・なので基本独自解釈やオリジナルの設定ばかりですご容赦ください。
なおきと創世日記
第1話「転校生は謎だらけ」
四月の終わり。桜が散り始めた校庭の向こうから、今日も教室の喧騒が聞こえてくる。
「まりなちゃんのおたんちん!」
しずかの甲高い声が教室に響いた。彼女は立ち上がり、まりなに向かって指をさしている。クラス中の視線が一気に二人に集まった。
「なによ寄生虫!そもそも女子にチンが短いなんてありえないでしょ!?」
まりなは真っ赤な顔で立ち上がり、反撃した。彼女の口調には、怒りと同時に「こんな下品な話題で張り合うなんてバカらしい」というニュアンスも混ざっている。しかし、周囲のクラスメイトはそんなことはお構いなしだ。
「おーっ!しずかがんばれ!」
「まりなも負けるなよー!」
「どっちが言い負かすか見ものだな!」
男子たちは囃し立て、女子たちはキャッキャッと笑い声をあげる。教室は一気に祭り状態だ。誰もがこの取るに足らない口喧嘩を楽しんでいた。
誰もが、だが──。
東くんは窓際の席で、その光景をぼんやりと眺めていた。彼の目には、この喧騒が「平和な光景」として映っている。少なくとも、彼にとってはそうだった。
「……今日も、元気だな」
彼は小さく呟き、本に視線を落とした。彼がこうして騒がしい教室で一人静かにしているのは、決して珍しいことではなかった。
しかし、彼の心の奥底には、いつも微かな違和感が渦巻いていた。
──何かが、おかしい。
それは言葉にできない感覚だった。自分だけが感じる、説明のつかない「ズレ」。この世界は、どこかフワフワしていて、自分の足が地面にしっかりと着いていないような気がするのだ。
彼はそれを、ただの気のせいだと片付けてきた。しかし、最近その感覚はますます強くなっている気がした。
「──ねえ、まりなちゃん」
しずかの声が、東くんの思考を遮った。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、さらに追撃を仕掛けようとしている。
「おたんちんってそういう意味なの?」
「そうよ。だから今度からは男子に言いなさい」
まりなは憮然とした顔で答えた。彼女はこの騒ぎを早く終わらせたかったのだろう。しかし、しずかはそう簡単に引き下がらない。
「東くんにこんど言ってみようかな?」
その言葉に、東くんは思わず顔を上げた。しずかはニヤリと笑い、彼を見つめている。まりなは慌てたように、
「それは、やめなさい。泣いちゃうでしょ」
と、鋭く制止した。
しかし、ちらちらこちらを見るその口元は緩んでいてこいつも内心では男子の身体に興味津々なのが丸わかりだった
以前は「チャッピーの散歩ルートの話」や、「しずかの落書き」の話ばかりだったのが、
最近は『クラスの誰がカッコいい』とか『100均で買える化粧品』とか『どっちの生理の方が凄い』なんて話題が混ざるようになった。
それだけならまだしも、今日は『東くんのおたんちん、見てみたい』なんて冗談まで飛び出す始末だ。
正直、居心地は悪い。でも、不思議と嫌な気分ではなかった。だって、彼女たちが“そういう話”をしても、誰も傷つかない。以前のクラスなら、この話題は必ず誰かを嘲笑う道具になっていたからだ。
──つまり、このクラスは、変わったんだ。
とは言えクラス一の悪友コンビの興味の対象にロックオンされたことに震え上がる東くんの心に
まりなの「泣いちゃうでしよ?」と言葉は引っかかっていた。
──僕が…泣く?
彼は自分の顔に手を当てた。確かに、心臓が少し早くなっている。自分でも気づかないうちに、彼はこの言葉に傷つきやすいという自覚があったのかもしれない。
「……俺、そんなに弱そうに見えるのかな」
彼は苦笑しながら、再び本に視線を落とした。しかし、その指先はわずかに震えていた。
その時だった。教室の扉が開き、担任の先生が入ってきた。先生の後ろには、見知らぬ少年が立っている。背が高く、少し癖のある黒髪。目が爛々としていて、どこか遊び心を感じさせる笑顔だった。
「みんな、紹介するよ。今日からこのクラスに来たノビスケくんだ」
クラスの空気が、一瞬にして変わった。さっきまでしずかとまりなの喧嘩で盛り上がっていた男子たちも、女子たちも、一斉に転校生に注目する。その瞳には、新しい刺激を求める好奇心が輝いていた。
「ノビスケです。よろしく!」
短く、明るい挨拶。それだけで、クラスの女子たちはキャッキャッと声を上げ、男子たちは「なんだか面白そうな奴」と顔を見合わせた。しずかもまりなも、喧嘩を中断し、興味深そうにノビスケを観察している。
ただ一人を除いて。
東くんは窓際の席で、ノビスケをじっと見つめていた。他の誰も気づかない、ほんの一瞬の「違和感」──彼が教壇に立った時、微かに地面が揺れたような気がしたのだ。まるで、彼がこの世界に存在することで、空気の密度が変わったかのように。
「……何か、変だ」
彼は無意識に呟いた。自分の感覚を信じられない気持ちで、もう一度ノビスケを見る。彼の立っている場所。彼の歩くリズム。何もかもが、ほんの少しだけ「違う」ように見える。
気のせいだろうか。そう思おうとしたが、東くんの心臓は早鐘を打っていた。
「じゃあ、ノビスケくんの席は──」
先生が周囲を見渡す。その視線は、自然と東くんの隣の空席へと向かった。
「東くんの隣でいいかな? よろしく頼むよ」
ノビスケは先生にうなずき、東くんの隣の席に歩いていった。その一歩一歩が、東くんにとっては異様に長く感じられた。
「よろしくね、東くん」
ノビスケは爽やかな笑顔を向け、手を差し出した。東くんはぎこちなくそれに応じる。
「……よろしく」
その瞬間、二人の視線が交差した。東くんは、彼の目に何か「知っている」光が宿っているように感じた。しかし、それが何なのかは全く分からなかった。
教室は再びざわつき始めた。しずかとまりなは、新しい転校生への関心で、さっきまでの喧嘩をすっかり忘れたように、ノビスケに話しかけ始めている。クラス全体が、新しい風に吹かれて浮かれているようだった。
その中心で、東くんだけが静かに本を閉じ、窓の外を眺めた。
──この転校生、ただ者じゃない。
彼の胸の内に、確かな予感が芽生えていた。
転校から三日後。体育の授業でソフトボールをやることになった。
ノビスケは初めての授業だというのに、全く動じずにバッターボックスに立った。その姿に、クラス中が注目する。
「よし、打ってみるか!」
ピッチャーが投げたボール。ノビスケは軽くスイングした。バットにボールが当たる鋭い音──。
打球は思いのほか高く、遠くへ飛んだ。普通の小学生なら、外野の前で落ちる距離だ。しかし、ボールは軽々とスタンドを越え、校庭の向こうのフェンスにまで届いた。
「す、すげえ……!」
「あいつ、ホームランかよ!?」
「転校生って化け物かよ!」
クラス中がどよめいた。しずかも目を輝かせている。まりなも驚きのあまり、口を開けていた。
しかし、東くんは違った。
彼は打球の軌道を、最初から最後まで見届けていた。そして、一つの異常に気づく──ボールが「軽すぎる」。空気抵抗が少なく、重力が弱いかのような、不自然な飛び方。しかも、ノビスケが打球を追うとき、彼の足取りは「ふわふわ」している。まるで、この世界の重力に慣れていないかのように。
「……あれは、おかしい」
彼は心の中で呟いた。自分の感覚を疑いたくなかった。なぜなら、彼自身が常に感じている「この世界の浮遊感」を、ノビスケもまた感じているように見えたからだ。
ノビスケは一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐににっこり笑って「運が良かっただけだよ」と手を振った。しかし、東くんはその笑顔の裏にある「戸惑い」を見逃さなかった。
──あいつは、何かを知っている。
その確信が、東くんの中で育ち始めていた。
それから二日後。放課後、東くんはまたしても公園の土管へと足を運んでいた。特に目的があったわけではない。ただ、あの転校生のことがどうしても気になって、何か手がかりがないかと思っただけだ。
「……馬鹿みたいだな。」
彼は自嘲気味に呟きながら、土管のそばに腰を下ろした。本を開こうとしたその時だった。
土管の奥から、声が聞こえてきた。
「……うん、転校初日はどうだった? みんな快く迎えてくれたよ。」
東くんの手が止まった。声はノビスケだ。彼はスマホのような機械に向かって話しているようだ。
「ここの人たち、やっぱり父さんたちに似てるね。特に東くんと久世さん。
あの東くんって子、なんかいつも考え込んでるんだよ。何か隠してるんじゃないかって感じで。」
東くんは息を殺した。心臓が早鐘を打つ。
「体育の時になんかフワフワした感じがあったよ。やっぱりこの地球は重力が少し弱いんだよ。
えっ? 自分が行った時はそんなこと感じなかったって? 父さんが鈍いだけなんじゃ?」
──重力が弱い? この地球? 父さん?
東くんの頭が混乱した。しかし、次の言葉で、彼の背筋は凍りついた。
「……例の『カレルレン』のことは、誰も覚えてないみたい。」
カレルレン──その名前を聞いた瞬間、東くんの胸に何かが刺さった。彼はその言葉を知っている。確かに知っているのに、思い出せない。まるで、とても大切な何かを忘れているような、もどかしさ。
「ところで父さんが宇宙人にとりあえず名付けたこの名前、面白いけどどんな由来?
えっ? 父さんの父さん、つまりお爺ちゃんの持ってた小説に出てた? なんか古臭くない?」
宇宙人? 父さんの父さん? 小説?
「じゃあまた連絡するよ。ああ、気をつける。でも、この世界の人間はみんな優しいから大丈夫だと思うけどな。」
そして、ノビスケは一瞬こちらに視線を向けて言う
「…まったく、夜中に通信中に盗み聞きされるなんて僕はまるでリルルさんみたいだね、
えっ?母さんにはその話あまりするなよって?まだ引きずってるから?うん分かったよ」
そこで通信が終わったのか、ノビスケの声が途絶えた。足音が土管の出口に向かってくる。東くんは咄嗟に土管の影に隠れた。しかし、ノビスケはすぐにその隠れ場所を見つけた。
「……聞いてたんだろ?」
東くんはぎこちなく振り返った。ノビスケは笑っていたが、その目は全く笑っていなかった。
「……聞こえた。お前、何者なんだ?」
「さあね。でも、君もう知ってるんじゃないか? この世界が『おかしい』ってことを。」
夕暮れの公園に、不気味な静寂が落ちた。
東くんは唇を噛んだ。この数日間感じていた違和感が、今、一つの形を成そうとしていた。ノビスケは、何か秘密を知っている。そして、その秘密は、自分自身にも関わっている。
「……答えろ。お前は、誰なんだ?」
ノビスケは一瞬間を置き、そして小さく笑った。
「……明日、同じ場所で話すよ。今日は、もう遅い。」
そう言うと、ノビスケはさっさと公園の出口へ歩いていってしまった。東くんはその後ろ姿を見送りながら、ただ立ち尽くしていた。
風が吹き抜ける。土管の冷たいコンクリートが、彼の背中に当たっていた。
「……カレルレン。」
彼はその名前を、もう一度だけ呟いた。
そして、その夜、東くんは図書館で『幼年期の終わり』を借りることになる。それこそが、彼を運命の場所へと導くことになるとは、まだ知らずに。
つづく