異世界召喚、水神の打倒、地域支配者とのいざこざ、階層支配者の試練と決闘。
黒ウサギの胃を限界以上に苦しめたイベントが起きた日の翌日。《ノーネーム》一行は地域支配者《フォレス・ガロ》とのギフトゲームを行う為に、《フォレス・ガロ》の居住区まで足を運んでいた。
「へぇ。ガルドの奴、やけに人間ぶるからさぞ文明的な居城を構えてるもんだと思ってたけど、こんな場所に住んでんのか」
居住区の手前で、ローリーが感心したように呟く。
彼らの目の前に広がるのはタキシードを着る者が住んでいるとは思えない、野性味溢れる深いジャングルだった。
「...動物の気配がない。不気味なジャングル」
ぽつりと燿がこぼす。
「まぁ虎が住むコミュニティだしな。ジャングルでも可笑しくは無いし、一応管理もされてるから野生動物がいないってのも納得はできる」
十六夜はそう軽く返すが、ジンと黒ウサギは警戒の色を強くした。
ジンが慌てて手前の木に近付き、その木をジッと見つめる。
「...やっぱり鬼化してる...!」
「きか?」
「一応言っとくけど、木に化けるの木化じゃないからなお嬢様? そりゃ『もっか』って読むんだ」
「知ってるわよ!」
茶化す十六夜と怒る飛鳥の隣を抜け、ローリーが木に近付いて手を添えた。そのまま五秒程目を閉じ、そしてゆっくりと開ける。
「...へぇ、面白いな」
静かに嗤った後、木の枝を一本折る。
何をするのかと周りが見守る中、ローリーは迷うことなく枝を口に放り込んだ。
「えっ、えぇ!!?!?」
「食べた!? ただでさえ鬼化してる枝を生で!?」
「お腹が空いていたのかしら? 朝ご飯は食べたはずだけれど」
「猿かよ」
「...木の枝は美味しくない。根っこの方がいい」
「ふるふぇーほほふぁえふぁ(うるせーぞお前ら)」
味わうようにゆっくりと咀嚼しながら、驚くジン達を煩わしそうに見るローリー。ゴクン、と飲み込み、残った枝をマジマジと観察するように見る。
「ふぅむ......味はシンプルに悪いな。控えめに言っても不味い。こりゃスパイスにも使えねぇし、煮てもダメだろうな」
「そもそも木って人が食べても大丈夫なモノなの?」
呑気に味の評価を下すローリーを見て、飛鳥が素朴な疑問を抱く。
ローリーは考え込んでいる様子で何も言わず、代わりに十六夜がそれに答えた。
「大丈夫じゃないだろうな。木材の成分は人間じゃ消化できねぇ。ましてやここは異世界。妙な毒が混じってても不思議じゃない」
「ハッ。気合い入れれば鉄だって消化してみせるぜ、俺の胃は」
「人外は黙っててくれる?」
今度は葉をむしり取って口に放り込みながら、ローリーはドヤ顔でそう言った。飛鳥はもうローリーを正常な人間と思って接しないようにしようとそっと心に誓う。
半目で見てくる飛鳥の視線を無いものとして扱い、ローリーは「そうなのか? ...違うのか。それじゃあこっち? ...あ〜...」と一人で何かを確認するように呟き、そして頷く。
「...おっし。だいたい分かった」
「貴方の頭が狂っていることが?」
「ンなこたとっくの昔に理解してるってんだ」
「自覚があったのですか...?」
恐る恐る聞いた黒ウサギを当然のように無視し、ローリーは愉しそうにニヤニヤと嗤った。
「鬼化っつー概念を、だ。何かしらの手段で生命の因子を書き換えてやがる。この木々は生命としちゃあ終わってんな。繁殖もできねぇ、光合成すら不可能だ。植物どころか生物としての括りを逸脱した独立したモノに成ってやがる。ヒャハッ、箱庭はすげぇなぁオイ!」
大手を広げ、目を見開いて空を仰ぐ。
その目は驚くほどに純粋で素直な輝きを放っている。
「どの系統樹にも存在しねぇ、全く新しい生命を創れるときたもんだ! ンなもん神の所業だろ!? いいや、生半可な神じゃあ不可能だ。だってのに、この木には神性の欠片もねぇ! 神ならざる者の手で、神ならざる力で、神の領域に至った奴がいる! おい黒ウサギ!」
「はっ えっ、ハイ!!」
突然名を呼ばれ、黒ウサギの背筋が伸びた。ウサ耳もピンと伸び、緊張を表している。
そんな黒ウサギに満面の笑みを向け、ローリーは高らかにこう言った。
「《箱庭》に喚んでくれてありがとう! この世界は、思ってたよりもずっと面白ぇ!!」
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「あ、あのぅ...ローリーさん?」
「んー?」
ローリーがはしゃぎ散らして感謝を述べてから十数分後。地面に座り込んだローリーに、黒ウサギはビクビクしながら話しかける。
「その、ジン坊ちゃん達はとっくにジャングルに入ってしまいましたが...」
「おう、そうだな」
黒ウサギに目線をやること無く、ローリーは足元に生えている雑草を撫でながら答える。その返事ですら片手間の生返事で、ちゃんと聞いているかすら黒ウサギには分からない。
ジン達がジャングルに入る前、ローリーは着いて行こうともせず『とりあえずお前らだけで勝ってこい。ちゃんと協力すりゃあ負ける相手じゃねェよ』とだけ言ってすぐに座り込んでしまった。
それ以降、ローリーはゲームに関心を持つことなく、ずっと雑草を弄っている。
しびれを切らした黒ウサギは、少し口調を荒らげて一歩ローリーに詰め寄った。
「もうゲームは始まっているのですよ!? 何故参加されないのでございますか!」
「そういう時もある」
「ありませんよ、このお馬鹿様! ローリーさんが売った喧嘩なのでございましょう!?」
耳元で叫ぶ黒ウサギが煩わしかったのか、ローリーはようやく顔を上げた。その目にやる気など一切無く、面倒だと言いたげにため息を吐く。
「俺がなんでガルドに喧嘩を売ったのか、分かるか?」
「へ? ...《フォレス・ガロ》が許せなかったからでは?」
突拍子の無い質問に少し面食らい、昨日聞いた理由を口にする。しかし、ローリーはまたもため息を吐いた。今度はため息は先程よりも少し大きい。
「違う」
「え?」
「ガルドの後ろに魔王がいる。そう聞いたから喧嘩を売ったんだ」
「は、はぁ...」
「けど、今の俺はもう魔王への嫌悪は無い」
黒ウサギは思い出した。ローリーが魔王に執着している原因である恩恵は、今現在白夜叉の手で封印されているということを。
確かに、今のローリーに個人的にガルドと戦う理由は無いのかもしれない。だが、それはあくまでローリー個人の問題だ。
「で、ですがやはり、コミュニティとして...」
「そのコミュニティのためを考えて俺はここに残ってンだよ」
いいか? とローリーは人差し指を一本立ててから言う。
「まず、俺が参加してガルドを殺す。これは簡単だ。指定武器だ何だなんてもんはハンデにもならねぇ。今から俺が出たとして、多く見積っても三秒で終わる」
「三秒? 指定武器がどこにあるのかも分からねぇのにか」
傍観していた十六夜が入ってくる。
ローリーが黒ウサギから十六夜に視線を移した。
「もう分かってる。武器の場所も、ガルドの居場所もな」
「へぇ? それも魔術か?」
「半分はそうだ」
「半分?」
「春日部は動物の気配がしないつってたが、一つだけ気配がある。それがガルドだ。んで、ガルドの周りを遠視の魔術で覗いたら銀の剣があった。アレが指定武器だろうな」
そこで十六夜から再び黒ウサギへ視線を戻した。
「俺がゲームをクリアしたところで、それがアイツらの何になる? 経験すら残さねぇだろ。だから、コレは無しだ」
続けて、中指を加えて指を二本立てる。
「次に、俺がアイツらに同行して助言だけ与える。これも無しだ」
「何故ですか? 助言だけであれば...」
「最初から口を出すバカがどこにいンだよ」
黒ウサギの言葉を遮り、ローリーが続ける。
「俺がずっと隣で口を出せば、そりゃあ勝てるだろうぜ。無傷の完勝も夢じゃねぇ」
「無傷のってーと、ローリー、お前はお嬢様達は怪我をするって言いたいのか?」
「ああ。最悪、誰か死ぬかもな」
「そんな! では尚更、」
「うるせぇ。死んだとしても俺が生き返らせてやる」
「お前そんなこともできるのかよ」
「まぁな」
底が知れない、と十六夜は嗤った。ここまで来るとこの男に不可能など無いのではないかとすら思えてくる。神殺しではなく神そのものではないのか? そんな考えさえ浮かんだ。
仮にローリーと闘うとして、どうやって勝つか。そんなことを十六夜が真剣に考え始める中、ローリーが話を戻す。
「俺が介入して勝つ、って状況はダメだ。それじゃあアイツらが自分の無力に気付けない。成長の邪魔をすることになる」
「無力に...?」
「ああ。黒ウサギ、お前は久遠と春日部についてどう思う」
「え? えっと...御二方共に問っ...素晴らしい恩恵を持っているかと...」
まだ二人と出会ってから一日しか経っていない。そんな中での印象はと聞かれれば、問題児であることと、人類最高峰の恩恵を持っていること、この二つだけしか答えられない。
「恩恵は強力なのかもな。パッと見でもありゃあ相当なモンだ。けど弱い」
「弱い、ですか? ですが、聞くところによるとガルドは飛鳥さんの恩恵に逆らえず、耀さんの力にも勝てなかった、と...」
「恩恵の話じゃない」
ピシャリと黒ウサギの言葉を否定する。
「『人類最高峰の恩恵持ち』。それだけで、アイツら二人は地球じゃ無双してきたんだろうぜ。そりゃそうだ。普通の人間じゃあアイツらには逆立ちしたって勝てやしない」
「それは強いと言えるのでは?」
「箱庭基準で考えてもそう言えるか?」
質問を質問で返され、黒ウサギは考える。
確かに、箱庭においてはいくら人類最高峰の恩恵を持っているとは言っても、結局のところ「人間の中では強い」というだけ。七桁では最上位と言えるかもしれないが、六桁となれば良くて平均程度、それ以上となれば平均を下回る。
神仏が闊歩するこの箱庭の世界全体で見た時、あの二人はギリギリ弱者にカテゴライズされるだろう。
「素養はあるのかもしれねぇ。だが所詮は原石、磨いてやらなきゃ光れない。そのためにあいつらの持っちまった自信は邪魔だ。まずはあいつらの伸びきった鼻をへし折っていく」
ローリーがそう言ったところで、黒ウサギとローリーの間に映像が浮かび上がる。突然出てきたソレに黒ウサギは驚き、十六夜は興味深げに覗き込んだ。
「映ってるのはお嬢様達か?」
「ああ。ちょうど、ガルドのいる屋敷に入ったところだ」
「これも魔術か? 便利だな。なんでも見られるのか?」
「距離制限はあるぞ」
十六夜は黒ウサギの横に立ち、映像を見た。
映像の向こうでは、三人が慎重に屋敷内を歩いている。
「ま、待ってください! 参加者のローリーさんと審判である黒ウサギは良いとして、十六夜さんがゲームを観戦することはルール違反で、」
「俺の中継が偶然見えただけ。十六夜が自ら動いたり、俺が故意に見せたりした結果じゃない。だったらルールにも抵触しない。そうだろ?」
「それは......YES、中枢からも問題は無いと返答がきました」
「良し。ほれ、ガルドと接敵したぞ」
ローリーと十六夜、黒ウサギの視線が映像に集まる。
巨大な虎が咆哮し、鋭利な爪を耀が受け止めている場面が映し出されていた。
「なんだ。久遠の恩恵は効かないのか。格上相手に通用しないんじゃあ本気で箱庭じゃ使い物になんねーぞ」
「問答無用で支配できるんだったら俺もお前も、白夜叉だって勝てねぇしな。当たり前といえば当たり前だ」
「久遠のレベルが上がれば届くようになるのか、それとも今が上限か。まぁ、最悪届かなくても使い方次第か」
耀とガルドの攻防が続く中、ジンが飛鳥を抱えて走り出す。
「これは正しい。久遠とジンが居ても足手纏いだ。まずは身軽な春日部が指定武器を奪ってから体勢を─────あ?」
「っ! 燿さん!!」
中継で様子を見て三人の行動に評価を下していたローリーから、苛立たしげな声が漏れた。
ローリーの目線の先では、単騎突貫した耀の脇下から腹部に掛けてが、ガルドの爪により深く斬り裂かれた様子が映っている。
それを見た黒ウサギが心配する声を上げる中、ローリーは舌打ちを零す。
「チッ、バカが」
小さく呟かれたその声に、黒ウサギが反応した。
青い髪を緋色に染め、ローリーを睨んで詰め寄る。
「仲間を悪く言うことは許しません!」
「じゃあなんて言えばいいんだよ。頑張った、大丈夫かな、そんなクソみてぇな言葉を投げろって?」
怒りを真っ直ぐに伝えてくる黒ウサギに、ローリーは一歩も引かずに言い返した。
「春日部は自分の力を過信した。単独で倒せると慢心した。その結果がコレだ。コミュニティがどうとか、仲間がどうとか、お前は俺にそんなことを言うけどな。仲間を頼れる場面で頼らずに一人で片付けようとして失敗した春日部の方が余っ程だぜ」
再度舌打ちし、視線を映像に戻す。
黒ウサギも言いたいことはまだまだあるものの、ローリーの言い分を全て否定することができずに押し黙り、悔しそうに映像へ目を向ける。
負傷した耀は辛うじてガルドから逃げ切り、ジャングルの中を血を流しながらゆっくり歩いていた。
「...っ! 致命傷です、早く治療しなければ...」
「まぁ、もう少し待て」
そう言っている間に、耀と飛鳥、ジンが合流した。
耀に駆け寄り、顔を青ざめさせる飛鳥とジン。それを冷めた目で見ながら、ローリーは淡々と口を開く。
「───春日部、お前はリタイアだ」
すると、映像の中の飛鳥とジンが弾けるように忙しなく周囲を見渡し始めた。
「声があっちに届いてんのか」
十六夜がそう言うとほぼ同時、映像から耀の姿が消える。そして、ローリーの隣に血濡れの耀が突如として現れた。
黒ウサギ、そして画面の中の飛鳥とジンが驚くが、それら一切を無視したローリーが冷ややかに告げる。
「指定武器は残しておいた。それを使って、久遠とジンだけでガルドを殺せよ」
そう言い、隣に横たわる耀を見下ろす。
「春日部。お前のせいで勝率が下がった。まぁ指定武器を持ち帰ったことだけは褒めてやるが、最低限もいいとこな仕事っぷりだな」
「なっ───」
『ちょっとローリーくん! その言い方は無いでしょう!』
黒ウサギがローリーに再び詰め寄ろうとしたところで、映像から飛鳥の怒号が響いた。
黒ウサギは一度口を閉じ、流れを待つ。
「事実だろ?」
『ゲームにまともに参加していない貴方に、そんなことを言う資格はないわ!』
「ま、そうかもな」
意外にも、ローリーは飛鳥の言い分を聞き入れた。黒ウサギは目を見開き、言った本人である飛鳥も拍子抜けしたように口が開きっぱなしになる。
ローリーは右手を耀に翳しながら、改めて画面越しに久遠とジンを見る。
「俺はそう思った、だから言う。それだけの話で、別に俺の言葉を受け止めるか斬り捨てるかはお前らの自由だ」
耀の傷がみるみる塞がっていき、浅かった耀の呼吸が徐々に落ち着いてくる。
「俺は王だが、お前らの王じゃない。だから、俺の言葉に強制力は無い。それを踏まえて、改めて言うぞ。春日部。お前の軽率な慢心で勝率が下がった。お前が《ノーネーム》から勝利を遠ざけたんだ。それが分かってんのか?」
そう言うと、耀はゆっくりと目を開き、起き上がる。
「耀さん!? 動くと傷が......え? 塞がってる...?」
耀に駆け寄った黒ウサギが、昨日から何度目になるかも分からない驚愕を見せる。そんな黒ウサギに手で大丈夫だと伝えると、耀は俯いた。
「......分かってる。私が、もっと強ければ、」
「そうじゃない」
悔しそうに唇を噛む耀を、ローリーは真っ直ぐ見て、そして否定する。
「お前らがジャングルに入る前、俺はなんて言った?」
「......私達だけで勝て」
「その後だ」
「.........協力?」
「そうだ」
顔を上げた耀の目を見て、画面越しに飛鳥とジンを見て、ローリーは言う。
「お前らが今までどれだけ無双してきたかは知らねぇけどな。箱庭じゃこのザマだ。下層の虎畜生相手に手も足も出てねぇんだから否定はさせねぇよ」
三人が同時に俯く。特に、飛鳥には堪える言葉だろう。地球では並ぶ者のいない才能を持ち、負けを知らず、己の力に自信を持っていただけに、自分の弱さを受け入れることは難しい。
「仲間の存在を選択肢に入れて考えろ。自分にできないことは仲間に頼れ、仲間にできないことは自分が補え。雑魚は雑魚なりに、強者に勝つための力を用意しろ」
言われて、三人は顔を上げる。
『...ローリーくんの言いたいことは分かったわ。口が悪いけれど、私達のことを考えてくれていることも』
「...うん。今度はちゃんと考えてガルドを──」
「春日部はリタイアつったろ。残った久遠とジンだけでなんとかしな」
「え」『え?』『は?』
三人の声が被った。
ローリーは気にせず続ける。
「当たり前だろ。お前俺がいなかったら、まぁギリ死にはしねぇかもだが、このゲームに復帰するなんざ不可能だったろ」
燿が俯く。
燿に動物並の生命力があったからなんとか生きていただけで、普通の人間なら死んでいてもおかしくはない傷だった。
「けどまぁ、このままじゃお前ら負けるかもだし、それじゃ
チラリと十六夜を見ると、面白そうに笑っている顔がローリーの目に映った。
「いいか久遠。よく聞いて、魂で感じろよ」
スゥ、とローリーが深く息を吸う。
そしてゆっくりと、一音一音を丁寧に、その言葉を口にする。
「
瞬間、飛鳥の身体を淡い光が包み込んだ。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「...何をした?」
空中で放映されている映像には、飛鳥がガルドを
その映像を見ながら、十六夜がローリーに問いかける。
正確には誰かへの問いかけではなく自問の類。目の前で起こった現象に対して思考を巡らせる。
「久遠の恩恵を真似て、久遠の格を上げてやったんだ。一時的にだけどな」
「何?」
そんな十六夜の自問に、ローリーが答えた。
軽く言ってのけるローリーを、十六夜は訝しげに睨む。そして横で聞いていた黒ウサギからは大きな声が上がった。
「他人の恩恵を模倣したのですか!?」
「まぁ、ただの魔術を使った猿真似の劣化版だけどな。悔しいが本家には及ばないし、本質的には全くの別物だ」
「ハッ、なんでもアリかよ」
呆れたように十六夜が言うが、その眼光はより一層鋭さを増していた。
魔術という異文化。ローリーという未知。これに対し、十六夜の興味はどこまでも深く吸い込まれていく。
「久遠の、《威光》っつったか。アレは間近で四回も見たんだ。それだけ見れば多少はできる」
「普通は無理でございますよ!?」
「にしても、やってみて気付いたが、こりゃ言葉を介すのは効率的じゃねぇな。直接触れた方がいい。そうすりゃあ格上相手にも通用するかもしれねぇ」
言いながら、ローリーが足元の雑草に触れる。
すると、五センチ程しか無かった雑草がみるみる伸び、その背丈を三十センチほどに伸ばした後に赤黒く染まる。
それを見ていた黒ウサギと耀がギョッとするも、雑草は十秒もせずに塵になって霧散した。
「チッ、こっちは失敗か。思ったよりも加減が難しいな。いや、そもそも工程が足りないのか? ...そうかも。じゃあもう少し手を加えて...」
再度別の雑草に手を伸ばし、先程と同様に急成長、そして塵になって風に舞う。
工程がどうこうとブツブツ呟くローリーに、黒ウサギが恐る恐る声をかけた。
「あの、今のは...」
「鬼化を試して失敗した」
「は?」
素っ頓狂な声を返してしまうが、そんなものローリーは気にも留めない。顎に手をやり、一人ブツブツと考察を進める。
「鬼化ってのは鬼特有の何かが必要なのか? そういや吸血鬼がいるとか言ってたな。吸血鬼に血を吸われると眷属になる、なんて伝説もある。...うわ、やっぱりそうだ。ってなると吸血行為が必要か? ...いや、木に血はないし、樹液が血の代わりに? ...いや、それも無理っぽいか。だったらそもそも吸血鬼の血を流し込んで...吸血鬼の血は...ダメだ分からん。再現するにしてもサンプルが要るな。黒ウサギ、吸血鬼の血が採れる場所を知らねぇか? ...おい、黒ウサギ?」
ギフトゲームなどとうに興味が失せたのか、ローリーは思考の一部を声に出しながら一人の世界に潜り、唐突に黒ウサギに問いかける。
当の黒ウサギからの反応はない。
こんなのはもう問題児どころの騒ぎでは無い、本当にとんでもない化け物を喚んでしまった。と、黒ウサギは多大な後悔と少しの希望を胸に、天を仰いでいた。
反応の無くなった黒ウサギの頬をペチペチと叩くローリーから、燿は心配して近寄ってきた三毛猫を撫でるために、そして理解の外にある異物を避けるように目を逸らす。
ただ一人、十六夜だけは最後まで睨みつけるようにローリーを観察し続けていた。