力と卓越した呪力操作を持つローリーがやれば、それは命を刈り取る斬撃となる。

 斬撃が次々にヴェーザーを襲う。

 避けては斬撃が飛び、また避けては斬撃が飛び。ヴェーザーは休む暇どころか、ローリーに近付くことすらできない。このままではジリ貧だ。

 

「ク、ッソォ!!!」

 

 ヴェーザーが吠え、一か八か、ローリーに向かって走り出した。

 ローリーが獣じみた笑みを浮かべて吠える。

 

「そォだ、それだ! 死地に活路を見出せ! 俺に牙を突き立ててみろ!!」

 

 斬撃がヴェーザーの右腕を斬り飛ばす。苦痛に顔が歪むが、それでもヴェーザーは怯むことなく、足を踏み出した。

 再び剣が輝く。斬撃が飛んでくるよりも前に、ヴェーザーは残った左腕で大笛を握りしめ、ローリーへと振り下ろした。同時に、土の槍が地面からローリーを襲う。

 

 だが、

 

「......ガハッ...」

 

 斬撃ではなく、黄金の剣そのものが、ヴェーザーの心臓を貫いた。

 大笛はローリーの頭を捉える一歩手前で、展開された魔法陣に止められた。土の槍も同様だ。

 それを見てヴェーザーは悔しそうに目を細めた後、薄く笑う。

 

「...は、はは...時間は、十分に稼いだ、ぜ...」

 

 薄れていく意識の中、勝ち誇ったように、消え入る声でそう漏らす。

 それを聞き、ローリーは「ああ」と納得したように呟いた。

 

「お前が期待してたのはラッテンか。残念だったな。そっちも手は打ってるぞ」

 

 ローリーの言葉に、ヴェーザーは大きく目を見開いた。だが、もはや指の一本も動かない。

 

「ま、そこそこ楽しめたぜ、ヴェーザー。特に最後のは俺好みだ。まァ一つ、終始『自分の役目は時間稼ぎ』だなんて思ってやがったのだけがマイナス点だな」

 

 ローリーが、ヴェーザーの身体から剣を引き抜く。

 傷口から大量の血が流れる。左腕が力無く垂れ下がり、最期まで握っていた大笛が、カランと音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「─────......チッ。あっちが先に終わったか」

 

 キリキリと音を立てて黄金の弓の弦を引き絞っていた分身体(ローリー)が、舌打ちをこぼす。

 同時に、黄金の弓と、番えていた矢がゆっくりと消えていった。

 

「ヴェーザーが死んだぞ。良かったな、お前は死ななくて」

 

 分身体が声を投げかけた先には、ペストがいた。

 返事はない。そんなものができる状態ではなかった。

 巨大な瓦礫に呪力でできた杭で縫い付けられ、左脚を失い、腹には風穴が空いている。

 辛うじて息はあるが、呼吸とも呼べない空気が、口からヒュー、ヒューと虚しく抜けているだけ。生きているのが不思議なくらいだった。

 

 暗雲が徐々に散り、東の空が白み始める。

 もうすぐ、三日目の《夜》が終わる。盤上にはローリーしか立っていない。ここからのペストたちの逆転は、如何なる奇跡が起きようと不可能だ。

 

「さて。このまま死なせるわけにもいかねェか」

 

 本能をグッと堪え、そう呟いた。

 

「モドキとはいえ魔王は魔王。しっかり《ノーネーム》の成長に役立ってもらわねェとな」

 

 東の空を見ていた分身体が振り向く。

 その瞬間、分身体の頬を黒い風が吹き抜けた。分身体の頬に、スゥと一筋、薄皮一枚程度の傷が付く。

 傷が付いた部分を分身体が手でそっと撫でた。血も滲まない程度の掠り傷。

 そのまま、ゆっくりとペストを見る。ギリギリ、まだ死んではいないだけ。動けるような傷ではないし、目の焦点も合っていない。光すら灯っていない、虚ろな目。

 だが、それでも、ペストの目はずっと分身体を、ローリーを睨んでいた。

 

 また黒い風が吹く。もう薄皮すら裂けない程の弱々しい風が、ローリーにぶつかって四散する。

 

「─────ああ、そうか」

 

 即座に治せる頬の傷をそのままに、ローリーはペストを見つめた。

 その目に既に狂気は無く、怒気もない。

 

「訂正してやる、黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)。お前も、魔王を名乗るだけはある」

 

 ローリーの言葉はペストには届かない。

 

 鐘が鳴る。夜明けを告げ、ゲーム終了を告げる合図の鐘が。

 黒い風は未だ止まず、緩やかに吹いていた。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「──...スター、マスター!」

 

 どこからか、声がする。

 自分を呼ぶ声だ、と霞がかった思考の中でぼんやりと思った。

 瞼が重い。まだゆっくりしていたい。そう微睡むが、耳元の声があまりにも騒がしい。

 

「......うるさい」

「っ! マスタぁ!! 良かったぁ〜!!」

 

 ペストが僅かに目を開けると、目尻に涙を浮かべたラッテンがペストに抱き着いた。

 

「もぉ〜! 十時間以上目が覚めないから心配したんですからね!!」

「十時間...?」

 

 鬱陶しそうにラッテンを見たペストは、少しずつ意識をハッキリさせていく。

 少し首を回してみれば、更地になった街の中に横たわっていたことが分かった。戦闘の跡地にそのまま放置されたのだろうか、と思うが、気を失う前に受けた傷が見当たらない。失った脚も、腹に空けられた風穴も、すべて綺麗に元通りになっている。

 

「......負けたの? 私たちが...」

「ああ。俺の勝ちだ」

 

 少し離れたところから、ローリーの声がした。

 それを聞き、ペストの意識が一気に明快になる。ラッテンを押し退けてローリーを振り返った。

 

「ローリー・コリンズ...!」

「おーおー、元気だなァ。しっかり殺意を込めて睨みやがって。治療してやった甲斐があるってもんだ。今からまた殺し合うか?」

 

 ヒャハハと笑ったローリーは、言葉とは裏腹に動く気配がない。言葉に狂気もなく、雑談でもするかのように朗らかだ。

 

「治療...? 貴方が?」

「あ、それは本当ですよマスター。あの男、数時間も付きっきりでマスターの治療をしてました」

 

 ラッテンの補足に、ペストの疑念はより積もった。自分であそこまで痛めつけておいて、自分でそれを治療する。そんなマッチポンプのような真似をする理由は何か。

 その答えを得る前に、ローリーの足元に動かないヴェーザーが転がっているのが目に入る。それだけで疑念など吹き飛び、更なる怒気と殺気が湧き上がった。

 

「さぁてさて。呪力もそれなりに回復した。時間もギリギリだし、そろそろ始めるか」

 

 ペストの視線を浴びながら、ローリーは立ち上がる。深く息を吸い込み、ヴェーザーに両手を向けた。

 

「《冬の終わり、凍てつく大地より芽吹きは生まれる。眠りし者よ、土を喰らえ。汝の息吹は今ここに、春はまた巡り来たる》」

 

 聖句とともにヴェーザーの身体が乾涸び始める。

 同志の亡骸を弄ばれていると感じたペストが飛び出そうとするが、それよりも先に、ヴェーザーの体がボロボロと崩れ、土塊に変わった。

 

「何してるの、貴方...!」

 

 ペストが歯噛みし、黒い風を吹き荒らす。ローリーはそれを受け、鬱陶しそうに腕を払った。

 その行為に、ペストは僅かに疑問を覚える。

 

「(風で相殺されない...?)」

 

 今のペストの黒い風は、確かにローリーを大きく傷付けるほどの威力はない。それでも、ローリーはずっと、こちらが放った黒い風を自身の放った風で打ち消してきていた。しかし、今はそれをしない。

 その思考がペストの行動を止める。

 

「黙って見とけ」

 

 ローリーがペストを一瞥だけし、すぐにヴェーザーだった土塊に視線を戻す。ペストとラッテンの視線もそちらに流れた。

 時間を置かず、土塊から小さな双葉が芽吹く。その芽はみるみるうちに育ち、やがて実を付けた。桃色の、人一人分はある楕円形の大きな実だ。

 実が落ち、そして不自然なほどに綺麗に二つに割れる。その中にいたのは、不思議そうな顔をしたヴェーザーだ。

 

「これは...なんだ、俺はどうなった?」

 

 ヴェーザーが声を漏らす。右腕がないことに気が付くが、それよりも、本当に自分が置かれている状況が理解できていなかった。

 ペストもラッテンも、呆けたようにヴェーザーを見る。誰も状況が分からない中、ローリーが口を開いた。

 

「よォ、右腕は持っていかれたか。まァ腕一本なら運が良い方だな。記憶はどうだ、欠落はないか?」

「あ? あ、ああ...いや、少しだけ...なんで俺はここにいる? 確か、お前が飛ばしてくる斬撃を躱してたはずだが...」

 

 困惑しながらも答えたヴェーザーに、ローリーは「そォか」と返す。

 

「その程度の欠落なら構わねェ。問題は腕だが...おっ、そうだ。そういやァ丁度良いモンを手に入れてたな」

「待って、待ちなさい。...貴方、何をしたの?」

 

 ペストが問う。「丁度良いモノ」を取り出そうとしていたローリーが、収納空間に片手を入れてゴソゴソと動かしながら答える。

 

「蘇生だ。お前も聞いてただろ。一日に一人なら生き返らせられる」

「...本当に呆れた。何。貴方、神霊なの?」

「馬鹿言え、俺は神を殺す側だぞ」

 

 言いながら、ローリーは銀の義手を取り出した。

 ローリーが北側に来てから手に入れた、特別な恩恵などは宿っていないただの義手。

 それを持ち、ヴェーザーの失われた右腕に合わせる。

 

「動くなよ」

 

 何をするつもりだ、と警戒を強めたヴェーザーにローリーが忠告した。

 あーでもないこーでもない、と暫くローリーが義手を弄っていると、義手から細い糸のようなものが伸び、ヴェーザーの肩と接合される。

 

「よし、こんなもんだろ。動かしてみろ」

 

 言われるがまま、ヴェーザーは義手を動かした。多少の違和感はあるが、指の先までしっかりと動く。それどころか、起きてからずっとあった倦怠感が抜け、死ぬ前よりも大きな高揚感───漲る力を感じる。

 

「問題なく動くな? その義手に俺の呪力をありったけ詰め込んだ。使い方は勝手に覚えろ」

「呪力?」

「ああ。蘇生後二週間は力が大幅に下がる。身体能力も、ほかの能力もな。それを補える程度には使えるぜ?」

 

 ヴェーザーが義手を見つめた。

 何かを確認するように握り、開き。そしてローリーを見る。

 

「...何が目的だ?」

 

 ヴェーザーが問う。

 蘇生をして、腕を与えて、力を与えて。敵にそこまでするローリーの真意が見えてこない。

 そんなヴェーザーの疑問をローリーは鼻で笑う。

 

「お前らに求めるのはただ一つ。《ノーネーム》を追い詰めろ」

 

 ヴェーザー、ラッテン、そしてペスト。三人を順に見たローリーは、期待を込めて真意を告げる。

 

「あいつらの意志を砕け、希望を挫け。とことんまで追い込んで...そして、あいつらの成長を俺に見せろ」

 

 意味が分からない、とペストは訝しんだ。ペストだけでなく、ヴェーザーやラッテンも同様だ。

 ローリーは《ノーネーム》所属のはずだ。同志の成長が見たい、という気持ちは分かる。だが、その手段があまりにも歪んでいる。

 しかし、ローリーは本気だ。本気で《ノーネーム》の成長のためだけに、取り除ける天災を再生してまで送り込もうとしている。

 

「ああ、いや。もう一つあるな。俺の勝利報酬だ」

 

 思い出したように、実際今の今まで忘れていた「報酬」を、ローリーが口にした。

 

「...『三つの質問に答えろ』、だったかしら」

「ああ。そう難しい質問じゃあない。嘘も誤魔化しも許さねェが、知らねェならそれでも構わない」

 

 目くるめく状況にいまいち追いつけない中、ペストが身構える。

 単独で魔王を下せる人間が、あれほどの力を持つ男が、一体何を知りたがるというのか。

 ローリーが指を一本立てる。

 

「まず一つ目だ。お前ら、《アンジェア》っつー神を知ってるか?」

 

 

 

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▼──褒められたい、認められたい、憧れられたい…!▼──敵も味方も誰も彼もが放っておいてくれない存在になりたい…!▼──逃げも隠れもできない存在になりたいッ!▼承認欲求の鬼のようなそんな男がいずれ最強へと至る物語。


総合評価:2571/評価:8.28/連載:3話/更新日時:2026年08月05日(水) 16:49 小説情報

転生しました、主人公でした。(作者:道化の作家)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

 転生先が我らが主人公(ベル・クラネル)だったので、それまでは異世界ライフを楽しもうと思っていたが急遽予定変更し、世界を救う為の『英雄RTA』を開始することになっちゃった可哀想なベル君(転生者)。▼ 早熟スキルのかわりに伯母さ…ゲフンゲフンっ?!、お義母さんよろしく才能の権化と剣の才覚と偉業&精霊誘引体質をゲッチュしちゃったベル君は原作知識を活かして…


総合評価:4375/評価:8.56/連載:4話/更新日時:2026年10月15日(木) 07:02 小説情報

フェア・クラネルの嫁作り(作者:パーンダ)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

ベル・クラネルには兄がいるが、とんでもないスケベモンスターである。▼兄のようにはなるなと、色んな人に言われている。


総合評価:5657/評価:8.36/連載:16話/更新日時:2026年09月27日(日) 02:40 小説情報

ようこそ最強ゲーマーのいる教室へ(作者:現魅 永純)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

▼ 空のいない白▼ 白のいない空▼ 二人で一人ではない、たった一人で両翼を宿す存在。▼ 空間認識能力・動体視力・演算能力・記憶力・心理察知───etc.▼ 人に許された数多の能力を、人には許されざる領域でその身に宿し産まれ落ちた。▼ 何者にでもなれた才禍の怪物は、知らぬ誰かをなぞる様にゲームの世界へ魅入られた。▼※原作既読推奨は『ようこそ実力至上主義の教室へ…


総合評価:8616/評価:8.68/連載:27話/更新日時:2026年10月11日(日) 12:00 小説情報

個性チャクラで影分身(作者:切って捨てて)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒロアカ知識なし、NARUTOが好きな前世持ちに個性チャクラを付けてIN!


総合評価:4288/評価:8.23/連載:14話/更新日時:2026年10月16日(金) 18:01 小説情報


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