「ツモ。純正九蓮宝燈、24,000」
ローリーが静かに告げ、13個の麻雀牌が倒される。
それを見た《サウザンドアイズ》の支店長は目を見開いた。ローリーの対面に座っている白夜叉も、扇子で口元を隠してまじまじとローリーの手牌を見る。
「...ふむ。イカサマの様子は無かった。幻術の類でもなかろう。この場で、この私を前に役満を3度も出した。それも全てが自摸。凄まじい豪運よな」
「お前も俺相手に役満出したろ。人和なんて初めて受けたぜ」
「.........」
女性店長が信じられないものを見る目でローリーを見る。女性店長はこのゲームで一度も
三人が卓を囲むのは白夜叉の私室。この場所は、あらゆる事柄が白夜叉の優位になるように設計されている。それは運にも適用され、イカサマ無しのくじ引きでは白夜叉はほぼ確実に当たりを引く。
そんな白夜叉を相手に、3回も役満を出した。三麻という役満が出やすい形式とはいえ、それは白夜叉も同じ条件。運命の操作を疑いたくなる程の奇跡だ。
「今ので店長はトんだな。私も負けか。ほれ、賭け金だ」
「..................」
「毎度ありぃ」
愉しそうに札束を差し出す白夜叉と、一度も口を開かず苦い顔で札束を放る女性店長。それをローリーが回収する。
これで2度の対局が完了し、そのどちらもがローリーがトップ、2位に白夜叉、3位が女性店員という結果。
店長の顔は1度目の対局が終わった時から変わらず、苦渋の色が伺える。3ヶ月分の給料が吹き飛んだこともそうだが、何よりも白夜叉が負けたという結果が気に入らない様子だ。
そんな店員の心情に気付きつつ無視を決め込むローリーは、回収した札束を空中に差し出す。すると、その場所が僅かに歪み、札束が消えていった。
「ほう。それも魔術か?」
「秘密。お前に簡単に俺の情報を渡すわけねぇだろ」
言いながら、ローリーが牌を混ぜ始める。
「んなことより、ほら、もう1戦やるぞ。この辺りのギフトゲームはちょっと荒らし過ぎてな。出禁食らって暇なんだ」
「強者が弱者をカモにするからだ。まぁ暇なのは私とて同じことだし、付き合うがな。おんしはどうする?」
白夜叉に問われた店長は、眉間に皺を寄せたままに首を横に振った。
「......遠慮しておきます。もうお金も無いので」
「は? おいおい、つまんねーこと言うなよ。今日はお前らからたんまり巻き上げるつもりなんだぞ? まだ小遣い程度しか稼いでねぇってのに」
白夜叉の分も合わせて自分の半年分の給料を得ておいてそれを「小遣い程度」と言い放ったローリーを敵意丸出しで睨み付け、店長は無言で部屋を去る。
チッ、と舌打ちを一つ打ったローリーが、今の今まで混ぜていた牌を見下ろした。
「大手商業コミュニティの店長つってもそこまで儲かってはないんだな。それとも、サウザンドアイズってのは薄給なのか?」
「さすがに額が大きすぎるわ阿呆。これでもウチは高給取りだよ」
「力が全ての箱庭でも高給取りとかあるんだな。高給盗りすりゃいいのによ」
「おぬし、箱庭を世紀末の無法地帯か何かだと思っておらんか?」
「違うの?」
「違う」
へぇ、と興味無さげに返答してから腕を組んで考える素振りを見せる。
「にしても、さすがに二人で麻雀ってのはつまんねぇな。どうする、殴り合いでもするか?」
「ほう、良いのか? おんしが私に勝てるのは運だけであろうに。それを捨てた勝負など、結果は火を見るより明らかだが?」
「よォし泣かす」
「はっはっは。やってみろ小僧」
「あれ、先客?」
青筋を浮かべてローリーが立ち上がるとほぼ同時、部屋の襖が勢い良く開いた。
思わぬ来客に白夜叉が声のした襖の方を見ながら、構わずに殴りかかってきたローリーの拳を受け止める。
「余所見すんなゴラァ!!」
「まぁ落ち着け。して何用だ、ルイオス」
ルイオスと呼ばれた青年は部屋に入らず、これはどういう状況なんだと判断に困った。
「え、これ話をして大丈夫なんですか? そっちの彼、鬼の形相だけど」
「気にするな。ちと煽りすぎただけだ。ただまぁ、これからお楽しみというところではあった。急ぎでなければ後にしてくれ」
「それは失礼。まぁ急ぎってほどでもないんですけど、例の吸血鬼についてちょっとね」
「.........ほう」
「吸血鬼ぃ?」
呪力の大量放出で屋敷ごと吹き飛ばそうとしていたローリーが、ルイオスの放った単語に反応して動きを止める。
「あい分かった。すまぬな小僧、急用ができた。殴り合いはまた今度だ」
「ああ、いいぜ。けどその吸血鬼の話、俺にも聞かせろよ」
「...まぁ良かろう。ルイオスも良いな?」
「ん? まぁ僕はどっちでもいいんだけどね」
そう言い、ルイオスは粗雑な仕草で座り込み胡座をかく。
ローリーも座り、白夜叉はどこからかキセルを取り出して一口吸った。
「では話を聞こうか、ルイオス」
「あー、まぁ、簡単に言ったらですね。アレのギフトゲームを中止にしたんですよ」
「何!?」
白夜叉が声を荒らげるが、ルイオスはどこ吹く風。飄々とした態度で話を続ける。
「良い買い手がつきましてねぇ」
「この、恥知らずが...!」
「いいじゃないですか。同じ《サウザンドアイズ》に所属する同志として、こうして報告に来たんですから」
「何が同志だ、たわけ! それが由緒ある《ペルセウス》のコミュニティを継ぐ者のする事かッ!」
「ペルセウス?」
二人のやり取りを眺めていたローリーが、ペルセウスという単語に反応する。その疑問を「ペルセウスを知らない」と捉えたルイオスが、小馬鹿にした笑みを浮かべてローリーを見た。
「おいおい、知らないのかよ。英雄ペルセウス。けっこー有名な英雄だよ?」
「いや、知ってはいるんだがな。なるほどねぇ。継ぐ、ってこたぁアイツはもう死んだ、無いしもう前線から退いたのか? いや、引退は無いな。アイツはそんな謙虚なヤツじゃあねぇ。生きてる限り出しゃばる根っからの陽キャ主人公だ。それじゃあ死んだか」
「......何、キミ? つーか誰?」
「神殺しの魔王」
「は? ...アハハ! そっかそっか、神殺しの魔王か! そりゃあ恐ろしい」
冗談だと思ったのか、ルイオスが軽く笑う。魔王への態度としては不遜極まりないが、ローリーはその程度を気にするような性格ではない。格下の、しかも真実を知らない者の不敬など一々気にしていたらキリがない。そんなことに腹を立てていたら、ローリーのいた世界はとっくの昔に滅亡している。
「そんなことはどうでも良いわ! ルイオス貴様、その行為が双女神の旗印に泥を塗る行為だと理解しておるのかッ!」
「自覚してますよぉ。でも、そちらも人のことは言えないんじゃ?」
「...はて、なんの事やら」
「嘘下手かお前」
そもそも誤魔化す気など無い白夜叉を呆れた表情で見たローリーは、改めてルイオスに目を向ける。
「まぁお前らの内政事情なんか知らねぇが、一つだけ質問に答えろ、ルイオス」
「はいはい。かの神殺しの質問だ、心して答えようじゃないか」
「おうとも、嘘偽りなく答えろ」
ここで嘘など口にしようものなら、その瞬間にルイオスの首は飛ぶことになるのだが、そもそも《神殺し》というローリーの自己申告を一切信じていないルイオスは余裕の表情だ。
「お前らの言う吸血鬼、そりゃあ本物か?」
「本物だとも。正真正銘、純血の吸血鬼さ」
「OK。それじゃあ取引だ。その買い手の言い値の三倍出してやる。その吸血鬼を俺に寄越せ」
「...何?」
指を三本立てるローリーを、ルイオスが初めて真っ直ぐに見た。疑念、警戒、そして見定め。ローリーの意図と、「三倍出す」という言葉が真実であるのか、それだけの額を払える相手なのかが気になった。
しかしその品定めが終わる前に、白夜叉の声が割って入る。
「...ふむ。ギフトゲームを取り下げ賞品を金で売り飛ばそうとした挙句、さらに金を積まれて別に売るとなると、さすがに《サウザンドアイズ》幹部としては見逃せん」
「...嫌な顔してるなぁ」
口元を扇子で隠す白夜叉だが、そこが緩んでいることなどローリーのみならずルイオスでも気が付いた。妙案、もとい面白い遊びを思い付いた子供のような顔だ。
「そこでだ。ただ売るのではなく、ギフトゲームで何方に売るかを──────」
「いやぁ、別にそんなことしなくても、今の買い手で十分ですし」
「─────ん?」
ローリーから目を切ったルイオスが言う。それが予想外だったのか、白夜叉が言葉を止めた。
「そりゃあ三倍の値が着くってのは魅力的ですがね? 彼はそんな金を持っているようには見えない、魔王を騙る不審者ですよ? それを信じろってのは土台無理な話で」
「金なら心配すんな。これから白夜叉から巻き上げるところだ」
「何それ、つまり代金は白夜叉殿が肩代わりするってこと? そんなの《サウザンドアイズ》内の横流しじゃん」
「だからな? 今からゲームでコイツ負かして、それで勝ち取った金で支払うつってんだよ」
「白夜叉殿を負かせる? ...誰が?」
「俺が」
自信満々に言い放つローリーを、唖然としながらルイオスが見る。目が点になる、鳩が豆鉄砲を食らった、という表現がしっくりくる表情でしばらくローリーを見つめた後、口元を緩めて「プッ」と息を漏らした。
「アッハハハハ! キミが? あの白夜王に? つまらない冗談もここまで突飛だと笑えてくるね」
腹を抱えて笑うルイオスを、意味が分からなそうにローリーが見下す。ルイオスが本気で笑っていることが分かるからこそ、何故笑うのかが意味不明だった。
「おい白夜叉、こいつはなんで笑ってんだ」
「まぁ、どこの馬の骨とも知れない若造が『白夜叉に勝つ』等と言えばそうもなる。それだけ、私という存在は偉大で強大なのだ」
「なるほどなぁ」
まぁその実力を知っている強者と知らない強者、どちらを信じるかと言われれば言わずもがな前者だろう。そのくらいはローリーも理解している。例えば、白夜叉が元の世界でローリーに仕えていた騎士に「ローリーに勝つ」と言えば、鼻で笑うかその不敬に腹を立てるかの二択だろう。
「おいルイオス、いいもん見せてやるよ」
そう言って、ローリーが空中に手を伸ばす。その場所が歪み、ゴソゴソと漁った後に中から大量の札束を取り出してルイオスの前に投げた。
「...何これ、上納金?」
「うんにゃ? 俺が今日、このロリババアとのゲームで勝ち取った金だ」
「は?」
ルイオスにとっては大した金額ではないが、こんな下層の人間がパッと出せる金額でもない。偽札を疑った後、白夜叉に目を向けた。
「......事実だ。正確には、私と、この支店の店長との三人で行ったゲームにこやつが勝った」
「へぇ? そりゃ一体、どんなトリックで?」
「トリックもクソもねぇよ。実力だ。今んとこ戦績は二勝一敗、次も俺が勝つ」
「たわけ、私が勝つに決まっておろう」
「あ?」
大人しく黙っていれば良いものを負けず嫌いのプライドから反論する白夜叉を、ローリーが射殺す勢いで睨みつける。以前は笑って見せたが、やはり「敗北」の二文字はローリーにとって屈辱以外の何物でもない。もう二度と味わいたくはない辛酸だ。
「いやぁ、まぁどーでもいいですけどね。とにかく、ビジネスは信頼で成り立ってる。今日会ったばかりの自称魔王と取引なんてできるわけないでしょ」
「...ふーん」
ルイオスの言い分はもっともだ。そも、ローリーが今現在金銭を十分に所有していないことは事実。将来的に手に入れるので、など何の担保にもならないし、ましてその収入源が白夜叉に勝ったらというルイオスからしたら荒唐無稽な夢物語によるもの。信用しろという方が無理な話ではある。
だが、そこまで考えてやるほどローリーは寛容ではない。ローリーにとっては「言い値で買う」という行為自体が最大限の譲歩なのだ。それに加え「信頼を得ろ」等と、そんな面倒なことをしてまで相手に合わせてやる必要性を感じない。
「そうか。それじゃあ簒奪だ」
故に、自身の譲歩が受け入れられないのであればこちら側の流儀に合わせるまで。つまりは弱肉強食、勝者全取り。魔王らしく残忍に、乱暴に、無慈悲に。敵を殺して全てを得る。
今までそうしてきたように、ここでもそうしようとローリーが僅かな殺気と共に呪力を練り魔術を行使しようとしたところで、
「やめんか馬鹿者。《サウザンドアイズ》に喧嘩を売る気か」
白夜叉がローリーを組み伏せようとし、それに反応したローリーが反射で白夜叉に雷を浴びせた。
白夜叉自身には何のダメージも無いが、部屋はそうはいかない。障子は敗れ、畳は焼け焦げ、掛け軸が裂ける。
雷撃の余波はルイオスにも届き、熱と痺れでルイオスが倒れた。それを横目に、白夜叉が呆れたようにローリーを見る。
「全く。己の要求が通らぬからと実力行使とは。野蛮なヤツだ」
「魔王なんてのは野蛮で凶暴な生き物なんだよ。こっちが下手に出てるってのに、聞き入れねぇコイツが悪い」
「だからといって《サウザンドアイズ》を敵に回すような愚行を犯すな。貴様だけではない、《ノーネーム》にどれだけの迷惑がかかると思っている?」
「いやでもだって」
「ええい子供か貴様!」
本来、ローリーが《ノーネーム》を気にかけるなど有り得ない。《ノーネーム》の面々については好ましくは思っているものの、自分が我慢してまで立ててやる価値までは感じていない。
だが、それでもローリーは《ノーネーム》のために行動する。それが白夜叉との誓いであり、敗者であることの戒め。次に勝利するための燃料なのだから。
「全く...ほれ、おんしは早くルイオスを回復させろ。私は部屋を元に戻す」
「...まぁそれはいいけどよ、俺ぁ吸血鬼を諦める気はねぇぞ?」
「それで良い。元々、その吸血鬼───レティシアは《ノーネーム》に返してやりたいと思っておったしの」
「返す?」
会話を続けながら、白夜叉は柏手で部屋を壊れる前の状態に戻す。ローリーも仕方なくルイオスへ回復魔術をかけ、傷を塞いだ。未だ目を覚まさないが、ローリーが施したのはあくまでも傷の治療。いつ意識が戻るのかはルイオス次第だ。
「《ノーネーム》がまだ名と旗印を掲げていた頃、レティシアは当時の《ノーネーム》に所属していたのだよ。色々あって今は《ペルセウス》所有となっているがな」
「へぇ。なるほどな、それでさっきはキレてたのか」
「まぁ、《サウザンドアイズ》の旗に泥を塗るな、というのも本心だがな」
ふーん、とローリーはルイオスを見下ろす。
英雄の名に負けている小物、吹けば飛ぶ弱者。それなのに手が出せないというもどかしさに若干の苛立ちを感じていた。
「......まぁ、《サウザンドアイズ》に喧嘩を売るのも面白そうだが」
「滅多なことを言うでないわ」
「要するに、だ。無理矢理奪うってのがダメなわけだろ? だったら《ペルセウス》に正式にギフトゲームを仕掛ければ良いわけだ」
「それにも及ばんよ。レティシアは私が連れ出しておる。《ペルセウス》で居場所が把握できていない以上、売買は成立しない。売買が成立しなければ、レティシアを景品としたギフトゲームの取り下げも────」
「よぉ白夜叉、いるか? ...ってなんだこの状況は」
無遠慮に開かれた襖から、十六夜が入ってくる。
倒れているルイオスとわざわざ立って話している二人を見て立ち止まり、その後ろから飛鳥と燿、黒ウサギ、最後尾に眉間に皺を寄せた女性店長が続々と入ってくる。
「あら、ローリーくん。屋敷で見ないと思ったらこんなところにいたのね」
「まさか抜け駆けして白夜叉と遊んでたんじゃねぇだろうな」
「ハハッ」
「遊んでやがったなこの野郎」
「閉店後に続々と...旗印も名も、礼儀すら無いのですか《ノーネーム》は」
呆れ、憎らしそうに額に手を当てて言う店長に問題児集団は「HAHAHA」と笑うが、黒ウサギだけは一歩前に出て声を上げた。
「ムッ! 黒ウサギは断固抗議しますッ! ええ、抗議しますともッ! 今回は事情があるのでございますよ!」
「事情ですか? 営業時間外にも関わらず、アポも無しに
「不法侵入で訴えたいのは此方ですッ! 其方の《ペルセウス》が我ら《ノーネーム》の敷地に無断で侵入した挙句、暴れて行ったのですから!」
「何?」
いつの間にかキセルとお茶(自分の分だけ)を用意していた白夜叉が黒ウサギを見た後、倒れているルイオスに目を向ける。
ローリーも黙ってはいるが、コーヒー(自分の分だけ)を啜りながら成り行きを見ていた。
「それは事実か、黒ウサギ」
「YES! ...ところでその、そこで倒れている方は...?」
「《ペルセウス》のリーダー、ルイオスくんだ」
「...............HA?」
黒ウサギの間抜けた声と共に、《ノーネーム》の面々の目がルイオスに向く。
当のルイオスは、そんな目で見られているなど露知らず、白目を向いて気絶しているだけだった。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「............ん、んん......? 知らない天井だ......」
「知ってはいるだろ」
十六夜達が来てから一時間と少しが経った頃。小さな呻き声と共に、ルイオスが目を開けた。
寝起きの言葉にローリーが軽く突っ込むと、ようやく意識がはっきりしてきたのか、ルイオスが勢い良く体を起こす。
「!? い、一体何が...僕は......」
混乱したように頭を押さえ、ハッとした様子で顔を上げる。ルイオスにある最後の記憶は、ローリーを抑えようとする白夜叉と、強い光。何が起こったのかは分からないが、原因は白夜叉だろうと踏み白夜叉の姿を探す。
幸い、見渡すまでもなく白夜叉は近くにいた。正座で座り、キセルをふかしている。その隣にローリーの姿も確認し、こちらは何か空中に浮かんだ映像をぼんやり眺めていた。
そして、ルイオスの記憶と合わない人物が四人。
一人は見た事のある、この店の店長。残りの三人は初めて見る顔だ。
「おお、起きたか小僧。随分と寝ていたな」
ルイオスを真っ直ぐに見た白夜叉が、カンッ、とキセルを灰皿に叩き付けて灰を落とす。
「...僕は、なんで寝ていたんだ...?」
「覚えておらんか。ローリーの雷撃に巻き込まれて丸焦げになったのだよ」
「雷撃...丸焦げ...? いやでも、僕はこうして無傷で」
「治療したのだ。他でもない、このローリーがな」
白夜叉の視線がローリーに向き、ルイオスもそれに釣られてローリーを見る。こちらを一切見ないローリーの横顔を見ていると、不意にローリーの口が開いた。
「お、倒したな。到着してから十分と少し...中々やるな、十六夜のやつ」
「......?」
何を言っているかは分からないが、自分に向けた言葉では無いことは分かる。視線を無視されたことに腹が立つが、別に話しかけたわけでもない。こんなことで怒鳴っても仕方がないと、自分を落ち着けるためにも大きく息を吸い込んだ。
「んじゃ、呼び戻すか」
ローリーが言い、指を鳴らす。その瞬間に金髪の少年が突然部屋に現れ、ルイオスの息が乱れて大きく咳き込んだ。
「うおっ...おいローリー、転移させるなら事前に言えよ」
「なんだ、ビビったか? そりゃすまん」
「馬鹿言えめちゃくちゃ面白ぇじゃねぇか」
「面白いかしら...?」
「...指パッチン...白夜叉の拍手の真似?」
「おうとも。演出としては中々いいよな、これ」
「私は別に演出で柏手を打っているわけではないのだがな」
「そのうち指パッチンで満漢全席を出すんだぁ。色んな肉も並べてさぁ」
「......えっ、なんで私を見るのでございますか?」
「いやぁ...ね?」
「『ね?』ではありませんが!?」
「グリフォン肉も並べよう」
「ん、グリフォンはダメ」
「ちぇー」
「黒ウサギもダメでございますよ!?」
「いやいやいやいやいやいや!? なんかおかしい! おかしいって絶対!」
自分を無視して繰り広げられる光景に、ルイオスが堪らず声を張り上げた。
「そうでございます、おかしいのでございますよッ! だいたい、ローリーさんを始め皆様の黒ウサギへの扱いは──────」
「いや違うよ! お前の待遇は知らないって! この状況! この僕が置いてけぼりな状況がおかしいって言ってるのッ!」
我慢ならず、ルイオスが立ち上がった。その揺れで燿の前に置かれた湯呑みが倒れ、畳を濡らす。三毛猫が虚しそうに濡れた畳を見つめていた。
「お前達が誰とか、なんで僕が起きたのにネタ続けてんのとか、つーかお前ウサギじゃんとか、言いたい事は山程あるけど、まずはお前だお前、自称魔王の不審者小僧ッ!」
「あん?」
指を差されたローリーが気怠そうにルイオスを見た。そこにはもうルイオスへの興味の欠片も無く、敵意も無い。そこらの見知らぬ通行人にでも向けるような目をしている。
「僕を攻撃しただろう! これは《ペルセウス》、いや、《サウザンドアイズ》への攻撃だ! 所属を言え! どこのコミュニティのヤツだ!」
「いや、別にお前に向けた攻撃じゃないんだが。勝手に巻き込まれて倒れただけだろ」
「貴方の傷もローリーくんが治したのでしょう? 自分の過失で勝手に気絶しておいてこの言い様。《ペルセウス》のリーダーは恥も知らないの?」
「な、なにィ...!」
濡れた畳を店員がタオルで拭き、燿とローリーが「...畳は拭いてもあんまり意味無いと思う。叩かないと」「つーか白夜叉が直せばいいだろ」等と既にルイオスから興味を失った雑談を広げる中、ルイオスは飛鳥を敵意の籠った目で睨み付ける。
「どいつもこいつも、何処の誰なんだよッ!」
「《ノーネーム》、と言って分かるわよね? だって無礼にもあんなことをしてくれたのだもの。ねぇ、《ペルセウス》のリーダーさん?」
高圧的に、見下すように飛鳥が言う。その後ろでは黒ウサギが睨むようにルイオスを見ているが、ルイオスはそれに気付かない。それ以上に、今は目の前の小娘が許せなかった。
「《ノーネーム》ぅ? 名無し風情がこの僕に向かってナメた口を...いや待て、そこのガキも《ノーネーム》なのか!?」
「ローリーくんのことかしら。それなら正解よ、彼も私達の同志」
ルイオスは再びローリーを睨む。当のローリーは濡れた畳を持ち上げて新しい畳を錬成し、取り替えている最中でルイオスになど目どころか気も向けていない。
「はっ! 《ノーネーム》如きが魔王を名乗るどころか、《サウザンドアイズ》に喧嘩を売るなんてな! 白夜叉殿、これは《階層守護者》である貴方の監督不行届ではないですか!?」
《ノーネーム》と話しても時間の無駄、責任が取れる程強い立場でも無い。しかし不敬は罰せねば気が済まない。そう判断し、激昂のままに矛先を白夜叉に変える。
しかし白夜叉も何処吹く風。呑気にキセルをふかしながら横目でルイオスを見る。
「そこの小僧は
「喧嘩を売ったわけではない!? この僕を攻撃しておいて!?」
「未遂じゃ。私と小僧のじゃれ合いに貴様が巻き込まれた。まぁ、その件に関しては、お前のレベルに見合わない行為をした私達にも非はあるのかもしれんな」
「んなっ...!」
明らかな侮辱を受け、更にルイオスの頭に血が上る。青筋まで浮かべて白夜叉を睨み付けるが、そんなことを気にする程白夜叉は狭量ではない。
「そんなことよりもルイオス。貴様、別に気にすべき事があるぞ?」
「は? 《ノーネーム》への手出しなら僕は悪くありませんよ。そもそもそれは白夜叉殿が僕の所有物を勝手に連れ出したことが原因でしょう」
「話の次元はとっくにそんな所を過ぎておるよ」
「...? 何を言って────」
「ほらよ、《ペルセウス》様」
白夜叉の言いたいことがイマイチ分からず困惑するルイオスの足元に、十六夜が何かを投げ捨てる。ゴン、と中々の重量を感じさせる音を立てて転がったソレを見て、ルイオスは目を見開いた。
十六夜が投げ捨てたのは紅い宝玉。《ペルセウス》への挑戦権に必要なギフトの一つだ。
「......はっ! 名無し風情がグライアイを倒したことは褒めてやる。いや、名無しに負けたグライアイが情けないと言うべきか?」
苦虫を噛み潰したような表情で精一杯強がって見せたルイオスに、今度はローリーが無言で別の宝玉を転がして見せた。次は蒼い宝玉、《ペルセウス》への挑戦権に必要なギフトの片割れ。
ルイオス自身、これらのギフトを見るのは初めてだ。《ペルセウス》に挑もうとする猛者は、ルイオスがリーダーになってからはただの一度も現れたことがない。
言葉が出なかった。代わりに、大量の脂汗が滲み出る。
相手がただの《ノーネーム》であれば、余裕を持って挑戦を受けただろう。しかし、今回は話が違う。この《ノーネーム》には、嘘か誠かあの白夜叉と正面からやり合えるという怪物がいる。その話の真実がどうであれ、ルイオスが垣間見たローリーの実力は本物だった。マトモにやり合えば負けるのは自分であると直感する。
「(くそっ! どうにか...どうにか、《サウザンドアイズ》を巻き込んだゲームになれば...!)」
《ペルセウス》だけではローリー一人に及ばない。だが、《サウンドアイズ》という超巨大コミュニティがいれば話は別だ。白夜叉を初め《サウンドアイズ》には強大な存在が数多く存在する。彼らが出てくればローリーなど敵では無い。
だが、そんな事が叶わないことはルイオスも分かっている。これは《ノーネーム》が正当な手順を踏んで《ペルセウス》に挑んできた挑戦。《サウンドアイズ》に関係はない。望みがあるとすればローリーの不遜な態度が《サウンドアイズ》への敵対行為であると判断されることだが、幹部である白夜叉にその気がないとくれば望みは薄いだろう。
それでも諦めきれず、どうにか《サウンドアイズ》vs《ノーネーム》になる口実はないか、抜け道はないかと頭を捻る。
光明が見えてくる前に、ローリーがルイオスの努力を鼻で嗤った。
「安心しろよ。俺も一応はゲームに参加するが、お前と戦う気はない。まぁやってもちょっとした露払いくらいに抑えてやる」
だから精々頑張れ、とどこまでも見下してくるローリーに、ルイオスはもう激高する気力も湧かなかった。