「俺も《魔王》なんだよ」
なんの緊張感も無く、なんの躊躇いも無く、ローリーが吐き捨てた台詞。
これを聞いた飛鳥は、困惑と動揺に襲われた。
「......えっと?」
上手く理解できず、思わず聞き返すような声が出る。
「だから、俺も《魔王》なんだって。まぁ、聞いた感じ
本当に興味が無いのか、山脈の方を見ながら「お、出てきたぞ」と燿とグリフォンのゲームに意識を割いている。
確かにそちらも気にはなるが、ローリー以外の全員はそれどころではなかった。
「...お前も《魔王》だと?」
飛鳥と同様に十六夜も未だ理解が追い付いていないのか、疑問をぶつける。
白夜叉も黒ウサギも、十六夜と同じ疑問を抱いていたために、静かに、かつ構えてローリーの返答を待った。
「言ってるだろ。魔王は魔王でも、箱庭の魔王とは違う。まぁクソ加減で言ったら同じかもしれねぇけどな」
ラストスパートだと縦横無尽に飛び回るグリフォンを見ながら、片手間にローリーは答え始めた。
「元の世界で、俺も《魔王》って言われてたんだ。《神殺しの魔王》ってな」
「かッ 《神殺しの魔王》!!?!?!!?」
黒ウサギの興奮した声が木霊し、白夜叉の目がスゥっと細められた。
両者の過剰な反応に、十六夜と飛鳥は更に疑問を抱く。
「《神殺しの魔王》ってのは何だ。どうしてそこまで大袈裟な反応になる? “神殺し”ってのは大層な単語だが、箱庭には神がゴロゴロいやがるんだろ? そんなに珍しいのか」
「めっ、珍しいとかッ、そういう次元ではありせんよッッ!!」
黒ウサギの興奮は、明らかに恐怖の色が強いものだった。興奮というより狼狽という方が正しいかもしれない、そんな反応。
神性持ちであれば十六夜も倒したし、その気になれば殺すことも可能だった。であれば、“神殺し”程度であればそこまで驚くことでもないだろう、というのが十六夜の感想だ。
《神殺し》と《魔王》がセットになるから恐ろしいのか。あるいは《神性殺し》と《神殺し》はまたレベルが違うのか。
箱庭での常識を知り得ない現状では判断ができないと黒ウサギに追って聞こうとしたが、その前に白夜叉がゆっくりと口を開く。
「終末の獣、《人類滅亡の形骸化》の別名。それが《神殺し》だ」
「《人類滅亡の形骸化》?」
言葉の意味は分かるが、その意味の指すところが理解できない。
再度問う十六夜に、白夜叉は己の知識を確認するかのように一つ一つ、丁寧に言葉を紡ぐ。
「言葉通り、人類を、時には神霊すらも滅亡させる可能性を持つ者達のことだ。『世界を終わらせる要因の擬人化・半星霊化』としての《神殺し》。『人類の滅びが確定した際に顕現する殲滅の代行者』としての《神殺し》。大きく分けるとこの二種類が存在するが......さて、ローリー・コリンズとやら。おんしはどちらに属する《神殺し》か?」
前者であればすぐにでも仏門に神格を返上し、己が全霊をもって討ち滅ぼす。
後者であれば為す術がなく、箱庭全土に呼び掛けてこの《人類最終試練》の打倒を試みる。
先にローリーが見せた、《魔王》に対する憎悪にも似た異常な執着。「必ず殺す」という明確な意志。対象が《魔王》ではあるものの、その在り方は後者としての《神殺し》である可能性の方が高い。
これは決闘だなんだなどと言っていられなくなった。
明確な脅威を前に構える白夜叉だったが、当の本人はそんなもの何処吹く風。もうすぐゴールしそうな耀に「もう少しだぞー」と軽く声援をかけながら、やはり片手間だと言わんばかりの淡白な返答をする。
「どっちでもねぇよ。つーか、《神殺し》にそんな意味があるだなんて知らなかったっつーの。俺のは本当の本当に言葉の意味そのままの《神殺し》。神を殺して、その権能を簒奪した。だから《神殺し》って呼ばれてたんだ。《魔王》ってのはアレだよアレ。人類から進化した、っつーより生まれ変わった? まぁそんな感じの、ヒトを超えた俺らに対する異名的な」
ローリーが言い切ると同時、グリフォンがゴールを駆け抜ける。燿の勝利が、引いては《ノーネーム》の勝利が決まった瞬間だ。
本来であれば勝利を喜び、燿に称賛を送る場面。ところが、飛鳥も、黒ウサギも、十六夜も、今はそれどころではなかった。
なので彼らの代わりに、ローリーが拍手を贈る。
「すげぇな春日部! あの速度だ、ただの人間が耐えられるGじゃねぇだろ。お前の《恩恵》の力か。身体強化...って感じでもねぇよな。自分以外の生物の能力を
「違う。これは友達になった証」
「へぇ。じゃあ魚と友達になったらエラ呼吸ができるようになんの? そも、友達の定義は? その友達ってのは人類にも適用されんのか? だとしたらお前さっき久遠と友達になるっつってたよな? 久遠の《恩恵》も使えるようになってんの?」
「.........えっと...?」
怒涛の問い掛けに困惑する燿と、そんなことよりこっちに注意を向けろと声を大にして言いたい他の面々。
その他は無視し、ローリーは己の欲にのみ従って燿だけを見ている。
「ああ、悪い悪い。それじゃあこれだけ答えてくれ。お前のその《恩恵》、
それは、本当に興味本位の質問だ。それ以上でも以下でも無い、善も悪も介入しないただの知識欲。
「...ん、どうにもならないと思う。同じ人間だし」
「もし、俺が人間じゃないとしたら? そうだな...亜人でいこう。狼男みたいな、ヒトの亜種だった場合はどうなる?」
「......分からない。狼男と友達になったことがないから。でも、多分だけど、何かしらの力は借りられると思う」
それを聞き、ローリーは心底愉しそうに顔を歪ませる。
「なるほどな。よし、春日部! 俺と友達になろう!」
「他人からで」
「それ“顔見知り”の現状から何も進展が無いどころか退行してない? 大丈夫そ?」
「ローリーは狼男なの? ...幼女を襲う狼? 男はみんな狼って聞いたことはあるけど......」
「なぁ春日部、会話のキャッチボールって知ってるか?」
「笑顔が気持ち悪い」
「急なドストレート悪口」
小粋なコントの様なテンポで、まるで普通の青年の様に喋るローリー。神殺しだの魔王だの、そんな隔絶した存在とは思えない、あまりにも《普通》で、それでもどこかズレている会話。
これを聞き、肩に力の入っていた白夜叉から息が漏れた。
「...はぁ。まぁ、『人類最高峰の恩恵保護者』として選ばれた者だしの。よくよく考えて、《神殺し》であるはずもあるまいて。のぉ、黒ウサギ。私達の勘違い、というより、小童のいた世界と箱庭の常識の相違という線が濃厚であろう」
神を殺して権能を奪った、という点についても色々と思うところが無いことも無いが、まぁそこは一旦置いておいて良いだろうと内心に留める。
だがこれだけは確認しておかなければならないと、扇子を広げる音でローリーの注意を引いてから質問を投げる。
「ローリー・コリンズよ。おんしの言う《魔王》とはただの異名であり、《主催者権限》を悪用する存在という意味での《魔王》ではない。これは間違いないな?」
「ん? ああ、間違いないよ」
「...そうか。で、あるならば問題あるまい」
話はここで終わりだと言わんばかりに、パチンっ、と音を立てて扇子を閉じる。
黒ウサギも、言いたいことは山ほどあるが白夜叉に区切られてしまってはこれ以上何かを言うこともできないと言葉を飲み込んだ。
十六夜と飛鳥も同様に、この場では何も言わない。
だがこれは白夜叉の意を汲んだのではない。黒ウサギと違い、二人は『何も分かっていない』。
「...して、そうだそうだ、試練の結果じゃったな。勝敗は見ての通り、《ノーネーム》の勝利。望む報酬をくれてやろう。何を望む?」
「あ、それでは皆様の《恩恵》の鑑定をお願いしたいのですよ」
「何? か、鑑定か...うぅむ、モロに専門外なのだが......」
むむむ、としばらく唸ると、突如妙案が浮かんだようにニヤリと笑った。
「うむ、良かろう! ちと贅沢だが、サービスだ。受け取るが良い」
白夜叉が柏手を打つ。
すると、十六夜、飛鳥、燿の頭上に、光るカードが現れた。
「これは、ギフトカード!」
「お中元?」
「お歳暮?」
「お年玉?」
「ち、違います! というかなんで皆さんそんなに息がピッタリなんですか!? 顕現してるギフトを収納できる上に、各々のギフトネームが分かるといった超効果な恩恵です!!」
興奮気味に言う黒ウサギを無視して、三人はそれぞれ自分のカードを見る。
試練に参加していなかったが故に異世界組で一人ギフトカードを貰えなかったローリーが、近くにいた燿のギフトカードを覗き見ながら呟いた。
「そういや、さっき白夜叉も使ってたな。箱庭じゃポピュラーな恩恵なのか?」
「いえ、大変高価な恩恵なので、誰も彼もが持っているというわけではありません。まぁ、上位に近付く程に『持っていて当然』となるモノではあるのですが」
「ふーん。じゃあ上に上がる為の第一歩ってとこか。良かったなぁ、お前ら」
「ローリー君だけ置いてけぼりね」
飛鳥のイヤらしい笑顔に、ローリーは「ハハハ」と乾いた笑みで返す。
「白夜叉。決闘の報酬は『ギフトカード』五枚で頼む。あの笑顔、殴りたい」
「五枚も持っていても何の意味もないぞ」
どこか子供っぽいローリーに、黒ウサギは少し肩の力が抜ける。
煽られて純粋に対抗する姿は、魔王だ神殺しだと、そんな邪悪な存在には見えない。
「このギフトカードってのは、どんな恩恵でも正体が分かるもんなのか?」
飛鳥とわちゃわちゃやっているローリーを横目に、十六夜が自分のギフトカードを眺めながら聞く。それに答えるのは白夜叉だ。
「うむ、その通り。全知の一端であるラプラスの悪魔が作り上げたものだからの」
「へぇ? じゃあ俺のは超レアケース、ってことか」
「何?」
十六夜が自分のギフトカードを開示する。
そこに書かれていたのは《コード・アンノウン》。全知をもってしての《正体不明》。
これには白夜叉も驚き、目を見開いた。
「まぁ俺のことはどうでもいい。次は白夜叉とローリーの“決闘”だろ?」
自分の恩恵に満足がいったのか、軽薄そうな笑みを浮かべて“決闘”を促す。
「...うむ、そうじゃな。それではルール、及び勝利条件、報酬についてじゃが、」
「ルール無し、死んだ方の負け、勝者全取り。これでいいだろ」
あっけらかんと、軽くストレッチを始めたローリーが言う。
これに黒ウサギは唖然と開口し、白夜叉は溜め息を漏らした。
「馬鹿者。《階層支配者》である私と、今日箱庭に来たばかりの小僧の命が対等なワケがないだろう」
「でもこれは“対等な決闘”なんだろ? お前が売って、俺が買った。売ってきた方が『対等じゃない』だなんてダセェこと言う気かよ」
む、と白夜叉の眉間にシワが寄る。
安い挑発だ。乗ってやるほど白夜叉も若くはない。だが、数百年前までは《魔王》と恐れられ、現在は「最強の《階層支配者》」と呼ばれる彼女にとって、ローリーの挑発には少々思うところがある。
「......分かった分かった。全く、血の気の多い小僧だな。勝利条件はそれで良い。ただし、敗北条件には『降参』も加えるぞ」
「なんだ? ビビってんのかよ」
「たわけ。貴様の敗北条件だ」
同時、一枚の羊皮紙がローリーの手元に現れる。
『ギフトゲーム名"白夜の決闘"
ホスト一覧:白夜叉
プレイヤー一覧:ローリー・コリンズ
・ホスト側勝利条件:プレイヤーの殺害、あるいはプレイヤーの降参
・プレイヤー側勝利条件:ホストの殺害
・ホスト側敗北条件:死亡した場合
・プレイヤー側敗北条件:死亡、あるいは降参した場合
宣誓。上記を尊重し、誇りと御旗と主催者ホストの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ”印』
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!!!」
ローリーが手にした“契約書類”を覗き見た黒ウサギが、額に薄らと汗を浮かべながら声を上げる。
「うっさい黒ウサギ、耳元で叫ぶな。キーンってするわ。耳がキーンって」
自分の耳を手でおさえながら抗議の目を向ける。そんなローリーを完全に無視し、黒ウサギは“契約書類”を半ば強引に奪って白夜叉に詰め寄った。
「本当に命を賭けてゲームを行うのでございますか!? 《階層支配者》とルーキーが!? そ そんな馬鹿げた話は聞いたことがないのですよ!!」
「むぅ、しかしだな黒ウサギ、小僧が望んでいることだ。確かに喧嘩を売ったのは私だし、ゲーム内容を決める権利は小僧にある。それに、小僧には『降参』の道を残している」
「『降参』なんかしないぞー」
「...白夜叉様。重々承知でしょうが、ローリーさんは頭がアレです」
「うむ」
「聞こえてんぞー」
全く失礼な奴らだ、とローリーは肩を竦め、黒ウサギから“契約書類”を奪い返す。
「ルールなんかはこれでいい。戦う場所だけど、ここにするか? 原型を留めないくらいにめちゃくちゃになると思うが」
「私のゲーム盤はそこまで脆くはないのだが?」
「ふーん...ま、お前がいいってんならいいけどさ」
軽く肩を回し、「うしっ」とストレッチを終える。
「じゃ、さっさとコイツら戻してくんね?」
「は?」
親指で差された『コイツら』のうち、十六夜が虚を付かれたとばかりに呆けた声を出す。
「戻す、とは?」
白夜叉もまた、意図が掴めないと聞き返した。
「ゲーム盤から出せっつってんの。逆廻や黒ウサギは知らんけど、久遠と春日部は死ぬぞ。マジで」
「言ってくれるじゃない」
不機嫌さを隠すこともなく、飛鳥が一歩前に出る。言葉には出さないまでも、耀も同意見だとローリーを睨むように見た。
「うーん...まぁ別にいいんだけどさぁ」
ガシガシ、とローリーは少し乱暴に後頭部をかく。
「んじゃお前ら、そこから動くなよ」
ため息を一つ吐き、どこからか一メートル程度の木の棒を取り出して、先端を軽く地面に突き刺した。
そのままガリガリと地面を這わせ、何かを描き始める。
「何やってんだ?」
「ちょっとした準備」
十六夜の問いかけに、描きながら答える。
黙々と何かを描くローリーを全員が黙って見守ること、約三十分。
半径十メートルほどの円形の紋様を描ききったローリーが「これで良し」と木の棒を投げ捨てた。
「防御術式を組み込んどいた。この円の中にいる限り、隕石の衝突くらいなら耐えられる。それ以上の衝撃に対しちゃ保証はできねぇから、その辺はまぁここに留まる自己責任ってことで」
「ほう」
ローリーが描いた淡黄色に発光する防御術式なるものを見て、白夜叉が唸る。
「防御術式、というのは初めて聞いたの。おんしの恩恵によるものか?」
「うんにゃ? これはただの魔術だよ。箱庭には無いのか?」
「魔術的なものか。無いことも無いが、使っておる者は珍しいの」
「ふーん」
まぁどーでもいいけど、と吐き捨てる。そこまで興味は無かったのだろう。
「んじゃ、準備もできたし始めるか」
「うむ。よかろう。黒ウサギよ、審判は任せて良いな?」
「あ、い、YES!」
「審判なんてもんがあるのか」
「そりゃあゲームだからの。絶対に必要というわけではないが、審判がいれば不正もやりにくい」
「やりにくい、ねぇ。さっきの“試練”じゃ無かったっぽいけど?」
「“試練”と“決闘”は別だよ」
「ま、それもそうか。安心しろよ、バレるズルなんてしねぇから」
「......カカッ! そうかそうか、バレるズルはしないか!」
口を大きく開けて笑い出す白夜叉に、ローリーも静かに笑みを浮かべる。
「ククッ...良し。かかってこい、小童。軽く揉んでやろう」
「ヒャハッ! 久々だぜ、そーいうのはよ。いいぜ、構えろ白夜王。簡単に死んでくれるなよ?」
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
先に動いたのはローリーだった。
地面を踏み抜き、真っ直ぐに白夜叉へと突っ込んで行く。
あまりに単調な動き。だが、速度は飛鳥や耀の目から消えてしまう程だ。
しかし、そんなものが白夜叉に届くわけもなく。
ローリーが振るった拳は、閉じられた扇子の先で簡単に止められる。
「様子見は良いが、あまり舐めているとすぐに終わるぞ?」
扇子でローリーを押し返し、横蹴りを一発。それを右腕で受けたローリーだったが、勢いに負けて吹き飛ばされた。
地面を三回バウンドした後に立ち上がるが、蹴りを受けた右腕はダラリと下げられている。
「ったく、初手からなんつー蹴りだよ。見ろ、右腕がイカレちまった」
「随分と脆い腕だの。おんしと同じ、まだ様子見の攻撃だが?」
「言ってくれんなぁおい」
言いながら、下げていた腕を上げ、手をぐっぱと握る。
「うん? 治したか。随分と早い」
「骨折くらい一秒で治せなくて何が魔王だ、よッ!」
再びの特攻。またも直線で突っ込むローリーに、白夜叉からため息が漏れる。
「学ばないのか」
先程と同様に扇子を構える。
今回もローリーの拳は扇子によって止められる。そんな白夜叉の予想を裏切るように、白夜叉の足元が隆起した。
「むっ」
バランスを崩した白夜叉の懐にローリーが潜り込み、拳を一閃。胴に綺麗に入り、今度は白夜叉が吹き飛んだ。
「……あ?」
一度バウンドしてからすぐさま体勢を直し軽やかに着地した白夜叉を見てから、確認するように自分の拳を見て、ローリーは不満げに声を漏らした。
「ふむ、やるな。私に攻撃を当てるだけでも下層ではトップクラスだよ。誇って良いぞ?」
「ぬかせ化け物」
笑いながら、ローリーは白夜叉を睨む。だが、その笑顔には先程までの軽薄さは無い。
「鉄くらいならひしゃげる程度の力で殴ったんだぞ。それがお前、なんだその
たった二合の攻防。時間にして一分にも満たないそのやり取りで、ローリーの顔から余裕が消えた。
逆に、白夜叉は満足げに呵呵と笑っている。
「…確かに様子見なんかしてたら長くはもたねぇな」
言い終わるとほぼ同時に、ローリーの前に赤黒い巨大な魔法陣が浮かび上がる。
ソレが何かを白夜叉が理解する前に、魔法陣から魔法陣と同じ赤黒い極光が放出された。
極光は白夜叉を飲み込み、尚も止まらず、遠くに見える山脈に当たり、そして山脈を消し飛ばす。
「なっ…!?」
木々すら薙ぎ倒しそうな余波の強風の中、防御魔術に守られていた飛鳥からそんな声が漏れた。
無理もない。山が消し飛ぶなど、普通に生きていればまず目にしない光景だ。
十六夜や黒ウサギですら目を見開く光景だが、そんな中で「呵呵ッ!」相変わらず楽しそうな笑い声が響く。
「まさか本当に私のゲーム盤をめちゃくちゃにするとはな。天晴れだ、小童」
「うるせぇ、余裕ぶってんじゃあねぇぞッ!」
極光が薄れ、無傷で立っていた白夜叉に再びローリーが接近する。
先程とは違い、背後に複数の魔法陣を背負っての突撃だ。接近する間に、無数の光弾が白夜叉に向かって飛んでいく。
その尽くを扇子で弾き、放たれたローリーの拳をぬるりと掴み、勢いを殺すことなくそのまま投げ飛ばした。
「チッ」
舌打ちと共に両手を白夜叉に向けると、またも光弾が白夜叉を襲う。今度は白夜叉に弾かれる前に爆発し、白煙を撒き散らした。
視界を奪われた白夜叉は焦ることく扇子を一閃し白煙を霧散させるが、白夜叉の目に写ったのは自身を挟撃するように迫る二本の石柱だった。
片方を殴って破壊し、もう片方を蹴って爆散させる。その影から迫ってきたローリーの腕を掴み、振り回してから地面へと投げ飛ばした。
投げ飛ばされる途中、空中で体を一回転させて体勢を直し、地面に着地。勢いは殺せていなかったのかクレーターができたが、構わずまた地面を蹴り抜いて更に深いクレーターを作り、再び白夜叉へ接敵する。
拳を振るうも、それは簡単に白夜叉に受け止められた。もう片方の手でさらに殴りかかるが、そちらも受け止められ、両腕を拘束されて身動きが取れない状態になる。
「驚くほど真っ直ぐな奴だな。気持ちは良いが、少々つまらん」
煽るように顔を近付け、呆れたように眉を顰めてみせる白夜叉。その最中も強くローリーの腕を握りしめ、今まさに骨が砕けたところだ。
ローリーの顔が一瞬歪むが、すぐにいやらしく白夜叉を睨み上げる。
「ハッ! つまらなく感じるのは勝手だけどな、ちっとばかし慢心が過ぎるんじゃねぇの?」
カパッ、とローリーが大口を開ける。
一瞬呆けた顔を晒した白夜叉だったが、すぐに焦ったようにローリーの腕を離し距離を取ろうとした。
だが遅い。今度はローリーが白夜叉の腕を掴み取った。砕かれた腕は既に快復しており、白夜叉でもすぐには抜け出せない。
ローリーの大口から閃光が奔った。白夜叉の頭部を飲み込み、空へ伸びる。
「グェッ」
閃光に頭部が包まれたまま、白夜叉の放った蹴りがローリーの胴を捉えた。踏み潰されたカエルのように気の抜けた声を吐き、ローリーが蹴り飛ばされる。
この攻撃もまた白夜叉には効果が無い…というわけでもなかった。
「ゲホ、ッ…! なんだ、これは…!?」
白夜叉に目立った外傷はない。ただ、その口と鼻、そして目から、血がスゥっと流れている。
「ヒャハッ! お前、バカみてぇな質量してっけど、そォいう奴らは大抵『内側からの攻撃に弱い』って相場が決まってンだよ」
してやったり、と満足げに笑うローリーは、次の攻撃に移るために巨大な魔法陣を構築し始める。先程山脈を消し飛ばした時よりも巨大な魔法陣だ。
「...どこの世界の相場だ、それは」
「あん? 俺の経験則────」
ローリーの言葉が、白夜叉の蹴りによって遮られる。
ほぼ構築が完成していた魔法陣ごと、ローリーの胴の骨が砕かれた。
「ゲホッ、ゲホッ......ざっけんなよ、クソ化け物が...!」
百数メートルほど蹴り飛ばされたローリーが体勢を取り直し、空中に立つ。だが、咳と一緒に血が吐き出されていた。蹴りの圧力で内臓が潰れたのか、砕かれた骨が内臓を傷付けたのか。
どちらにしろローリーはすぐに体内の傷を癒すが、それでも脂汗が額に滲んでいた。
「下手な神なら殺せるだけの“毒”だぞ...? 死なねぇまでも、暫くはまともに力も出せねぇハズなんだけどな。ったく、つくづく規格外の化け物だ」
「こんな美少女を捕まえて先程から化け物だ化け物だ、と。全く、失礼な小童だな?」
そう笑う白夜叉に、先程まで流れていた血はもう見当たらない。ローリーには理屈が分からないが、何かしらの手段で解毒されたことは理解できた。
奥の手の一つであった術が簡単に破られ、ローリーの中に焦燥が募る。だが、それと比例するように高揚感も高まってきていた。
「ま、こっちもよくやく体が温まってきたとこだ。第二ラウンドといくか」
「ほほぅ? 大した強がりだ。良い良い、もっと私を楽しませてみせよ。私は娯楽に飢えている」
両者から笑みが零れる。
常人であれば立つことはおろか、気を保つことすらできないであろう圧力を振り撒き、再び拳が交わった。