「いやぁ、愉快愉快! 中々に愉しかったぞ、ローリー」
呵々ッ、と大口を開けて笑う白夜叉を、ローリーは忌々しげに睨んでいた。その周りには黒ウサギをはじめ、《ノーネーム》の面々が立っている。
「ケッ。殺し合いなら俺の勝ちなのによ」
荒れ果てた地面に胡座をかき、膝に肘を付いて吐き捨てた。
その態度にまたも楽しげに笑う白夜叉は、戦闘でボロボロになった扇子を修復して口元に添える。
「うむ。それは認めよう。あの光の剣はマズい。私であっても下手をすれば死んでいたかもしれん。まぁ、素直に受けていればの話だがな?」
「あ?」
「あの拘束、中々どうして強固ではあったが、抜けられぬこともない。おんしの剣が私の首に届く前に抜け出し、回避することは可能だった」
「.........ハッ。つくづく化け物だよ、お前は」
白夜叉の言葉が真実か虚言かは分からない。だが真実だったとして、ここまで力の差があるのであればいっそ笑えてくる。襲ってくる脱力感を拭うように、ローリーは自分の膝を両手で叩いてから「よっ」と立ち上がった。
「ヒャハハッ! 敗けた敗けた! 人生で敗けたのは二度目だ。悔しいは悔しいが、逆におもしれぇ」
「ほう? おぬし程の実力でも一度は敗れておったか。外界にそれ程の強者がいようとは」
意外そうに問う白夜叉に「まぁな」と軽く返す。
「けど、敗けたままってのは腹の虫が収まらねぇ。お前もいつか絶対負かす」
「ククッ、そうかそうか。うむ。おんしとの再戦、楽しみにしていよう」
して、と一旦話の区切りを付けた白夜叉が笑顔を消した。
「“決闘”の報酬についてだが」
「ああ。俺を好きなようにすればいいさ。敗者に拒否権なんてもんはねぇ。権能でも命でも、好きなもんを好きなだけ持っていけ」
「ちょ、ローリーさん!?」
身を投げるように大手を広げるローリーに、堪らず黒ウサギが口を挟んだ。迷惑そうに眉間に皺を寄せたローリーが黒ウサギを睨み付ける。
「うるせぇぞ。勝者全取りは世の常だ。つーか、俺が言い出したのに今更反故になんてできっか」
「その覚悟や良し。まぁどちらも要らんがな。命なぞ取ってどうする。再戦してもらわねば困るというのに」
そう言い、白夜叉が柏手を打つ。
するとローリーの元に、一枚の紙片が現れた。
「...ギフトカード?」
不思議そうに見つめながら、ローリーはギフトカードを手に取った。
「うむ。おんしの《恩恵》に興味があってな。本来であれば自分のギフトカードなぞ他人に見せるものではないが...どれ、見せてみろ」
「俺の手のうちを知ろうってか? んなもん意味なんてねぇぞ」
文句を言いつつ、勝者の命令に大人しく従ってギフトカードを開示する。
"""
ローリー・コリンズ
ギフトネーム《明朗壮健》、《魔王必滅》、《エピメテウスの落とし子》、《天網猟犬》
"""
白夜叉だけでなく、その場にいた全員が覗き込んだライトグリーンのカードにはそう記されていた。
「ふむ...」
それを読んだ白夜叉が顎に手をやり考えるように少し下を向く。
そして、十六夜をはじめとした問題児三人はマジマジとローリーのギフトカードを眺めていた。
「《明朗壮健》はだいたい分かる。病気にならないとか、そういう類のものだろう」
「......《天網猟犬》......犬?」
「《エピメテウスの落とし子》? 出自が特別なのかしら」
「エピメテウスってのはギリシャ神話の神の一柱だぜ、お嬢様。簡単に説明すりゃあ、人類に厄災をもたらした愚鈍な神だ」
「あら、愚鈍。ローリーくんって愚鈍の子なのね。しかも落とし子」
「いやそんな事より神の落とし子って方が気になるだろ」
「ねぇ、犬がいるの? いるんだったら話してみたい」
「お前らちょっと落ち着けよ」
好き勝手言いやがって、と呆れたように三人を見る。
もうカードはしまっても良いだろうか。そう思い始めたローリーに、黙っていた白夜叉が声をかけた。
「《エピメテウスの落とし子》も気にはなるが、まずは《魔王必滅》だ。これは先天的なものか?」
「いんや? コレは
「ほう、女神に」
ギフトカードをしまい、ポリポリと頭を掻きながらローリーは続ける。
「昔、まだ俺が《神殺しの魔王》になる前の話だ。《明朗壮健》と一緒に刻み込まれた。別に詳しく話すような内容じゃねぇから詳細は省くけど、まぁ言葉通り『魔王は絶対に殺せ』っつー呪いだよ」
「...本当に呪いだったのね。てっきり冗談だと思っていたわ」
「ヒャハハ! 俺は冗談も言うが、冗談の時はちゃんと『冗談だ』って言うぜ?」
「そんな矜恃があったのでございますね...あれ? 私を食べる云々の時って冗談とはおっしゃられていなかったような...?」
「ヒャハハ!」
「ひぃ!?」
自分の身を抱いて数歩後ずさる黒ウサギを一旦無視し、白夜叉が続ける。
「おんしの言う魔王とは、神を降し、その権能を簒奪した者のことを指すと言っておったな」
「ああ。今じゃこの呪いも膨張しちまってな。魔王って名のつくモノどころか、そもそも『魔王』っつー単語にすら反応するようになっちまった。ま、コイツが作用してる時は身体能力も呪力量も跳ね上がるし別にいいんだけどさ」
「ほう? そんな効果もあるのか」
「そ。魔王相手じゃなくても任意で発動できるようにしたし、使い方によっちゃそこそこ便利な呪いだよ。理性が吹っ飛ぶのが玉に瑕って感じだけどな」
玉に瑕で片付けて良い話じゃないだろう、と全員が思ったが、まぁそんなことを言ったところで何が変わるでも無しと内に留める。
だが、白夜叉だけは違った。
「《魔王必滅》という恩恵が無ければ、おんしは仲間を見捨てぬか?」
「あ? まー、そうだなァ。仲間、なんてモンを持ったこたぁねぇけども、まぁ自分とこの臣下なり民なりは見捨てねぇよ。俺ァ腐っちゃいるしクソみてぇな性根だけど、それでも《王》だ」
「ふむ。《王》、か」
白夜叉が再び考え込む。
目の前の男は魔王としては傲慢で、王としては未熟。
だが、その根底には確かに「守る」という意思がある。
ならば。王を自称するこの男に、本当の意味で《王》として振る舞わせてみるのも悪くない。
それはローリーにとって、そして何より《ノーネーム》にとって莫大な利益となる。
「よし、それではローリーよ。まずはその《魔王必滅》を封印する」
「...............は? ッ!?」
突然、ローリーが胸を抑えて苦しみだした。
幾重もの致命傷を癒し、死からすら嗤って蘇ったローリーの悶絶に白夜叉を除く一同が驚愕する。
「ガッ──、ハッ、ア──ア゙ア゙────......ッあ゙あ゙っ!」
のたうち回り、地面に亀裂が走るほど強く叩きつけ、胸の辺りを押さえ付けていたローリーが怒号のような息を吐いてから落ち着きを見せる。
「なっ、にしやがった......ッ!」
肩で揺らし、少し浅くなった呼吸で白夜叉を睨み付ける。脂汗が額を濡らし、戦闘中よりも大きなダメージを負っているようだ。
「言った通り、おんしの《魔王必滅》を封印した。ゲームの報酬を『絶対命令権』として使用すれば、道理など無くともソレは執行される。ともあれ、余程深く魂に刻まれた呪いだったのだろう。随分と霊格を傷付け苦しませた。許せ」
未だ立ち上がることすらできないローリーに手を差し伸べながら白夜叉が言う。
その手を払い除け、ふとローリーが目を閉じた。
「......チッ、本当に使えなくなってやがる」
苛立たしげに舌打ちし、足を震えさせながら立ち上がる。息もまだ荒く顔色も悪いが、それも数秒もすれば元に戻った。
「それでは二つ目の命令だ」
「あ? まだあんのかよ。次は何を封印する気だ」
《魔王必滅》という恩恵は、ローリーにとって便利なものだった。理性こそ蒸発するものの、戦闘能力が向上する《魔王必滅》は格上との戦いにおいては一種の奥の手として有利に働く。
それを封印されて、その上さらに何を奪われるのか。《
「いや、封印ではない。簡単な『お願い』よ」
「お願いぃ?」
命令の時点でお願いじゃないだろう。そんな事を思いながら訝しげに白夜叉の顔を覗き込むローリーだったが、白夜叉の口から放たれたのはローリーが予想もしていなかった内容だった。
「ああ。本当に簡単なことだよ。『《ノーネーム》に所属し、コミュニティとそのメンバーの成長を促すよう行動しろ』。それだけだ」
ほんの軽い気持ちの『お願い』だ。少なくとも白夜叉はそう扱って言葉にした。
それを聞き届けたローリーは、敗者として白夜叉の『お願い』を確かに受理する。勝者全取り、敗者に拒否権無し。敵との戦いに勝って全てを奪ってきたローリーにとって、勝者の言う事を聞かないことは自分自身の否定に等しい。
「...あぁ、分かった。お前がそう望むのなら、今はそれに従おう」
いつか白夜叉を降すその日まで、ローリーはこの屈辱を胸に刻んで牙を磨く。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
太陽もすっかり沈み、街灯が道を照らす夜の時間。
《サウザンドアイズ》を後にしたローリー達は、整備された道の上を足並みを揃えて歩いていた。
「...今日は本当に色々なことがありました。ありすぎたのでございますよ...」
疲れたように肩を落とすのは黒ウサギだ。
普段の彼女を知る者が見れば心配してしまいそうになるほどだ。
その周りでは、黒ウサギの心労の元凶達がガヤガヤと雑談に花を咲かせている。
「つまり、お前の言う権能ってのは恩恵じゃないってことか?」
「んー。一応恩恵の類だとは思うぞ? 《エピメテウスの落とし子》に集約されてるんだろうなぁ」
「なるほどな。《エピメテウスの落とし子》、権能を手に入れたことで生物としての格が上がり、転生した証か。確かに、権能がソレに集約してるのは納得だ」
「ねぇ、犬は?」
「また今度な」
「むぅ」
「お前が古代語を扱えたり、グリフォンと会話できたのも権能の力か?」
「そうだな。そもそもカンピオーネってのはある程度の言語ならだいたい扱えるし、神獣とでも会話くらいできるようになってんだ。ほら、戦う時に不便だろ?」
「言うほど不便かしら?」
「まぁ正直そこまで不便じゃねぇけどな。何を言ってようが向かってくるなら叩き潰すだけだし」
「まぁ野蛮」
「だがそれじゃあお前が失われた古代語まで理解できる説明にならないと思うんだが」
「そこは権能の力でな。全知の権能を持ってんだ」
「何? ...いや、それはおかしい。お前は《箱庭》のことを知らなかったし、それ以外でも知らないことはあったように見えた」
「俺の全知は『地球上に記録されている全ての知識』なんだ。《箱庭》のことは知らねぇよ。それに知識を引っ張り出すのにも手間がかかる。まぁでも、未知ってのも悪くない。知らないってのはワクワクするね」
「それには同感だ」
「だからやっぱりグリフォンの肉は一回食べてみたい」
「それは分からねぇ」
「貴方が狂ってるのって《魔王必滅》のせいだけじゃないわよね」
「...グリフォンは食べちゃダメ」
「ちぇー」
「はぁあああ〜〜............」
深く、深く。頭痛すらしてきた黒ウサギは、問題児達を尻目に何かを言う元気すら失ってただため息を漏らすだけだった。
「ん? どうした黒ウサギ。疲れたのか?」
そんな黒ウサギの内心など知りもせず、さも他人事かのようにローリーが声をかける。
「......えぇ、とても」
「そっか。まぁ頑張れよ」
どの口が、誰のせいで。そんな言葉が出かけてギリギリで飲み込み、代わりに怨念の籠った目を向ける。
もはやハリセンを取り出す気力すら無い。
恨み辛みを込めた視線を地面に落とし、もう一度大きなため息を吐く。
「ところで、《ノーネーム》の拠点ってのはまだなのか? だいぶ街からは離れたけど」
「ああ、はい。あと三分くらいでございます」
そうか、と返してローリーは再び十六夜達との雑談に戻った。恩恵の話から、それぞれが生きた時間軸の話、食の好き嫌いなどを話していれば、すぐに《ノーネーム》の本拠地に辿り着く。
「......へぇ」
初めて見る自分たちの本拠地を前に、感心したようにそう呟いたのは十六夜だ。
飛鳥と燿はソレを前に言葉を失い、黒ウサギは苦く俯く。
彼らの眼前に広がる《ノーネーム》の本拠地は、どうしようもないほどに「終わって」いた。
建物は崩れ落ち、整備されていたであろう道は荒れ果て、廃墟だというのに草一つ生えていない。荒廃、という言葉すらこの景色を表すのには適さないとすら思える惨状。
「黒ウサギ。魔王の襲撃に遭ったのは三年前。そう言ってたな?」
「YES」
「だがどうだ。これがたった三年前に壊されたモノか?」
十六夜が瓦礫の一つを拾い上げる。
石で出来ていたであろうソレは十六夜の手に触れて土塊のようにボロボロと崩れ、砂塵が風に乗り流れていく。
「...なぁローリー。お前なら、こうすることも可能なのか?」
こうすること。三年という短い月日にも関わらず、数百年の重みを感じさせる廃墟を生み出すことは可能かどうか。
そう問われたローリーは、なんでも無いように返す。
「簡単だよ」
「...ヤハッ! 全く、世界は狭すぎるとは言い続けてきたが、異世界ってのは広いな」
手に残った土塊を握り締め、十六夜は愉しそうに嗤った。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「ったく、ロクなもんがねぇな」
荒廃した広場を超え、人が住める程度には整備されていた《ノーネーム》本館に足を運んだローリー達は、それぞれ部屋を用意されて軽く休憩を取ることにした。
一通り自室を整備した面々はその後、女性陣は風呂へ、十六夜は野暮用を済ませに外に出て、そしてローリーは厨房に赴いていた。
冷蔵庫なんてものはなく、
「こんなものしか無くてすみません...」
奇形のニンジンを持ち嘆息するローリーの後ろで、狐耳を申し訳なさそうにしならせた幼女が言う。《ノーネーム》で家事周りを担当しているリリだ。
「お前が謝るこっちゃねぇよ。こんなもんは王の、コミュニティで言うとリーダーの責任だ」
友人であり子供ながらにリーダーとして頑張っているジンを悪く言われてリリの中にモヤモヤとした感情が生まれるが、救世主として異世界から召喚されたローリー相手に不満をぶつけることなどできず。一層耳と尻尾を落としながらリリは無力を噛み締める。
そんなリリを見て、ローリーは彼女の頭に手を置いた。
「ま、今責任がどうこうなんて言ったところで食材が増えるワケでも無し。それにこの俺が来たんだ。今後はそれなりに満足する生活を送らせてやる」
そう言い、食糧庫にある全ての食材を浮かせて引き連れ、厨房に戻って行った。
撫でられた頭を両手で押さえ呆けていたリリも、すぐに気を取り戻してローリーの後を追いかける。
「仕方ねぇから今日は全部鍋にぶち込んでスープ祭りだな」
「...ローリーさんはお料理もできるんですか?」
少しだけ不安そうにリリが聞く。
そんなリリを一瞥だけしたローリーは、「ふむ」と返答を考えた。
「まァそれなりにはな。けど俺ァ美食家、食らう側だ。作んのは専門じゃあない」
この言葉に嘘は無く、事実ローリーはここ百年程は料理など全くしていない。全て自分の騎士に任せていた。
それでも、調理の知識はある。美食家を自称する以上、その程度は当然だと考えていた。
「《ノーネーム》初日だからな。メシ事情がどの程度か知りたかっただけだ。明日からはリリ、今まで通りお前らに厨房は任せるからな」
そう言って大鍋を持ち出し、魔術で火を付けながらローリーは調理を始めた。