「「シザーズ、ペーパー、ロック! ロック! ロック!」」
雨が強まり、ペストの服がすっかり濡れて重くなってきた。
遠くでは破壊音が聞こえてくる。ヴェーザーが鐘を破壊している音だろう、とペストは頭の片隅で考えながら、目の前の異様な光景を呆然と見ていた。
絶大な力を持つ魔王が、戦場のど真ん中で、真剣にジャンケンをしている。
「ロック! ロック! ロック!」
「ロック! ロック! お、ッシャア!!」
何度もあいこが続いていたジャンケンがようやく決着したようだ。
「いやぁ、出ちゃったなァ、本体としての貫禄が」
「あん?
「馬鹿言え、俺が
普通に聞いていると混乱してしまいそうな会話に、ペストの頭が痛くなる。
「...一応聞いてあげるけれど、それは何の勝負?」
ペストが問うと、ローリーたちが揃ってペストに顔を向けた。気持ちが悪い、とペストは素直に思う。
「何ってお前、どっちがどっちの相手をするか決めてンだよ」
「まさか二対一でお前を嬲るとでも思ったか? ンな面白くもねェことに
納得などできないが、理解はしたペストは舌打ちをする。
完全にナメられていると感じた。だが、ローリーの行動は合理的でもある。
謎が解かれた今、ローリーがここで戦い続けることは得策ではない。ペストを止める役とヴェーザーを止める役の二手に別れるべきだ。
「...そう。じゃ、本体が私の相手ね」
ペスト一人では二人のローリーを止められない。ならば最低限、本体くらいは止めてみせよう。
そう意気込み、ローリーの本体を力強く睨みつけたところで、ローリーたちがキョトンとした顔をする。
「何言ってんだお前。
「なんで勝った方がつまらねェ方を選ぶんだよ」
「─────分かったわ。貴方が本物だろうと偽物だろうと、私がここで殺してやるッ!」
黒い風が、ペストの怒気に呼応して荒れ狂った。
瓦礫が舞い、風を使って瓦礫をローリーたちに飛ばす。
分身体が前に出る。暴風を操り、飛んでくる瓦礫を尽く粉砕した。同時に、本体の周辺に十二個のウィンドウが現れる。
「おーおー、もう九個も壊されてんのか。残りは山羊、瓶、魚。随分と進まれたな」
本体が見ているウィンドウには、《ケンタウロスの鐘》を壊し、次の鐘へ向かっているヴェーザーの姿が映っている。
「おい
分身体が横目で本体を見て釘を刺した。
それに対し、ヴェーザーの元に向かおうとしていた本体が分身体へ振り向き、不満そうに返す。
「なんで
「我ながらテキトーすぎるな」
「テメェの愉しみを前にここまでお預け食らって『はいそうですか』なんて言えっかよ。止めたきゃ俺より先にペストを殺せばいいだろォが」
「ああ、そりゃあいい。
本体はウィンドウの先のヴェーザーを、分身体はペストを見据え、愉しげに口角を釣り上げた。
ローリーたちから呪力が溢れる。
「《此岸と彼岸。背を合わせし双極は此処にあり。我が眼は彼方を捉え、我が
「《天の痛哭、大地の嘆き。愚者を裁く怒りの鉄槌。沈め沈め、世界よ沈め。大罪に生かされる命もまた罪と知れ》」
本体と分身体が同時に聖句を唱え始め、本体は転移で姿を消した。分身体とペストが残ったこの場は、より一層強い風雨が支配する。分身体を中心に、普通の生物では立っていられないほどの嵐が夜の街を喰らう。空を覆う暗雲もより厚くなり、雷鳴が轟き始めた。
そのうち、一つの雷が天からペストを襲う。黒い風で身を護ったペストは、苛立ちを隠すことなく牙を剥いた。
「殺せるものなら殺してみなさい、ローリー・コリンズ! 貴方如き放埓な覚悟で、八千万の死を統べるこの
ペストとしても、もう我慢する必要などない。
謎解きは終わった。あとはヴェーザーに任せ、自分は全力で、全霊で、目の前の《敵》を捻り潰す。
どの道、分身体だろうがローリーを殺せばペストたちの勝ちだ。
「その傲慢、私たちの積み上げた死の歴史で、怨嗟の骸で、圧し潰してあげる...ッ!!」
二つの凶風がぶつかり合う。
嵐と死の風。魔王と魔王の衝突は、街を更地に変えながら再開された。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
ヴェーザーは困惑していた。
ラッテンからペストの作戦を聞き、ペストの思惑通りローリーが《サソリの鐘》を護ったことで、正解を《黄道十二宮》に断定。即座に《サソリの鐘》を破壊した。
三つ目の鐘の破壊で、何も起きず。これでほぼ確定だと東に走り、蟹、二人の人間、牛、羊の鐘を破壊。次いで獅子、女、秤、ケンタウロスの鐘も破壊した。
勢いのままに次の標的、《山羊の鐘》を破壊しようと時計塔の目の前に辿り着いたところで、ヴェーザーの目の前から時計塔が消えた。
「どういう...いや、俺が転移させられたのか!?」
周囲を見渡せば、少し前に破壊した《羊の鐘》の残骸が転がっている。《羊の鐘》は、《炎の鐘》に次いで東端に近い位置にあった。
ヴェーザーはつい先程まで西側の中央付近にいたが、随分と移動させられたことに舌打ちする。
同時に、嫌な気配がヴェーザーの前に現れた。
「来やがったな、自称魔王...!」
ヴェーザーが睨みつける先には、風に髪を靡かせながら瓦礫の上に立つローリーがいた。
それを確認するが早いか、ヴェーザーは大地を操り、土の槍をローリーの足元から貫き上げる。
足元の瓦礫が粉砕されるが、ローリーは焦ることもなくふわりと跳んだ。
「よォヴェーザー。待たせたな。続きといこうぜ?」
「ハッ、お断りだ。お前は一人で踊ってろ!」
ガンッ、とヴェーザーが大笛で地面を叩く。
無数の土の槍が地面から生え、ローリーを貫かんと猛り暴れる。回転が加わり貫通力が上がったソレをローリーは避け、殴り折り、蹴り潰す。
その間にヴェーザーがローリーの足元を隆起させ、ローリーを空高く打ち上げた。さらに泥流がなだれ込み、ローリーを丸々と呑み込む。
ヴェーザーは西に駆けた。正面からローリーの相手をするターンは終わったのだ。ここからはいかに迅速に残りの《世界の核》を破壊できるか。そういう勝負になっている。
しかし、ローリーはそう思っていない。
「おい、つまらねェ真似してンじゃあねェぞ」
泥流の中で十メートルはあろうかという瓦礫を掴み、それをヴェーザーの背中に投げ飛ばした。
ヴェーザーはそれを避けるが、その間にローリーがヴェーザーの目の前にまで転移し、ヴェーザーを蹴り飛ばす。
自身が作った泥流の中に叩き込まれたヴェーザーは、泥の流れを操ってすぐに泥の中から這い出た。その眼前にローリーの足が迫り、再度蹴りを入れられる。
「ガッ...!」
苦悶とともに、鼻血が流れる。
鼻っ面に受けた衝撃で反射的に涙が出るが、それを無視し、追撃してくるローリーに大笛を叩き付けた。
それを左手で受け止めたローリーが、右手でヴェーザーの腹を殴る。防御は間に合わず、ヴェーザーは後方に飛ばされ、数軒の建物を破壊しながら進み、《炎の鐘》の時計塔に背中から激突してようやく止まった。
「...ッ、ペッ。大人しくしとけよ、寂しがり屋か?」
血の混じった唾液を吐き出しながら、ヴェーザーが呟く。身体はとうに限界だが、そんなことで倒れてなどいられない。
「ああ、そうなんだ。実は俺は生粋の寂しんぼでな? 無視されるとそれはもう悲しくて悲しくて、癇癪を起こしちまう」
芝居がかった身振りでそう言うローリーを、ヴェーザーは鼻で笑う。
「ハッ、寂しがり屋の魔王なんざ初めて聞いたな」
「聞くも涙、語るも涙な過去話に華でも咲かせてみるか?」
「そりゃいいな。ぜひ聞かせてくれよ、俺たちがこのゲームに勝った後でな!!」
鐘の破壊を諦めたわけではないが、どうにも無視はできないと腹を括った。
ヴェーザーが地面を砕く勢いで跳び出し、ローリーに迫る。
「ようやくやる気になったか! ヒャハッ、そォこなくっちゃなァ!!」
ローリーが全身に呪力を巡らせ、拳を強く握る。
拳と大笛が交差し、衝撃が走る。高揚を満面の笑みで表したローリーが拳を引き、もう一度叩き付けようとしたところで、再度泥流が現れる。
「ハッ、もうそろソレも見飽きたぞ?」
津波のように襲い来る泥流を跳躍して回避し、鐘の無くなった時計塔の頂上に着地する。
地上にいるヴェーザーを見下ろし、呪力を練った。
「《天を祓い、地を平定せよ。不変の理を断ち割り、繋がれし因果を絶つ神代の災禍。万象変化の芽吹きとなりて、此処に運命を刻め》」
ローリーの聖句が、嵐の中でもハッキリと響く。
ヴェーザーが高く跳び、ローリーの上から大笛を振り下ろした。
火花が散る。見開かれたヴェーザーの目に映ったのは、不敵に笑うローリーと、ローリーが持つ、黄金の剣。
「軽ィなァ」
ローリーが剣を薙ぎ、ヴェーザーが押し返される。
着地したヴェーザーはローリーを見上げた。正確には、ローリーが持つ剣を見る。
黄金ではあるが、その造りは無骨だ。拳十個分程度の、中型の両刃剣。装飾はほとんどなく、柄と刃だけが爛々と輝いている。
ただの剣の召喚、と考えるのは危険だとヴェーザーは判断した。
「権能か...?」
ヴェーザーが警戒を込めて呟く。
ローリーも地にふわりと舞い降り、剣の鋒をヴェーザーに向けた。
「ご名答。ただまァ、まだ本調子じゃあねェな。ったく、白夜叉には呆れたもんだ。俺の最強をぶち壊して、ようやく首に手が届くレベルなんだからよ」
白夜叉。その名を聞き、ヴェーザーの背中を冷や汗が伝う。
最強の星霊に勝ち越した。ローリーを警戒することになった最初の情報を思い出し、ヴェーザーは一瞬で戦闘という手段を選択肢から外す。
推測が正しいのならば、今目の前の男が持っている黄金の剣は、あの白夜叉すら斬れる代物だということだ。
逃げ腰になったヴェーザーの姿勢を察知したローリーが舌打ちする。
「今のこの剣じゃあ白夜叉は
それに、とローリーはヴェーザーを宥めるように続ける。
「俺が使う権能は
だから安心して戦え。
そう言ってくるローリーだが、ヴェーザーは足が動かない。
恐怖ではなく、逡巡。このままローリーと戦い続けては鐘を壊す暇がなく、ゲームに勝てないのではないか、という迷いがヴェーザーにはあった。
だからと言って、ローリーを倒せるかと言われれば、少なくとも《夜》の間には不可能。全てがヴェーザーに味方したとしても、夜明けまでの時間稼ぎが関の山だろう。
「(死んで勝てるなら迷いはしないが...分身体だと? ということは、マスターとラッテンの方にその分身体がいるってわけだ)」
倒されないようにはできる。してみせる。
だが、ローリーを倒し、或いは躱し、鐘の破壊に向かえるか。そう考えた時の答えはNOだ。
「(......詰んだか)」
ペストたちがローリーの分身体を倒す、という展開を期待したいが、それだけ。今ヴェーザーにできるのは、せめて目の前にいるローリーがペストの元へ向かわないよう、ローリーを引き付ける程度の────
「
「────......そうか」
ヴェーザーが大笛を強く握る。その目には先程までの諦念など欠片もない。あるのは、決意。
「いいぜ、寂しがり屋の魔王。お前と戦ってやる。ここで死んどけ」
「お? なんだ、急に強気だな? だがそれでいい。溜まりに溜まった欲求不満を、お前で発散させてくれよ」
ローリーも剣を片手で構える。
数秒の睨み合いの後、先に動いたのはヴェーザーだ。
自身の足元を隆起させ、脚力に弾みを付けてローリーに突貫する。移動するだけで小さな瓦礫が動いてしまうほどの速度。それをローリーは完璧に見切った。
迫る大笛を剣の腹でいなし、流れたヴェーザーの体に向けて左の膝を入れる。鳩尾に綺麗に入り、ヴェーザーの息が一時的に止まる。
苦悶するヴェーザーの頭を掴み、一度地面に叩き付けた後、そのまま空に放り投げた。
「ほら、避けねェと死ぬぞ?」
黄金の剣がさらに輝きを放つ。
嫌な予感がしたヴェーザーが土の筒を地面から伸ばし、自分を横から突くように押した。急いでいたため、それによってヴェーザーもダメージを受け顔が僅かに歪むが、次の瞬間、その判断は間違っていなかったと感じた。
つい一秒前までヴェーザーがいた場所を、光の軌跡が奔る。ソレは厚く空を覆っていた暗雲を切り裂き、なお宙に向かって飛んでいった。
「何が本調子じゃないだ...ッ!」
天を裂いて飛ぶ斬撃を目にし、ヴェーザーの顔が引き攣る。どの程度の威力かは、今の一撃だけでは正確には推し量れない。だが、少なくとも雲を斬れるだけの威力だ。まともに受ければヴェーザーの肉体も無事では済まないだろう。
「本調子じゃあねェさ。今のこの剣はデフォルトの能力もねェ、ただの剣だ」
再度、黄金の剣が輝きを纏った。
転がるように着地したヴェーザーは、息をつく暇もなく横に跳ぶ。
ローリーが剣を真向斬りで振り抜く。剣先はヴェーザーには届かない。だが、先程と同じように、斬撃が飛ぶ。今度は、一瞬前までヴェーザーがいた場所の石畳が深々と裂けた。
輝きの正体は、ローリーの呪力だ。
呪力を練り、剣に纏わせ、剣の軌道に乗せて放つ。その際に少し鋭利に呪力の形を整え、さらに微振動させるという工程こそあるものの、原理としてはただ呪力を飛ばしているにすぎない。
魔術ですらない、ただの呪力の放出。一般的な魔術師が同じことをしようとしても、これほどの威力は出ない。
だが、圧倒的な呪力と卓越した呪力操作を持つローリーがやれば、それは命を刈り取る斬撃となる。
斬撃が次々にヴェーザーを襲う。
避けては斬撃が飛び、また避けては斬撃が飛び。ヴェーザーは休む暇どころか、ローリーに近付くことすらできない。このままではジリ貧だ。
「ク、ッソォ!!!」
ヴェーザーが吠え、一か八か、ローリーに向かって走り出した。
ローリーが獣じみた笑みを浮かべて吠える。
「そォだ、それだ! 死地に活路を見出せ! 俺に牙を突き立ててみろ!!」
斬撃がヴェーザーの右腕を斬り飛ばす。苦痛に顔が歪むが、それでもヴェーザーは怯むことなく、足を踏み出した。
再び剣が輝く。斬撃が飛んでくるよりも前に、ヴェーザーは残った左腕で大笛を握りしめ、ローリーへと振り下ろした。同時に、土の槍が地面からローリーを襲う。
だが、
「......ガハッ...」
斬撃ではなく、黄金の剣そのものが、ヴェーザーの心臓を貫いた。
大笛はローリーの頭を捉える一歩手前で、展開された魔法陣に止められた。土の槍も同様だ。
それを見てヴェーザーは悔しそうに目を細めた後、薄く笑う。
「...は、はは...時間は、十分に稼いだ、ぜ...」
薄れていく意識の中、勝ち誇ったように、消え入る声でそう漏らす。
それを聞き、ローリーは「ああ」と納得したように呟いた。
「お前が期待してたのはラッテンか。残念だったな。そっちも手は打ってるぞ」
ローリーの言葉に、ヴェーザーは大きく目を見開いた。だが、もはや指の一本も動かない。
「ま、そこそこ楽しめたぜ、ヴェーザー。特に最後のは俺好みだ。まァ一つ、終始『自分の役目は時間稼ぎ』だなんて思ってやがったのだけがマイナス点だな」
ローリーが、ヴェーザーの身体から剣を引き抜く。
傷口から大量の血が流れる。左腕が力無く垂れ下がり、最期まで握っていた大笛が、カランと音を立てて地面に落ちた。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「─────......チッ。あっちが先に終わったか」
キリキリと音を立てて黄金の弓の弦を引き絞っていた
同時に、黄金の弓と、番えていた矢がゆっくりと消えていった。
「ヴェーザーが死んだぞ。良かったな、お前は死ななくて」
分身体が声を投げかけた先には、ペストがいた。
返事はない。そんなものができる状態ではなかった。
巨大な瓦礫に呪力でできた杭で縫い付けられ、左脚を失い、腹には風穴が空いている。
辛うじて息はあるが、呼吸とも呼べない空気が、口からヒュー、ヒューと虚しく抜けているだけ。生きているのが不思議なくらいだった。
暗雲が徐々に散り、東の空が白み始める。
もうすぐ、三日目の《夜》が終わる。盤上にはローリーしか立っていない。ここからのペストたちの逆転は、如何なる奇跡が起きようと不可能だ。
「さて。このまま死なせるわけにもいかねェか」
本能をグッと堪え、そう呟いた。
「モドキとはいえ魔王は魔王。しっかり《ノーネーム》の成長に役立ってもらわねェとな」
東の空を見ていた分身体が振り向く。
その瞬間、分身体の頬を黒い風が吹き抜けた。分身体の頬に、スゥと一筋、薄皮一枚程度の傷が付く。
傷が付いた部分を分身体が手でそっと撫でた。血も滲まない程度の掠り傷。
そのまま、ゆっくりとペストを見る。ギリギリ、まだ死んではいないだけ。動けるような傷ではないし、目の焦点も合っていない。光すら灯っていない、虚ろな目。
だが、それでも、ペストの目はずっと分身体を、ローリーを睨んでいた。
また黒い風が吹く。もう薄皮すら裂けない程の弱々しい風が、ローリーにぶつかって四散する。
「─────ああ、そうか」
即座に治せる頬の傷をそのままに、ローリーはペストを見つめた。
その目に既に狂気は無く、怒気もない。
「訂正してやる、
ローリーの言葉はペストには届かない。
鐘が鳴る。夜明けを告げ、ゲーム終了を告げる合図の鐘が。
黒い風は未だ止まず、緩やかに吹いていた。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「──...スター、マスター!」
どこからか、声がする。
自分を呼ぶ声だ、と霞がかった思考の中でぼんやりと思った。
瞼が重い。まだゆっくりしていたい。そう微睡むが、耳元の声があまりにも騒がしい。
「......うるさい」
「っ! マスタぁ!! 良かったぁ〜!!」
ペストが僅かに目を開けると、目尻に涙を浮かべたラッテンがペストに抱き着いた。
「もぉ〜! 十時間以上目が覚めないから心配したんですからね!!」
「十時間...?」
鬱陶しそうにラッテンを見たペストは、少しずつ意識をハッキリさせていく。
少し首を回してみれば、更地になった街の中に横たわっていたことが分かった。戦闘の跡地にそのまま放置されたのだろうか、と思うが、気を失う前に受けた傷が見当たらない。失った脚も、腹に空けられた風穴も、すべて綺麗に元通りになっている。
「......負けたの? 私たちが...」
「ああ。俺の勝ちだ」
少し離れたところから、ローリーの声がした。
それを聞き、ペストの意識が一気に明快になる。ラッテンを押し退けてローリーを振り返った。
「ローリー・コリンズ...!」
「おーおー、元気だなァ。しっかり殺意を込めて睨みやがって。治療してやった甲斐があるってもんだ。今からまた殺し合うか?」
ヒャハハと笑ったローリーは、言葉とは裏腹に動く気配がない。言葉に狂気もなく、雑談でもするかのように朗らかだ。
「治療...? 貴方が?」
「あ、それは本当ですよマスター。あの男、数時間も付きっきりでマスターの治療をしてました」
ラッテンの補足に、ペストの疑念はより積もった。自分であそこまで痛めつけておいて、自分でそれを治療する。そんなマッチポンプのような真似をする理由は何か。
その答えを得る前に、ローリーの足元に動かないヴェーザーが転がっているのが目に入る。それだけで疑念など吹き飛び、更なる怒気と殺気が湧き上がった。
「さぁてさて。呪力もそれなりに回復した。時間もギリギリだし、そろそろ始めるか」
ペストの視線を浴びながら、ローリーは立ち上がる。深く息を吸い込み、ヴェーザーに両手を向けた。
「《冬の終わり、凍てつく大地より芽吹きは生まれる。眠りし者よ、土を喰らえ。汝の息吹は今ここに、春はまた巡り来たる》」
聖句とともにヴェーザーの身体が乾涸び始める。
同志の亡骸を弄ばれていると感じたペストが飛び出そうとするが、それよりも先に、ヴェーザーの体がボロボロと崩れ、土塊に変わった。
「何してるの、貴方...!」
ペストが歯噛みし、黒い風を吹き荒らす。ローリーはそれを受け、鬱陶しそうに腕を払った。
その行為に、ペストは僅かに疑問を覚える。
「(風で相殺されない...?)」
今のペストの黒い風は、確かにローリーを大きく傷付けるほどの威力はない。それでも、ローリーはずっと、こちらが放った黒い風を自身の放った風で打ち消してきていた。しかし、今はそれをしない。
その思考がペストの行動を止める。
「黙って見とけ」
ローリーがペストを一瞥だけし、すぐにヴェーザーだった土塊に視線を戻す。ペストとラッテンの視線もそちらに流れた。
時間を置かず、土塊から小さな双葉が芽吹く。その芽はみるみるうちに育ち、やがて実を付けた。桃色の、人一人分はある楕円形の大きな実だ。
実が落ち、そして不自然なほどに綺麗に二つに割れる。その中にいたのは、不思議そうな顔をしたヴェーザーだ。
「これは...なんだ、俺はどうなった?」
ヴェーザーが声を漏らす。右腕がないことに気が付くが、それよりも、本当に自分が置かれている状況が理解できていなかった。
ペストもラッテンも、呆けたようにヴェーザーを見る。誰も状況が分からない中、ローリーが口を開いた。
「よォ、右腕は持っていかれたか。まァ腕一本なら運が良い方だな。記憶はどうだ、欠落はないか?」
「あ? あ、ああ...いや、少しだけ...なんで俺はここにいる? 確か、お前が飛ばしてくる斬撃を躱してたはずだが...」
困惑しながらも答えたヴェーザーに、ローリーは「そォか」と返す。
「その程度の欠落なら構わねェ。問題は腕だが...おっ、そうだ。そういやァ丁度良いモンを手に入れてたな」
「待って、待ちなさい。...貴方、何をしたの?」
ペストが問う。「丁度良いモノ」を取り出そうとしていたローリーが、収納空間に片手を入れてゴソゴソと動かしながら答える。
「蘇生だ。お前も聞いてただろ。一日に一人なら生き返らせられる」
「...本当に呆れた。何。貴方、神霊なの?」
「馬鹿言え、俺は神を殺す側だぞ」
言いながら、ローリーは銀の義手を取り出した。
ローリーが北側に来てから手に入れた、特別な恩恵などは宿っていないただの義手。
それを持ち、ヴェーザーの失われた右腕に合わせる。
「動くなよ」
何をするつもりだ、と警戒を強めたヴェーザーにローリーが忠告した。
あーでもないこーでもない、と暫くローリーが義手を弄っていると、義手から細い糸のようなものが伸び、ヴェーザーの肩と接合される。
「よし、こんなもんだろ。動かしてみろ」
言われるがまま、ヴェーザーは義手を動かした。多少の違和感はあるが、指の先までしっかりと動く。それどころか、起きてからずっとあった倦怠感が抜け、死ぬ前よりも大きな高揚感───漲る力を感じる。
「問題なく動くな? その義手に俺の呪力をありったけ詰め込んだ。使い方は勝手に覚えろ」
「呪力?」
「ああ。蘇生後二週間は力が大幅に下がる。身体能力も、ほかの能力もな。それを補える程度には使えるぜ?」
ヴェーザーが義手を見つめた。
何かを確認するように握り、開き。そしてローリーを見る。
「...何が目的だ?」
ヴェーザーが問う。
蘇生をして、腕を与えて、力を与えて。敵にそこまでするローリーの真意が見えてこない。
そんなヴェーザーの疑問をローリーは鼻で笑う。
「お前らに求めるのはただ一つ。《ノーネーム》を追い詰めろ」
ヴェーザー、ラッテン、そしてペスト。三人を順に見たローリーは、期待を込めて真意を告げる。
「あいつらの意志を砕け、希望を挫け。とことんまで追い込んで...そして、あいつらの成長を俺に見せろ」
意味が分からない、とペストは訝しんだ。ペストだけでなく、ヴェーザーやラッテンも同様だ。
ローリーは《ノーネーム》所属のはずだ。同志の成長が見たい、という気持ちは分かる。だが、その手段があまりにも歪んでいる。
しかし、ローリーは本気だ。本気で《ノーネーム》の成長のためだけに、取り除ける天災を再生してまで送り込もうとしている。
「ああ、いや。もう一つあるな。俺の勝利報酬だ」
思い出したように、実際今の今まで忘れていた「報酬」を、ローリーが口にした。
「...『三つの質問に答えろ』、だったかしら」
「ああ。そう難しい質問じゃあない。嘘も誤魔化しも許さねェが、知らねェならそれでも構わない」
目くるめく状況にいまいち追いつけない中、ペストが身構える。
単独で魔王を下せる人間が、あれほどの力を持つ男が、一体何を知りたがるというのか。
ローリーが指を一本立てる。
「まず一つ目だ。お前ら、《アンジェア》っつー神を知ってるか?」